最終話:運命のダイス
Cの部屋に近い角から、黒い煙が現れる。青黒い体色の前足が、その向こうから姿を現す。
そこにはヤマジのくくり罠。踏み出した足を捕らえ、動きを封じる。
「やったか!?」
「キャゥ!? キャン、キャン!!」
思ったよりかわいい鳴き声に、皆が驚く。よくよく見てみると、青黒い塗料を塗られただけの普通の犬であった。
恐怖は感じなかったが、きまり悪げに罠を解除しにいくヤマジ。
「よしよし、怖がらなくてもいいからね? すぐ外してあげよう」
「キャンッ、キャワワゥ……」
解放されたとたん、犬は逃げるように走り去る。そのまま反対側の角まで行くと、煙となって消えてしまった。
「ふむ。なんか空間でも操作しているんだろうけど、仕掛けがどうもわからん」
呟きながら、サトウは水晶内のダイスを見やる。数字は「ニ」となっていた。
「さて、どうするかな」
「この白いサイコロに目を書いてはめ込むんだろうけど……」
「どの目にするか、だね」
「確認できたのは、五、一、ニかな」
サトウ、ヤマジ、一ノ瀬が考え込む。
「六、かなぁ?」
「んー、三、かな?」
ヤマジとサトウが、予想を口にする。
「ほう、三」
「三毛猫、三田村……」
「丸ってキーワードが多いわね、三」
サトウの言葉にイツカが同調、これをきっかけに三を推す声が広まり、満場一致となった。
ヤマジが持ってきたマジックを借り、一ノ瀬はサイコロの面に三の目を書き込む。一か所書いただけだが、六面全てに三の目が複写される。
意を決して、一ノ瀬が台座にはめ込む。
「よろしくお願いしまあああああす!!」
三の目ダイスが台座の穴に納まる。すると水晶内のダイスも目が変わる。そこから三回、ダイスが回転して、止まる。出目は全て「三」だ。
Aの部屋近くの角以外三ヶ所から、同時に黒煙が上がる。そして同時に出てくる、青黒い体色の鬼。姿を現した三匹の正体は――最初に見た、ハリボテであった。
――パン!!
クラッカーの音が鳴り、ハリボテが姿を消す。同時に空から、細かい色紙が降り注ぐ。
「アッハハハ!! ちょーっと危うかったけど、なんとかゲームクリアだね。おめでとう」
どこからともなく、文太が姿を現す。楽しげに笑いながら、拍手をしている。
「あ、谷原お兄ちゃんだー」
アイナが無邪気に反応する。ヤマジが尋ねる。
「クリアしたなら、家に帰してくれるのか?」
「えぇもちろん。今回の演目はこれで終了。お帰りはあちらでぇす」
そう言って文太は、水晶ダイスの反対側、何もなかった壁面を示す。そこにはデザインの異なる五つの扉。各人その内の一つに見覚えがある。どうやら各人の家、もしくはいた場所の扉のようだ。
「やっと帰れるのかぁ……」
一ノ瀬の呟きは、ヤマジやサトウにも通じるものであったろう。それぞれが見覚えのある扉に歩み寄り、躊躇いなくドアを開けて一歩を踏み出す。
そして――奈落の底に落ちていった。落とし穴だ。
「アッハハハハ!! 楽しかったよ。まーたねー」
楽しげな悪戯小僧の声を耳にしつつ、どんどん眩くなっていく白い空間の中を落ちていく。そうして気付いた時には、彼らは元いた家の玄関先に立っていた。
何気なく時計を見てみる。時間経過は、五分といったところか。時間に余裕を持って動いている人ならまぁ問題ないが、ギリギリで動くような人にはなかなか厳しいタイムロスといえる。
「ここは……おうちだ」
「今日は……仕事しなくていいや」
「いつの間に……そうだ、ちょっとマネージャーと控室のOHANASHIしないとね」
そんな感じで、彼らはそれぞれの日常へと戻っていくのであった。




