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闇の中に手を伸ばす(仮)  作者: カルマ
7/24

7.初めての街



『ここに居たか』



 真っ白な場所で、誰かに話しかけられる。周囲に人影はない。



『だれ?』


『我を憶えておらぬか……いや、見えておらぬな?』



 荘厳な話し方をする知り合いはいないと思う。



『わからないし、見えない』


『そうか』



 真っ白な場所に誰かの手だけが現れる。光景がホラーだけど、驚きもせずに私はその手が指さす方向に視線を動かした。

 すると、その先には小さな街のような風景が広がっていた。



『あの地にて会おう』


『なんで…?』


『会えば思い出すことも出来よう』



 その言葉が聞こえてすぐに、私の意識は真っ暗なところに沈んでいく……






  *






(……妙な夢を見たような気がする)



 まだ外も薄暗い時間に目が覚めたアズサは、ゆっくり起きあがる。元々睡眠時間は長い方のため、こんな時間に起きるのは珍しいと自分で思う。

 夢のことは気にかかるが、まだ眠い。



(二度寝しようかな……)



 もそ、と再び暖かい寝床に潜り込もうとしてふと体が止まる。

 視線の先には、壁際で座って頭を垂れているオスカーの姿があった。傍には大剣が立て掛けてある。



(あ……)



 その姿に、アズサは思い出す。

 オスカーはとある過去から、普段眠るときは座って大剣を傍に置いた状態でないと眠れない。また、ベッドを使用しても眠りは浅く、ローブを着込んでいないとまともに眠ることさえ叶わない。


 そんな人物設定を、オスカーに与えていたことがある。



(そうだった、だからベッドを……)



 少しだけ心苦しくなり、眉を寄せる。

 せめて少しでも休まるようにと毛布を掛けに行こう。

 薄めの毛布を持って、アズサはベッドから降りた。外気はやや冷えて、すぐにベッドに戻りたいという気持ちが沸き上がるがそれを制して、ついでだから近くでちゃんと眠っているかも確認したい、と近くに寄る。


 それが間違いだった。



「な……っ」



 絶句しかなかった。絶句するしかなかった。時が止まったような錯覚に陥った。


 顔を覗き込んだまでは良かった。端正で調っているオスカーの顔は、普段のどこか憂いを帯びて張り詰めたものとは違って心なしか無防備な寝顔になっていてとても萌え……癒された。

 寝ている最中も周囲の警戒は怠っていなさそうだから、不用意に毛布をかけてしまっては起こしてしまうだろうと立ち上がろうとしたところでそれはおきた。


 後ろから思いっきり引っ張られ、強く抱き締められた。そして先程の絶句に到る。



(な、な、な……!?)



 ここでアズサは、もう一つ思い出す。

 小ネタとして仕込んでいた妖精族共通の設定。


 ---抱き癖、である。



(そうだった!忘れてた!寝てる間は近くにある抱き心地の良いものを手当たり次第抱き枕にするとか書いた気がする!というか書いてにやにやしてた記憶がある!!)



 どうしよう、どうしたら出られる?起きたらきっと驚くだろうしそうしたら多分絶対変な目で見られる!!

 ぎゃー!と頭の中で考え得る脱出法を考えていると、すり、と髪に頬ずりされる感覚がして。



(----)



 ぞわり、と痺れる感覚が背筋を這った。



(だめだ、恥ずかしい!早く離れないと……!)



 なりふり構わず腕の中からすり抜け、離れたところで振り返ればオスカーは何事もなかったかのように寝息を立てている。

 起こさずに済んだことに安堵しつつも急に動いたために荒くなった息を整えて、アズサはひっそりと薄闇で自らの体を抱き締めた。



(……に、二度寝、しよう……!)



 恥ずかしくて眠れる気がしないけれど、こういうときは寝るに限る。

 普段、妄想でよくあのようなシチュエーションを考えているにも関わらず、いざ現実になった時には役得と考えられないものである。






  *






 その後、やや高揚した気分のまま二度寝してしまった私は、結局日が高くなり始めた頃に起こされた。

 オスカーは変わった様子もなく、狸寝入り説は解消された。尤も、会ったばかりの見知らぬ人物を即日気に入るような性格ではないはずなので当然だけど。


 そして悶々としたまま一日を終えるのかとより一層沈みながら朝御飯を食べたら、先日の昼食や夕食にも負けず劣らずの美味しさで一瞬にして元気になった。私は単純である。

 その間ずっとオスカーはチラチラこちらの様子を窺うように視線を向けてきていた気がする。


 昨夜のことは覚えていないはずなので、別のことだろうけど何にせよあまり今は見ないでほしい。自分でどんな表情してるのかわからないから。

 私は表情に出ないことで定評があるはずだから大丈夫……と思ったけど前言撤回、そういえば昨日顔に出やすいって自己評価してた。






 そんなこんなで、気まずい気分のまま衣類を洗濯用の魔具から出して、乾かすために外に出る。



「今日は、昨日言ったとおり街に行く」



 私の衣服を魔具で洗い、外であっと言う間に魔法で乾かして、帰ってきたオスカーは私に言った。

 ちなみに下着は見られてない。オスカーは紳士的な性格だからね!



「ここは人里から遠く離れている。行き来には転移を使うが問題ないか?」


「うん、わかった」


「…………ならば、支度をするとしよう。お前はその服をもう一度着ると良い」



 意味深な沈黙の後、私に服を返してから家に入ろうとして足を止める。



「それから、昨日渡したローブを上に着ておけ。変わった服装は目立つ」


「かわ……!? うん」



 今はっきり変わった服装と言われた。

 なんとなくまさかとは思っていたがやっぱりこの世界の人からしたら少し違和感があるデザインなんだろう。


 身支度を整えたアズサとオスカーは家の前に立っていた。



「外に、出たの、初めて……」



 家の窓から見るのとは違う、鬱蒼としている森の気配に圧倒される。

 オスカーが隣に居ることも忘れて新鮮な空気を吸い込んで堪能していると、傍から声をかけられた。



「今まで外出していなかったのか?」


「あ!ええと、こっちに来てから、ね」


「そうか」



 素でボロが出るところだった、危ない危ない。



「先程言った通り、ここは人里から離れているため転移を使って街の外に出ることになる。街中に転移すると面倒だからな」


(何も考えずに話すからこうなんだよね……気を付けないと。それに、街中に転移すると面倒ってどういうことだろう?)


「……いくぞ、本当に問題はないな?」


「え?う、うん」



 なぜ何度も確認するんだろう?と疑問に思うが、それはすぐに解決した。



「《万物が流転するように流れ移ろい彼の地へ運べ》」



 詠唱が聞こえた途端、足は地面につけているのに体はふわりと浮かんだような感覚に陥り、どんどん手足が喪われていくような気持ち悪さが強くなっていく。

 詠唱の方も気になるが、そんなことよりもアズサには襲い来る奇妙な感覚の方が脅威だった。



(気持ち悪い……怖い!)



 思わず傍にいたオスカーにしがみつくように動いて目を閉じる。

 そして、体全体の感覚が戻ってきて瞳を開けば……目の前には、夢で見たような小さな街が広がっていた。


 が、そんなことよりも。

 アズサは初めての転移の感覚に気を取られて、小さな街に対しての感想を思考する暇すらなかった。



(気持ち悪かった……!)


「大丈夫か」



 オスカーの気遣わしげな問いかけに、軽く首を振る。本当は首を動かすだけでも倒れ込みそうだったが、なんとか力無くオスカーにしがみついていた。



「……やはり慣れていないか、楽なものにするべきだったな……。おい、これを噛むと良い」



 正直楽なものがあるならそっちにしてほしかった。そう思っていると、オスカーに何かを差し出された。



「こ、れは……?」



 カバンをごそごそと探り、差し出された手のひらには、小さくて赤い木の実のようなものが2、3粒乗せられていた。



「トーカの実という。甘酸っぱく、酔い消しになる」


「あ、りがと」



 震える手を伸ばして、なんとか1粒摘まんで口に運んでみる。果実類は少し苦手だけど仕方ない。

 ゆっくり噛んで、口の中に甘酸っぱさが広がったと同時に体の中の気持ち悪さが消えていくように感じ、驚きで頭の中がいっぱいになった。



「すごい、何これ……!」


「楽にはなったか?」


「うん、とっても!」


「そうか」



 ふ、と目を細めてオスカーが小さく微笑む。この時までずっと腕にしがみついていたままだったので、間近で見てしまったアズサは胸の辺りがキュッと締め付けられるような、顔が熱くなるような気がして慌てて腕を放した。



(オスカー、笑えるんだ……笑ってくれたんだ)



 少しの間真っ直ぐに見つめていると、ふいっとオスカーが視線を逸らしてそのまま街に移した。



「では、行くぞ」


「うん!」



 胸に宿る暖かい何かに自然と頬を緩めながら、アズサは夢で見た街へと入っていく。

 勿論、オスカーの微笑みや酔いのせいで夢で見た街だということはすっかり忘れているのだが。


 街の中は、活気があった。

 街の人達も殆どが笑顔で話し合ったり、屋台で売買をしている。

 剣や杖を携帯している人が大路を行き交い、店に入ったりあれこれと議論しているのが見えた。



(異世界だからかな? なんだか活気に満ち溢れすぎてるというか───)


「───いっ!!」



 街の中に入ってすぐ、オスカーが立ち止まった。すぐ後ろを周囲を見渡しながら雛鳥か子猫のようについて歩いていたアズサはオスカーの背にある大剣にぶつかってしまい、鼻を押さえる。

 とても痛い。



「……大丈夫か?」



 振り返ったオスカーは、なんか呆れた表情になってる。すぐ後ろを歩いていた私も悪いけど、急に止まったオスカーも悪いと思うからそんな表情はしないでほしい。



「だ、大丈夫大丈夫」


「そうか」


「それより、どうしたの?」


「お前は、身分証は持っているか?あれがあれば買い物が大分楽になる」


「え」



 そんなもの、無い。あるはずがない。身一つでこちらに来た私としては、身分証の単語はとても不安になるものだった。



「な、ない……どうやって作るの?」


「一番手っ取り早いものは、冒険者登録を行う必要がある」



 冒険者登録、それはつまり。ゲームみたいに魔物と戦闘したり、依頼を受けて魔族を討伐したりする自由団体に所属するということ。

 しかし、ここで別の問題が発生する。そう、至極単純な、それでいて解決するに難しい問題だった。



「わ、私戦えないよ!?」



 この世界に来て二日目。アズサに戦闘なんて出来るはずがなかった。

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