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闇の中に手を伸ばす(仮)  作者: カルマ
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4.創作脳は順応が早い

 粗方の説明を聞き終えた私は今、ベッドサイドに座って昼食ができるのを待っていた。

 家主に任せてサボりとかじゃない、罪悪感は勿論あるけどこれは至極真っ当な、そう、真っ当な理由がある。




 料理ができない。




 元世界で市販の完成品、ぶっちゃけコンビニ弁当を毎日食べてたのか、もしや料理下手なのかと考えたそこの貴方、違います。

 包丁は使える、フライパンも使える。基本的なことはちゃんとしていました、作れないなんてことはない。


 じゃあ何故か。


 香辛料や食材が見たことの無い肉や野菜だったからだ。「なんだか悪いので料理作りますね」と冷蔵庫らしき戸棚を開いた瞬間、ぷよんとした半透明の肌色のスライムのようなものが視界に入って私の脳は停止した。

 即座に閉めて、腕を組んでこちらの行動を監視しているオスカーに頭を下げれば「やはりな」と言わんばかりの苦々しい顔を向けられてしまった。

 それがかっこいいのがまたムカつく。


 こほん。そんなわけで、私はベッドサイドに腰を降ろしている。

 何をするでもなく、ただ視線をさまよわせているため思考は進み、より罪悪感が積もっていく。ここでも私は何も出来ない──そう考えて、慌てて思考を切り替えようと視線を移し、姿見が視界に入り込む。



(そういえば、私は自分の姿をちゃんと見てないな)



 思い立ったが吉日、すぐに立ち上がって姿見の前に移動する。流し台の前で何かを洗っているオスカーの視線が一瞬こっちに動いたが想定内。


 姿見の前に立ち、改めてよくよく見てみると自分の姿だと解っていても見惚れるくらいに可愛い子が映っている。


 腰の下まで届くストレートロングの髪は光を反射し淡い青紫に輝いている。陽の光の下では薄紫となるその髪は、指を通してみれば薄絹の糸よりも上質なのではないかと思うほど手触りも指通りも良く、驚いて目を丸くしてしまう。

 少女と淑女の中間のような顔立ちを、髪の隙間から横に伸びている垂れた耳がバランスよく引き立たせている。また、パッチリとした目はつり上がっているが、耳が垂れているからかキツさを感じさせることはない。


 服装は元世界のもので、ゆったりとした灰色のシャツと七分丈の黒いスパッツを履いていて、容貌とちぐはぐになってしまっているがそれでもどこか可愛らしくどこか妖艶な姿をした自分が映っていた。

 余談ではあるが、自分の分身であるアイリスの胸を「美乳こそ至高!!」と小さめにしたため、今の容姿の胸元にも控えめな膨らみが存在している。現実の自分の大きさより少し大きいのは嬉しいやら悲しいやら。



(ともあれ、やっぱり外見はアイリスのものになっちゃってるかぁ。可愛いから良いしイメージ以上なんだけど……耳、とか明らかに種族が人間じゃないよね)



 慣れない視界の高さにおっかなびっくりなんだよね、と床を見下ろす。

 本来の自分の背丈より確実に10cmは高いため、立ち上がったときにはとても驚いた。



(あとは……)



 念力を使うかのように、ベッドの上にある抱き枕に心の中で来い!と命じるが、うんともすんとも言わない。

 確か自分には寝る前に書き込んでいた、チートの斜め上をいくチート級の設定があったはずだが、そういったものは無くなってしまっているようだ。



(まぁ、使えても多分手に負えないよね)



 自らの分身、アイリスにも同じ能力を持たせているが、名称は“万物魅了”“万物操作”“並列演算”と、名前だけで判るとおり人の身に有り余るものばかり。

 私がそんなものを使えるわけがない、使えたら恐ろしくて外に出たいと思えない。無意識に体を抱いてため息をつくと、暫くしてから美味しそうな香りが漂ってくる。


 そういえばお昼ご飯を用意してもらってたんだったな、とすっかり忘れていたことを思い出してオスカーの方を向けば、そこには見たことはないが美味しそうな食事が並んでいた。



「昼だ」



 オスカーはそれだけ言うと隅に置かれていた予備用らしき簡易椅子を運んで座り、さっさと食事を食べ始めようとする。

 自分も、と足早に椅子に座ると、より暖かく美味しそうな香りを感じて思わず頬を綻ばせた。ベーコンみたいなのとかリゾットみたいなのとか、やけに雰囲気が近いものがある。とても美味しそう。



「いただきます」



 胸の前で手を合わせ、食前の挨拶を言えば一瞬驚いてオスカーの手が止まり視線を向けられる。

 どうしたんだろう?と見つめ返せばすぐに目を逸らされた。



「……ああ」



 やや空白の後に相槌を打たれる。より嬉しくなって、笑顔のまま器を手に取りリゾットらしきものを食べ始めた。






  *






 結果的に言えば、食関係もまったく問題ないことが判った。味が合わないなんてことはまったくなく、また見た目も問題なく美味しそうだった。

 あのとても驚いた、半透明の肌色のスライムらしきぷよんとした物も多少不思議な味はしていたがなんだか癖になるものだった。あとは調理法さえ解ればなんてことはない、どこかにレシピでもないだろうか。


 昼食後、オスカーは食器を食洗機のような魔具に入れて素早く研究室に行ってしまった。「御馳走様でした」と言ったら苦いような、渋いような、困惑したような何とも言えない表情をされたが何故だろうか。あまり深くは考えないことにした。

 ちなみに私は何をしているかというと、昼食に対する感想を心の中でつらつらと並べつつ本棚の前で首を傾げている。本に使われている紙の材質がそれぞれ違うのだ。といっても、アズサは現代日本育ちなのでどういう違いがあるかはわからない。

 背表紙にある題名もまた、様々だった。



「『属性の適性における魔力の属性変換』、『属性から概念抽出~氷で時は止められるか~』……何この面白そうな本……?」



 本というよりは、自筆の書類を内容ごとに纏めたようなものだ。きっとオスカーが書いたのだろう、なんだかとても興味をそそられる。

 他にも『薬草図鑑』や『調合リスト』等オスカーが自筆や市販品に加筆したような、どちらかと言えば資料集のようなものまである。一番気になったのは市販品らしい『魔図鑑』だ。



(こんなものまであるんだ、私が描いたのは人物詳細とかざっくりとした世界観とかだったけど……ここには、ちゃんと皆が居て、動いてるんだ)



 それを改めて実感し、胸の奥から沸き上がる感動に涙腺が弛んでしまう。

 慌てて涙が零れ落ちる前に表情を戻すと、幾つかの本を手に取りベッドへと戻った。こういうとき、簡単に揺れ動き表情に出る自分の感情は少しだけ困る。

 隅から隅までくまなく眺めても俗っぽい本が本棚に一つも無いのはなんともオスカーらしいな、と笑みを浮かべて、まずは分厚い『魔図鑑』を開いた。



(“はじめに。魔図鑑では主な魔物や魔族についてが載っている。魔人は個体が特別なため、魔人という種族で一括りして魔人種、と呼んでいる”……ふむふむ)



 集中して、字を追う。

 魔狼や魔兎などは格好良かったり可愛いイラストが載っていて楽しく読めたが、食人植物の辺りでは「げっ」と思わず声に出してしまっていた。毒々しい色合いや生々しい見た目は絵であるにも関わらず気分をげんなりとさせる。

 また、所々加筆されているのはオスカーが直に戦ったということなのだろう。



(精霊、見える人は限られている。魔法は大気中に存在する精霊の力を借りて発動するものであるが、精霊魔法という精霊の力を従えるものもある……竜種、人魔大山脈? に棲息している……。ほへぇ、魔族っていっぱいなんだなぁ)



 途中意図的に破られたようなページがあるものの、それ自体にあまり疑問は持たずにすらすらと紙面に走らせていた視線は、ある一点で止まる。



(魔人、だ)



 魔人。魔の中でも上位存在を示す。

 殆どは魔界に暮らしており、魔族が完全に人型をとることが出来れば魔人種になるとされている。また、特殊な魔力を有しており、魔力が放出された場所では魔物の出現が格段に増えるという。

 記述を見て、自然と眉を寄せる。頭の中には、一人の男性のイラストが浮かんでいた。



(フレイ……)



 フレイ、という名はアズサが創ったうちの子、オリジナルキャラクター達の中の一人の名前である。


 妖精族だったがとある事件をきっかけに魔人化してしまった、アイリスの義理の弟……という設定を持つ。


 アズサは思考に余裕が出来てから、この世界にいる自分が創った者達のことが心配になってきていた。フレイのように、思考は中立だが種族は人間の敵、というような位置の者が多いせいだ。


 中には、オスカーのような“絶望の過去”を持つ者も少なくはない。自分が想像し創り出したとはいえ、それは物語中の出来事である。現実に起きてしまったとしたら、現実の過去にあったものとなってしまったら、その絶望は計り知れない。

 私だったらきっと耐えきれない……とアズサは顔をしかめた。



(皆、どうしているかな……大丈夫かな)



 そのまま読み進めて、時折見知った種族名を見る度に思いを馳せる。


 結局妖精族の記述は無く、きっと破れていたページは妖精族のページだったんだろうな、と想定する。

 そして、そのことにも心を痛め、無意識に胸元の辺りを押さえ込む。


 アズサの大好きな者達は、オスカーは、間違いなくアズサが創り出した苦しみを経て今もなお苦しみながら生きていると知ってしまった。

 胸が、痛んだ。

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