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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
一章 〜ポンコツ女神と変態怪盗〜
6/45

下着の価値観は十人十色

 町長とギルドの助力を得て、他の地方にて好き勝手やっていた変態怪盗の記録をまとめた資料を貸してもらい、それらを物色して奴の情報を出来る限り集めた。それで大体奴の特徴を知ることができた。


 奴は、怪盗Hという名を名乗る変態怪盗ではあるが、その自由過ぎる性格故なのか、怪盗活動をする時間は夜に限らないらしい。


 たとえ朝であろうと昼であろうと悪さを働き、多くの人々を困惑させているんだとか。


 ただ活動と一言で言っても、奴が行う悪行は大きく分けて二つある。


 女物の下着を盗む泥棒活動と、片っ端からセクハラに勤しむ変態活動だ。


 そしてそれらは、時間帯によって別々に行われていることだった。


 夜は昨晩の件の如く下着泥棒として姿を現し、日中はセクハラ活動というわけだ。


 何でも怪盗本人が言っていた話によれば、日中の方が視界が良いからセクハラするには都合が良いとか何とか。住民からしたら迷惑なことこの上ない。


 ただ、生きとし生ける全ての住民から嫌われているというわけではない。


 むしろ、大勢の人々から支持率を集めている怪盗であるという、意外な事実が発覚していた。


 その理由というのがこれまたしょうもない理由で、あの変態怪盗は日中でも堂々とセクハラを行うこともあって、そのせいで偶然現場に居合わせていた男達も美味しい光景を見られるというご褒美を得ることができ、もっと暴れ回ってほしいと男共からの人気が熱いんだとか。


 だがその反面、女性からの支持率は最底辺で、一刻も早く捕らえて粛清して欲しいと、被害に遭った人達が口を揃えて言っているらしい。


 至極当然の反応だ。同じ被害に遭ったこの俺もまた、この手で捕まえようとしているくらいなのだから。


 この町にやって来る前にもあいつを捕まえようとした人達(主に女性)もいたらしいのだが、誰もが指一本すら触れることができなかった。


 捕らえようとした者の中には冒険者も何人かいたようなのだが、あいつの“様々な魔法”によって踊らされてしまい、逆にセクハラカウンターで返り討ちに遭っているという。


 そういう経歴もあって、怪盗Hは指名手配されるようになり、現在も各地を移動して活動を続けている。


 そして次に白羽の矢が刺さったのが、このウンターガングだったというわけだ。


 やたらと報酬金が馬鹿高かったのは、指名手配されるだけある厄介な犯罪者だったからである。


 そしてここからが肝心な話。あいつが使っている魔法の詳細についてだが、これに関してもちゃんと資料にまとめられていた。


 あいつが扱う魔法は、大きく分けて三つある。


 まず一つ目は、自分の気配を殺すことのできる潜伏魔法“ハイド”。


 姿を消すステルス能力というわけではないが、主にセクハラの奇襲の際に使用しているらしい。


 何処からともなく現れるセクハラ怪盗の被害に遭うことを想像すると、結構なホラーなんじゃないだろうか。過去の被害者の方々にお悔やみ申し上げておこう。


 二つ目は、相手の衣服のみを斬り刻むという“スリップスラッシュ”。


 あいつは後ろ腰に短刀を装備していたので、恐らくあれを使ってその魔法を使っているんだろう。


 まるでハーレム物のエロコメ主人公が扱っていそうな魔法だ。これもまた厄介なことこの上ない。


 そして最後の三つ目が、俺に対して使っていた例の固有魔法である“ディンスワップ”だ。


 ほぼ同じ大きさ、または同じ質量の物と物の場所を入れ替えることのできる、非常に悪質な魔法だ。


 その未知数なる威力は俺も本人も実証済みで、他にも被害に遭った人は少なくないんだとか。


 あいつの情報に関して知ることができたのは大体がこれくらいだ。


 他にもまだ厄介な魔法を扱える可能性はあるが、過去に被害に遭った人達に使われていたのはこの三つだけ。


 完全に過信するのは危険ではあるけども、恐らくこの三つの魔法の対策方法さえ考えておけば大事ないだろう。


 それに、現時点で既にあいつの魔法の対策は万全だったりする。


 後はあいつを捕まえるために行動開始して所在を掴むだけなのだが、闇雲に探し回ったところで無駄足になる可能性は大きい。


 神出鬼没なあいつを捕まえるには、騒ぎに乗じて駆け付けるのが一番手っ取り早い。


 動かざること山の如し。ここは探しに行くのではなく、敢えてどっしりと待ち構えておくことにする。


「あの、ビャクト様」


「なんだクソ女神」


「捕まえに行かないんですか? 早速あちこちで騒ぎの声が聞こえて来てるんですが」


 自室の布団の上でだらけていると、すぐ傍に座って待機しているミルクがそんなことを言ってくる。


 確かにさっきからだが、開いた窓の外から住民達の喧騒がちらほらと聞こえて来ている。


 時間帯が真昼間ということは、セクハラで人々を困惑させているんだろう。


 でも俺は動かない。温かい掛け布団の中でうずくまり、主にストレスのせいで疲弊している身体を休ませる。俺は成虫になり掛けのさなぎなのだ。


「怪盗さん暴れてますってば! 早く捕まえに行きましょうよ!」


「やだ」


「またそれですか! 何でですか!? 町長さんやリィアさんに捕まえるって宣言していたのに、結局は口だけだったってことですか!?」


「違ぇよ馬鹿。昼間にあいつを捕まえるのは無理だから休んでるってだけだ」


「昼間は無理って……どういうことですか?」


「お前が知る必要はない」


「むぅ、またそうやって意地悪言うんですから。でもビャクト様が無理と言うのなら仕方無いですね。無理難題であることはよく理解してはいますが、被害に遭っている方々がいることを知ってて何もしないというのも悪いと思いますし、奇跡が起こることを信じて私一人で捕まえに行ってみます」


「そうか、百パー無理だろうけど頑張れ。百パー無理だろうけど」


「わざわざ二回も言わなくていいですから! それでは、行ってきます!」


 随分と張り切った様子で虫網を持つと、そのまま一人で外に出て行った。


 仮にあんな玩具一本で捕縛できるような奴だったとしたら、今まであいつを捕らえようとしていた連中は何だったんだって話だ。


 でもまぁ珍しく前向きになっていたし、止めるよりかは勧めてやった方がミルクにとっても為になるだろう。


 本当なら俺もこの時間帯に捕まえに行きたいところだが、やっぱりそれは無理だ。


 何せ、昼間は夜と違ってかなり周りから目立ってしまうから。


 俺はこの世界においても自分が殺し屋であることを隠すつもりでいるため、できるだけ周りから目立つようなことをするのを避けたいと思っている。


 只でさえ昨晩に少なからずの人達から注目を浴びていたんだし、昼間の時間帯に同じことをしたが最後、誰か彼かから怪しまれる可能性は無きにしも非ず。


 たとえ少ない可能性であったとしても、バレそうになる要素は極力除外したいわけだ。


 だから俺は、わざわざ明るい真昼間に捕縛しに行くのではなく、あまり目立たない夜になるまで待ってから捕まえに行こうと計画を立てた。


 それまで犠牲者は出続けるのだろうが、今だけは堪忍してくれ者共よ。


 それに、この世界に来てから心労が溜まってた一方だったことなんだし、たまにはこうして一人でゆっくりしていてもバチは当たらないはず。むしろこれでバチが当たる方がおかしい。


 さて、もう少し日差しが当たる方に布団をずらそうか。こんな天気の良いポカポカ陽気な日は、日向ぼっこしてのんびり寝入るに限る。


「いやぁぁぁ!?」


 窓の外からミルクの悲鳴が聞こえて来た。


 さっき出て行ったばかりだというのに、もう被害に遭ったのか。元女神のくせに運の無い奴だ。無理してできないことをしようとするからこうなる。自業自得とはまさにこのことよ。


 やっぱりこういう日は何もせずに休むのがベストってことだ。仕事と休息を両立できてこその一人前の社会人と言えよう。


「あぁ、休むって素晴らしい……」


「更に言えば美しいよね。朦朧とした意識の中でスヤスヤ眠るのってたまんないもん」


「だよなぁ。人間にとってこの時間帯が一番幸せだわぁ……」


「そうかもしれないけど、でも休んでばっかりいるといらん脂肪が増えちゃうよ? ほらほら、だらけてないで少しは筋トレでもしなって。軽くでいいからさ」


「うるせぇなぁ。今更筋トレなんてしなくても……」


 ……ん? 誰だ? 俺は今誰と喋ってんだ?


 目を擦って身体を起こし、少々ぼやけた視界の中で一人の姿を捉えた。


「どもども。昨晩は楽しませてもらったよ兄ちゃん」


「…………」


 目の前に例の変態怪盗の腑抜けた笑い顔が。


 俺は、再び掛け布団を被って横になった。


「あり? まさかの無反応? てっきり私はぶっ飛ばされると思ってたんだけど」


「失せろ変態。今はそういう気分じゃねぇんだよ」


「ありゃりゃ、すっかり消極的になっちゃって。見たところ結構な疲労が溜まってるようだね」


「どっかの誰かのせいでな」


 いつの間に俺の部屋に侵入しやがったんだこいつ。入って来たのは窓からなんだろうが、この俺でさえ全く気付けなかった。


 ……そうか、きっと“ハイド”を使っていたんだ。


 だとすると、確かにこれは厄介だ。ほんの少し目を離してる隙でさえ、部屋の侵入を許してしまうのだから。


「ねぇ、この靴何処に置けば良い? 窓のところでも良い?」


「出てけっつってんだろ。なんでさり気無く居座ろうとしてんだお前」


「いやぁ、一旦セクハラ活動に小休止打ちたくてさ。休む場所を探してたんだけど、丁度良く兄ちゃんが見えたものだから。というわけなんで、ちょっとここで休ましてね」


「ふざけんな。とっとと出て行かねぇとそのつらいびつに歪ませんぞ」


「まぁまぁそんな固いこと言わずに。固くするのは兄ちゃんの股間だけで十分でしょっつってね」


 ありったけの力を込めて、顔面目掛けて枕を投げ付ける。


 ひょいっと首だけ動かすことで、容易に躱された。何もかもが癪に障る野郎だ。


「嫌がらせにでも来たつもりか? 挽き肉にして今夜のおかずの一品に加えんぞ変態野郎」


「冗談言っただけでそこまで怒るんかい。カルシウム足りてないんじゃないの兄ちゃん? ほら、私の牛乳あげるから落ち着きなって。……私の牛乳だって、エッロいな今の発言。マジウケるんだけど」


「“メタルハンズ”!!」


 両手を硬質化させて、本気で奴の顔面に殴りに掛かる。


「おっと危ない」


 意表を突いたつもりだったが、俺の動きを先読みするかのようにスルリとすり抜けるように躱された。


 そして、通り過ぎ様に耳元に顔を接近させて来たと思いきや、


「はむっ」


「びゃぁぁぁ!?」


 耳たぶを甘噛みされて、腰が引けて身体から力が抜けてしまった。


「やっぱ耳が弱かったんだ。私の性感帯レーダーは何年経とうとも健在ですな」


 顎に親指と人差し指を当ててドヤ顔を浮かべる。今すぐその(つら)を凹ませてやりたい。


 正直侮っていた。世間じゃ女性にしかセクハラをしないと言われているけど、こいつはいざとなったら男相手にもセクハラしてくる野郎だということを忘れていた。昨晩に学んだばかりのことのはずなのに学習しないな俺も。


「暴力は悲しみしか生まないよ兄ちゃん。ここは怒りの矛をそっと収めて私と楽しくお喋りしようよって」


「くそっ、テクニシャンが。何処でそんな身体能力極めてきやがったんだ」


「無論、独力に決まってるじゃん。私って天涯孤独だからさ。頼れる相手が身近にいなかったもんで、独り立ちできるように努力するしかなかったわけ」


「……意外と暗い過去あるのなお前」


「おっ? もしかして同情してくれたの? 意外と優しいとこあるじゃんか兄ちゃん」


「早合点すんな。誰が変態に同情なんてするかよ」


 つーか結局こいつのペースに呑まれてるし。


 でも夜になるまでは本気出せないんだし、下手に動いてセクハラされるよりは、大人しくしていた方が身のためか。悔しいが割り切るしかない。


「あっ、そういや忘れてた。これ返しとくよ兄ちゃん」


 服の中に手を突っ込んだと思いきや、中から昨晩俺から盗んでいったパンツが出て来た。せめてしまっておく場所くらいは配慮しておいて欲しかったよ。


 パンツを受け取って、無事かどうかを確認する。


 気のせいか、以前よりも綺麗になったように見える。見たところ変なことに使われた形跡はない。


「お前さ、結局最後に返すなら怪盗の意味ないだろ。なんで怪盗なんてやってんだよ?」


「ちっちっちっ、分かってないなぁ兄ちゃん。下着は盗むからこそ価値があるんだよ」


「知らんわそんな歪んだ価値観。下着は履くことでしか価値を見出せない衣服の一種に過ぎんだろ」


「兄ちゃん……それ本気で言ってるの?」


 ミルクに引き続いてまた別の奴に可哀相な目で見つめられた。どいつもこいつも俺のことを何だと思ってやがんだ。


「しょうがない。ここは一つ、兄ちゃんに下着の価値というものを学ばせてあげようじゃないか。用意するからちょっと待ってて」


「不要な雑学だ。聞く気無いからな俺」


「ぶぅ~、ノリ悪いなぁ兄ちゃん。勝手に喋るから良いけどね」


 喋るのかよ、メンタル強いなこいつ。


 また少し目を離した隙に何処からかホワイトボードを持って来て、黒ペンを手にして変態怪盗による世界一無用な講義の幕が開く。


「じゃあまず、基本的なことを説明します。一般人から見た下着の区別というのはこの通り、男ならブリーフ、トランクス、ボクサー。女ならフルバック、ヒップハンガー、ボックスショーツ。とまぁ、もっと種類はあるのですが、大体はこんな感じですね」


 律儀にパンツの絵を描いて上の方に名前を書いていく。無駄に絵が上手いのがまた腹立つ。


 男物はともかくとして、やっぱ女物にもパンツの種類ってあるんだな。いきなり生々しいぞこの講義。


「ただ、これはあくまで一般論での下着の見分け方です。私くらいの上級者になってくると、区別の付け方がたったの二つに限られます」


 上級者ってなんだよ。頭のキチガイさ加減のスペシャリストってか? 少なくとも誇れるものではないな。


「はいこれ。単純明快に言ってしまうと、使用前と使用済みですね。パンツ自体の種類がどうだろうが、私にとってはこんなのどうだっていいんです。毎朝飲む味噌汁の具並みに知ったことじゃありません」


 どうでもよくないだろ。俺は基本的になめことワカメしか使わんし。世の主婦の拘りを甘く見るなよ。


「なんでパンツ自体の種類を視野から外すのかには、勿論理由があります。それは、下着が使用済みでなければ価値が見出せないからなんです。つまり、使用前の下着はただの布切れも同然なんです」


 それは言い過ぎだ。むしろ布切れだからこそ、需要があるんだろ。布以外でできたパンツなんて聞いたことも無いわ。


「一般人からしたら、使用前の下着も価値があると判断するかと思います。当然、ズボンやスカートの下に履く履物としてです。勿論私も下着はちゃんと履いていますし、布切れと言えども必要無い物とまでは言いません」


 むしろそれすら必要ないとか言い出したらどうしようかと思ったよ。流石にノーパンだったらドン引きするわ。


「ですが、使用後の下着は使用前の下着の執着心の比ではありません。何故なら、使用後の下着には夢と希望が詰まっているからです。人肌――いや、股間肌という女性独特の温もりがね……」


 急にニヤニヤと笑いだすと、自分の身体を抱き締めて頬を赤くし、次第に気分を高揚させていく。変態のあるべき姿に戻っていくかのように。


「それに温もりだけじゃない。女性の下着には時折、意味深なシミまでついていたりする。そういう小さくも見逃せない要素が、私の想像力と妄想力を膨らませていくわけですよ。おっと、これは昨晩はお楽しみだったなぁ? 的な感じで。そしてその光景を頭の中で思い描き、私は悶えに悶えるわけですよ。こりゃたまらねッスわ~ってね。アンタも思春期の男なら分かるでしょこの気持ち?」


 リィアさんの家の本棚に入っていた料理本に目を通す。


 今晩は一体何を食べようか。仕事で疲れて帰って来るリィアさんには是非とも美味しい料理をご馳走してあげたいところだが、さてはて。


「清々しいくらいのシカトっぷりだなぁ。ま、地味に最後の方まで聞いててくれてたっぽいし、私は十分満足したよ」


「ならとっとと出て行け。今日がお前の最後の娑婆しゃばだろうからな」


「んん? それは一体どういうことかな?」


「決まってんだろ。今夜俺がお前を本気で捕まえに行くからだ。それでお前の下着ドロ人生は永遠に終わりだ」


「面白い冗談を言うなぁアンタ。確かに兄ちゃんは只者じゃないんだろうけどさ? それでも私を捕まえるのは絶対に無理だって。何せ私は、天下の下着怪盗なんだからね」


 どういう理屈でそんな自信を張れるのかは知らないが、どうにもこいつはまだ俺のことを甘く見ている節があるようだ。


 一度や二度相対したくらいで相手の器量を決めつけるとは、こいつもまだまだ青二才だな。


 見たところ、歳は俺よりも一つか二つ下ってところか。


 年下の女に下手に見られる日が来るとは、俺もまだまだ人のことは言えないな。


「余程自分に自信があるのなお前。その自惚れはどっから湧いて出てくるんだか」


「自惚れ結構! 現に私は数え切れない下着を色んな人達から盗んでおいて、ただの一度だって捕まったことがないからね。それに、私が自分に自信を持っている理由として、決定的なものがあるんだなぁこれが」


「決定的なもの?」


「そっ。私はね、あの勇者からの追跡をも逃れた怪盗なんだよ。それから私は一躍有名人になり、ついたアダ名が怪盗H。“ハイスピード”のHの称号を勇者直々に頂いたわけさ」


「勇者って……魔王を倒したとかいうあの勇者か?」


「そだよ。ね? 実際驚いたっしょ?」


「あぁ、驚いた。まさか怪盗HのHが“変態”の意味でのHじゃなくて、“ハイスピード”のHだったなんてな」


「あっ、目を付けたのそっち……?」


 魔王を倒した勇者をも翻弄した……か。


 魔王ってのがどれだけヤバい奴で、その魔王を凌駕した勇者がどれだけ凄い奴だなんてことは知らない。


 ただの勇者ってのは、世間で勇者と呼ばれている英雄だ。


 人並み以上の腕前を持っているのだろうし、きっとステータスも魔法もチート並みに凄まじいものなんだろう。


 でもそんな勇者がこいつに負けたのは、こいつが勇者よりも優れた部分があったということだ。


 たとえステータスや魔法がこいつよりも豊富で強力であったとしても、使いこなせなければ何も意味は成さない。それはただの宝の持ち腐れだ。


 つまり、この世界において強さとは、圧倒的な魔法でもなければ、馬鹿高いステータスという数値でもない。


 何度も積み重ねた実戦から得られる“経験の回数”。その数が多ければ多いほど、強者は更なる強者となり得る――と、俺は思っている。


 その理屈を踏まえて、俺は怪盗Hに物申す。


「お前が勇者に勝ってようが負けてようがどうでもいい。俺からしたら、だからなんだって話なんだよ。それに勇者だけじゃなく、お前がどんな凄い奴に勝っていようとも全部俺には関係ねぇ」


「何故なら」と、俺は不敵に笑って言い退ける。


「お前はまだ、俺と出会って間も無いんだからな。本気の俺に絶対勝てる確証なんて何処にもありゃしねぇんだよ。ま、その逆もまた然り、だけどな」


「……兄ちゃん」


 変態はその通りだと言ったような表情で目を細め、ふと笑った。


「なんかそれっぽいこと言ってるけど、言ってて恥ずかしくならない? ドヤ顔なんてしちゃって、その顔多分私の記憶に一生残ると思うわ~」


「歯に衣着せる心遣いを学んでこいや!!」


 今度こそその鼻っ柱を殴り飛ばそうと拳を振るうが、やはりひょいっと容易に躱されてしまう。


 どうもこいつとは反りが合う気がしない。むしろ、反りを合わせる気が起きそうもない。人をからかってくる奴にロクな奴がいないことを知っているから。


 それこそ、数え切れない経験を積み重ねて今日まで生きてきたせいで。


「はははっ、面白いなぁ兄ちゃん。その性格といい度胸といい、気に入っちゃったよ私」


「そりゃ残念だったな。俺はお前が今まで以上に嫌いになった」


「そんな釣れないこと言わずにさ~。そうだ兄ちゃん、良かったら私とコンビ組まない? 二人で怪盗Hとして名を馳せようよ。エロいことばっかで最高の日々が待ってるぜ!」


「冗談は寝て言えやクソガキが」


「え? 私こう見えても二十歳だけど?」


「嘘だろ!? 見た目詐欺か!?」


「うん、嘘だよ」


「マジで嫌いお前!!」


「あはははっ! それじゃ、そろそろ私はお(いとま)させてもらうとするよ」


 窓の上に飛び乗って、置いてあったブーツを履く。


 できればこいつの顔は二度と見たくはないものだが、夜にまた会わなきゃいけないのが腹立たしい。


「そう言えば兄ちゃん。私まだ兄ちゃんの名前知らないんだけど」


「お前に名乗る名なんてねぇよ、とっとと失せろ変態。そして首を洗って待ってろ」


「名前くらい別に減るもんでもないのに~。……そういえば、アンタの連れの銀髪の姉ちゃんがビャクトとか言ってたっけ。私ってば記憶力良い~!」


「早よ出てけや! 自惚れはもう沢山だ!」


 足を払って落としてやろうと払い蹴りを放ったが、その前に窓の向かい側に見える屋根の上の方に飛んで行った。本当に身軽な奴だ。


「私の名前はピノ! 本当に私を捕まえに来るつもりなら、夜になるまで期待しながら待ってるよ! まったね~ビャクト!」


 そうして、愉快痛快なる変態怪盗は俺の部屋から去って行った。


 まるで台風のような奴だった。そのまま北風と共に町から出て行ってくれればいいのに。


 何はともあれ、あれだけ俺も大見栄張ってしまった以上、尻尾巻いて逃げ出すという選択肢は無くなった。


 元殺し屋の意地ではない。野幌白兎という一人の人間の意地を賭けて、あの野郎に一泡も二泡も吹かせてやる。異常な日常送ってた現代人の経験値をなめるなよ。


「ビャクト様ぁ! 服が! 服が怪盗さんに粉微塵に斬り刻まれてしまいましたぁ!」


「喧しい! 部屋入る時はノックしろって言っただろうが!」


 前も隠さずに泣きながら全裸で帰って来た元女神を見て、俺は憤りを感じながらも呆れ果てるのだった。

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