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闇の中に手を伸ばす(仮)  作者: カルマ
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5.現実は無情で、無慈悲。

  *



 私は机に向かっている。ペンを持ち、広げたノートに描くのは自らの理想。

 慣れた手付きで描いていくのは、その人物だけは以前から何度も納得のいく絵になるまで描き直しをしていたからだ。



『アイリスやフレイに立ちはだかる存在。復讐を生きる理由にしているから、武器は禍々しい魔法剣で……っと。それから、強大な存在であるにも関わらず復讐を誓うには、並大抵の諍いじゃだめだから……うん、これだな』



 私は書いていた。オスカーという人物の過去を、思想を、性格を。理想を作り上げるために。






  *






「あの時の自分、頬をつねりたいなぁ……」



 再度、一通り魔図鑑を読み終えたが、妖精族の記述がされているページはやはり見つからなかった。ともすれば、破れていたページがそうなんだろうと確信する。殴りたいじゃなくつねりたい、というところが自分に甘いという性格が表れていて苦笑するが、それどころではなかった。


 苦笑した途端に抑え込んでいた感情が溢れ、喉の奥が熱くなり目の前が滲んで揺れる。

 今朝に向けられた敵意を、警戒を、その奥に見えた絶望と怒りを思い出して胸が苦しくなっていき、頭を垂れる。思わず唇を開けば、言葉が口をついて出る。



「ごめん、ね……」


「どうした」



 頭上から降る声に、え、と歪んだ視界のまま顔をあげる。反動で涙が零れ落ちるが、拭おうと思えるほど思考は動いていなかった。

 目の前に立つぼんやりとした人影は黒く大きく、髪の色や声からオスカーであることが判る。なんでここに、とか研究室の扉が開く音がしなかった、とかが思考の中に浮かび上がってくるものの、先に口を開くのが見えたため口に出さないでおく。



「……何故、泣いている」


「あ、これは……」



 まさか貴方や皆のことを想って泣いていました、とか言えるわけがない。言ったとして怪しさ満点だろう。言い訳をしようにも現状、頭が思うように回らない。


 人間、多分誰しも感情的になっている時は思考は回らないものである。今朝のは例外で、背水の陣といったところだ。と、ここまで考えている辺り理性的な部分はちゃんと機能しているみたいだけど……ん、今朝?



「えっと……その、今朝のことを今更思い出して、怖くなって……?」



 なんとかそれらしい答えを言えたと思う。実際あれが怖かったのは嘘ではない。敵意を向けられるのはかなり怖いし。

 それに今朝のことを思い出していたのも嘘ではないから、問題ないと心の中で言い訳しておく。


 返答を聞いたオスカーは、困惑と苦々しさの混ざったような表情をしている。この表情を見るのは何度目だろうか、と涙の残る目でぼんやりと見つめていたら、更に眉を寄せられて思わず私は首を傾げた。

 口を開いては躊躇うように閉じたり、また開いたりと何かを葛藤しているようで、口を閉ざしてしばらくの沈黙の後に、観念したらしく再び開いた。



「すまなかった、な」



 そう呟くとおずおずと右腕をこちらに伸ばし、私の頭に乗せてぽんぽん、わしゃわしゃ、と大きくて暖かい手をぎこちなく、宥めるように動かし始める。

 その手付きになんだかとても安心して、先程まで苦しさで痛かった胸が今はほわりと暖かくなっていく。



(こちらこそ、ごめんなさい……ありがとう)



 きっとオスカーに謝ったとしても、意味は真に理解はされないと思う。だからこそ、私は心の中でそっと謝った。

 そして、オスカーの優しさに感謝した。きっと今でも警戒は解いていないのだろう、けれどそれでも私を気遣って撫でてくれていることが、どれだけ私の心を救っているのかはわからないんたろうなとも、思った。


 心地良い手の感触に酷く安心して無意識に目を細めれば、ぎこちなかった手の動きも次第により柔らかいものへと変わっていく。

 表情は困惑が残っているものの気遣わしげになっていて、やっぱりオスカーらしいなぁ、と今度は嬉しくなり笑みが溢れる。しかし大丈夫そうだと判断されたのか、笑顔を見せた瞬間に手が引っ込んでいってしまった。非常に残念だ。



「……もういいな」


「は、はい」



 あ、確認はしてくれるんだ。そこが可愛くて、愛おしくてなんとも言えない感情が沸き上がる。

 直後に心の中で首を捻る。今のはなんだったんだろう?



「……敬語は使わなくていい」



 今の返答を気にしたのか、静かに言うと紫の瞳が逸らされる。

 そしてそのまま、こちらに背を向けると研究室の扉の向こうに行ってしまった。まさか、気遣って来てくれたのだろうか?というか結局足音はしてなかったけれど、最初どうやってこっちに来たの?まさか転移?


 そんな疑問に答えがある筈もなく、暖かい気持ちのままアズサは他の本を読もうと動き始めた。






 ~~~~~






 研究室の扉を後ろ手に閉め、俺は椅子に向かって歩を進めると腰を降ろした。

 背もたれに体重をかけ、ふ、と息を漏らし、目の前に浮かぶ薄く伸ばした水の膜に視線を注ぐ。

 そこには、先程まで何を思ってか苦しげだったアズサが、今は幾つかの本を読みふけっている様子が映し出されていた。


 アズサの様子を眺めながら、今朝方の出来事を思い出す。


 研究室から出て、自分でもあまり使用していないベッドの中に気配を感じた。

 結界を張っていたはずだ、とか敵か、と思い咄嗟に大剣を抜き構えたが、いつまでたっても出てこなかった。

 声をかけてみるも一向に中から出てくる気配は無く、やむを得ず魔法で引きずり出してみれば忌々しい妖精王と同じ姿をしている。

 思わず壁に叩きつけるように放り投げてしまった。怪我をしていなかったのは幸いか。


 魂の質が妖精王と似て非なることから誤認は解消されたが、膨大な魔力を有していることは一目でわかった。

 非常に不審なためその後の必死の願いも却下したかったが、見える感情が恐怖や恐慌、驚きや不安で埋め尽くされていたこと、また丸腰であったことから無闇に放り出すと死にかねんだろうということも予測できた。


 この家は大陸の西部に位置する信仰魔法国家の国境の外、誰の地でもない人魔大山脈の麓にある森の奥。樹海の奥まった場所にある。周辺に張ってある結界から出ればすぐに迷い、魔物に襲われるだろう。

 俺としては見捨ててもいいが、この魔力量の存在が近隣で死ねば魔物はおろか魔族まで呼びかねん。面倒くさくなることは避けるに越したことはない。


 聞けば家族のこともわからない、姿も元は違うものだったと言う。魔法や魔術に関しての知識が皆無なのか魔力を操る様子もなく、ただ必死に助けてと願う姿は、まるで妖精王が命乞いをしているように見えて……



(いや、奴は命乞いなどしないな)



 清廉潔白な妖精王。あの女は自らの内にもう一つの人格を抑え込み封印しながらも、されど強大な力を持ち善のために振るう。


 俺を追放しておいて、何が善だ──


 自嘲するように唇を歪め、妖精王に向けそうになった思考を払いアズサに感じた疑問についてに切り替える。


 家を一通り案内してわかったことは、アズサが魔法や魔術に関しての知識が本当に皆無だったということだ。

 バスルームの魔具、トイレの魔具やキッチンの物、照明。この家は俺が独自に考えた魔術や魔具を置いているにも関わらずそれ自体に驚いている様子はなかった。

 オリジナルの魔具だと知れば誰しも驚くはずなのにも関わらず。


 オリジナルの魔具であると判別出来なかったとして、貴族ならば特徴は違えども魔具を使用することは当たり前の生活なのかもしれない。だが、それにしては無知すぎるし服装も変わっている。

 魔法、魔術文字を知らないとは貧しくない限りあり得ない、というのがこの大陸の常識だ。



 しかも、見たところアズサはどの人物階級にも属さない状態だ。魔具を知らないため貴族ではなく、服装の様子や行動の様子から貧しい出でもない。長耳ではあるが、魂の質が違うために信仰国家の森に住むとされる長耳族でもない。

 加えて周辺一帯結界が張られているにも関わらず、感知させることなくいつの間にか家内に入り込んでいたというのもおかしい。


 “まるで最初からそこに居たかのように存在し、しかし世界の何とも当てはまらない”。



(魔界やこの世界ではない、異なる世界から来た、か……?いや、それはないな)



 警戒するに越したことはない、と判断し昼食の後は研究室から今のように監視していたが、怪しい行動はしていなかった。むしろ世界中で出版されている魔図鑑に表情をころころ変える様子は面白おかしくもあった。

 表情に翳りが見え始め、胸元を押さえて悲しげに顔を歪ませる姿に、思考する前に転移を使用してしまったのは自分でも驚いた。


 俺はそこまで他者を気遣うような者でもないし、むしろ他人など煩わしかった。そもそも今まで気にかけるような存在も居なかった。


 撫でている時の安堵した様子や安心したような笑みは更に驚き、胸を揺さぶられた。

 自分は、他者のそんな表情も見てきたことがない。

 今まで、そう──



「173年間。一度も、か」



 俺は、誕生してから一度も、自分に対してのあんな笑みは見たことがなかったのだ。

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