「夢」
僕は滅多に夢を見ない。
子どもの頃から年に数えるほどしか見ない。
だからこそ、見てしまった夢は記憶に強く残る。
今朝起きると久しぶりに夢を見た事を実感していた。
夢を見た日は何時も頭が重く、頭痛が酷いが、その日は何時も以上に晴れやかだった。
夢の中の僕は小学生の頃の自分になっていた。
それは自分にとって楽しかった思い出と苦い思い出が同時に蘇る夢だった。
時系列や結果が事実と違ったものであったが、それは夢だからだろう。
僕はその日が休みであった事もあり、過去を振り返ることに決めた。
まず実家に帰り、文集や卒業アルバムを探した。
思っていたよりも残っているものだなと思いつつも、出てきたものを読み始めた。
僕の小学生時代は多くの小学生と同様に無敵だった。
自分に出来ない事は無いと思っていた。
例え今は出来なくても”いつか”どんな事でも出来ると思っていた。
僕は周りよりも成長が早かった事もあり、運動でも勉強でも苦労した事はなかった。
自分には才能があるし、いつか物語の主人公のように大きな事が出来ると思っていた。
小さな挫折はいくつもあったが、それも自分が成長して行くための試練としか思っていなかった。
久しぶりに小学生の頃の夢を見たせいか、自分を振り返ってみるとませた子ども時代だったと思っていたが、もしかしたら誰よりも夢見がちな子どもだったのかもしれない。
少年時代の一番の挫折が初恋だったのかもしれない。
ませた子どもだった事や、漫画が好きで恋愛物も大好きだった。
I`Sやいちご100%のような恋愛漫画は隠れて読んでいたし、るろうに剣心の中の恋愛要素の部分にすらドキドキしていた。
その影響か恋に恋していた。相手はいつも年上の人だった。
サッカーや水泳をしていて、上の年齢と練習をすることが多かった事もあり、年上の知り合いは多かった。
小学生の頃は1歳違うだけで、別世界の生き物のように思えるくらい大人に見えた。
特に女の子に関してはより強く感じた。
今では女の子の方が成長が早いからだと理屈で分かるが、当時は神秘や魔法のように感じられた。
大人のように振る舞いたい年頃ということもあり、存分に可愛いがって貰えた。
そういえば僕の幼少時代は同世代の男の子と遊ぶよりも、2歳くらい上の女の子と一緒にいる事が多かった。
そのせいか今でも見た目に反して女性的な趣味と言われてしまうのかもしれない。
そんな中、転機が訪れたのが5年生の頃だった。
2年に一度のクラス替えで一緒のクラスになったあの娘。
同じマンションに住み、水泳教室で一緒だった幼馴染が、いつも可愛いと言っていたので、名前だけは知っていたが、顏をよく見たのは初めてだった。
一目惚れというものが実在するということに自信を持って言えるのは、この時の体験からだった。
30を越えた今でも、一目惚れしてしまったのは、この時を含めて2度目だった。
2回目が25歳の時に初めて観にいった新日本プロレスのリングで見た中邑真輔だったので、どれくらいインパクトがある娘であったかは伝わるだろう。
臆病な今と違い、怖いものなんてお化け屋敷と絶叫マシン、それに観覧車くらいしかなかった僕はどんどん声をかけていった。
近づいてみると相手は非常に勉強が出来、僕の知らない事を沢山知っていた。
格好良いとも思ってしまった。
この後も引きずることになるが、僕は好きな人の好きなものまで好きになってしまう。
あの娘のせいで好きではなく、親の影響でやっていたサッカーは好きになったし、今まで興味もなかった歴史も勉強するようになってしまった。
6年生になるとあの娘はサッカーが好きで、時間がある時は学校では目立った存在であった僕の試合も観に来てくれた。
バスに乗り塾に通っていた為、毎回は難しかったが、公式戦には必ずといっていい程観に来てくれた。
僕はこの恋は実ると確信していたし、あの娘も僕のことが好きだと確信していた。
何より周りの数少ない友人からも、後押しを受けていた。
女の子って面白いなと思ったのが、友人伝いに確認作業をしてくる所だ。
恥をかかないようになのか、こういう部分も今思うと女の子の方が成長が早い部分なのかもしれない。
僕は当時大好きだったI"Sの一貴君と伊織ちゃんのようになれるのかな?でもあの娘は伊織ちゃんというよりもいつきちゃんっぽいなと的はずれな事を思っていた事をよく覚えている。
挫折を味わうのはこの後だった。
僕は当時既に169センチあり、当時の小学生としては大きい方だった。
骨格もよく、どんなスポーツをしていても人並み以上に出来た。
同じチームにさらに上の人間はいたが、ポジションの違いがあった事もあり、大きく気にはしなかった。
市や地区では負けが無く、自分に止められない人なんていないとさえ思っていた。
しかし狭い世界で完結出来る小学生にとって残酷な事に僕は一足早く広い世界を見てしまった。
幸運なのか、僕にとっては不運なのか、そこまで強いチームではない地元のチームが例年では勝ち上がれないステージまで僕らは勝ち上がってしまった。
県まで世界を広げると僕レベルは1チームに1人はいた。
それでも僕らはチームメイトの怪物のせいで、関東のステージまで登ってしまった。
群馬に行ったのが、これが初めてだったので、よく覚えている。
ここで、天狗の鼻は一度折れてしまった。
僕よりデカくて、早くて、上手くて、サッカーを知っている選手はいくらでもいた。
結果を全く出せなかった僕と正反対にあの娘は結果を次々出していく。
難しいと思われた学校に受かり、中学校では離れてしまうことを再確認する。
受かった学校は小学生ですら名前を聞いた事がある学校の付属だった。
僕はいくつかジュニアユースのチームから声をかけて貰えたが、親の決めたチームに進んだ。
後から聞いた話だったが、あの娘は親にもどうせ落ちるからとあまり賛同を受けない中の受験だったようだ。
僕が今のような面倒な性格になったのは、この頃からかもしれない。
ちやほやされ、上には上がいくらでもいるのに、見えなくて、急に見えてしまった。
僕は翼君でなく、きっと偶然にも翼君がいるチームでレギュラーになっていただけの選手なんだと思ってしまった。
何でみんな知っているのに馬鹿にしてチヤホヤするんだと、小学生、中学生ながら被害妄想に囚われてしまった。
それからは何をされても馬鹿にされているように感じた時期が続いて、あの娘とも疎遠になってしまった。
2人で初めて遊びに行ったナンジャタウンに卒業記念に誘われた時も断ってしまった。
我ながら一貴君に負けない逆走ぶりだっただろう。
その後は中学生になると周りに追いつかれ、追い抜かれていくだけだった。
巨漢に達人なしという言葉があるが、僕は身体の大きさを活かした動きが身体に染み付いている為か、細かい技術には自信がなかった。
その中で身体の成長が止まってしまった。
もちろん、止めたり蹴ったりするのは小さい頃からおこなってきたので、負けないが、対人での弱さが目立ってきた。
聞いた噂程度だが、あの娘は順調にエスカレーターを登っているようだった。
僕は新しい恋に移れず、あの娘が頭に残っていた。
というよりも誰に裏切られた訳でもないのに、見返してやる事ばかり考えて、自分の世界を勝手に狭めた。
通用する範囲で活躍をする事ばかり考えていた。
高校では、中学生に進学する時と違い、1校しか声をかけて貰えなかった。
私立の田舎の高校だった。
これから力を入れていく中で、手広く声をかけていた内の1つだったのが、子どもながらにわかった。
それならと思い、サッカーアニメの名作の舞台になった高校を受けたいと思って、試合を観に行った時に運命の出会いをした。
対戦相手の高校が異常なまでに引いたサッカーをしていた。
身内以外が見ても退屈でしかないサッカーなのだが、何故かワクワクしてしまった。
試合は引き分けのまま延長に入り、力尽きてしまったが、その戦いに感動してしまった。
多分、僕は勝てる範囲の相手には絶対に勝ち、負ける相手には負けることを良しとしている中で、格上に対して見苦しくも噛み付いていく姿に憧れを持ってしまったのかもしれない。
意外と怖いもの知らずな所が残っていたのか、監督と話がしてみたいと思い、挨拶に向かった。
挨拶に行くと僕の事を知っていてくれた事が嬉しかった。
この瞬間に行く高校は決めた。
ただし、一度ついてしまったネガティヴな感情は落ちなかった。
中学生の頃よりも顕著に表れる身長差や身体能力の差。
僕が周りよりも秀でていたのは、ボールを止めて蹴ることだけだった。
目標はドンドン小さくなり、強いチームに勝つ事から、まず自分が試合に出ること、それどころかベンチに座ることを目標にしていた時期も長かった。
いつまでにやろうと思っていた事がいつかになり、なりたいなとなっていく自分が嫌いだったが、これが大人になることだと納得するしかなかった。
高校を卒業する時には1校も誘いは無かった。
当然の話だ。
しかし、コーチの母校に進まないかという話がきた。
真面目な練習態度が後輩へ良い影響を与えていた、指導者を目指すなら大学サッカーを経験していた方が良いという事で、指導者になりたい何てこれっぽっちも思っていなかったが、何も考えず頷いた。
その結果、推薦枠に余りがあったという事で、その枠で面接のみの受験で合格を決めてしまった。
一番は大学生活を満喫したかったからだ。
受験をするよりも楽に入れそうだという理由だけで、選んでしまった進路だった。
僕はサッカーで離れていった周りを見返すよりも、恋がしたかった。
中学生、高校生と余裕がなく、恋に恋もできなかったが、誰かと恋がしたいなと思ってしまった。
漫画が好きな事は変わらなかった。
僕もいちご100パーセントの真中君のようになりたい、涼風の大和君のように誰かが隣に居てくれれば頑張れそうな気がしていた。
不運なのか、幸運なのか入学前に膝に大きな怪我をしてしまった。
入学式はもちろん、4月中は入院していて通学が出来ない状況だった。
サッカーはここで縁を一度切る事になった。
元々が定員ギリギリな学校という事もあり、特に問題なく学校にも残れた。
僕はアルバイトを始め、恋に恋した恋を成就させるべく精力的に活動した。
その中でも打算的な姿勢は残ってしまった。
良いなと思う子よりもいけるかもしれないと勘違いでも思える子にばかりアプローチをしていた。
自分で勝手に釣り合いとかを考えてしまう。
その中でもアルバイト先で出会った子には強くアプローチをしていた。
周りのバイト仲間が「あいつは無いよな」と言ってるが、僕は可愛い所もあるのにと思い、打算的なのか、天邪鬼な心が強く働いたのか、4歳下のその子が好きになっていた。
近づけば近づく程、魅力的に見えた。
末っ子のその子は慣れるまでは大人しく、真面目な印象だったが、実は甘え上手で、少し我儘、自分の主張は強く主張する性格だった。
そんな所も良いなと思い、人生初の告白をしたが、玉砕してしまった。
サッカーで負けることには、慣れていたが、振られるという体験は初の経験だったので、暫くショックだった。
自分自身にまだ期待している部分があったのだなと思い驚いた事をよく覚えている。
その後、長期戦の末、勝利したが、自分への期待値は減っていく一方だった。
それ以降は僕は自分には期待しない、仕事でも与えられた範囲は全力でこなすが、期待以上の仕事が出来ない。
自分の仕事しか出来ないと言われ続けられたが、気にもしなかった。
自分の数字を出来る範囲で維持していくのが、僕程度の人間に出来る限界だと思っている。
僕は目を覚ました時に夢であった事に気づく。
久しぶりに良い夢を見た。
小学生の頃の夢だった、好きだったあの娘。
僕が自発的にサッカーが好きになった一言、「サッカーやってる時は格好良いよ」
呪いでもあり、何よりも励みであったあの一言。
僕は後に恨みしか無かったが、思い返すとこの言葉の”おかげで”乗り越えられた壁も多かった。
自分が無敵だと錯覚していた頃、壁にぶつかり創意工夫をしていた頃。
思っていた結果はすぐには出なかったけど、目標を立てて、挑んでいた頃は楽しかった。
高校生になっても、初めの頃、大きすぎる目標を立てて挑んでいた頃は楽しかった。
そして伸びていた。
自分には世界を救えないし、奇跡も起こせない。
多くの人を感動させる事はできないし、歴史を変える事もできない。
でも、人から見たら小さな結果でも僕には楽しかったし、誇らしかった。
そして、それを喜んでくれる人は少なからず居た。
勝手に自分の限界を決めて、目標を小さくして「今の自分に出来る目標」だけを追いかけても面白くない。
夢の中の僕は自分にできない事に挑戦をしていた。
僕は夢を見ながらワクワクしていた。
久しぶりに挑戦したい、自分に出来ない事を目標にして成し遂げたいと思っていた。
目が覚めた僕は久しぶりに興奮していた。
久しぶりに何か”夢”を持ちたいと思っていた。
すぐには思い浮かばなかったが、何か行動に移したい気分でいっぱいだった。
翌日も休みだった僕はまず思いついたのが、失敗するであろう事に挑戦する事にした。
僕の知っている範囲で一番の美人を誘ってみた。
記憶の中にいる初恋のあの娘よりも唯一、容姿だけなら美人だと思う人だった。
これは、いわゆる度胸試しだった。
自分の中で怖がって手の届きそうな範囲でしか挑戦できない自分と別れる儀式だった。
余り良い出会いをしていないし、連絡先も機会があって知る事は出来たが、返事は必要性がなければ返ってこないだろうと思う。
予想に反して、誘い出すことに成功してしまった。行き当たりばったりで、何も考えていなかったので、グダグダだったが、心はワクワクしていた。
学生の頃に戻った気分だ。
当日は指定した時間よりも1時間も早く着く時間に出てみた。
メガネ屋さんに寄ってメガネを洗浄したり、遠回りをしてみたが、30分前に到着してしまった。
小説や漫画で定番な行動をしてみると凄い楽しかった。
見通しが良い道だったので、10分前くらいからそれらしい人が通る度に凝視してしまうが、綺麗になったメガネのせいで良く見える為か、すぐに違うと分かる。
僕の誘いで時間よりも早く来る訳が無いな、もしかしたら揶揄われて実際は来ないかもと長年染み付いたネガティヴ思考がよぎってくるが、胸の高鳴り、緊張が増してくる。
良い意味のドキドキが続いているのかもしれない。
手元の携帯電話を手に取り、時間を確認する。
2分前だった。
僕が顔を再度あげると、歩いてくる女性に目がいく。
私服を見たのが初めてだったので、すぐには気づけなかったが、顔を見ると間違いなく本人だった。
見慣れない格好という事も、緊張度を上げた。
普段お会いできる事があるとすれば、仕事の時だ。
お互い最低限丁寧に接しようとするが、今日は違うかもしれない。
相手は別に仕事上、僕と仲良くしなくても困らない立場だ。
頭の中には不安で埋め尽くされる。
それでも勇気を出して近づこうと思ったが、緊張して足が上手く動いてくれない。
声すらまともに出てこない。
最近だったら逃げ出したくなりそうだ。
でも、どうしたものか頭は不安なのに心臓は嬉しそうに動いている。
心は躍っていた。
血が凄い勢いで体を巡っているように感じる。
脳と心は別物なのかもしれないと思ってしまう。
相手が僕を認識した事に気づいた。
「あ・・・・本当に来ちゃった」
口から思わず言葉が漏れてしまう。
そして僕は少し怖気ながらも自然と一歩足が動いていた。
ごっちゃんですのように最後に一言だけ話す話を書いてみたいというのをテーマに書いてみました。
相変わらず書きたい事が書ききれないですね。