8.顔見知りがいるのといないのとでは安心感が違う
数分後、私は冒険者ギルドの受付に並んでいた。
オスカー曰く「問題ない。冒険者登録だけなら誰でも登録が可能だ」らしい。つまりは、登録だけなら戦闘はしなくてもいいのだ。助かった。
それならと、アズサも頷いて二人で冒険者ギルドに向かうことになった。
最初はオスカーは、アズサをギルドにおいて先に粗方の買い物を済ませてこようとしていたが、アズサはそれを制止した。
「では、俺はお前の必要なもの以外の買い物を済ませてこよう。」
「え、やだ!」
「……何故だ」
「だ、だって、一人じゃ心細い……し」
「お前は子供か……?」
という会話の後、渋い顔をするオスカーだったが、結局は折れて手続きが終了するまで傍に居てくれることになった。なんだかんだ優しい。
「この近くで……」
「Sランクが…」
「五日後までに……」
ギルド内であちこちから聞こえる声に耳を傾けながら、アズサは思う。
やはり小さめの街にしてはやけに人が多いような気がする、とギルド内を見回す。Sランクとか聞こえる。
往来は人がちらほら居る程度だったけれど、ギルド内に入ってみれば一気に喧騒に包まれた。ああいうものなのだろうか?
並んでいる間も周囲を見回すアズサを田舎者だと思ったのか、たまに冒険者らしき人から憐れみに近い視線を向けられる。なんだよぅ。
どうせ後ろの人みたいにムキムキでも強そうな男でもないよ!
「次の方どうぞ」
「は、い!」
そうこう考えている内に順番が来たようで、慌ててアズサは前に出る。
受付のキッチリした雰囲気の女性が、鋭い視線を向けてきた。思わず肩に力が籠もってしまう。
「新規冒険者登録ですね」
「は、はい」
「ではまずこの用紙にある幾つかの記入欄を埋めてもらいます。記入が終了致しましたら提出していただきます。提出後に、記入していただいた情報を登録したプレートをお渡しします。その際のことは後ほど男性係員の方が説明致します。宜しいでしょうか?」
「は、はい」
「でしたら、あちらの机をお使いください。提出の際はあちらの男性係員の方にお願いします」
随分とぴっしりした雰囲気の女性に圧倒されながら、指定された机に紙を置き、渡された羽ペンで記入欄を埋めていく。
(最初は生年月日……生年月日……!?)
この世界の暦なんて知らない。早速ピンチである。
ちらっと視線を、なんとなく壁際で気配を最小限に抑え込んでいるらしきオスカーに向ける。一瞬嫌そうな表情をされるが、すぐに壁際から離れこちらに来てくれた。
嫌そうな表情に慣れてきている自分に妙な気分になってきた……。
(でも、オスカーの嫌そうな表情って嫌がってる気がしないんだよね)
「どうした」
「あ、えーと……生年月日、が」
「……ここに、わからなければ年齢だけでも良いと書いてあるが」
「あっホントだ!?」
オスカーが指さしたところには、確かに“生年月日が明確でない場合は年齢のみでも可”と小さく書かれている。
ふっ、とオスカーの小さく笑う声が聞こえて恥ずかしさで顔が熱くなる。
(ちゃんと見落としが無いようにしなきゃ)
「もういいか?」
「うん、ありがとう。ごめん」
「謝る必要はない、気にするな」
壁際に戻っていくオスカーの背中を見送ってから、紙面に再び目を落とす。
(正直今の体の年齢もわからないのだけど……前世界と同じ19歳で良いんだよね?)
最後に名前を記入して、立ち上がって男性係員の所に向かおうとしたその時。
視界の端に、“他とは異質な何か”を見かけた。
(……え)
「記入は終わりましたか?」
「あっ、はい」
アズサが立ち上がったことに気付いた男性係員が声をかけてきて、我に返ったアズサは紙を提出する。係員がカウンターの裏に行っている間に先程の方向を振り返っても、そこにはギルドの喧騒のみがあるだけだった。
(……なんだったんだろう?)
「アズサさん。こちらが特殊加工のプレートです」
「はい、これが……?」
なんの変哲もない薄い四角の白いプレート。例えて言うなら免許証とか、学生証とか、もしくは電子マネーのカードとかそういうのにサイズが近い。
「ええ、それが冒険者身分証になります。先程記入された情報と冒険者ランクを表示する魔法具となっており、情報入力処理後、最初に所持者の魔力を登録することで身分証として機能します。情報入力処理はギルドの方で行っていますので、あとは魔力登録を行うだけでアズサ様の冒険者身分証となります」
つまり、パスワードの代わりが自分の魔力ということかな?この辺りは元世界より圧倒的に便利だ。それに、おかげで魔力は人によって質が違うこともわかった。個人で違いがなければ魔力登録なんてものもないだろう。
もっとも、うちの子の一人は他者の魔力を複製出来るのでそういったものは効かなかったりするが。
(まぁ、あの子はそんなこと喜んでするわけじゃないし……)
それよりも、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「魔力を登録?」
「はい。それは今の時点ではただの情報の入った金属板です。一番最初に魔力を流すことで、その魔力の持ち主を所持者として登録します。以降、所持者の魔力を持つ方以外は使用不可となります」
パスワード設定みたいなものか、と納得する。でも聞き捨てならなかったのはそこじゃない。
「魔力を流す……って、どうやってやるんですか?」
「は……?」
方法を聞いてみたら、係員さんは呆気にとられてしまった。まさかこの世界では一般常識なの……?
「し、失礼しました。えぇと、どう説明したら良いものか……」
「……俺が説明しよう」
困惑している様子の係員と、同じく困惑している私に気付いてかオスカーが歩いてくる。顔には思いっきり「めんどくさい」と書いてある。露骨だ!
「魔力は、体内に循環している力だ。どんな生命にも必ずある。例えば……」
すいっと、大きくて暖かい手が自然な流れで私の手を柔らかく取る。
(……っ!)
顔が熱くなってくる気がして思わず、視線を足元に落としたくなるのを堪えて自分の手のひらのみを注視する。
「力を入れずに手のひらに意識を向けろ。その時に意識を向けた辺りの周りで何かが動くはずだ」
言われたとおりにしてみれば、確かになんとなく動く感覚がする。
係員さんのおお、という声とオスカーの満足げに頷く様子からなんとか成功しているようでアズサは心の内でほっと息を吐く。
「……そうだ、その動いたものが魔力というわけだ、初めてにしては上出来だな。それをプレートに流し込む」
プレートを手のひらに置いて、同じようにして魔力を動かしてみる。何故か周囲の喧騒が止んだような気がするけれど、プレートに魔力を動かすのに夢中で気にする余裕は無い。
魔力がプレートに触れた途端、白かった色が魔力の流れる場所からオスカーの瞳と同じような綺麗で透明な紫色に染まっていった。
「……っは、ふ……これで良い、のかな?」
「……! はい、確かに今登録が完了致しました、それはそのままお持ちください」
「…………」
色がプレートの全体に行き渡り、終わったと思い大きく息をつく。少しの沈黙の後に係員さんが我に返った!とでも言うような仕草をしてから説明を続けてくれた。
オスカーは難しい表情で考え込んでしまった。教えてくれたことをやっただけなのに、何か考え込むようなことでもあったのだろうか?
その後、冒険者身分証についての簡単な説明を受ける。
まずこれを所持していれば、宿での宿泊から家を購入することまで、様々なことができるらしい。ただし、犯罪歴があると出入りができなくなる施設があったり制限があるとか。犯罪歴がつく度にギルド側で個人情報の更新、プレートの更新を行うらしいので、隠蔽等は不可能とのこと。
犯罪歴がついてもプレートの更新をせずにいるとそのうち追っ手がかかるらしい。全身真っ黒の忍者みたいな人が闇夜を縫って追いかけてくる想像をしてしまって身震いしたのは内緒だ。
ランクはHからSSSがあり、 H,Gブロンズ F,Eシルバー D,Cゴールド B,Aプラチナ Sミスリル SSアダマン、SSSヒヒイロカネ、という風に各ランクで鉱石名称が割り当てられるらしい。
細かいと思ったが、 Sランクから人数は数えるほどしかおらず、SSランクともなると10人いるかいないかくらいなんだとか。SSSランクは現在誰も居ないらしく、幻のランクと言われているらしい。
ちなみに私は当然のごとくブロンズランクである。
(フレイは冒険者をやってる筈だけど、ランクはどれなんだろうなぁ)
ちなみにオスカーはF、シルバーランクだった。聞いてみたところ、ある程度の施設に出入りするためにランクを上げたのだとか。
依頼についての説明を聞き終えて、私達は冒険者ギルドを後にした。
アズサが途中見かけた異様な存在や、妙に感じた静けさのことはすっかり頭の中から抜け落ちていた。
『やっと来たか……』