第二十六話 海斗の本気
その後、無事鬼を退治し終わり一息ついた。海斗はその後も何日か滞在して琢磨達と友好を深めてからその国、ニッポンを出て行った。
「さて、あのときの借りを返すとするか花梨」
「そうね・・・あのときよりもさらに強くなったわよ?私たち」
ちなみに二人が言っているあのときとは、海斗が滞在し始めた頃に二人と軽く勝負をしたことである。
もちろん三人とも全力は出していなかったが、海斗達ぐらいの実力になると本気を出さなくても勝ち負けぐらいは分かるものだ。しかし、今回はサリエスが結界を張るので心置きなく戦える。
「・・・ま、強くなったっていえばそれは俺もだしな」
そんな二人に珍しく海斗も挑発の言葉で返した。
「分かってるさ、・・・やろうか」
琢磨がそう言って懐から数枚の符を取り出して構えた。
「Physical ability improvement」
海斗が呪文を唱えるとぽう、と海斗の体に淡い光が灯った。
「・・・始めっ!」
サリエスの言葉を聞いた瞬間に海斗は思いっきり前に飛び出していた。呪文で身体能力を強化されている海斗にとっては百mでさえ一瞬だ。
ほとんどのものには瞬間移動したように見えただろう、しかしそのスピードに二人は難なく着いて来た。
海斗は体勢を低くして横っ飛びに避けた琢磨の懐に飛び込むと神速の拳を十発程叩き込んだ。
そのすべてを防ぎきれなかった琢磨は後ろに思いっきり跳躍して逃れた。
それを追撃しようとした所に邪魔が入った。
「雷神の雷をここに」
ばっと後ろを振り返らずに思い切り横っ飛びに避けるとそれまで海斗のいた所を半径二mぐらいの特大雷が通り過ぎていった。
思わず背中に冷たいものが走ったが、それを気にする前に二人の追撃が来た。
二人は体に符を張って身体能力を強化しているらしい。だが、その符をはがすのがどれだけ難しいかを知っている海斗はそちらには気を使わずに集中し、嵐のように飛んでくる二人の龍斗並の体術での攻撃を防ぎきっていた。
「アースグレイヴ」
ぼこっと地面が膨張したのをみて海斗はすかさず上に飛び上がった。
十五mは軽々と飛び上がった。が、地面から生えてきた土の槍はその海斗の足下まで伸びてきた。
「風神の風をここに」
その瞬間に海斗は嵐の中にいるような突風を受けて軽々と吹き飛ばされた。
ずどぉんと会場を揺るがすような音を立てて海斗は着地した。いや、落ちた。
「不死鳥の炎をここに」
「ガブリエルよ、その力を示せ」
いつの間にか海斗の上空五m程にいた二人は符から不死鳥の形をした炎と、ガブリエルの槍を海斗に向けてはなった。
それは海斗を跡形もなく吹き飛ばすように見えた、が二つのもの凄い威力を持った魔術は海斗に行き着くかどうか、という所で霧散した。
「・・・いっつー・・・」
そこには服を少しぼろぼろにしてはいたが、何ともないように立つ海斗の姿があった。
「・・・それにしても驚いたわね・・・」
世界は広い、そして符術士の認識を改めなければ、とサリエスは思った。
自分達ではあの海斗をあんな風に追いつめることができたのは一度もない。
あの子達は符術に魔力を付与することによってもの凄い威力にしている。例えるのならエアガンを使っていた所に実弾の銃を使い始めたぐらい威力が上がっている。
もう符術士の攻撃を軽い、などとはとても言えないだろう。
「アノー、サリエスサン?」
「な、なんですかあれ・・・符術は軽いんじゃあ・・・」
そこでようやく今まで呆然と試合を見ていた二人が我に帰り、サリエスに質問してきた。先ほどのサリエスへの質問の答えと全くかみ合ってなかったからだろう。
苦笑しながら説明をし始めた。
「・・・海斗・・・」
そんな中、一人早紀だけは海斗の身を案じていた。
「・・・さすが、海斗」
「でも、傷一つないって反則じゃない?」
正直ここまでとは思わなかった。あれから結構修行を積んで強くなったと思っていたのに、今ので傷一つないとは想定外だ。
もちろんまだ本気を出している訳じゃないが、相手も同じだろう。欠伸をしながらこちらの出方をうかがっている海斗からは明らかに余裕そうだ。
「・・・しょうがない。本気でやるぞ」
「分かってるって、あれだね?海斗なら受けても怪我で住みそうだし」
二人は頷き合うと、懐から左右五枚ずつ十枚の札を取り出した。
海斗は二人の動作を見るとお、という風に身構えた。身構えたとは言っても一見体中から力を抜いて立っているように見える。が、それは守りにも攻撃にもすぐに移れる構えだ。
花梨に目配せしてから改めて気を引き締めなおして、おそらく最後になるだろう攻撃に集中した。
「我、朱雀の力を借りる」
「我、青龍の力を借りる」
二人が詠唱を始めた。魔力が滝のように二人の体から立ち上る。その内容は、ニッポンの隣の国に伝わる四神の内の二柱の力を借りるらしい。
「I borrow me,power of Ryuo」
二人に対抗して海斗も呪文の詠唱を始めた。
その緊迫した空気に会場内は静まり帰った。そこに響き渡る三人の詠唱。
「その炎の力は何者をも寄せ付けず」
「その水の力は何者をも寄せ付けず」
「The power of the dragon allows nobody to come near」
琢磨の頭上には炎の塊が、花梨の頭上には水の塊が、海斗の頭上には白い純粋な魔力の塊ができた。それに三人はどんどんと意味と魔力を大量に注ぎ込んでいく。
「朱雀よ、我に力を貸し与えよ」
「青龍よ、我に力を貸し与えよ」
「I lend the power to me,and,Ryuo give it」
琢磨の炎が朱雀に、花梨の水が青龍に、海斗の魔力が龍に形を変えていった。
会場の皆はそれを固唾を飲んで見守っている。魔力視を習得している生徒はそれに込められた魔力の質、量、それに構築スピードに驚いていた。
符術を使っている琢磨と花梨はともかく、海斗も恐ろしいまでのスピードで魔力を構築している。
「我、ここに朱雀の力の片鱗を顕現する」
「我、ここに青龍の力の片鱗を顕現する」
「I manifest a glimpse of the power of Ryuo me,here」
それぞれがきちんとした形をとった。海斗は何十mもある体躯をした龍を後ろに従えていた。
「朱雀の咆哮」
「青龍の咆哮」
「A roar Ryuo」
朱雀の口からは炎が、青龍の口からは水が、そして海斗が召還した竜王の口からは竜のブレスが吐き出された。
どっ、と朱雀と青龍の力と竜王の力がぶち当たった。
それは均衡するかに思えたが、海斗が竜王にさらに魔力を入れることによってあっという間に打ち消された。
ぐぅぉおおおぉおおぉおおぉおお
その竜王の雄叫びは雄々しく迫力があり、聞くものを皆竦ませた。
「ぐっ・・・」
「なっ・・・」
そんな中二人はあっさりと一族秘伝の技を破られたことに唖然としていた。
あれは一族の中でも一番優れているものに口伝で伝わる秘技で鬼でさえ粉々に砕く。花梨のほうもそうだった。
なのに、海斗はその二つの力を易々と破ってしまった。
今ので魔力を使い果たした琢磨はどっと疲労感に襲われた。このままへたり込みたい気になったが、気がつけばいつの間にか海斗が背後にきており、琢磨の背中に手を当てながらどうする?と気配で聞いてきた。
花梨と目配せをするまでもなく、自分達の負けだということは理解していたので大人しく手をあげた。
そのまま振り返ってせめてものお返しに花梨と海斗のぼろぼろの格好のことで笑い合っていた。
すると、それまで静まり返っていた会場が拍手と歓声で包まれた。
「すっげー」
「なにあれ?」
「何かのショーみたいだったー」
「すっごいドキドキした」
「篠宮くん?かっこいー!」
拍手と歓声。それに海斗達を褒めたたえる声に三人は少し圧倒されていたが、三人は頷き合ってその歓声に向かって手を振った。