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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
一章 〜ポンコツ女神と変態怪盗〜
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恨み妬みを下着ドロに捧ぐ

「待ちやがれ変態怪盗! せめて下着だけでも置いていけや! リィアさんのだけ返さずに依怙贔屓(えこひいき)かこの野郎!」


「うははっ、人一人抱えながら身軽だなアンタ。あっ、もう少し上下に揺れるように動いてくれない? その子のパンツもうちょいで見えそうなんだよね」


「駄目ですよビャクト様! どうか私のスカートが捲れないように上手く立ち回ってください!」


「うっせぇ! んなことに気遣っていられる余裕無いんだよこっちは!」


 くそっ、あいつ早ぇ! 伊達に下着怪盗を名乗ってるだけあって、身のこなしが猿のように人間離れしてやがる。


 家の屋根を飛び渡っていくだけに飽き足らず、小さな手すりを掴んで大車輪というアクロバットな技を見せ付け、忍者のように街頭の上を器用に飛んでいく。サーカス団にでも入れば普通に食っていける身体能力だ。


 どうにか俺もついていけてはいるが、このままじゃ逃げ切られるのも時間の問題だ。


 こういう時こそ遠距離型の魔法を扱えれば手っ取り早いのに、魔法適正皆無なこの身体が心底腹立たしい。


「つーか重いんだよお前! ちゃんとダイエットとかしてんのか!? 見た目軽そうなスタイルのくせによ!」


「失礼ですね!? こう見えて私の体重は女性の平均よりも下ですよ! 今の発言は世の中の多くの女性を敵に回すことになりますよビャクト様!」


「そりゃ残念だったな! 元から女性に好かれたことのないこの俺だぞ? 今更敵に回られたところで失うものは何一つとして無いわ!」


「……すみませんビャクト様。少なくとも私は貴方の味方ですから……ね?」


「止めろ! 可哀相な人を見るような目で俺を見るんじゃねぇ!」


 別に気にしてませんとも。今までで出来た友達がたった一人という、基本ボッチだったという過去がある俺だけど、そのことを悔やんだことは一度だってありませんとも。別に寂しくなんてないんだからね。


「え? 何? アンタってそういう人なの? 女の子と手を繋いだこともない典型的な童貞? ぷぷぷっ~、さぞかし虚しい青春送ってるんだろうね~」


 はははっ、野郎ぶっ殺してやる。


「ミルク、お前は本当に俺の味方なんだよな?」


「えぇ、勿論じゃないですか。だって今や私とビャクト様は一蓮托生な関係なんですよ?」


「そうか……。ならお前に一つ頼みたいことがある。何も言わずに引き受けてくれるか?」


「あのビャクト様が真剣な表情を!? わ、分かりました! 私にできることなら“なんでもします”!」


「……そうか」


 俺は嬉しいよミルク。こんなにすぐ近くに、お前というなかまがいてくれて。


 一旦屋根の上で足を止めて、背負っていたミルクを下ろす。


「よし、ここに立ってくれミルク」


「分かりました!」


 疑問も抱かずに一つ返事で受け応えると、ミルクは屋根の角の方に移動して棒立ちする。


「んん?」


 俺が追って来ていないことに気付いた変態怪盗が、こちらの方を向いて来る。


 タイミングは――ここだ!


「ミルク……お前の雄姿は忘れない!」


 両手を突き出して、思い切りミルクの身体を突き飛ばした。


「へ?」


 空中に押し出されたミルクは目を点にすると、真っ逆さまに真下へと落下していった。


「いやぁぁぁ!?」


 重力に逆らえる術を持たないミルクは、甲高い悲鳴を綺麗な星空へと響かせる。


 本人は落下死を想像しているのかもしれないが、その心配はない。あいつの近い先の未来を事前に予知しているからだ。


 天性の殺し屋として育てられていた日々の中で、親父はこんなことを言っていた。「相手を殺す時はまず、相手の特徴を先に知れ」と。


 それは癖であったり、習慣であったり、仕草であったりと、どうでもいいことから重要なことまでの全てが該当する。


 そしてそれらの特徴や人格といった情報から相手の弱点を導き出し、確実な殺しを全うする。それが親父から教わった殺しの術の一つだった。


 だがそれは何も、殺しだけにしか使えない戦術とは限らない。


 例えば、ただ相手をとっ捕まえるという捕獲任務の時にも有効であると言える。無論、今のこの状況も例外ではない。


 奴は何処からどう見ても変態だ。頭にパンティを被り、ブラジャーを眼帯として使ってる時点で、紛うことなきド変態だ。


 そんな奴の前に、スカートを履いている女を宙に放り投げたらどうなるか? その答えは当然の如く、決まり切っている。


 何が何でも、風圧で捲れるスカートの中身を間近で見に来ようとするだろう。ばっちりミルクのパンツが拝めるであろう、その真下まで移動してでも。


「ぬおぉぉぉ!! 私は今この瞬間に至るために生まれたと言っても過言ではなぁい!!」


 変態怪盗は即座にミルクの方へ身を方向転換させると、充血した眼球を見開いて一目散に駆け出した。


 疾風の如く駆け抜ける変態怪盗の足の速さは、まるで瞬間移動を彷彿とさせた。


 瞬く間にミルクの真下までやって来ると、その場に仰向けになって大の字になりながら真上を見上げた。


「うっひょっ! 見掛けによらず激エロなパンティ履いてぶがぁ!?」


 当然ミルクは吸い込まれるように変態怪盗の上に落下して、腹にエルボーという偶然の産物なる一撃を喰らわせた。


 屋根の上からでも聞こえて来た鈍い音から察するに、恐らくあばら一本くらいは折れていることだろう。


「わぁぁ!? 大丈夫ですか怪盗さん!?」


「ぐふっ……。我がエロス道に一片の悔いなし……。同情してくれるなら股の匂い嗅がして」


「やっぱりそのままくたばってください」


 屋根の上から飛び降りると、ミルクが白い目でこちらを見つめて来た。知らんぷりしておこう。


「見掛けによらずタフな奴だな。今の一撃喰らっても意識飛ばないのかよ」


「フフフッ、当然。こいつが私を守ってくれたのさ……」


 そう言いながら自分の腹の中に手を突っ込んだと思うと、中から何枚もの下着がまた出て来た。


「ありがとうマリベル、ジェニー、プリムトン……。お前達のお蔭で私の命は無事に助か――あっ、無理、やっぱめっちゃ痛いわあばら骨」


 そりゃ折れた音が鳴っていたもの。つーか下着に名前付けるって、何処まで狂人的なことすれば気が済むんだこいつ。


「とにかくこれは返してもらうぞ」


「や、止めてぇ~。私の生命線を奪わないでぇ~」


「何が生命線だ馬鹿たれ」


 倒れて動けなくなってるところを見計らい、頭から無理矢理パンツとブラジャーをひっぺ剝がし、ついでに覆面も取り除いた。


「よし、取り敢えずこれでリィアさんの下着は無事――ん?」


 下着と覆面が外れたことによって変態怪盗の素顔が曝け出される。


 その顔を見て、思わず俺は唖然としてしまった。


「お前……女だったのか?」


 女物の下着ばかり盗んでいた変態怪盗の正体は、まさかの女だった。


 中性的な顔立ちで男に見えなくもないが、よく見れば微かに胸の膨らみが見て取れた。


 なんで女が女の下着ドロ活動なんてやってんだ。頭痛くなってきたんだけど。この世界の異界クオリティはつくづく何処かズレてやがる。


「分かってないなぁアンタ。エロスって基本的に女の子のイメージが強いじゃん? だったら女物の下着を狙うに決まってるでしょ。別に女の子が好きっていう特異体質ってわけじゃないけど、他人の女物の下着って見てるとやたらと興奮するんだよね」


「気持ち悪っ」


 こういう異常者に生まれなくて本当に良かった。


 本人は「普通でしょ?」みたいに思ってるようだけど、客観的に見たら相当頭トチ狂った奴にしか見えない。


 仮にこいつが現代にいたとしたら、いずれニュースで顔写真と共に世間に晒されるのが目に見えるくらいだ。


「とにもかくにも、お前の下着泥棒活動は今日で終わりだ。凄いぞミルク、珍しくお手柄だったな」


「…………」


 まだ白い目で見つめてきている。根に持つ奴ってめんどくせ。


「そんな怒るなって、結果オーライだろうが。全ては計算の内だったんだからよ」


「でもあくまで計算だったんですよね? 仮にこの方がこうして来てくれていなかった場合、私はどうなっていたと思いますか?」


「……肉塊?」


 涙目になってビシビシと脇腹を殴って来る。


「わ、分かったって。悪かったって利用するようなことして」


「本当に反省していますね? 落ち度は自分にあると認めるんですね?」


「反省してるし、認めてるって。今後は気を付けるから殴って来るの止めろ非力女神」


「だったら今回は許してあげます。懐の広い私に感謝してくださいよビャクト様」


 えへんと胸を張るミルク。


 こいつもこいつで受け付けられないな。俺の周りってロクでもない奴ばっか。


「ねぇねぇ、もう夫婦漫才はいいからさ。まず先に私の折れた骨を治してくんない? 痛過ぎて動けないんだけど」


「馬鹿か、治すわけねぇだろ。お前はそのままギルドの方に連行されるんだからな」


「えぇ~、じゃあ良いわ。自分で治すから」


 変態はポケットに手を突っ込むと、コルクで蓋がされた試験管のような物を取り出した。


 中には青汁のような緑色の液体が入っていて、とても飲む物のようには見えない。


 だが変態は親指で弾くようにコルクを外すと、躊躇うことなく怪しげな液体が入った試験管の中身を飲み干した。


 苦い顔をしているところを見ると、やはり味は良いものではないらしい。


 しかしすぐに顔色が良くなったと思いきや、「よいしょっと」という掛け声と共に起き上がった。


 嘘だろ? 骨が折れてる奴の動きじゃない。


「まさかそれって、所謂回復薬ってやつなのか?」


「ん? アンタもしかして知らないの? ヒールドリンクなんて市販でも売ってる一般的な飲み物じゃんか」


「生憎この世界には来たばかりで、異界の常識を知らないんだよ」


「この世界?」


「こっちの話だ。それより、まさか動けるようになったからって逃げる気じゃねぇだろうな?」


「……フッフッフッ」


 急に気持ち悪く笑い出したと思うと、回復薬が入っていた方と逆のポケットに手を突っ込み、これまた懲りずに女物の下着を取り出した。


 しかもその下着は妙に光沢があり、ところどころに黄色い謎の物体が付着している。まさかあれウ○コじゃないよな?


「まーだ隠し持ってたのかよ。何度俺を呆れさせりゃ気が済むんだっつの」


「ここにありますは満遍なくカラシを塗りたくった一枚のおパンティ。万が一にも履いてしまえば、股間が大変なことになってしまうの間違い無しの代物でございます」


 手品師のような口調で汚いパンツを両手で持って見せ付けて来る。


 何がしたいのこの変態? 精神的な攻撃はもうお腹一杯だって。


「今から見せますのは、世にも奇妙なイリュージョン。この私が瞬く間にこのおパンティを男物のパンツに変えてご覧に見せましょう」


 ゆらりゆらりと身体を揺らして眠たくなるような動きをすると、パンツを持つ手が紫色の光を帯び出した。


 まさかあれは……魔法か?


イー……アール……サン! 煌け“ディンスワップ”!」


 なんで中国語を知っていたのかはさておき、正体不明の魔法が発動して光が強くなり、反射的に腕で光を遮って片目を瞑った。


「…………ん?」


 光が収まって今一度奴の手元を見ると、見覚えのある男物の下着が握られていた。


 いや……それよりもだ。この下半身の妙な違和感はまさか……っ!?


「うひぃぃぃ!?」


 あの野郎! 俺のパンツとさっきのカラシパンツを取り換えやがった! 股間めっちゃヒリヒリする! 気持ち悪過ぎて立ってられねぇ!


「大丈夫ですかビャクト様!? ……ぷっ」


「お前今ほくそ笑みやがったな!?」


「だ、だって。さっきのビャクト様の悲鳴が……ぷっ」


「人の不幸を笑ってんじゃねぇ!」


 人が本気で苦しんでいるってのに、元女神の風上にもおけねぇクソ女神が!


「わっはっはっ、見たか私のビックリドッキリイリュージョン。やばいでしょその感触? 私も前に試したことあるんだけど、あまりもの気持ち悪さにしばらく足腰立たなくなっちゃって、大変だったの覚えてるよ。足腰立たなくなるのは性交した後だけで十分だって話だよね~」


 その威力は使った本人が既に実証済みってか。くだらないことに身体張りやがって、芸人かこいつは。


「じゃ、私はこれから大事な用があるから失礼するよん」


「ざけんな! 俺のパンツ返しやがれ! ついでにその鼻っ柱へし折ってやる!」


「……質屋で売ったらどんくらいだろこれ」


 あの野郎マジでぶっ殺してやる!!


「代わりにそのパンツはプレゼントするよ。洗った後でも黄色いシミがついたままかもしれないけど、妄想なり何なりして夜のオカズにしてくれたまえ。ではでは、ザイジィェン~」


「だからなんで中国語知ってんだお前!」


 そうして変態怪盗は、俺のパンツを盗んだまま脱兎の如く逃げ去って行った。


 俺としたことが油断した。まさかあんな物々交換魔法を使われるだなんて想像していなかった。


 ただの変態狂人だと思っていたけど、身のこなしといい悪質な魔法といい、実は結構な実力者だったのかもしれない。


 “人を見た目で見限るな”……か。全くその通りだ。あのチビ女、今度会ったらただじゃおかねぇぞ……。


「そういえばビャクト様、さっきあの人が持っていた下着って女物でしたよね? ということは今のビャクト様の履物は……。よく破れずに履けていますね? もしかしてビャクト様のアレは小さい方――」


 クソ女神の顔面にワンパン入れると、ヒリヒリする下半身の感触を必死に堪えながら引き返して行った。




〜※〜




 冒険者(仮)生活三日目。今日も今日とて天気は快晴で、絶好の冒険者日和。こういう日にこそ外に出て魔物を狩りに行きたいところだが、それが許されないからもどかしい。


 昨日に引き続いて今日も土木作業に勤しもうと思ったのだが、ミルクが「あれはもう勘弁してください!」としつこく根を上げやがったので、今日の町内クエストはまた別のものをすることになった。


 そして今まさに、そのクエストを厳選している真っ最中なのだが……。


「子守り……は自信ないから無理だな。魚屋の呼び込み……はありきたり過ぎてつまんなそうだからパス。老人ホームの介護支援……は嫌いじゃないけどそういう気分じゃない。う~ん……」


 外出クエストに比べると、町内クエストの数はその比じゃない。


 掲示板一杯に張られたクエスト用紙のあちらこちらに目が入ってしまうが、どれもこれもしっくり来なくて中々選ぶことができない。俺って意外と優柔不断だったらしい。


「まだ選べていなかったんですかビャクト様? こういう時はバシッと決めた方が男らしいですよ」


 掲示板の前であーでもないこーでもないと呟いていると、袋一杯のジャンクフードを持ってハンバーガーを食べているミルクがやって来た。その華奢な身体の何処にでかい胃袋詰め込んでんだか……。


「お前が土木作業が嫌だって言うから、こうして選んでやってるんだろうが。身の程を弁えろ暴食女神」


「だってあんなのは既に重労働と呼べる作業じゃありませんでしたよ! 拷問ですよ拷問! 疲れて動けなくなっているところを恐喝されて無理矢理働かされて、あんなこと続けていたら私は過労で死んでしまいます!」


「それはお前が軟弱だからだろ。自分の脆さを仕事のせいにしてんじゃねぇ」


「ビャクト様は身体が頑丈だからそんなことが言えるんですよ! 私の立場になればきっとビャクト様も同じことを言うはずです!」


「でも俺は俺なんで。お前の立場になることはないんで」


「むぐぐぐっ……」と(うめ)いて頬袋をパンパンにさせる貧弱女神。いちいちうるさい奴だ。


「文句があるなら一人で別の町内クエストに行ってろ。俺は俺で土木作業してくる」


「わぁぁ!? すみませんすみません! 二度と愚痴は垂れないのでどうか私を見捨てないでくださぁい!」


「袖を引っ張るな伸びるだろうが」


 親離れできない小学生かこいつは。


 可愛い子には旅をさせよとはよく言うけど、こいつの場合は旅に出る以前に無知過ぎる。度胸も無いし、よくこんなのが女神をやっていられたものだ。


「ビャクトさん」


「ん?」


 とんとんと後ろから肩を叩かれたと思うと、いつの間にかすぐ後ろにリィアさんがいた。


「どうしましたリィアさん? まさか昨日取り返した下着に何らかの不具合が……」


「その話はここでしないでください! そうではなくてですね、少しお話ししたいことがありまして。少々お時間を頂いても宜しいですか?」


「はぁ、別に構わないですけど……」


 もしかして、冒険者になりたいと申し出てくれた猛者が駆け付けてくれたとか?


 ……いや、無いか。この世界にご都合展開がないことは身を以って知ったことだし。


「少しここで待っていて下さい」と言うと、リィアさんは酒屋の方へと出向いていき、一人の小柄な老人を連れて戻って来た。優しい顔付きの穏やかそうなお爺さんだ。


「貴方が冒険者になりたいと言っている若者さんですな?」


「そうですけど……お爺さんは?」


「誰がジジィじゃクソガキがぁ!!」


 急にブチ切れたと思った矢先、鬼のような形相になって杖で思い切り頰をぶっ叩かれた。


「いってぇな!? 初対面の人をぶっ叩くか普通!?」


「喧しいわい! ワシぁまだまだ現役じゃ! 年寄り扱いするでないこのイカ臭い若造が!」


 何だこの猫被ってた口悪いパワフルな爺さんは。この世界は老人すらまともな人がいないのか?


「こら、駄目じゃないですか町長。ビャクトさんは悪気があって言ったわけではないんですよ?」


「何を言うかリィアちゃん。こんな腑抜けた垂れ目男、どうせ中身も垂れ切っているに違いないわい」


 中身が垂れてるってなんだ? 聞いたことねぇよそんな比喩表現。


「申し訳ありませんビャクトさん。この人は昔からこういうお人でして……」


「それはまぁ良いとして、結局のところ何者なんですか? 町長って言ってたようですけど」


「如何にも。ワシがこのウンターガングの町長じゃ。敬意を払え若造」


 てことは、この人がこの町の名前をつけたお偉いさんってわけか。必然的に主要人物はどいつもこいつもキチガイな人格者であるらしい。


「で、その町長が一体俺に何の用で? 介護してくれというのなら他を当たってくれ」


「阿呆め、お主のような腑抜けにワシの世話ができるものか。身の程を弁えるんじゃの」


「はははっ、喧嘩売る相手は選んだ方が良いですよクソジジィ」


「ちょっとちょっとビャクト様。ご老人相手に本気になってどうするんですか」


「ジジィ扱いするなと言うておろうが小娘ぇ!!」


「あいたぁ!?」


 今度は仲裁に入ったミルクが杖でぶっ叩かれた。


 流石はステータスマイナス女神。老人の一撃でさえ身体が容易く吹っ飛ぶようで、まるで重みの無い綿のような貧弱っぷりだ。


「もう、いい加減にしてください町長。むやみやたらと暴力振っていたら怒りますよ?」


「リィアちゃんは黙っとれ。この若造共の腐った性根を今ここでワシ直々に叩き直――」


「町長?」


「…………はい」


 リィアさんの威圧感ある微笑みに、あのジジィが押し黙った。


 普段温厚な人ほど怒ると怖いと言うけど、俗説や迷信ってわけじゃなさそうだ。


「話が進まないので真面目にお願いします。仮にも町長なんですから」


「仮にって、それはあんまりな言い方――」


「早くしてください」


「あっ、はい、真面目に話します」


 しっかり者の妻の尻に敷かれる駄目な夫のような縮図。こうはなりたくないものだ。


「おほん……。お主の元を訪れたのは他でもない。この町内クエストを引き受けて欲しいのじゃ」


 そう言いながら爺さんは一枚のクエスト用紙を差し出してくる。


 受け取って内容を確認したところ、そこにはこのように書かれてあった。


『怪盗Hの捕縛』。つまり、昨夜の変態野郎を捕まえてほしいというものだった。


「あっ、これってあの怪盗さんのことですね」


「……見る点が違うぞミルク。これを見ろ」


「これって……えっ!?」


 クエスト用紙のとある項目を指し示してやると、ミルクは目を皿のようにして驚愕の声を上げた。


 俺達が聞かされ、実際に体験した町内クエストというのは、食って生きるには雀の涙でしかない報酬しか貰えないという、働く内容からしたら不釣り合いなものしか有り得なかった。


 だが、この町内クエストは町長直々という名目があってのことなのか、報酬金が外出クエストと大差ない高額なものだった。


 怪盗をとっ捕まえるだけで百万ゴールド(日本の単価と同じ)。なんて旨い話なんだ。


「凄い金額ですね……。でもどういうことなんですか? あの人は自分のことを怪盗と自称してはいましたけど、実際はただの下着泥棒なんですよね? 流石にこの金額は大袈裟だと思うんですけど」


「それなんじゃがな……。実はあの怪盗は、生半可な変態ではないのじゃ」


「それって生半可な怪盗の間違いなのでは……? 生半可な変態じゃない変態って、ただのヤバい人じゃないですか」


「言い方は違くとも意味は伝わっておるじゃろうが! 細かいことをグチグチ言うでないわ小娘が!」


「ひぃぃ!? すみませんすみません!」


 生半可な怪盗ではない……か。


 それには俺も同感だ。そんじゃそこらの下着ドロとは思えない身体能力だったし、何よりあの魔法が特質だったから。


 これは俺の憶測でしかないが、あの魔法は恐らくあいつの固有魔法の可能性が高い。


 使い方は陰湿な悪戯でしかなかったけど、使い様によってはあれはかなり強力な魔法だ。


 となると、奴が相当の手練れであると思うのは当然のことだろう。


「あやつは多くの町や村で名を馳せている有名な怪盗での。盗む物は決まって女物の下着に収まるが、あやつの行動は盗みを働くことに留まらず、女子おなごを中心的にセクハラ行為にも及ぶという正真正銘の変態なのじゃ」


「傍迷惑な人ですね。怪盗というより性犯罪者じゃないですか」


「全くその通りじゃの。じゃがまだマシなのが、盗んだ物はその日の内に必ず本人に返すというところでの。結局何がしたいのかよく分からん変態なのじゃ」


「あの、そこはよく分からない怪盗の間違いでは?」


「じゃから意味が伝わってるから問題無いと言うておろうが!」


「ひぃぃ!? すみませんすみません!」


 その日の内に本人に返すって、真っ赤な嘘なのでは?カラシパンツとすり替えて俺のパンツ盗んでったままだぞあいつ。


 まさか男は対象外だから法則性なんて知ったことじゃないってか? ふざけやがってあのパンツ野郎。


「とにもかくにも、あやつは多くの住民を翻弄ほんろうしておる犯罪者じゃ。そこで白羽の矢が刺さったのがお主ということじゃ、若造よ」


「いやなんでだよ。明らかに今までの話に怪盗と俺との接点無かったろ」


「リィアちゃんや他の者から聞いたんじゃよ。お主があの怪盗のすばしっこさと肩を並べておったとな」


「……見られてたか」


 あれだけ多くの民衆が見ている中で追い掛けっこをすれば、そりゃ嫌でも多くの人達の注目を浴びることになるか。


 それに俺達がしていたのは屋根の上での鬼ごっこだったし、ただの逃走劇よりも目立つのは火を見るよりも明らかだ。俺としたことが頭に血が上っていたか。


 この町には冒険者がいない。故に、ずば抜けた身体能力の持ち主である人が誰一人としていない。


 但し、冒険者(仮)の俺一人を除いて。


 つまり、この町にいる人であいつを捕まえられるのは、俺しかいないということ。


 だからこうして町長自ら俺に依頼を頼みに来た。事の経緯はそんなところだろう。


「で、どうなんじゃ? 引き受けてくれるのか? まぁ、お主に断る理由はないと思うがの」


 この爺さんに言われるのはムカつくけど、その通りだ。むしろ願ってもない依頼であったことは決して否めない。


「分かりましたよ町長。この依頼、引き受けさせてもらいます」


「そうか、なら任せたぞ若造。期待はしないでおくがの」


 野郎……見てろよクソジジィ。アンタの前に顔面ボッコボコになったあの変態を差し出してやっからな。そして俺を見縊みくびっていたことを反省させてやらぁ。


「金額を見て安請け合いしましたねビャクト様。捕まえると言っても、あの人には“ディンスワップ”とかいう魔法があるんですよ? また捕まえようとしたところで、同じ目に遭うのは目に見えてるじゃないですか」


「ハァ……お前って本当馬鹿な。少しは常識ってものを学びやがれ無知女神」


「またそういう皮肉を言うんですから。別に悪口を言っているわけではなくて、私はただビャクト様の身を案じて言ってるんですよ?」


「だから馬鹿だって言ったんだろうが。俺の心配をしている暇があるなら、自分の将来の心配をしてろってんだ。自分のことで精一杯の奴が他人に気を掛けてんじゃねぇよ」


「ふふっ……。本当にビャクトさんは捻くれ者ですね。誰よりもミルクさんを気に掛けているのはビャクトさんの方――」


「リィアさんマジで止めてくださいその解釈。俺のはそういうのじゃないですから本当に」


「ならそういうことにしておきますね」


「いやだから……。あぁもういいですよ……」


 なんで俺がこのクソ女神を気遣わにゃならねぇんだ。こいつと同じで俺だって自分のことで精一杯だってのに。

 

 今回のように俺だけ儲かれる話があるというなら、俺は迷うことなくそっちを選ぶってだけだ。報酬金を割り勘するどころか、びた一文恵んでやるつもりはない。


「とにかく、この一件は俺に任せてもらう。つーわけだから、お前はお前で町内クエストやってろよ」


「だから私一人では無理なんですってば! 私もビャクト様の方を手伝わせてください!」


「お前にできることと言えば、囮か駒役くらいだろ。昨日自分でそれを拒んでたくせに、他にできることなんて無いだろうが。役立たずは不要だ」


「そんな意地悪言わないで! 私にだって何かできることがあるはずですよ!」


「根拠も無いこと言ってんじゃねぇ。何度も言うがお前はお前で別の依頼を――」


「それ以上拒むならまたここで泣き叫びますよ」


「……覚えとけよお前」


 結局、今回もお荷物有りで高額クエストに挑むことになるのであった。


 誰かこの疫病神引き取って貰えないかなぁ……?

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