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闇の中に手を伸ばす(仮)  作者: カルマ
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9.異世界でもおばちゃんはすごい

 食料や少しの小物等の買い物を終えて服屋に向かう途中、俺は横目で隣を歩くアズサを見た。

 俺にとって忌々しい存在と瓜二つのアズサは、あまり驚愕することのない自分でも時折驚くほどに、無知だった。


 魔力は個人で持つ量は違えど、世界に生まれ存在している限り有しているエネルギーだ。魔力の扱い方を知らないでいるためには、知識を意図的に知らされず成長するしかない。そのくらいには、魔力の扱い方については広く知られている。

 理由は単純で、使い方を誤れば魔力はそれ単体でも凶器となるからだ。ましてや、膨大な魔力を有するアズサならば、過去の俺のように……。


 そんなオスカーの心配に反してアズサは安定した魔力制御をやってのけた。一瞬の操作によって見えたアズサの魔力、その異常な量から、ギルド内は一瞬静まりかえっていたが。



(だが……初めてで、無意識であそこまで安定するものか……?)



 オスカーは他者と特別な関わりを持たない。それ故に誰か他の例と比較することができず、憶測以外でアズサのことを測ることは難しい。



(それに、あの魔力の揺らぎ。無理矢理抑えつけられているようにも感じた)



 姿形。途方もない膨大な魔力。それを無理矢理抑えつけているもの。全てが初めてのような反応。



(いびつ、としか言い様がない。傍においておくわけにもいかん。だが……)



 賑わっている通りにさしかかると、隣で歩くアズサは表情に華を咲かせる。その暖かい表情に胸の辺りがざわめいた。

 芽生えた感覚を誤魔化すようにふい、とオスカーは視線を前に移す。目的の店はすぐそこにある。



(……だが、放っておくわけにもいかないだろう)



 心の中で言い、オスカーはアズサを店に導く。結局彼は、お人好しなのであった。



「……ねぇ、あの、」


「なんだ」



 アズサが何とも言いづらそうにこちらを見上げてくる。妖精王と瓜二つの容姿だからか、整った美貌をしている。

 控えめに見上げてくる姿に庇護欲をかき立てられ、即座に気のせいだと思考を否定して、オスカーはアズサの次の発言を待った。



「お金って、どういう仕組み……?」


「は……?」






  *






 オスカーに案内をしてもらったそこは赤い毛皮の胸当てのついたワンピースなど、冒険者風の女性服から下着まで一通り揃っている女性服専門店だった。オスカーがここを知っているなんて意外だ。

 カウンターに居るおばちゃんがちらりと此方に視線を向ける。



「……俺は外で待たせてもらう」



 そう言うと私にお金の入った袋を渡してそそくさと扉から出てしまうオスカー。今度は引き留めたりはしなかった。だって耳が赤いんだもん。可愛いんだもん。



(きっと下着とかを視界に入れたくないからだよね。あ、このワンピース可愛い……けど高いなぁ)



 このお店の目玉商品なのか、胸当てのついたワンピースは3銀と50銅貨という値段がついていた。諦めて前を離れると他の衣服を一通り見に行く。


 通貨のことは道中、オスカーに聞いていた。


 驚かれるだろうな、と恐る恐る聞いてみたら案の定とてもびっくりされた。その驚きようといったら、目を見開いて一瞬思考が停止した感じの表情で立ち止まってたくらい。

 すぐに歩き出したけどそのぎこちなさがとても面白かった。こちらを見ようとしなかったのが更に面白くて、笑い出すのを堪えるのが大変だった。


 雰囲気だけむすっとしたオスカーは、それでもちゃんと教えてくれた。可愛すぎか。


 この世界の通貨は基本的に銅貨、銀貨、金貨である。

 銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨になるのだそうだ。王都から離れたこの辺りだと、農民一人が1ヶ月に稼ぐのは大体銅貨50枚くらいなんだとか。

 つまり先程の胸当てのワンピースは、この辺りの基準だととても高い。小遣いにもらったのは5銀貨と銅貨を少しだから無駄遣いは出来ない。



(とはいえ、オスカーといるとなると冒険者の装備も買っておかなきゃなんだよね)



 これには理由があった。

 オスカーは、妖精王アイリスに復讐することを望んでいる。それは、この世界に来て最初の会話でもわかった。

 となれば、設定の通り彼は“秘宝”を集め始めるはずだ。


 秘宝。オスカーがアイリスを封印するためだけに求める、途方もない力を持つ属性石。その数、五つ。


 膨大な炎の属性を持つ石、“朱雀の炎”

 膨大な水の属性を持つ石、“青龍の水”

 膨大な風の属性を持つ石、“白虎の風”

 膨大な金の属性を持つ石、“玄武の金”

 膨大な土の属性を持つ石、“黄竜の土”


 この五つの石が、秘宝である。とはいえアズサがわかりやすく秘宝という部類に括っただけで、この世界では違う名称もあるのかもしれない。


 そして、オスカーはこの五つの内、“青龍の水”を既に所持している可能性が高い。

 先日の説明での矛盾点、実際にある水を魔力に変換するということ。

 不可能なはずのそれができているということは、“青龍の水”が既に手元にある以外に説明がつかない。



(ただ、秘宝に具体的な力は無い。膨大な属性の力と魔力のみなはず。そうなると、それを使いこなすオスカーの技量は高いということ、かな)



 秘宝に関してはやんわりとしか考えていないけれど、オスカーが出来るのならそういう扱い方もあるということなのだろう。

 それに妖精族は魔法魔術の他、概念を扱うことに長けている。もちろん限界はあるのだが……限界をも超え、不可能を可能にするほどの力を持つ秘宝。


 各地に散らばっているであろうこの秘宝を集めるために、オスカーは旅に出るはずだ。無論、アズサもついていく。

 そんなわけで、冒険用の装備も必要なのである。

 しかし、どれを買えば良いのか全くわからない。装備の良し悪しなんてさっぱりだ。



「うぅ……」


「新米冒険者さんかい?」



 呻きながら値段と装備とにらめっこをしていたアズサは、背後に忍び寄る影に気がつかなかった。かけられた声にびっくりして、恐る恐るアズサは後ろを振り返る。

 するとそこには、なんとも人好きのしそうな笑みを浮かべたカウンターのおばちゃんが立っていた。


 返答するよりも早く、おばちゃんは口を開く。



「新米冒険者さんはこれと、こっちの可愛いのと、あそこのブーツが似合いそうだねぇ。どうだい?」


「え、あの……」


「おや下着も足りないのかい。でも今持ってる物はオススメしないねぇ、ちょいとまっとくれよおばちゃんが見繕ってやるからさ」



 何故かアズサが下着問題に困っていることすらもおばちゃんに筒抜けである。理由は簡単、アズサが購入予定のものを持っていたからだ。

 おばちゃんはアズサの持っていた服を幾つかひったくると、店のあちこちに移動してあっと言う間に別の衣服を持ってきた。多い。お金、足りるだろうか。



「あ、あの、ご厚意ありがとうございます。ですがその、手持ちが足りないと思うので……」


「おやおや最近の子は丁寧だね。良いんだよそのくらい、可愛い子はオシャレしなきゃね! お代はサービスしとくよ」


「あ、ありがとうございます……」



 お釣りの計算をしている間、買ったものをこれまたサービス品のふかふかした毛皮のリュックに入れてもらっていると、思い出したようにおばちゃんは言った。



「そうだ、五日後にこの街で祭りがあるのさ。店の外で待ってるのは彼氏さんかい? 一緒に祭りを見においで」


「な、な、違います!」


「おやそうかい? まぁ、見に来て損はないよ。なんたって楽しい祭りなんだからね!」


「はい、ありがとうございます!」


「あいよーまいどありー!」



 会計も商品の受け渡しも間違いがないことを確認し、祭りの情報も含めてお礼を言えば軽快な言葉が返ってきた。とても話してて楽しいおばちゃんだった。


 嬉しくて笑みを浮かべながら店の外で壁に寄りかかり待っているオスカーと合流しようと扉を開けば、外の通りに違和感を感じる。

 感覚の導くままに視線を巡らせれば、ギルドでも見かけた他とは異質な人影が視界に映る。



「……え」



 ギルドの時と違う点をあげるとするなら、その人影は今度はちゃんと視認できたことだった。


 頭部から生えている白に近い灰銀と、途中から先端にかけての銀から黒銀色のグラデーションが陽に照らされて輝いているとても長い髪。頭部の髪の隙間から狼の耳が生えていて、琥珀色の瞳を前髪で片側だけ隠した和服の青年。


 周囲から見ればその青年はただの変わった民族衣装を着た亜人だと認識するだろう、その青年が“見えたなら”。


 そう、オスカーですらも、その青年を認識していない。街の人も認識していないが、青年を無意識に避けるように歩いている。



「戻ってきたか……、どうした?」



 オスカーが扉を出たところで固まっているアズサに気が付き声をかけてくるのが聞こえるが、アズサはそれをどこか遠くに聞きながら青年を注視していた。

 青年も、アズサを真っ直ぐに見つめている。



〈随分と気付くのが遅かったではないか〉



 頭の中に声が響くと同時に、青年がこちらに歩いてくる。遠くにあるオスカーの声が焦りを含み始めていた。

 だが、アズサの思考は青年に向いていた。その青年には“姿のみ”見覚えがあったからだ。





 けれど、思い出せない。ノートに描いてあった容姿のはずなのに、誰だか思い出すことが出来ない。






〈やはり、憶えておらぬのか〉


「夢、の声……」



 頭に響いた声は、確かに夢の中で聞いたもの。呟くと同時に、意識が急速に遠退いていく感覚がして。

 遠くに聞こえていたオスカーの声は、明らかな焦燥に包まれていた。




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