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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
一章 〜ポンコツ女神と変態怪盗〜
4/45

女も変態も同じくらい面倒臭い

「よし、こんなもんだろ」


 リィアさんの家にて、少しの間だけ世話になることになった俺とミルク。


 二階の空いている二部屋を提供してもらい、まずは何も置いていないこの部屋を徹底的に掃除した。


 掃除用具はリィアさんから貸してもらい、塵埃一つ残さないようにくまなく雑巾で拭き取り、最終的に湿った部分を全て渇いた雑巾で取り除いた。


 お蔭様で、古びていた部屋は新宅同然の部屋となり、劇的なビフォーアフターを遂げた。


 現代に住んでいた頃、外出よりも家にいることが多かった俺は、独り立ちのスキルを磨くために家事スキルを極め続けていた。


 その結果、家の連中からは『女子力上げた女々しい男』という称号をもらい、そのあだ名で呼んだ奴を一人残らず張り倒していた。


 でもお蔭様で掃除や料理といった基本的なことはできるようになり、特に料理にはしつこくこだわり続けて、親の監視下にない時に特許を取るようなこともしていた。


 この世界に来た時点で特許もクソもないけど、料理の腕前は今後発揮できることだろう。


 それにしても、家具がないと部屋として成立してない感が否めない。


 でも長く世話になるつもりはないし、これも我慢の一環か。


「ビャクト様、掃除の方はどんな感じですか?」


 コンコンとノックの音も聞こえてこないままドアが開かれると、女神っぽい服から一般人の格好に着替えた元女神が顔を出して来た。


 ただ羽衣だけは見離さずに身に着けていて、ふわふわと漂う布切れが至極鬱陶しい。


「わぁ、ピッカピカですね。知ってはいましたけど、本当に家事が得意なんですねビャクト様」


「お前に褒められても嬉しくねーよ。それよりお前の方こそ部屋の掃除どうなんだよ。ちゃんとやってるんだろうな?」


「も、勿論ですよ。私がビャクト様の言うことに背くわけないじゃないですか~。嫌だなぁもう、あははははっ」


 こいつ、嘘が顔に出るタイプか。なんて分かり易い奴だ。今度何か賭けてババ抜きのカモにでもしてやろう。


「抜き打ちチェックのお時間よ。おどきなさいクソ女神」


「ま、待ってください待ってください! ちゃんとやってますから! この部屋と同じくらいピッカピカですから! それに女の子の部屋を本人の許可無く覗くものじゃないですって!」


「安心しろ。俺はお前を女として見たことは一度もない」


「そんな殺生なぁ!?」


 背中を引っ張って来るクソ女神を逆に引きずり、二つ隣の部屋のドアを開いた。


「あっ、ビャクトさん。お部屋の掃除は終わりましたか?」


 家主であるリィアさんが、モップを使って床掃除しているところを発見。マスクとナプキンを身につけ、その姿はさながら使用人だ。


「……おい」


 クソ女神の頭を両手で鷲掴んで持ち上げる。


「これから世話になるってのに、良いご身分だなおい? 何様のつもりだ? 家主を顎で扱うたぁ、お前の性根は腐り切ってるみてぇだな」


「ち……違うんです……。一人でお掃除してたら……リィアさんが手伝いますよと言ってくれて……」


「なるほど、だから手伝ってもらおうと思ったわけか」


「は、はい……」


 更に両手に力を注いで頭蓋骨を軋ませる。


「人のご厚意に甘え過ぎなんだよお前は! 身の回りの事くらい自分一人でやれ!只でさえ世話になりっぱなしなのに、これ以上リィアさんに迷惑掛けてんじゃねぇ!」


「ひぃぃぃ……。すみませんすみま……ぁぁぁ……」


「あの~、ビャクトさん。手伝いたいと押し掛けたのは私の方ですし、ミルクさんは悪くないので許してあげてください」


 気を失いかけてるクソ女神を無造作に投げ捨てる。学習能力のない馬鹿がどうなろうと知ったことではない。


「駄目ですよリィアさん、こいつを甘やかすのはご法度です。今までこいつは高い地位を利用して堕落した生活を送っていたんですよ。貧困のひの字も知らずに育ったこいつには、苦労して生きる意味を身を以って知らせる必要があるんです」


「高い地位って、ミルクさんは貴族か何かだったんですか?」


「まぁ似たようなものですね。今は無職の役立たずに成り下がってますけど」


「貴族から貧困民って、何があったらそんなことに……」


「色々あるんですよ。聞かないでやってください」


「実はこいつ元女神なんですよ」なんて言ったところで信じてもらえるわけないし、そういうことにしておこう。


 女神だろうと貴族だろうと、こいつに関しては世間知らずなのはどちらも一緒だ。


「こちらも掃除が終わりましたし、そろそろ夕飯の準備に取り掛かりますね。何かリクエストはありますかビャクトさん?」


 窓から外を見ると、いつの間にか夕焼け空が広がっていた。何かに没頭してると時が経つのは早いものだ。


 さて、早速この機会が訪れた。リィアさんの厚意は嬉しいが、そう何度も世話になるわけにはいかない。折角だからここは大人しくしててもらおう。


「いや、待ってくださいリィアさん。世話になり続けるのは俺の流儀に反するので、夕飯は俺一人に任せてもらえませんかね」


「え? ビャクトさん、もしかして料理もできるんですか?」


「任せてくれれば分かりますよ。そういうわけなんで、台所借りますね」


「分かりました。なら今日はお言葉に甘えさせてもらいますね」


 さぁ、名誉挽回の時間だ野幌白兎。リィアさんとそのおまけの舌を巻かせられるかどうかは、お前の腕に掛かっているぞ。


 俺は腕を捲って意気揚々としながら、一階の台所へと向かった。




〜※〜




「よし、これで全部揃ったな」


 保管してあった食材の詳細と材料をリィアさんに一通り教えてもらった後、リュックにしまっておいたマイ包丁を片手に調理に取り掛かった。


 幸いにも、異界の食材は現代と対して変わらないものばかりだった。


 ただ名前が違うだけで本質は一緒で、未知の食材に囲まれてあたふたするなんてことにはならなかった。


 取り敢えず今晩はお礼ということも兼ねて、出来る限り豪華な物を取り揃えてみた。


 チンジャオロース、バンバンジーサラダ、キノコと白菜の味噌汁、その他etcと、栄養バランスもちゃんと考慮して調理した。


「「…………」」


 一通り料理を運び終えて椅子に腰を下ろしたところ、女子達は目を丸くさせて唖然騒然といった様子のまま硬直していた。


「なんだその反応。まさかお気に召さないと?」


「「……いただきます」」


 二人は震えた手で箸を取ると、各々料理を摘んでパクリと一口頬張った。


 すると、酷く落ち込んだ様子を見せた。


「美味しいです……凄く……」


「そ、そうか。リィアさんは?」


「負けた……女性として確実に……。こんなの敵うわけないじゃないっ……」


 ミルクはともかくとして、なんでリィアさんまで錯乱しているのか。


 負けたって何? いつ俺が勝負を申し込んだと?


「駄目ですよビャクト様。こんな美味しい料理食べてしまったら、他の料理が食べられなくなってしまうじゃないですか。そうなったらどう責任取ってくれるんですか?」


「そうですよビャクトさん! お陰で私のプライドはズタボロです! 責任取ってくださいよ! こんなのってあんまりです!」


「なんで美味しいもの振舞って非難浴びなきゃいけないんだよ!? 責任も何もないだろ! いいだろ別に料理上手くたって!」


「よくないですよ! 掃除といい料理といい、女性よりも女子力を身に付けた男性の方は責められる運命にあるんです! 身分を弁えてください!」


「本当ですよ! ビャクトさんは自重という言葉を知らないんですか!? 学習能力のない人は嫌われますよ!」


「えぇぇ……」


 なんだこの理不尽な仕打ちは。俺は何一つ悪くないのに。


 これ以上料理の話をするのは面倒だ。違う話で気を逸らそう。


「そ、そういえばリィアさんって一人暮らししてるんですよね? だとすると親御さんって何処で暮らしてるんですか?」


「……露骨に話を逸らしましたねビャクトさん」


 じっとりとした目で睨まれる。勘弁してくださいよ、根に持つの良くないよ。


「お父さんとお母さんもこの町で暮らしていますよ。でも元から私は独り立ちする予定だったので、こうして一人暮らししているんです」


 あらまぁご立派ですこと。どっかの誰かとは大違い。


「なんですかビャクト様? そんな目で見てきて何が言いたいんですか?」


「自分の胸に聞け」


「……セクハラですか?」


「はははっ、次その冗談言ったらぶっ飛ばすぞお前」


「そんなに怒らないでくださいよぉ……」


「……ふふっ」


 クソ女神に腹を立てていると、ふとリィアさんが俺達のやり取りを見てこっそり笑っていた。


「なんで笑うんですかリィアさん。こっちは割と本気で腹立ててるんですからね?」


「いえ、私はただ仲睦まじいお二人を見ているのが面白くて。そういえば、お二人の関係って一体何なんですか?」


 ……そういや、俺とこいつの関係って何なんだろう。


 友達? 彼女? 家族? いや違う、どれにも該当しない。でも赤の他人ってわけでもなくなったわけだし、そう聞かれると回答に悩んでしまう。


「うーん……。主人とその奴隷ですかね」


「いや奴隷ってなんですか!? そこまで落ちぶれたつもりはないですよ私!」


「俺無しじゃ生きられなくなってんだから、殆ど似たようなもんだろうが」


「そんな風に思われるくらいなら、まだおしどり夫婦と誤解されていた方がマシですよ!」


「ふざけんな! お前と夫婦に間違われるとか一生の汚名だっつの! それにさっきも言ったが、お前を女として見たことは一度たりともねーよ!」


「それはあんまりです! 一応私も女の子なんですよ!? ちゃんと女性として扱ってください! そして優しく接してください!」


「へっ、やなこった。お前がどうなろうと知ったことか。こちとら自分のことだけで手一杯なんでな」


「ならその手一杯の中に私を含めてもらえればそれでいいです!」


「だから何様なんだよお前は!? 厚かましいわ!」


「やっぱり仲が良いですね、お二人共」


 一人呑気にお茶を啜る観客が一人。少しはこっちの身にもなって欲しい。


 冗談じゃない。今はまだ協定関係にあるが、人数が集まって冒険者になれた際には、こいつを放って何処か別の街に拠点を移してやる。


 疫病神の面倒を見る義理は何処にも無い。誰に非難されようとも知ったことか。生きたきゃ安定した職を見つけて勝手に暮らすことだ。


「で、そろそろ真面目な話をさせてもらうが……。俺達は明日から町内クエストで働き始めるわけだが、肝心の働く内容を決めてねぇ。そもそも町内クエストってどういうものがあるんですかね?」


「それは勿論、色々ですよ。八百屋の店番、土木工事の手伝い、ペットのお世話、その他諸々と種類は様々ですね」


 クエストというか最早アルバイトだ。そりゃ給料も少ないわけだ。


「ちなみに、比較的給料が高めなのはどういう仕事か分かります?」


「そうですね……。全体的に比較すると、力仕事のものは極力高いお給料だったと思います。土木作業は重労働ですからね。それだけ報酬も高いということなんだと思います」


「だったら決まりだな。ミルク、明日は力仕事系のクエストで一日様子を見るぞ」


「分かりました……けど、大丈夫でしょうか。力仕事なんて一度もしたことないですし……」


「何事も経験しないと分からないって言うだろうが。やる前から悲観的になってんじゃねぇよ」


「そうですよミルクさん。不安があるのは当たり前なんですし、それに働く時にはビャクトさんも一緒なんですから。一人じゃないだけマシですし、本当に困ったらビャクトさんに助けてもらえばいいんですよ」


 えっ、助けないといけないの俺? 仕事場でも役立たずの世話なんてしたくないんですけど。


 まぁ、リィアさんに言われちゃ受け入れるしかないんだけども……。


「そう……ですね。やる前から諦めていたら何も進展しませんし、だったら根拠が無くともポジティブでいた方が前向きになれますよね!」


「その通りです! 頑張ってくださいミルクさん! 私も応援していますし、私にできることなら力になりますから!」


「はい! ありがとうございますリィアさん!」


 俺にはお礼の言葉無いのかよ、薄情な奴だなこの野郎。最初から期待してなかったし、別にいいんだけども。


「ビャクトさんもありがとうございます! 明日は一蓮托生で頑張りましょうね!」


「……ふんっ」


 そっぽ向くと、ミルクの隣に座っているリィアさんが意味深な笑みを浮かべていた。


「そういうことだったんですねビャクトさん。貴方って実はツンデレ――」


「リィアさん!!」


 それ以上は言わせない。是が非でも認めさせないために、その発言には生涯NG勧告を発令した。




〜※〜




 翌日。予定通り、力仕事系の町内クエストを受注し、俺達は二人揃って早速現場で働いていた。


「おらぁ! もっと腰を使ってツルハシ振れやひよっ子がぁ!」


「ひぃぃぃ!?」


 トンネルを掘り進める作業にて、鬼指導官の親方の指示の元、作業着に着替えてひたすらツルハシを振ることを強要される。


 汗臭い連中も怒声を浴びながら必死に身体を動かしていて、その中には当然俺達も含まれていた。


「ひぃ……ひぃ……。お、重いですぅ……」


 俺の隣でツルハシを振るうミルクは、逆にツルハシに振われるような動きでせっせと身体を動かしている。


 その勢いは弱々しく、全く力が込められていない。流石はマイナスステータスの鏡だ。


「何サボってんだ新入りぃ! 休む暇があったら身体を動かせ馬鹿野郎! ぶっ飛ばすぞ!」


「すすすすみませんすみません! ぶっ飛ばすのだけはどうかご勘弁を!」


「俺は相手が女だからって仕事場じゃ差別しねぇ! 口を動かしてねぇで手を動かせ根性無しがぁ!」


 当然親方には怒られてばっかりで、怒鳴られてはぺこぺこと頭を下げることを繰り返していた。


 目まぐるしくなりながらも手を止めることはなく、でもそのせいで今にもぶっ倒れてしまいそうな様子になっていて、見ているこっちが気が気じゃなくなってくる。


「大丈夫かよお前。その調子だと身体持たないぞ」


「そう! だと! しても! 途中で! 仕事を! 投げ出す! わけには! いかない! じゃない! ですか!」


「ふーん……」


 一応仕事に対する執念は本物みたいだ。だったら俺は何も言うまい。


「でもキツかったら正直に言った方が身のためだぞ。身体壊しちゃ身も蓋もないからな」


「いえそんな……。と、というかなんでビャクト様はそんな余裕なんですか!? それにツルハシを振る速さが尋常じゃ「手を止めてんじゃねぇ!」はぃぃすみませんすみません!!」


 強制殺し屋修行の日々に比べたら、この程度の重労働なんて可愛いものだ。


 仮に一日中ツルハシ振ってろと言われても、息切れ一つ起こさずに全うできる自信すらある。


 そう考えると皮肉だが、俺にこういう仕事は合ってるのかもしれない。


「おう新入りぃ! お前はなかなか筋が良いぞぉ! その調子で頑張ってくれやぁ!」


「あざーす」


「それに比べてお前は何だ新入りぃ! 腰使いがなってねぇぞ腰使いがぁ! 将来子供産むつもりなら腰の使い方くらい覚えておけやぁ!」


「親方、それセクハラッスよ」


 つーかあんたも重労働に加われよ。さっきから声しか上げてないぞ。応援団長なら間に合ってるわ。


「い、一体何処まで掘ればいいんでしょうかこれぇ!?」


「そりゃ開通するまでだろ。でも今日中になんて絶対無理だぞ。それでも早く仕事を終わらせたいってんなら、必死にツルハシ振り続けることだな」


「そ、そんなぁ!? ゴールの見えない仕事なんて拷問みたいなものじゃ「手を止めるなっつってんだろうがぁ!」はぃぃすみませんすみません!!」


 俺達は永遠にトンネルを掘り続ける。何処までも何処までも、果てしない石の壁を。


 職人達は開通というロマンを求めるため。


 俺とミルクは比較的高い給料をもらうため。


 目的は決して同じものじゃないけれど、今の俺達は正しく一蓮托生だった。






 そうして刻々と時間は過ぎて行き――外はすっかり真夜中となり、本日のお勤めは終了した。


「よく頑張ったな新入り! おら、今日の給料分だ! ちゃんと受け取りな!」


「わぁ……お給料だぁ……ぐすっ……」


 それなりの額の給料を貰い、ミルクは鼻水を垂らしながら泣いて笑っていた。ちゃんと報われる思いができて何よりだ。


 普段着に着替えて工事現場から帰路につく。初日にしちゃハードな一日だったかもしれないが、汗水流していい仕事はできたと思――


「うわけねーだろ! 何だよこれ!? 異界に来てまで何してんの俺!? これじゃ現代と何も変わらねぇだろうが!」


「お、落ち着いてくださいビャクト様。仕方無いじゃないですか、他にお金を稼ぐ手段がないんですから」


「だったら現状に満足しろってのか!? 無理に決まってんだろ! こんなことずっとやっていられるかってんだ!」


 叫んだらどっと疲れが出てきた。


 くそっ、何が悲しくて異界で土木作業なんざせにゃいかんのだ。


 土木職人の人達には悪いが、こんなことに無駄な時間を費やす暇なんて無いんだ俺は。


 一体どうすればこの現状を打破できる? 人手を集めるにしても、何かしらのツテが無ければどうしようもない。


 でもこの世界に来たばっかの俺には、そんな繋がりがあるわけもない。


「こうなったら手段は選んでいられないかもしれないな……」


「え? ちょ、ちょっとビャクト様? 駄目ですよ犯罪は!? 絶対駄目ですからね!?」


「分かってる分かってる。ハンザイダメゼッタイ」


「信憑性が薄くなってますけど!? カタコトになってますけど!?」


「うるせぇな、冗談に決まってんだろ。でも余程の機転を利かせない限り、俺が冒険者になれないのは事実だ。こっちも必死に考えてんだから、お前もちゃんと知恵を振り絞れよ」


「そんなこと言われましても……ん?」


 ああでもないこうでもないと唸りながら考え事をしていると、ふとミルクが足を止めて何かに目を奪われた。


「どうした急に。トイレなら帰るまで我慢しろよ。それともあの日か?」


「少しは歯に衣着せる努力をしてください! そうではなくてですね、何だか向こうの方が騒がしいと思いまして」


「騒がしい?」


 遠くの方に耳を澄ませてみると、確かに喧騒のようなものが聞こえて来た。こんな夜中に一体どうしたんだろうか?


「何だか気になりますね。行ってみましょうビャクト様」


「めんどいからパスで」


「そんな冷たいこと言わずに! ほら早く!」


「おいこら、勝手に人の手を引っ張るんじゃねぇ」


 否定したにも関わらず、ミルクは俺の手首を引きながら騒がしい町中の方へと向かって行く。


 それから大分近くまでやって来ると、何やら予想以上に大勢の人達が大騒ぎしていた。


「捕まえろー! 泥棒だー!」


「誰か捕まえてぇー! 私の下着が盗まれちゃったのよぉー!」


「どこ行った変態野郎ー! 大人しく出てきやがれー!」


 騒いでる人達は全員何かしらの道具を武装していて、憤怒の感情に満ち溢れていた。相当お怒りのご様子だ。


「……下着泥棒か?」


「どうやらそうみたいですね」


 くだらないことをする奴がいたものだ。いつの時代にもいるんだなそういう馬鹿は。しかもここ異界なのに。


 面倒なことに巻き込まれる前に、ここからは早々に立ち去った方が良さそうだ。


 仕事帰りでこちとら疲れてるし、擦り減った体力をこれ以上無駄なことで浪費してたまるか。


「ビャクト様! あそこあそこ!」


「うるせぇな、耳元でギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ。一体何に指差して……」


 ミルクが指を差している方角を見てみると、屋根の上に謎の人物が立っているのが見えた。


「お、おいあそこ!」


「いた! いたわよ! 屋根の上よ皆ー!」


 黒いシャツに、ベージュの短パンと茶色のブーツ。その恰好だけ見れば至って普通の見た目だったが、謎の人物は奇妙の塊そのものだった。


 赤毛のショートヘアーの上から女物の白いパンティを被り、水色の際どいブラジャーを眼帯代わりにして左目に巻いている。黒い覆面をつけているせいで顔は見えないが、その姿はさながら変態そのものだ。


「フハハハハッ!! ひれ伏すがいい美しき人間共! 我が名は怪盗H! この世のエロスの全てを独占するために生まれた猛者である!」


 おぉ、確かに猛者だ。あんな痛々しい名乗りができる辺り、相当神経図太い狂人と見た。何が何でも関わり合いになりたくない。


「今までは別の町に潜伏していたが、本日より我はこの町を中心にエロス活動をすることにした! この下着の数々はその見せしめである!」


 狂人は籠一杯に敷き詰められた下着の数々を見せ付けると、空中に向かって籠の中身を投げ放った。


 多くの下着が風によって宙を舞い、パンツとブラジャーが雨のように舞い落ちてくる。


 世にも奇妙な光景に翻弄され、町の人々は皆パニックになっていた。


「染まれ染まれぇ! その純白の柔肌を赤く染めるのだぁ! 羞恥に溺れよ皆の者ぉ! フハハハハッ!」


 ……よし、帰るか。


 踵を返してリィアさんが待つ家に帰ろうとすると、俺の手首を掴みっ放しだったミルクに引き止められた。


「ちょっと!? 何一人だけ帰ろうとしてるんですか!?」


「だって俺関係無いし。しかも見たところ、あいつ女物の下着しか盗んでないっぽいし。尚更俺には無関係だろ」


「だとしても見て見ぬフリはしちゃいけませんって! 皆さんのためにも捕まえてあげましょうよ! それにあの人が言っていることが本当だとしたら、この町が大変なことになっちゃいますよ!?」


「だから知らんて。女の仇は女だけでどうにかしてくれ。面倒事には極力関わらないようにするのが俺の流儀なんで。触らぬ神に祟り無しってな」


「ま、待ってくださいよビャクト様~!」


 ミルクの手を振り払って今度こそ帰路につく。


 夜中に羽目外すのは祭りの時だけで充分だ。いちいち下着泥棒如きで騒ぎ立ててたら世話がない。


「ビャクトさ~ん! ミルクさ~ん!」


「あれ? リィアさん?」


 執念深く袖を引っ張って来るミルクを無理矢理引き摺っていると、家がある方角からリィアさんが息切れしながら走って来た。


「どうしたんですかそんなに慌てて?」


「た、大変なんです! ついさっき家に泥棒が入ってきまして、散々暴れられた後に下着を……」


「えぇ!? 暴れられたって大丈夫だったんですか!? それに下着が盗まれたってことは……」


「怪我はしませんでしたし、必需品には手を出されなかったんですけど、色々とその……セクハラを――」


「よし、殺そう」


「……へ?」


 ミルクを担ぎ上げると、一目散に民衆の中を駆け抜ける。


 物伝いで屋根の上に登れそうな場所を発見し、雑技団顔負けの跳躍術で屋根の上に登った。


「あいたっ!?」


 屋根から屋根を飛んで移動し、奴と同じ家の屋根まで来たところでミルクを雑に手放した。


「いたたた……。もう、急に何するんですか! なんで私まで!?」


「お前が捕まえてあげようっつったんだから、まずはお前があいつをどうにかしてみろ。まさか口達者なだけで元々何もする気はなかった、なんてことは言わないよな?」


「……頑張ります」


 恐喝されて青ざめた表情になるも、ミルクは立ち上がって奴の方へと一歩を踏み出した。


「冒険者はほぼ皆無な町って聞いてたのに、普通に凄腕っぽそうな人いるじゃん。やっぱ噂は所詮噂なんだね」


 口調が変わった変態は俺達と面を合わせると、両手をいやらしい奇妙な動きでくねらせる。ここまで変態行為を貫き通されるとむしろ清々しい。


「そこまでです下着泥棒さん! 大人しくお縄につきなさい! じゃないとその……アレですよ! アレがアレで大変なことになりますよ!」


「ぷぷぷっ、ふわっふわな説得だなぁ。具体的に何されるか全く伝わらないし、追い詰められたっていう感じもないんだけど」


 同感だ。説得下手にも程がある。元女神とは思えないポンコツっぷりだ。


「と、とにかくそこまでなんです! そもそもこんなことをして一体何になるというんですか? 町の皆さんは困るだけですし、貴方も町の人に嫌われるだけ――」


「おっ、あの子エロそうな下着履いてると見た。うへへっ、想像が膨らむこと膨らむこと。強風でスカート捲れないかな~?」


「聞いてくださいよ話を!」


 変態は他人事のように聞く耳持たず、寝転んで頬杖を立てながら町を見下ろし、ぐへぐへと笑っていた。


 見るに耐えん。こいつ本当に俺達と同じ人間なのか? 人間の名誉のためにもできれば別の種族であって欲しい。


「アンタらが何者なのかは知らないけど、私を止めようとしても無駄だよ。そこにエロスがある限り、私の性欲が底を尽きることはない。故にセクハラも下着ドロも止まらない。いやぁ、自由な人間って素晴らしいよね」


「貴方はこれっぽっちも素晴らしくないですけどね!? むしろ最低ですからね!?」


「最低こそ最高じゃん。だってそれ以上下がることはもうないんだからさ」


「異様なまでにポジティブですね!? ですがその考え方は素晴らしい前向きさです!」


「感心してる場合か馬鹿」


「痛いっ!?」


 お灸を据える意味で頭を引っ叩く。


 やっぱこいつに任せても無理か。どう足掻いても役立たずは役立たず。人間一人の説得なんてできるわけがなかった。


「おい、お前が今身に付けてるその下着を返せ。それ俺の知り合いの下着なんだよ」


「いやなんで分かるんですか!? どんな下着盗まれたのか知りませんよね!?」


「男の勘だ」


「えぇぇ……」


 ブラジャーの方はちょっと攻めすぎなデザイン感があるけど、どちらもリィアさんが身に付けていそうな下着な気がする。男の勘も馬鹿にはならんのだ。


「ビャクトさ~ん! その人が持っているのがそうなんです! お願いですなんとか取り返してくださ~い!」


「本当に当たってた!?」


 ほらな、馬鹿にできないだろ? 女の勘はいざ知らず、男の勘もなめちゃいけないものなんだよ。


「ほほぅ……アンタも隅に置けないね。知り合いの下着デザインを一目見て察知するだなんて、私と同種な匂いがぷんぷんするよ」


「ふざけんなド狂人。トチ狂った脳味噌のお前と一緒にするんじゃねぇ。大人しく下着を返さないってんなら、少々痛い目に遭ってもらうことになるが……どうする?」


「どうするも何も、そんなの決まってんじゃん」


 変態は不敵に笑うと、腰に差していた短刀の柄に手を添える。


 そして、尻尾巻いて逃げ出した。


「フハハハハッ! さらば美しき人間達よ!」


 そういや忘れてた。怪盗って基本的に逃げる生き物なんだっけ。


「……って、逃すわけねぇだろうが!」


「ちょ!? だから私まで連れて行かなくてもやぁぁぁ!?」


 屋根伝いに颯爽と逃走する奴を視界から外さないよう、俺も同じ要領で奴の後を追った。

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