非情な制度に鉄槌を下さん
翌日。俺はミルクと共にギルドに訪れていた。
「ほらよ町長。例の変態、連れて来ましたよ」
酒屋の席で休んでいた町長を見つけて向かいの席に座り、ロープで全身ぐるぐる巻きにした変態怪盗――もといピノを見せびらかした。
「むっ、これまた唐突に捕まえて来おったのう。まさかこのようなチビ娘が例の怪盗だったとは」
「失礼だなぁ爺さん。こう見えて私は――」
「誰がジジィじゃ若造がぁ!!」
何時ぞやの俺の二の舞となるように、ピノの顔面に杖が減り込む。回避の達人のこいつでも躱せないものなのか。
「あれ!? あいつあの時の下着ドロじゃないか!」
「な、なんでこんなところにセクハラ怪盗がいるのよ!?」
「変態だー! 朝っぱらから変態が湧いたぞー!」
町長のでかい声のせいで周りから注目を浴びてしまい、同時にピノの顔を覚えていた住民達も周りに集まって来て、周囲が人で覆われてしまった。なんだかまた面倒なことになりそうな予感。
「なんだ駄目夫、お前が怪盗を捕まえたのか?」
「へぇ、駄目夫のくせにやるじゃない」
「どんな駄目夫にも長所の一つくらいはあるもんなんだな」
好き放題言ってくれる野次馬共。
「だから夫じゃねぇよ!」と言ったところでまたディスられるのは目に見えているし、ここは耐え忍べ野幌白兎。住民を敵に回すのは得策じゃない。
「にしても、よく捕まえられたのうお主。一応その小娘は指名手配されておる厄介な怪盗だったというのに」
「ホントだよ。兄ちゃんのせいで私の面目は丸潰れじゃんか。この責任は身体で払ってよ? 色々と見せてくれるだけでいいからさ。主に下半身的な意味もがぁ!?」
後頭部を掴んでテーブルに顔を叩き付ける。
テーブルが破損しないよう加減はしたが、仮に今ので鼻の骨が折れていようが謝罪の言葉は持ち得ない。
「誰に対しても容赦ないですねビャクト様……。せめて暴力だけでも控えましょうよ」
「何を言っているんだミルクよ。俺はここに来てから愛の鞭しか使っていないじゃないか」
「どの口がそんなこと言うんですか!? 愛じゃなくて無慈悲の間違いですよ!」
「そうか。なら今後はお前の言う無慈悲の鞭無しで生きていくんだな。短い付き合いだったが達者でな独立女神」
「嘘です冗談です! ビャクト様の鞭は慈愛の鞭以外に他ありません!」
分かれば宜しいクソ女神。初めからそう言えばいいものを。
「あの駄目夫、妻に主従関係を強制してるぞ」
「鬼畜ね。あの子もよくあんな鬼畜野郎に寄り添っているわよね」
「フフッ……フフフッ……。やはり素晴らしき鬼の所業……。私が求めていたのはやはりあの方……!」
「きっと家では性的な道具として扱われているのよあの子。あんなゴミカスに良いようにされて可哀想に……」
耐えろ、耐えるんだ野幌白兎。全員漏れなく顔面パンチを特急配達してやりたいところだが、送料を払ってまですることじゃない。注文の時期はじっくりと見極めるんだ。
「それで町長。こいつをこうして捕まえたところまでは良いですけど、この後はどうすれば?」
「それについては心配せんでも大丈夫じゃ。この後ワシからギルド総本部に連絡して、迎えの者を呼ぶようにしておくからのう」
「そうですか。ならそれまで俺はこいつを見張っておけば良いと」
「そういうことじゃ。下手に外を出回るよりは、ここで待っていた方が良いじゃろう。幸い総本部はこの町から然程遠くない場所にあるしの。迎えが来るのもそう時間は掛からないじゃろう」
「へぇ……」
ギルドの総本部か。なんか如何にも異界っぽい感じがしてきた。
やっぱ馬車とかで牢屋を引いて持って来るのだろうか?柄にもなくワクワクしてきた。
「あー、やっぱ私ってば牢獄に搬送される感じなの?」
「当たり前だろ。下着ドロとは言え、犯罪は犯罪だ。しっかり罪を償って来いよ」
「頼むよ~兄ちゃん。ここは慈愛の心を持って見逃してくれない? 怪盗活動はもう控えるようにするからさ」
「殺しをしたばっかの殺人鬼がもう殺しはしないと言ってるようなもんだぞそれ。信憑性がある無しの話にすら収まらんわ」
「そんなこと言わずにさ~。私と兄ちゃんの仲じゃないか」
「そこまで親しくなった覚えは無い」
「冷たいなぁ。そんなんだから周りから駄目夫って言われるんだよ?」
またテーブルに叩き付けてやりたいところだったが、ここでそれをやったら負けな気がしたので堪えた。
「あの変態と意気投合してるぜあいつ」
「きっと駄目夫の根も変態なのよ」
「駄目な上に変態とか救う余地無いな」
いい加減モブ達の存在が鬱陶しくなって来た。理性ぶっ飛んで物理的に蹴散らしに掛かる前に話を済ませてしまおう。
「ちなみに町長、こいつがギルドの総本部に連れて行かれたとして、結局その後はどうなるんだ?」
「形だけの裁判を終えた後、執行猶予無しにブザンッ、じゃろうな」
「へぇ、そうなん……え?」
今なんて言ったこの人? ズバシュッ、みたいなこと言ったのか?
「あの……言ってる意味がよく分からないんですけど」
「だからブザンッ、じゃよ。ブザンッ」
「だからそのブザンッ、てのが具体的に分からないんですけど」
「こんなことも分からんのか。浅知恵の若造は面倒に事欠かないのう」
人を小馬鹿にするような笑顔でわざとらしくため息を吐くジジィ。歳食ってなかったら脳天をカチ割ってやってるところだ。
「具体的に言うとあれじゃ。ギロチン的な物で首をこう、ブザンッ……とやるんじゃよ」
「ギロチン的な物って言うかギロチンなんだろ!? それってつまりは処刑ってことじゃねぇか!」
嘘だろ? こいつはただ下着ドロとセクハラ活動してただけだっていうのに、それだけで殺すに値する罪だと判決するというのか?
いくらなんでも判断が雑過ぎる。せいぜい数年牢屋にぶち込んでおけば良い話だし、情状酌量の余地は十分にあるはずだ。
「待ってくださいよ町長、それはあまりにも酷い処置じゃないですか? 二発三発ぶん殴るくらいなら納得できますけど、いきなりギロチンはオーバーだと思うんですけど」
「そ、そうですよ! 怪盗さんは困った人ではありますけど、殺して良いなんて思えません!」
「そんなことワシに言われても困るわい。世の中が世の中じゃからのう。少しでも厄介な危険因子は即座に排除するというのが、ギルド総本部の決まり事なんじゃよ」
危険因子って……。でもそれはつまり、人の命を脅かすような存在を対象としてるってことのはず。だったら尚更この話には納得できない。
「確かにこいつは大勢の人達を困らせていたが、誰一人として怪我を負わせた経歴はない。言ってしまえば、こいつはただの悪戯っ子だ。童心を持ち続けたまま間違った成長をしてしまった、そんな幼いガキだこいつは」
「兄ちゃんまで失礼だなぁ。だからこう見えて私は――」
「うっせぇ! 俺の許可無しに勝手に口開いてんじゃねぇ!」
「べふっ!?」
顔面に掌を叩き付けるようにビンタする。
こいつが喋ると余計に話がややこしくなりそうだし、念の為に黙らせておく。
「少なくともまともな裁判を開く権利くらいはあるはずだ。総本部にはそう問い合わせてくださいよ町長」
「無理じゃな。総本部は犯罪者に非情な判断を下すことしかしない連中じゃ。たかが一般市民であるワシ達が何を言ったところで、向こうは何一つ耳を貸してはくれんのじゃ」
なんだそれ、頭固過ぎるだろ総本部。犯罪者に非情って、本当はただ犯罪者が怖いだけで怯えてるだけなのでは?
だとしたら何が総本部だ。俺からしたら、ただの臆病者共が集っただけの烏合の衆でしかない。
「そもそも何故お主はそこまで其奴を庇おうとするのじゃ? お主も其奴の恨みを買われていた者の一人だったはずじゃろう」
そう言われればそうかもしれない。俺がこの変態を庇ったところで何の需要も無いし、そもそも何がしたいんだって話だ。
でもちゃんと理由はある。このまま俺がこいつを総本部に送ってしまえば、こいつはギロチンでブザンッ、という目に遭ってしまうことになる。
それはまるで、俺が間接的にこいつを殺したかのように見えるだろう。
俺は殺しが嫌いだ。例え相手が人だろうと人以外だろうと、殺しというのは決して気分が良いものとは思えない。
縁起も悪いし、むしろ何一つ良いことなんてありはしない。残るのは後味の悪さだけだ。
命というのはたった一度きりだけのものだ。失えば二度と再生することはない。
だから生きとし生ける者達は、必死に死に抗って生きようとする。
少しでも長く生を受けて、この世に自分という存在がいたことを残すために。
だからこそ俺は納得しない。そんな簡単に命を奪うような奴らが大嫌いだから。
もし俺の前で殺しを正当化しようというのならば、相手が何処の誰だろうと関係無い。そのふざけた思考回路の脳味噌を粉々に打ち砕いてやる。
「……よし、分かった。これ以上ここで話をしていても意味が無いということがよーく分かった。これじゃ無駄な時間を浪費するだけだな」
俺は席を立ち、変態を脇に挟めるように持ち上げた。
「なんじゃ? 何処に行くつもりじゃ若造?」
「決まってんだろ。ギルド総本部に喧嘩売りに行くんだよ」
「「「はぁ!?」」」
野次馬一同が声を揃えて仰天する。
町長もミルクも大口開けて驚いていて、随分な間抜け面だった。
「ちょちょちょ何を考えてるんですかビャクト様!? 自分が何を言っているのか分かってますか!?」
「早まるでない若造! たかが変態一人のために死に急ぐなど馬鹿馬鹿しいわい!」
「そうですよ! むしろその思い切った行動を私めに押し付けてください! それで存分に痛ぶってください!」
「ついに頭がイカれたかお前!? 悪いこと言わないから病院行ってこいって!」
「馬鹿ね貴方! 本当に馬鹿! もう馬鹿ね馬鹿! 馬鹿馬鹿バーカ!」
「どいつもこいつも喧しいわ!! 関係無ぇ外野は引っ込んでろ!! それと最後の奴は後で覚えてろよ!!」
「道を開けろ有象無象共がぁ!」と大声張り上げて、野次馬を掻き分けてギルドから出て行こうとする。
だが途中でミルクに腕を掴まれてしまい、進行を阻まれた。
「落ち着いてくださいビャクト様! 確かに私も納得できない話ではありますが、ギルドの総本部に喧嘩を売りに行くなんて無茶です! 下手をすればビャクトにも被害が及ぶことになりますよ!? むしろ被害は絶対に及びますってば!」
「知らんわそんなこと! 些細な問題でいちいち足を止めてたら世話ねぇわ!」
「些細な問題じゃありませんて! 一旦冷静になりましょうビャクト様? まず深呼吸をしましょう深呼吸を」
「そうそう、それでスーハースーハーするんだよ。それが下着の匂いを嗅ぐ時の正しいリズムね。覚えておいて損ないよ」
「だからお前は話に割って入って来るんじゃねぇ!」
くそっ、人混みが邪魔臭くて上手く前に進めない。どれだけこの騒ぎ大きくなっているのか。大袈裟かもしれないが、町民の半数は野次馬しに来てるんじゃないだろうか?
俺を引っ張って来るミルクを逆に引っ張ってやり、力付くでギルドの入口兼出口へと向かう。
それからようやく人混みを抜けたところで、前方に妙な人達がいるのが見えた。
「何だねこの騒ぎは? 一体何事かね?」
金髪に洒落っ気のある髭を生やして、お偉いの軍人のような恰好をしたおっさんが一人。
そしてその周りには、ボディーガードの役割を果たしている重厚装備をした兵士達が数人。
どう見ても一般市民とは言い難い。他所の街から来た人達だろうか?
「こ、これはこれは総本部長殿! こんな辺鄙な町までご足労様です!」
慌てて俺の後を追って来ていた町長が顔を出して来ると否や、おっさんに媚びるように跪いて頭を下げた。
「町長殿、これは一体何の騒ぎかね? 人の数からして只事ではないと見受けられるが」
「い、いえ、その、実は本日はギルドにてパーティーを催していまして。そのため住民はこのような時間から羽目を外しているということです」
「はっはっはっ、そういうことであったか。相変わらずこの町は活気強くて何よりだ」
人が良さそうにからからと笑うおっさん。
見た感じ悪い人には見えないが、町長が言ったことが本当なのだとしたら、この人がギルド総本部のトップらしい。
こっちから会いに行こうと思っていたが、手間が省けてくれて何よりだ。
「それで総本部長殿。本日は一体どのようなご用件で参られたのでしょうか?」
「うむ、それなのだがね町長殿。実は総本部の方で、この町で例の変態怪盗が出没しているという報告を受けてな。それでこうして編成隊を組んで参上仕ったというわけだ」
「ということは、総本部長殿自ら出陣するに至ったと……?」
「それだけ奴が厄介で迷惑な怪盗だということだよ。それで町長殿、急なことで悪いのだが、変態怪盗の情報が書かれた書類を貸してはもらえないだろうか?」
「そ、そのですな総本部長殿。貴方が話しているその変態怪盗なんですが……」
町長は青白い顔になって気まずそうに視線を逸らし、俺が抱えて持っている変態怪盗張本人に指を差した。
「この小娘なんですが、変態怪盗の正体は実はこの者でして……」
「な、何だって?」
目を点にして唖然とするおっさん。
茶目っ気のある反応に当てられたのか、ミルクがそっぽ向いてこっそり笑っていた。
「だが見たところ、その子は捕まっているように見えるのだが……」
「は、はい……。先日、この少年にワシから町内クエストとして依頼をしまして。それで昨晩、この少年が見事変態怪盗をこうして捕まえてくれまして、今日はその報告をしにワシの元に訪れて来たというわけなのです」
「なんと……。手練れの冒険者ですら指一本触れることすら敵わなかったあの変態怪盗を、この少年が一人で捕まえたと?」
信じられないとでも言いたいような素振りで俺をじろじろ観察してくる。
悪かったな素朴な見た目してて。どうせ俺はアホ毛一本くらいしかチャームポイントがない地味男ですよ。
「少年、君の名を教えてもらっても宜しいだろうか?」
「おいおい礼儀がなってないなおっさん。普通相手の名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが常識だろ」
俺の発言に騒然とする周りの一同。
「た、戯けぇ! 何を平然と平常語で話しておるのじゃ!? この方はギルド総本部のトップなんじゃぞ!?」
「貴様! 総本部長殿に何という口の聞き方を!」
町長も兵士達も俺の態度が気に食わなかったようで、特に兵士達は完全に敵意剥き出しにしていた。
武装している槍先を向けて来て、いつでも串刺しにしてやれるぞと言わんばかりに威嚇される。
そんな棒切れ一本でどうにかなると思っているのなら、こいつらは誰一人として人を見る目がないと見受けられる。ガード兵が聞いて呆れる。
「よすんだお前達、彼の言っていることは正しい。今のは私の不手際であった、すまない少年」
ギルドのトップはまだ頭が柔らかいようで、大人の威厳を見せて素直に頭を下げて来た。
「私の名はライノン。ご存知の通りだと思うが、ギルド総本部の本部長を務めている者だ」
「ご丁寧にどうもお偉いさん。俺は野幌白兎。冒険者(仮)のド貧乏な少年だ」
自分で言ってて悲しくなってきた。何がド貧乏だ畜生が。
「冒険者(仮)……。それはつまり、町内クエストを中心に稼ぎをしているということだろうか?」
「そうッスね。貴方様のような超大金持ちの立場と違って、こっちは一日の食費を稼ぐことすらギリギリの生活を送ってんですよ。貴方様が高級ステーキを食べている時ならば、俺達はパンの耳一杯の袋を拝みながら食べているんでしょうね」
「な、なんだか皮肉が混じっているように聞こえるのだが」
「気のせい気のせい。とにかく、俺はただのしがない一般人ってことだ」
「そうであったか……。ならば、尚更疑問が浮かんでしまうな。一般人がこの変態怪盗を捕まえてしまうとは到底信じられん」
信じられない根拠というのは、恐らくこの変態怪盗が現役勇者とも関わっているからだろう。
どうにも勇者っていう存在は、つくづく過信された存在なようだ。
一言で勇者と言っても、結局はそいつも俺と同じ人間だ。
人間は決して万能な生き物というわけではないし、むしろできないことの方が多い。無論、勇者もその例外ではないはずだ。
でもギルド総本部長から信頼を得ているのもまた事実。結局勇者ってのがどんな奴なのか、一度はその面を拝んでみたいものだ。
……って、今は勇者の話なんてどうだっていい。
「そんなことよりもだ総本部長、アンタには一つ聞きたいことがある。ギルドってのはクエストや冒険者の管理だけでなく、犯罪者の処遇も取り締まってるってのは本当なのか?」
「うむ、その通りだ。他に犯罪者を取り締まれるような機関がないため、世間の公認を得て取り仕切らせてもらっている」
となると、世の中の法律といった立案機関もギルド総本部と考えていいだろう。
つまり俺の喧嘩を売るべき相手なのは、やっぱりこの人で間違いないわけだ。
「だったらもう一つ質問だ。もし世間で目立っていた犯罪者をアンタらが捕まえたとして、そういった奴らに対してアンタらは基本的にどういう判断を下すんだ?」
「それは勿論、ピチュンッ、ということになる」
「あぁやっぱりそういう……え?」
なんだって? ピチュンッ? ブザンッ、じゃなくて?
「それじゃ全く伝わって来ないんですけど。もっと分かり易く教えてくれませんかね?」
「うむ。具体的に説明すると、プレス機的な物で身体をこう、ピチュンッ……とするのだよ」
「プレス機的な物って言うかプレス機なんだろ!? それって結局は処刑するってことだろうが!」
「そうだな、平たく言うとそういうことになるんじゃないかなぶはぁ!?」
空中に飛び上がって片足を伸ばし、総本部長の顔面に飛び蹴りを放った。
モロに喰らった総本部長の身体は激しく錐揉みして吹き飛んでいき、呆気なく地面に倒れ伏した。
所詮は立場や身分が偉いだけの将軍様。まるで身体が鍛えられていない。男のくせに体重が軽過ぎだ。
「な……ななな何してるんですかビャクト様ぁ!?」
「お、おお、おぬ、お主なんということをぉ!?」
この世界において俺が今何をしでかしたのか、ミルクと町長の迫力のある濃い表情がそれを物語っていた。
どいつもこいつも権力に恐れおののく脆弱者共め。理不尽過ぎる法律にすら抗おうとは思わないのか?
時代という名の川に流されて生きてるだけのつまらない人種に成り下がる気など、俺には毛頭無い。
「貴様! 自分が何をしたのか分かっているのか!」
「うっせぇ権力の犬共が! モブはモブらしく背景と一体化して口閉じてろ!」
倒れている総本部長の元に近付こうとすると、兵士達が一丸となって盾となり、行く先を阻んで来た。
その内の数人は俺の背後に回り込み、俺が逃げられないように取り囲んできた。
「ひっ捕らえろ! 総本部長殿の元に決して近付かせるな!」
「だから邪魔だっつってんだろ!」
矛先を向けて来ている槍を手で撥ね退けて、すぐ目の前にいる兵士の股間に向かって鎧の上から蹴り上げた。
股間部分の鎧が砕けて「はうんっ!?」と甲高い声を上げた兵士は、口から泡を吹き出して倒れると、何度か痙攣してから動かなくなった。
今の一部始終を見てビビった兵士達は手を出して来なくなり、その隙に開けた道を通って再び総本部長の目の前に立った。
「おいコラ、いつまで狸寝入りこいてんだ。とっとと立てや権力の無駄遣い野郎」
「ま、ままま待つんだ少年! 一旦話し合おう! 一旦冷静になって頭冷やそう!」
無理矢理胸ぐらを掴み上げてみると、さっきまでの大人な雰囲気から弱腰のチンピラのように。
良人の仮面を被って人格を偽っていたとは、ますます気に食わない野郎だ。
「お前が総本部のトップってことは、馬鹿みたいな法律を定めたのもお前なんだろ? いくらなんでも極端過ぎるだろうが。罪を償う機会も与えずにピチュンッて、魔王の所業と何ら変わらねぇだろうが」
「いや……だって怖いじゃないですか犯罪者。怖い人は苦手なんですよ私」
当たり前かのように平然と話してくる。
顔や口調といったものの全てが癪に触り、俺の苛立ちは増大した。
「子供の理屈で全世界の人間を翻弄してんじゃねぇ! 何が『怖い人は苦手なんです〜』だって!? 仕事辛さにすぐ職場を辞めて行く若者のような脆弱者が! 社会なめてんじゃねぇぞ!」
「すいません! 臆病ですいません! でも怖いものは怖いんです!」
「お化けに恐れる小学生かお前は!? とにかく、情状酌量の余地無しに処刑する法律をお前の権力で改正しろ! ちゃんと裁判を行って執行猶予を与えて、その上できちんと罪を償わせるようにしろ!」
「そんなこと言われましても、私一人の一存では今更どうにもならない問題でして……」
弱腰な返事がまた癪に触る。できないと答えるのが社会人にとっての一番のタブーだというのに、ひょっとしてこいつって親の七光りってやつなのか?
「できない、じゃなくてやるんだよ! どれだけの時間を掛けてでもこの法律だけは改正することを今ここで誓え! もし誓わないと言うのなら、喜んで誓いますと言うような人格へと洗脳されるまで半永久的に精神的攻撃を――」
「誓います! 誓いますから! だからもう勘弁してください!」
「言ったな……? 今自分が言った言葉を決して忘れるなよ」
言質取ったことを確認して、胸ぐらを離してやった。
取り敢えず今はこれで良い。これだけ恐怖を植え付けておけば、逆らうにも逆らえずに法律を改正するように動くことだろう。
手間掛けさせやがってボンボンの坊ちゃんが。だから金持ちは嫌いなんだ。
「で、ですがノホロさん。大変申し上げ難いことなんですが、貴方が捕まえたその怪盗を発見してしまったからには、見て見ぬフリをするわけにもいかないんです。私達にも立場と言うものがありまして……」
既に俺が捕まえていたとは言え、ライノンはわざわざ自分で編成隊を組んでまでこの町にやって来た。自分達が必ず変態怪盗を捕まえると総本部に“報告”をした後で。
その結果で「やっぱり私達には無理でした~」なんて報告すればどうなるか。
少なくとも、総本部長としての威厳を損なうことは免れないだろう。
折角法律を改正させることを誓わせたのに、今こいつの立場を危うくさせるようなことは極力避けたいところだが。
「あの~、ビャクト様? 今は一体どういう話をしているんですか?」
「あァ? お前にゃ関係無い話だ」
「そんな冷たいこと言わずに教えてくださいよ。私にだって考える力くらいはあるんですから」
「あって無いような脳味噌備えたお前が言えた台詞じゃないと思うが」
「悔しいことに少しお馬鹿さんなのは認めるにしても、見掛け倒しの脳味噌呼ばわりは失礼じゃないですか!?」
「耳元でギャーギャー喚くな騒々しい……」
ずっと驚いたまま黙っていた奴が急に喋り出した。今はクソ女神に構ってる暇は無いというのに。
「つまりだ。法律はこれから改正させるにせよ、それまでにはまだ時間が掛かる。で、そんな状況下で変態怪盗が捕まっているところを見てしまったから、ギルドのお偉いという立場としては無視することができないってわけだ」
「ということは、このままでは怪盗さんがギルドに連行されて処刑されてしまうということですか?」
「そういうことだ。今までの話を聞いてりゃ理解できることだろうが単細胞め」
「そんなすぐに怒らなくても……。ですがビャクト様、そういう話なら私に良い考えがあります!」
ドヤ顔な笑顔を浮かべて挙手してくる。どうせロクな考えじゃない。
「そうか、良かったな。さてどうするか……」
「何も聞かなかったかのように流さないでくださいよ! 本当に良いアイデアなんですよぉ!」
「えぇい! 縋り付いて来るんじゃねぇ鬱陶しい!」
泣きながら腕に縋り付いて来て、何度も振り払っては縋り付こうとしてくる。
その雑草根性をもっと他の事に活かすことができればいいものを、活かす場所が違うだろうに。
「おい、また始まったぞ」
「夫の為を思っての発言なのにねぇ」
「性根が腐ってるから聞く耳が無いのよきっと」
「うぐっ……」
野次馬達の陰口再び。周りの視線がチクチク刺さって来て、鬱陶しいことこの上ない。
「ったく……。聞けば良いんだろ聞けば。で、お前の良い考えってのはなんだ?」
「……聞きたいのならまず謝って下さい」
「何なんだよお前は!?」
これ以上にないくらいイラッと来て反射的に手が出そうになったが、また悪評を広げるわけにはいかないという自制心が勝り、どうにか踏み止まることができた。
「はいはいすいませんでした。これで良いだろ?」
「いえ、心が込もっていなかったのでもう一回――嘘です冗談です調子に乗ってました!!」
俺の目を見た瞬間に急に弱腰になった。
俺はただジッと“見つめて”いただけだというのに、失礼なクソ女神だ。
「御託はいいから早よ言えや」
「は、はい……。えっと、今ビャクト様が悩んでいるのは、何をすれば怪盗さんを見逃してもらって殺させずに済むのかってことなんですよね?」
「そういうことだ。で?」
「だったら話は簡単ですよ。怪盗さんを殺してもらうようにすればいいんです」
「……ふぅ」
我慢の限度を軽々と超え、クソ女神の頰に一発ビンタを叩き込んだ。
「痛ぁぁ!? なんでビンタするんですかぁ!?」
「お前の脳味噌に少しでも期待した俺が浅はかだった。もういいから帰れお前」
「待って下さいビャクト様! 何か勘違いしているようですけど、私が言いたいのはそういうことじゃないんです!」
「だったらどういうことだってんだクソ」
「せめて女神は付けてください! 要は私が言いたいのは、怪盗さんを死んだ事にしてもらうってことです」
「そういうことかよ紛らわしいな……。最初からそう言えよ」
でも……なるほどな。確かにそれは変態怪盗の処置として最良のアイデアかもしれない。
あいつを死んだ事にしてしまえば、総本部に報告しても不思議なことではない。ライノンの立場が危ぶまれることはないし、俺もこいつを殺さずに済む。
「でも問題なのは、どうすれば怪盗さんが死んだことを認めさせることができるかってことなんですけど……」
「はいはいはーい。それなら私に良い考えがあるよ」
「怪盗さん……?」
すると今度は、ずっとニヤニヤしながら話を聞いていた変態怪盗が割って入って来た。
「私を死んだことにするだなんて、思い切ったこと考えるね銀髪の姉ちゃん。だったらほら、私のポケットを漁ってみて」
「は、はぁ……」
言われるがままに、ミルクはピノのポケットの中に手を突っ込む。
出て来たのは、フリルのついた可愛らしいデザインのパンツだった。
「それ私の下着の一着でさ。それを備品として献上すれば万事解決だと思うよ」
「えぇぇ……」
如何にも変態怪盗の備品にマッチした一品だ。緊張感の欠片も感じさせないチンケな物ではあるが、何もないよりはまだマシか。
にしても、自分の命が掛かってるってのに、どうしてこいつは終始こんな余裕でいられるんだか。
肝が座っているのか、はたまた馬鹿なだけなのか。いや、恐らく後者だろうな。
ミルクは渋々とパンツを受け取り、俺は今一度ライノンの方へと面を合わせた。
「そういうわけだ。今の話の通り、総本部にはこのパンツを死んだ証拠物件として持ち帰ってくれ」
「馬鹿げた話ではあるが、だがしかしノホロさん。死んだ証拠物件以外にもある問題を解決しない限り、やはり私達はその怪盗を見過ごすわけにはいきません」
ようやく導き出した答えだったのに、首を縦に振ろうとしない頑固者。こんな時くらい空気読んで気を利かせろってのに。
「んだよ、まだ何か問題があるってのか?」
「えぇ。今はまだ仮の話ですが、変態怪盗が死んだ証となる証拠物件を提示したとしても、その後の変態怪盗は一体どうなりますか? 私の考えだと、懲りずにまた変態怪盗としての活動をすると思うんですが」
「「…………」」
俺もミルクも口を閉ざして固まってしまう。
そういやそのことを視野に入れていなかったし、考えてもいなかった。
仮に今こいつを野放しにしたところで、再び変態怪盗として復帰することは目に見えている。そのオチは完全に盲点だった。
「大丈夫大丈夫、怪盗活動はもうしないつもりだから。兄ちゃんにも控えるって私さっき言ってたじゃん?」
「もうしませんと言われて易々と信じられるわけがないだろう。君の言い分に明確な証拠がない限り、その言葉は信用に足りることはない」
「ぶ~、本当にしないつもりなのに~。兄ちゃんからも言ってやってよ、私はもう大丈夫だって」
「うっせぇよ。性欲の塊みたいな奴が大丈夫な時なんてあるわけねぇだろ」
まずいな……。こいつが怪盗活動をしないという証拠を差し出せと言われても、そりゃ無茶振りってものだ。
怪盗活動の際に使っていた短刀やカラシパンツを渡したところで、後でいくらでも調達することができるし、証拠としては意味が無い。
そもそもこいつには厄介なあの魔法があるんだし、仮に道具を調達できなかったとしても、いくらでも怪盗活動ができる手段があるわけだ。
これは詰んだか……? もしこのまま妙案が思い付かないままだとするなら、仕方無いが妥協案として、こいつは一目の付かない場所でしばらく監禁でもして――
「いえ、それに関しても何も問題はありません! 怪盗さんがやらしいことをしないように、今後はこのビャクト様が怪盗さんのお目付け役になりますから!」
「…………は?」
何勝手なこと言っちゃってんのこいつ? いつ誰がそんなこと言った?
「ついに頭イカれたかクソ女神。誰がそんな許可を――」
「なるほど、それは妙案だ! ならばそういうことで今回は手を打とう!」
「はぁ!? お、おい待てコラ! 何度も言うが俺はそんなこと許可した覚えは――」
「では、私達はこれにて失礼する!」
「人の話聞けやぁ!!」
ライノンは聞く耳持たず、兵士達と共に逃げるようにそそくさと去って行ってしまった。この世界の人間はどいつもこいつも逃げ足の速い奴ばっかか。
いつの間にか後ろの方にいた野次馬達も解散していて、取り残されていたのは俺達三人だけだった。
「いやぁ、何はともあれ助かったよ。この恩義に報いるためにも、今後とも宜しく二人共~」
「ざっけんな! 俺は嫌だからな!? そんな役回りを引き受けるつもりはないからな!?」
「そんなこと言われてもそういう話になっちゃったんだし、今更兄ちゃんが誰に何と言おうとも、もうどうしようもないでしょ」
「そうですよビャクト様、ここは男らしく腹を括りましょうよ。その方が格好良いですよ」
「そもそもお前が持ち込んだ厄介事だろうがぁぁぁ!!」
異界生活四日目。役立たずの枷に引き続き、変態の枷がお一つ追加されました。