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闇の中に手を伸ばす(仮)  作者: カルマ
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2.展開が寝起きに優しくない

 消滅?復讐?えぇ、頭が真っ白になりました。なってます。

 数秒の空白の後にやっとこさ再び回り出した脳が、無駄なことを考えながらもなんとかオスカーの情報を引きずり出す。



 オスカー・シュヴェルツェ。妖精族の男性で、幼い頃から周囲に疎まれていた。

 ある事件をきっかけに先々代妖精王アイリスによって妖精郷から追放され、妖精王アイリスが張った隔離結界内にて自給自足の生活を送る。

 妖精王は転生封印で代替わりするために先々代妖精王没後は隔離結界が解け、人間に捕まり……とにかく、明るい人生とは言えない。


 オスカーが復讐を誓った相手で消滅しそうな相手というと、死亡とは言ってないことからアイリスくらいしか居ない。間違いなく、アイリスと勘違いされているのだろう。

 しかし何故、自分はあの子とまるきり姿が違うはず。出てきた新たな疑問は、直後に解決する。



「う、そ……」



 オスカーの体の向こう、うっすらと埃を被った姿見。その中に居る梓は、長さは元居た世界と変わらないものの色が違う薄紫の髪で、ややつり上がりがちな瞳は茶色ではなくルビーのように紅く煌めいている。

 少女と淑女の中間のような顔立ちに、印象の強い長く垂れた耳。


 間違いなくそれは、“うちの子”の中の一人。一番最初に梓が創った存在で、梓の分身。





 ──アイリスの外見そのものだった。





「なん……」


「さて、充分待ったがさして聞けることもなかった。追放した者に利く口も持たんということか?まぁいい、拘束させてもらう」



 呆然としかけた私の耳に、やはり感情の入り交じった声が聞こえる。激怒しているためか、早口だ。まずい、これはまずい。かなりまずい。

 とにかく原因究明は後にして今は命の安全を確保しなきゃいけない。自分がアイリスの本体という“あの設定”の通りなら大丈夫だろうけど自信がないし不安だし痛いの嫌い。



「ま、待って……」



 精一杯叫んだつもりなのに驚くほど声は掠れていてか細い。そこはもうちょっとなんとか出てよ!?と思いつつも、体は心に正直なんだなとどこかで冷静に思考する。

 恐怖で動けなくなり畏縮しているのが感情、本能ならば。生きねばと思考を回しているのも理性ではあるがまた本能。

 声が出るのなら、まだ余地はある、かもしれない。



「……なんだ」


「話、を、聞いてください……」



 たどたどしく言いながら視線を上げ、再びオスカーの目を見ると眼光はそのままだが、綺麗な紫の瞳が目に入る。

 一瞬見惚れそうになったが相手の表情が嫌悪に歪んだため、びくつきながら慌てて思考を引き戻す。


 暫くの沈黙の後、ふっとオスカーの瞳から少しだけ力が抜けた。と同時に気怠げに口を開く様子に私は内心ほっとする。……攻撃魔法を唱えられたら多分終わるが、そこはなんとかうちの子を信じたい。



「言ってみろ」



 賭けに勝った、もうこの一言しか出ない。正直オスカー・シュヴェルツェという人物の過去は救いのないものにしかしてなかった記憶があるためオスカー自身が追い詰められすぎていたら万事休すだった。

 しかし、反応を見る限り一番危険な時期ではないのだろう。


 まだ安心できないことではあるが、聞く耳を持ってくれたことも嬉しい。梓は頭の回転を早めてなんとか打開策という名の屁理屈論を弾き出し、口を開く。



「え、と……まず、消滅や復讐、がなんのことだか私にはわかりません」



 嘘をついていることに罪悪感を憶え、ちくりと胸が痛む。

 全て知っている、というか私はそれを考え創った。謂わばオスカーの辛い人生の設計者でもある、わからないなんて言えないのだが死んでは元も子もない。

 知ってたら知ってたで不審人物なことは確定だろう。


 オスカーは眉を寄せ、梓を注視すると同時にオスカーの紫の瞳が淡く輝きを帯びた。

 あれは確か、妖精族特有の“魂の質とか物の感情とか見えちゃう眼”。命名がださいのはご愛嬌。

 要するに、見ようとすれば魂の質までも見える眼でオスカーは梓が本当に関係が無いのか見ているようだ。



「……そのようだ」



 静かに届いた言葉に、表情が少しだけ弛む。なんとか誤解はされずに済んだ、これは私にとって完全勝利以外の何物でもない。

 完全勝利はさすがに言い過ぎだがひとまず命の保証はされたと判断しよう。



「だが、それならば尚更俺の家に居る理由も意味も原因もわからんな」



 前言撤回、まだまだ危険である。






  *






 あれから数十分。私はなんとか自らの妄想力、こほん、想像力と真実を織り交ぜてオスカーの警戒をある程度解くことに成功していた。さすがうちの子、お人好し。そんなことを考えていたら、悩ましげに伏せられていた瞳が上がり視線がパッチリと合う。


 ちょっとだけ心臓が跳ねたのはオスカーの瞳が綺麗だからではない。蛇に睨まれた蛙状態だから、なはず。



「……つまり、お前は元の姿から変化させられた状態がその姿で、此処に居た理由も全くわからないと」


「はい」



 嘘は言ってない、本当のことだけである。いやちょっぴり嘘もついた。家に関しての記憶は曖昧とか自分をこの姿にした人物のことが知りたいとか。


 そもそも寝る前に私は自分に関する設定に梓の分身、アイリスと瓜二つと自分で書いている。つまり何故この世界に居るのかは抜きにしても自分をこの姿にしたのは紛れもなく梓自身であるとひとまず憶測をたてた。



(と、とにかく、これで信じてくれればなんとか生きれるはず!)



 再び思考を始めたオスカーは、腕が疲れたからか単に面倒くさくなったのかここにきてとうとう大剣を私に向けるのを止めてくれた。まだ手に持っているのは許容範囲とする。


 大分思考にも余裕が出てきた、というよりはもう諦めにも似た感覚を覚えつつ、再び考え込むように視線を落としたオスカーの外見を分析する。


 ああそれにしてもかっこいい。室内の、ふよふよと浮いた多分魔法の明かりを反射して髪の色合いがよくわかる。

 鴉の濡れ羽色、もしくは夜闇色だろうか、光沢のあるプルシアン・ブルーの髪は、やっぱり所々跳ねているがそれが良い。悪く言えばボサボサ髪だが。

 端正な顔立ちはイメージ以上の洗練された美しさで、警戒は残っているもののさっきまでの激情がなくなっているからか先程よりもどこか愁いを帯びていて陰りのある雰囲気をしている。背の下側、腰の辺りにあるはずの薄紫の蝶の羽はなくなっている。

 確か普段は消しているんだったなと思い返して、そういえば、と私はオスカーの服装に視線を移す。


 長袖の黒いローブを羽織っており、前を開けているため中に着ている灰色のシャツと現代日本にありがちな黒デニムが見える。シャツの隙間から覗く斜めに垂れている白いベルトや、着用者の脛まで護る黒い革のブーツ。細身ですらりと高い身長が、ローブでより強調されている。

 デザインはここまで細かく書いていなかったが、それも梓がイラストに描いたものだ。



(実物になるとこんなにかっこいいなんて……)



 随分とじろじろ眺めてしまい、途中からオスカーが視線に気付いて怪訝そうに眉を寄せて梓を見ている。しかし、梓は夢中になっているためそれに気付いていない。

 座り込んだ状態から動いてはいないものの今やアズサの表情は恐怖や不安から、明らかな興味に変わっていた。


 オスカーは溜め息を吐いて、すっかり眺めるのに夢中になっている梓に声をかけた。



「おい」


「わひゃ!?」



 びくん!!と肩が跳ね、そこでやっと気が付いた私はオスカーに視線を合わせる。ごめんなさい、思いっきりじろじろ見てました。というかめっちゃ賞賛してました。



「……お前の話の大半が信用出来るものではないが、どれも証明することが不可能に近いことは理解した」


「分かっていただけたようで何よりです……」


「だから、直ぐ様ここから立ち去るといい。今回ばかりは侵入者としてではなく迷い人として見てやろう」


「それは困る!」



 思わず口走った即答に、更に怪訝そうに眉を寄せ警戒を深めましたと言わんばかりの表情になるオスカーだが、私には困る理由が沢山あった。ありすぎた。


 まず土地勘なんてない。あるわけがない。ここがどこかもわからない。それ以前に、人物や世界に関しては粗方骨組みは組んでいたが、国とかそういうことに関しては一切考えていなかった。

 強いて言うなら騎士の人物を考えた時に仕える国に関してを少し想定したくらい。


 次に通貨がどういうものかも知らない。自分に稼げるのかもわからない。

 知り合いなんて多分世界のどこかに居るであろう、うちの子達以外一人もいない。しかも、向こうからは初対面扱いであろうことはオスカーの反応から察せる。

 そしてこの世界に関する知識が乏しい。





 そこから導き出される答えは一つ。


 オスカーに助けてもらわないと私の人生は遠かれ早かれ、終了するということだった。

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