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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
一章 〜ポンコツ女神と変態怪盗〜
7/45

決着つけよう変態怪盗

 変態怪盗ピノとの遭遇より数時間後。ついに決戦の夜はやって来た。


「……よし」


 現在の時刻は午後二十二時。


 窓の外からは昼間の時のような喧騒が聞こえて来ていて、奴が懲りずに好き勝手暴れていることを示していた。


 普段着のパーカーとシャカパンを脱ぎ捨て、殺し屋修行現役時代の頃の服に着替える。


 動き易さと全身黒が特徴的な忍び装束のような衣装。まさかまたこれを着ることになるとは思っていなかった。


 予めリュックの中に入れてあった“籠手”も身に付けて準備万端。これでいつでも仕掛けに行けるようになったわけだが……。


「ビャクト様! 私も準備完了しました!」


 学習能力のない能無し女神は、またノックをせずに俺の部屋に入室して来た。


 リィアさんに新調して貰った一般着に、頭の上から古びたバケツを被り、木で出来た鍋の蓋と、掃除用のブラシを装備。RPGゲームの初期装備の方がまだマシだと思える貧困な姿だ。


「あのな……。そんなナリであの変態がどうにかなると思うか?」


「しょうがないじゃないですか! お金が無いからまともな装備を新調できないんですよ! 何も持たずに行くよりはこの装備の方がマシです!」


「手ぶらと大して変わらねぇよ! スライム一匹にすら一撃でやられそうな装備に需要なんてないわ!」


 危機感があるのか無いのかいまいち伝わって来ない。呑気というか天然というか……。


 相手が相手だから緊張感が出ないのは仕方無いことかもしれないが、あの変態を捕らえれば百万ゴールドという大金が手に入るのは事実。今日という日は流石の俺も真面目に取り組まなければ。


「取り敢えずその装備は置いていけ。どうせお前のことを背負って動くことになるんだし、邪魔な重りは極力外していけ」


「うぅ、折角用意したのに……。でも仕方がありませんよね、これも怪盗さんを捕まえるためです。恥を忍んでゴミ箱を漁っていたことは忘れるように努力します」


「全部拾い物だったのかよ! 通りで見た目が汚いと思ったよ!」


 俺としては一番の重りであるこいつも置いて行きたいところだが、後で文句をギャーギャー言われる方が面倒だ。いつになったらこの疫病神から離れられる時が来てくれるのやら。


「それじゃそろそろ行くぞ。とっととおぶされ」


「はい! 頑張りましょうねビャクト様!」


「やる気があるのは結構だが、振り落とされないようにしっかり掴まってろよ。怪我は自己責任だからな」


「頑張るのは主に俺一人だけなんだけどな」という台詞は心の中にしまっておき、一番の重りを背中に背負う。


 昼間と違って意識を切り替えてるからか、人一人の重みに違和感を抱くことはなかった。


 下にいるリィアさんにはバレないように窓から飛び出して、向かい側の屋根の上に着地する。


 背中のこいつが鬱陶しいことは否めないが、動きにキレが失われることはなかった。むしろ昼間の時より身軽に感じる。


 皮肉なことだが、身体に染み付いた殺し屋としての感覚は、どれだけ(さぼ)ろうとも取り除けないものらしい。


 しかもその感覚が今は頼みの綱というのだから、我ながらほとほと呆れてしまう。


 でもまぁ、利用できるものは利用するのが俺の流儀。大金のためならなんだってしてやる。


 騒ぎが聞こえて来る方に耳を澄ませ、大声を頼りに奴がいるであろう場所へと移動する。


 音を立てず、気配を殺し、闇夜に紛れて屋根の上を飛び交う。


 町の人達は騒がしくなれど、俺達は怖いくらいに静かだった。


「何だか今のビャクト様はそれっぽい感じがしますね。本当に殺し屋だったんだと改めて思いました」


「それっぽいってなんだよ。そもそも俺は元殺し屋だし、誰一人として殺しをしたことはないからな」


「分かっていますよ。ビャクト様は虫も殺さずに逃すような優しい方だと知っていますから」


「……お前現代にいた時にどんだけ俺の日常観察してたんだよ。ぶっちゃけドン引きするわ」


「そういう判断しちゃいますか!? そこは今の私の発言に『ば、馬鹿じゃねぇの……』と照れて頬を赤く染めるところだと思います!」


「自分の魅力に自惚れてんじゃねぇよ。お前に褒められても何も嬉しくねぇんだよ。むしろ反吐が出るくらいだ馬鹿が」


「もう……。リィアさんの言う通り、ビャクト様は本当にツンデレ――」


「おっと足が滑った」


 屋根の上で宙返りして、ミルクの頭から下に叩き付ける。


 頭からぷっくりとしたタンコブが膨らみ、その痛みに頭を抱えて悶絶していた。


「次調子こいたこと抜かしたら頭カチ割るぞ」


「もうカチ割りに来てるじゃないですかぁ!」


 やっぱり後に文句を言われる覚悟で置いて来るべきだった。誰かこのポンコツを貰ってくれる人はいないものか。


 いや、待てよ? それを町内クエストとして提示すれば良いんじゃないか? こいつ見た目だけは良いし、もしかしたら嫁に迎え入れてくれる人がいるかもしれない。


 よし、これが済んだら早速ギルドに頼んでみよう。


 小さな希望が見えてきて少しだけテンションが上がり、軽くなった足取りで動きを加速させる。


 次第に騒ぎの声は、あちらこちらから聞こえるようになってきた。


「あそこですビャクト様! 時計塔の上!」


 町の中央広場にある大きな時計塔。その天辺にある奇妙な魔物のオブジェクトの上に、小さな人影が見えた。


 こんな時間のあんな場所に人影なんて、奴以外に検討が思い当たらない。


 どうやら、怪盗と悪人は高いところが好きだって相場が決まってるのは本当のことらしい。


 時計塔付近には人っ子一人見当たらず、別の場所から騒ぎの声が聞こえる。


 きっと暴れるだけ暴れ回った後、あの場所に移動して住民達をやり過ごしたんだろう。相変わらずのすばしっこさだ。


 屋根の上から降りて、広場の中を駆け抜ける。


 時計塔の前までやって来たところで、空を見上げて大声を張り上げた。


「降りて来い変態怪盗! 期待通り来てやったぞ!」


 ……反応が無い。期待して待ってるとか言っておいてシカトか。


 よく目を凝らして変態怪盗の様子を見つめてみる。


 見た所、何かをしている最中のようだが……。


「やっべ~、この写真集やっべ~。全員漏れ無く毛を剃ってるとかレベル高ぇ~。あっ、しまった、ティッシュ調達するの忘れてた。これじゃお楽しみの時間が過ごせないじゃないか。私ったらドジっ娘さん、テヘッ」


「「…………」」


 道端に落ちていた程良い大きさの石ころを蹴り上げて拾い、右腕を大きく後ろに振り被って思い切り投げ放った。


「んがぁ!?」


 風を切って飛翔する石ころは、狙い通り奴の眉間に炸裂した。


 その際に、手に持っていた数々のエロ本を手放すと共に、額にタンコブを膨らませた変態も落っこちて来た。


 不時着する寸前に身を翻して華麗に着地するも、時計塔の高さ故にかなり足に負担が掛かっていたようで、ボキッと二つの鈍い音が鳴っていた。


「酷いよ兄ちゃん! こっちはアレする寸前のところだったのに! 親に見つかる時よりも傷付いたよ!」


「その前に親いないだろお前! そもそもあんな場所で自慰行為をする馬鹿が何処にいんだ! 場所を選べよ場所を!」


「いやさぁ、高い場所の方が股間がスースーするんじゃないかと思って。いざ試してみたのはいいけど、夜風が寒くて話にならなかったね。乳首が立ってないのがその証拠さ!」


「誰も求めてないからその実験結果!」


 ポケットから回復薬(エナジードリンク)を取り出して、一口でそれを飲み干す。


 すると、腫れ上がっていた足はたちまち元通りに。骨折すら直すとか万能過ぎるだろあの薬物飲料。


「で、今度は何の用さ? 私これからティッシュ買いに行かないといけないんだけど」


「何の用? じゃねぇだろ! 夜になったらお前を捕まえに行くって言ってあっただろうが! 期待して待ってるって言ってたのは何処のどいつだ!?」


「あー、そういやそんなこと言ってたっけ。でも今はそういう気分じゃないんだよな~。夜のお楽しみに勤しみたいんで」


「欲求不満か! だったら怪盗なんてしてないで、適当に男でも作って腰振られてろ!」


「ちっちっちっ、分かってないなぁ兄ちゃん。私の性欲は自分自身で解消することしかできないのさ。ほら、私ってこう見えて繊細だからさ」


「どう見ても図太い神経してんだろ! あぁもう埒が明かねぇ!」


 腰を低くして、構えの姿勢を取る。


 こいつにやる気があろうが無かろうが知ったことか。捕まえられればそれで全部終わりなんだ。この因縁に俺自ら終止符を打ってやる!


「決着を付けさせてもらいますよ怪盗さん! ビャクト様が本気になった以上、貴女はもうチェックメイトです!」


「はははっ、威勢が良いね銀髪の姉ちゃん。昼間の時は裸にひん剥かれてたのに、もしかして露出の喜びに目覚めちゃったのかな〜?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、両手の指をくねくねさせて息を荒げる。


 こいつが女じゃ無かったらあまりもの気持ち悪さに嘔吐してる自信が出てきた。実際に現段階で具合悪くなってきてるし。


「姉ちゃんスタイル抜群だったし、是非ヌード絵を描かせて貰いたいねぇ。あわよくばそのおっぱいを揉みしだいて、顔真っ赤にして感じてる顔をこの目で拝みたい!」


「い、嫌ですよそんな羞恥プレイ! 貴女のような人にされるくらいなら、ビャクト様に辱められた方が何倍もマシです!」


 よし、クエストに出す前にこいつに交渉してみよう。


「おい変態、百万出すならこのクソビッチを売ってやっても良いぞ」


「え? マジで?」


「ビャクト様!? 勝手に私を売り物にしないでください! 私達は一蓮托生なんですから、仮に売られるとしたらビャクト様も一緒ですよ!」


「黙れクソビッチ。俺は自分の身体を安く見てる女が嫌いなんだよ。そんなに性欲晴らしたいなら、あいつの世話にでもなってろ。きっと上手いぞあいつの指使いは」


「私は欲求不満じゃありませんから! あの変態さんと一緒にしないでください! ていうか、そろそろあの人のこと捕まえてくださいよ! 話をすればするほど時間が過ぎていくんですから!」


 ちっ、交渉は失敗か。やっぱり町内クエストに出すしかないな。


「こいつもうるせぇし、そろそろ始めんぞ変態怪盗。スイッチ入らねぇなら俺が切り替えさせてやるよ」


「それには心配及ばないよ。私が勝ったら銀髪姉ちゃんが貰えると分かった以上、駄目と言われてもやる気出しちゃうってね」


「いつ誰がそんな約束しましたか!?」


 そうかその手があったか。これでもし俺が勝てば百万が手に入って、負けた場合は疫病神から解放される。どっちに転んでも美味しいオチがつくのは願っても無い。


 と言っても、今回の報酬は百万の方になるんだろうが……。


「勝敗のルールは簡単。兄ちゃんが私を捕まえるか、私が兄ちゃんを撒くか。そんなわけで……」


 変態怪盗はニヤリと笑い、後ろ腰の短剣の柄に手を添えた。


「勝負開始!!」


 鞘から短刀を引き抜き、俺達から五メートルほど離れた場所で短刀を振るう。


 何を荒ぶっているのかと思い掛けた矢先、目に見える何発もの真空波のようなものが飛んで来た。


「ミルク、二度目のお前の雄姿も忘れない!」


「へ?」


 背中に背負っていたミルクを強引に前に下ろし、人型の鉄壁なる盾として扱う。


「いやぁぁぁ!?」


 斬撃は盾となったミルクの身体に炸裂。


 一瞬の間に着ていた衣服が消し飛ぶように斬り刻まれ、公然の場でまたもや素っ裸になった。


「来た来た来たぁ!! エロい! エロいよ姉ちゃん! その揉み応えのありそうなおっぱい! スベスベで引き締まった腰と腹! 子沢山間違い無しのいやらしい下半身! ん~、ビューティフォー……」


 興奮あまりに変態は鼻血を吹き出していた。感無量なようで何より。


「余裕だなお前。油断してっと寝首狩られるぞ」


 予め持たせていたリュックから衣服を取り出しているミルクを置き去りに飛び出し、ポケットにしまっておいた警棒を引き抜く。


「おっと危ない」


 上に跳躍して振り下ろすように警棒を振るう。


 しかし、その一撃を短刀によって受け流された。


 変態は逃亡を図ろうと後ろに飛ぶが、易々と逃がすわけがない。懐に飛び込み、幾度となく警棒を振るい続ける。


 あらゆる角度から仕掛けていくが、変態もやはり手練れ。一発一発ご丁寧に短刀によって捌かれてしまい、掠り傷一つ付けることすら許されない。


 でもそれで良い。俺の狙いが上手くいってくれているのなら、もう少しで――


「うげっ!?」


 刀身が折れると予想していたが、狙い通り短刀の刃が折れた。


 あらゆる角度から警棒で仕掛けていたのは、撹乱かくらんさせて奴の隙を作ろうとしていたわけではない。刀身の同じ部分を狙って打ち込んでいたことを動きで誤魔化し、武器破損をさせることが真の狙いだったのだ。


 これでこいつは“スリップスラッシュ”を使えない。残りの決め手は後二つ。


「貰い物だったのになぁこれ。形あるものはいずれ朽ち果てると言うし、壊れたからには割り切るけどさ」


 得物を失っても余裕の口調は変わらない。これくらいじゃまだ怯まないか。


 他の隠し武器を取り出してこないことを確認し、警棒を縮めてポケットの中にしまった。


「あり? しまっちゃうの?」


「得物を持ってない上に、一応お前は女だろ。本気で殴るわけにもいかないだろ絵面的に」


「口悪いのに意外と紳士なとこあるんだね。だったらこのまま逃がしてくれたりは?」


「それはそれ、これはこれ」


「ですよね~」


 変態がのほほんと笑った瞬間、奴の靴のつま先の部分が開いて小さな玉が転げ出た。


 刹那、玉が光って爆発し、周囲が黒い煙に覆われた。怪盗ながらにベタなことをする。


「はっはっは~! さ~らば~!」


「……そっちか」


 威勢の良い声が聞こえた方向に飛び出すと、全速力で逃げ去る変態の姿が少し遠くに見えた。この短い時間によくあんな場所まで移動できるものだ。


 屋根の上に飛び上がって町中に消え去ろうとする。このまま走っても追い付けずに逃げられるのがオチか。


 さて、こんな時こそ“こいつ”の出番だ。


 籠手を装着した左腕の手首に右手を添え、奴が上った民家目掛けて狙いを定める。


 手首の辺りに付いている小さなスイッチを押して、手の甲からワイヤー付きの特製針を噴出する。


 もう一つのスイッチを押した瞬間に俺の身体は宙に浮きあがり、針の方へと高速で吸い寄せられていく。


 これは、俺が殺し屋達の間から天性の殺し屋と呼ばれるようになった褒美として、親父が裏稼業の職人に勝手に特注で作らせた秘密道具だ。


 籠手に特製針と小型のジェットエンジンが搭載されており、遠くに特製針を突き刺してワイヤーのリールを爆発的に巻き戻すことで高速移動を可能とした、まるで現代の物とは思えない至極の一品だ。


 これを使えば気分はまるで某蜘蛛人間。ただしリールを戻す際は必ず高速移動になってしまうため、下手すれば変な態勢で壁に激突する恐れがある。便利に見えて危険な代物でもあるのだ。


 当時はこれで何度大怪我をしたかことか。しかし今となっては良い思い出――なわけない。


 足から家の壁に着地して特製針を引っこ抜き、同時に屋根を掴んで上に上がる。


 流石は俺の秘密道具。逃げの天才の背中にあっという間に追い付いてしまった。


「何それ!? めっちゃ面白そう!」


「やらんぞ。それと感心してる場合じゃないだろ」


「それもそうだ! やばーい! どうしよーう! このままじゃ追い付かれちゃうよー!」


 露骨な棒読み台詞。まだまだ余裕があるということか。


 いい加減そのつらを泣きっ面に変えてやりたいところだが、足の速さは五分五分だからか一向にこれ以上距離を詰められない。


「ラスト一発!」


 屋根の上での鬼ごっこ再びと思ったところで、さっきとは別の方の靴のつま先から小玉を噴出して来た。


「ぬわっ!?」


 空中で煙幕が発生し、顔に直撃を受けてしまった。


 溜まらず目を瞑ってしまい、冷静に煙幕の中から飛び出した。


「んの野郎……」


 煙幕から逃れて周囲を見渡したところ、奴の姿は何処にも無かった。


 目を閉じて意識を集中させてみるが、人気の気配も全く感じない。


 今度は“ハイド”か。実はこれが一番厄介だ。


 姿を消されて気配まで消されてしまっては、どんな手を使おうとも奴の居場所を特定するのは難しいから。


 ただし、それは一般論で考えた場合に限る。


「ふむふむ……」


 屋根の上を飛んで移動しながら周囲を万遍なく見渡す。


 見た感じだと、隠れられそうな場所は沢山あった。


「…………えいっ」


 近くにあった木箱に向けて、籠手の特製針を噴出する。


「あいたぁ!?」


 木箱の中から変態が生まれ、尻に刺さった特製針を引っこ抜いた。


「なんでやねん! 気配消してたやん! 分かるはずなかったやん!」


「そうだな。だから勘に頼ったんだよ」


「勘って兄ちゃん! 野生の獣じゃないんだからさ!」


 幼い頃から長く殺し屋修行生活に没頭していたせいか、俺は子供の頃から隠れた人を見つけるという勘に異常に優れていた。


 中でも小学生時代のかくれんぼでは負け知らずで、「お前とかくれんぼしてもつまんねー、少しは空気読めよ」と罵られていたことがあった。その日以降、かくれんぼをした記憶は一切ないという。


 とにもかくにも、本気になった俺に“ハイド”は通じない。奴が言う野生の勘が、嫌でも相手を見つけてしまうから。


 これで奴の手札は残り一枚。チェックメイトの時は近い。


「さて、どうする変態怪盗? 逃げても足の速さは互角。でも俺は体力に自信があるし、持久戦になったらお前に勝ち目は無いと思うぞ」


「だろうね。それにこっちは大分衰弱して来たし、そろそろ限界近いかも」


 笑ってはいるが、疲労の見え方が著しくなっていた。


 ほぼ休み無しで朝から夜まで暴れ回っているのだろうから、そりゃ疲れが溜まっていてもおかしくはない。むしろちゃんと寝てるのか疑問に思うくらいだ。


「奥の手だからそう何度も見せびらかしたくなかったんだけど、そんな余裕も言ってられなくなってきたみたいだし、そろそろ兄ちゃんとのお遊びも終わりだね」


 そう言いながらポケットに手を突っ込むと、例のアレが出て来た。


「出たなカラシパンツ。懲りずにまた用意して来やがって」


「用意周到なのが怪盗のあるべき姿なのだよ兄ちゃん。さぁ、本日もやって参りました! ビックリドッキリイリュージョンのお時間ですよ!」


「ネタの割れたイリュージョンなんてもう見る価値無いっつの!」


 切り札の魔法を使われる前に取り押さえようとするも、脱兎の如く退かれてしまう。


 すぐに後を追うが、やはり足の速さはほぼ互角なために追い付くことができない。


イー……アール……」


 イリュージョン宣告のカウントダウン。どれだけ走り続けても、やはり奴の背中に手が届かない。


サン! 煌け“ディンスワップ”!」


「っ~~~!!」


 カラシパンツが光り輝き、瞬く間に俺が履いていたパンツへと入れ替えられた。


 下半身の違和感に身体が揺れて、重心が前の方へと崩れる。


「今日も決まりましたイリュージョン! これで今回も私の勝ちだね!」


 勝利を確信した変態怪盗は、俺に背を向けて前を向いた。


 ――俺は、ニヤリと笑った。


 狙うは真正面にある一軒家。前に倒れると見せ掛けて籠手から特製針を噴出し、遠くの民家の壁に突き刺した。


 スイッチの遠隔操作でジェットエンジンを起動。俺の身体は急激に急加速し、真正面の変態怪盗へと吸い込まれるように距離を詰める。


「うひぇぇぇ!?」


 通り過ぎざまに足払いを放ち、変態の身体が宙に浮いて乱回転する。


 想像していなかったであろう奇襲に変態怪盗は受け身を取れず、七転八倒してぐったりと倒れたまま動かなくなった。


 一軒家の壁に着地して特製針を引っこ抜き、両ポケットに手を突っ込んで、倒れている変態の傍に歩み寄る。


「いったぁ~……。思いっきり転んだのっていつ以来だろ」


「残念だったな。俺に同じ手は二度も通じないんだよ」


「いやいやおかしいじゃん! だって“ディンスワップ”は確実に成功してるんだよ? ここにほら、ちゃんと兄ちゃんのパンツがあるのに!」


「そうだな。確かにそれは俺のパンツだ」


 こいつの言う通り、俺がディンスワップを止められずに喰らったのは事実。


 でも俺はこの通りピンピンしている。驚くのも無理はないだろう。


「俺はお前を捕まえるに当たって、お前の情報を洗い浚い調べさせてもらった。勿論、お前の魔法も全部認知済みだ。それで予め対策を取ってたんだよ。お前が主に扱っている三つの魔法のな」


 “スリップスラッシュ”はミルクを盾にしつつ得物を粉砕。


 “ハイド”は俺の殺し屋的勘で看破。


 そして奥の手の“ディンスワップ”だが、実はこれが一番対策しやすく、既に二つも弱点を見破っていたりする。


 こいつの“ディンスワップ”の手口はこうだ。


 自分のカラシパンツと相手のパンツを入れ替えることで、相手の下半身に支障を来たして身動きを取れなくする。


 初見では厄介な技ではあるが、事前に知っておくと実は他の誰でも対策することができる。


「お前の“ディンスワップ”には二つの欠点がある。まず一つ目は、『交換する対象が無ければ発動しない』ということだ」


 つまり、こいつが持っているカラシパンツとほぼ同じ大きさ、または同じ質量の物を用意しなければ、そもそも“ディンスワップ”は発動しないということだ。


「ま、まさか兄ちゃん……?そのズボンの下はノーパン――」


「その解釈はおかしいだろ。仮に俺がノーパンだったとしたら、お前の“ディンスワップ”は発動してなかったはずだろ?」


「た、確かに……。それじゃなんで? もしかしてカラシパンツを一度経験したことで耐性が付いちゃったとか? 兄ちゃん意外とMだね」


「違うわ馬鹿たれ、今言ったばかりだろうが。“ディンスワップ”には二つの弱点があるってな。つまり俺は、もう一つの弱点を突いたんだよ」


「それは……一体?」


「これも簡単な話だ。ただパンツを一枚多く履いておけばいいんだよ」


「んなぁ!?」


 カラシパンツは下半身の皮膚に付くことで初めて効果を成す。


 ということは、皮膚にさえ付かなければ意味は成さないということだ。


 だから俺はパンツを二枚履いてきた。カラシパンツの下に履いたパンツで皮膚をガードするために。


「一枚目の方のパンツをチェンジされてたらやばかったが、どうやらその魔法は上辺側の方が優先されるようになってるみたいだな。お蔭様でチェンジされたのは二枚目のパンツの方で、思惑通りに済んでくれたってわけだ」


「てことは、私は最初から兄ちゃんの掌の上で転がされていたと……?」


「まぁそういうこった。どうだ? 流石のお前も負けを認めざる得ないだろ」


「……そうだね。残念ながら私の不戦勝伝説は幕を――下ろさせるわけにはいかないんだよね!」


 諦めたと見せ掛けてすぐに飛び起きると、俺から少し距離を取った後に折れた短剣を再び引き抜いた。


「油断したね兄ちゃん! 何も物々交換はパンツだけ取り換えるとは限らないのさ! イーアールサン! 煌け“ディンスワップ”!」


 何を企んだのかと思いきや、今度はパンツではなく、折れた短刀が光り輝いた。


 そして瞬く間に、短刀が警棒へと変わった。


「はっはっはぁ! 抜かったね兄ちゃん! いつもはパンツ交換にしか使っていなかった“ディンスワップ”だけど、この通り使い物にならなくなった武器の取り換えも可能なのだよ! ポケットに手なんか突っ込んで余裕こくなんて言語道断! 勝負は最後まで何が起こるか分からないものなのさ!」


野郎にゃろう、卑怯な真似しやがって! 恥ずかしくないのか卑怯者!」


「卑怯者結構! 怪盗は使える手の全てに着手する人種なのだぁ!」


 人の警棒を勝手に構えると、丸腰の俺相手に問答無用で襲い掛かって来た。


 逃げるのは無理だから、実力行使で相手を気絶させてから逃げる。恐らくそんな浅知恵の策でも思い付いて、こうして実行に移したんだろう。


「勝負は最後まで何が起こるか分からない」と、奴は言っていたけれど――


「……なんつってな」


 全く持ってその通りだと思う。


「あばばばばっ!?」


 俺の脳天に警棒の一撃が炸裂すると思われた寸前、変態怪盗は歯をガチガチさせて激しく身震いすると、目をぐるぐる回して今度こそ倒れ、ぐったりとしたまま動かなくなった。


「人の物を勝手に盗んで使おうとするからこうなるんだよ。何が仕込んであるのかも分からないのに、疑いもせずに警棒(こいつ)を扱おうとしたその油断がお前の敗因だ」


 悪戯っ子っぽくペロリと舌を出して、両ポケットから手を放す。


 その際に、左ポケットに仕込んでおいた小型のスイッチを取り出して見せ付けた。


 俺の警棒は相手に盗まれることも前提として、特製のスイッチを押すことで持ち手の部分に死なない程度の電気ショックが流れるように改造してある。


 これもジェットエンジンの籠手と同様、親父が特注で作っていたものだ。


「まぁ何にせよ、今回の勝負は俺の勝ちだ。不戦敗下着怪盗の伝説は今日限りで打ち止めってことで……って、聞いてるわけないわな」


 すっかり意識を失っている変態怪盗を見て、俺はニタリと勝者の笑みを浮かべるのだった。

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