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闇の中に手を伸ばす(仮)  作者: カルマ
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3.優しくはないけどお人好しだった

 必死に説得すること更に数十分。

 最初はとんでもなく警戒し鋭く睨んできたオスカーだったが、次第に本当に私が世間知らずで着の身着のまま状態であることを理解し、警戒は解けていないものの何故か同情的な雰囲気が流れ始めている。私の気のせいだろうか。

 しかしこれならオスカーの協力を得る、とまではいかなくても居候になることくらいは多分きっと望みがある。


 そんな期待を込めて私は口を開く。



「と、言うわけで、貴方の家に住まわせてください!」


「却下だ」


「そんな!?」



 即答され、思わずこちらも絶望に満ちた声が出る。さぁっと血の気が引いてどうしよう、と不安が溢れて俯くが、不意に聞こえた「ふん」という声に視線を戻す。

 上がっていく視界には、不本意だとばかりに忌々しげに表情を歪めてはいるオスカーが観念したようにこちらを見ているのが映り込んだ。



「……仕方がない、俺の家に住むことを許可しよう」



 一瞬だけ思考が真っ白になってから、続いて私の胸に喜びが沸き上がってきた。まさしく九死に一生を得たことに喜ばずにはいられず、頬が綻ぶ。



「ありがとう……!」


「だが」



 言うが早いか目の前に大剣を突きつけられ、ひっ、と情けない声を思わず漏らす。いやだって、片手のみで大剣を持っているのに素早い。怖い。


 恐怖に表情を凍り付かせた梓に、冷えた視線を突き刺すかのように送ってオスカーは言葉を続ける。



「不審な行動だと俺が認識したら、命は無いものだと思え」



 それだけを言い残すと大剣を背負い、ふんと再び鼻を鳴らし……ふと思い出したように口を開く。



「お前、名は?」


「あ、私の名前は……」



 言いかけて固まる。確か私の真名は割と重要だったはず。

 それから、自分がこの姿である以上は自分の設定につけた名がある。それを使うべきか、否か……しばし悩んで、結局元世界のものにした。



「私は、アズサと言います。その、よろしくお願いします」


「アズサ、か。……よろしく頼む」


「あの、貴方の名前は……?」



 聞いてみると、教えたくないと言わんばかりに睨まれてしまった。

 仕方がないので、オスカーが名乗っていないのは疑問に思わないことにする。名は知っているが、名乗られない限りは呼べない。

 斯くして、うちの子の世界に原因もわからぬまま身一つで入ってしまった私、アズサと、私の一番のお気に入りのオスカーとの物語は始まった。


 この先アズサに降りかかる試練は多く、また困難なことも多いだろう。何故なら……



(オスカーは闇堕ちの可能性ありの子なんだよね……)



 そう、復讐のためだけに生きるという題材を持つオスカーには、他の子より特別絶望も試練も作り込んであったからだ。






  *






 余計な物に触られても困るからと家を軽く案内してもらい、わかったことがある。廊下がない。


 外に通じる玄関を入ればすぐキッチン兼リビング兼寝室に入ることになる。入って目の前にそれなりに整えられたキッチン、左には手前にバスルームや脱衣所への扉、左奥にはトイレへの扉。

 右にはそこそこの広さのリビングスペースがあり申し訳程度の机と椅子がある。

 その奥にやや散らかっているうえに本棚に囲まれているベッドがあった、リビング兼寝室というわけだ。

 キッチンの右、リビングスペースにもやや奥に扉があり、そこは薬品や魔具等がある研究室のため梓は立ち入り禁止である。

 無論、魔具やらの知識が皆無のため核爆弾になりかねないかもしれない物がある所へなど入りたくもないのだが。


 ちなみにこの家、見たところ木造らしい。床はフローリングに近いけど、壁は沢山の木の根が密集したようなもので所々凸凹だ。くり貫かれた穴に填めたような窓は意外にも綺麗に収まっている。

 一応雨風の侵入を防ぐ家としての役割は果たせているようだ。私はこの家はオスカーが魔法で作ったんじゃないかと思っている。


 基本的に室内の明かりやキッチンのコンロは魔法器具でなんとかなるらしい。使用した分魔力を補充すればなんとかなる、とのこと。

 トイレが洋式の水洗なのはとても嬉しかった。魔法、なんて素敵で偉大なんだろう、私も出来るなら学びたい。自分に魔力があるのかはさておき。


 ここで室内を見回していて、単純な疑問が頭の中に浮かぶ。



(部屋が、余ってない……よね?)



 ベッドは一つ。ソファーなんてものは無い。また研究室も入れない。バスルームで寝るのは困難だろう、トイレも同じく。

 導き出される解は一つ。



「あの、まさか一緒に寝るの……?」


「っぐ!?げほ……っ」



 その問いかけを口に出すと同時に隣から盛大に咳き込む音が聞こえる。何事かとそちらを見れば、コップを片手にげほげほと身を曲げて苦しそうにしながら、どこか恨めしげにこちらに視線を向けているオスカーが映る。


 様子からして気管に水か何かが入ったのだろう、苦しげにしているのが心苦しくなり背をさすって落ち着かせようとする。

 しかし、手を伸ばした瞬間、オスカーの瞳に敵意とか色々混じった眼光が浮かんだため慌てて引っ込める。



(触るな、ってことだよね)



 そこまで怖い顔しなくても、攻撃したりとかしないのに。そもそも出来ない、はず。

 そんなことを考えながら落ち着くのを待つ。幸いにもすぐに落ち着いたようで、オスカーは表情を緩めた。瞳からは敵意が消えて、代わりになんだこいつ、と言うような視線に変わる。



「けほ……そんなわけないだろう」


「でも、ほら、あのベッドは貴方のでしょう?あ、私が床で寝ればいいのか」



 勝手に自分で納得し、うんうんと頷く。居候だしね、当たり前だろう。

 そんなアズサの決めつけは早々に否定される。



「お前、たとえ居候だとしても女を床で寝かせるわけがないだろう……?」


「え、居候だし床で……」



 床で寝るよ、と言いかけて思い出す。


 話は少し変わって、ギャップ萌えを御存知だろうか。ほら、ツンデレとかクーデレ、とか。

 私の好みはまさしくそれである。かっこよくて可愛いとか堪らない。最高。

 そして、好みは当然理想に出る。つまり、私の理想たるギャップ萌えはオスカーにも入っている。


 例えばクールな人物が愛らしい動物に微笑むように。例えば、そう、復讐に生きる人物がなんだかんだお人好しだったり、割と紳士だったり。



「いや、お前はベッドを使うといい。怪しいとはいえ女に床で寝ろとは言わん」


「でもその、床は痛いと思うよ?体痛くなるよ?」


「ならお前の体も痛くなるということだな、それなら俺が床の方が良いだろう」


「うっ……」


「それに……床で寝るのは、いつものことだ」



 最後に発された呟きは小さすぎて聞き取れなかった。

 昔床で寝たことのある身としてはおすすめしない、そういう意図で発した言葉は正論で返されてしまう。



(そうだ、こういう子だ……)



 何も言えなくなって硬直するアズサを尻目に、一連の騒動でアズサを布団から無理矢理追い出すときに大量に散らばってしまったのであろう羊皮紙や紙類をオスカーはテキパキと片づけていく。

 視線だけを動かして遠くから覗いてみれば、図形に日本語とよくわからない言語が書かれている。

 まさか言語も違うのだろうか、そう思って聞いてみればよくわからない言語はただの魔術文字、とのことだった。そういやルーン文字とか現実にあったもんね、魔法や魔術用の文字があっても不思議じゃない。というかあるだろうし。



(うん?もしかして魔法を使うにも魔術文字を習得しなきゃいけない?いやいやでもでも、確かオスカーや他の子は無詠唱だし、詠唱があっても日本語だろうし)



 そもそも自分に魔力があるのか無いのかさえ判っていない状況でそんなことを考えるのは早計というものだが、そこはロマンだから許してほしい。私だって魔法は使ってみたい。

 具体的に言うなら水を操ったり何もないとこから紅茶のカップを取り出したりしたい。あとは、そうだな……という具合に思考が別方向にどんどんズレていき、戻ってきた頃にはベッドはすっかり綺麗に整えられていた。



「これでいいだろう、ここを使え」



 袖から埃を落としながら、気怠げに言われる。言葉には絶対に床で寝させないという意思が見える、なんだかちょっぴり可愛いと思ったのは内緒だ。


 床がなんだのと同じ問答を再び繰り返すのはオスカーも面倒だろうし、アズサだって不毛だとわかっていながら続けたくはない。大変不本意ではあるが、ベッドで眠れるのは確かにありがたいから頷いておく。


 満足げにふん、と鼻を鳴らされなんだかなぁと思うが仕方がない。

 早くやってはいけないことを説明してしまいたいオスカーに色んなことを頭に詰め込まれながら、記念すべきか呪うべきかの初の異世界生活一日目の朝は過ぎていった……。




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