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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
一章 〜ポンコツ女神と変態怪盗〜
3/45

困った時は助け合いましょう

 冒険者登録をするために向かったギルドだったが、四人パーティーではなくてはいけないという制度により、魔物を狩るライセンスすら貰えないという結果に終わった。


 更にあの後、俺は立て続けに過酷な現状を突き付けられた。


 それは、今の世界がどういう状況下にあるのかという、ずっと疑わしく思っていたその真実のことである。


 単刀直入に言えば、世界はこの町の有様と同じで平穏そのものだった。


 クソ女神が言っていた、世界を危機に陥れようとしていた魔王という存在は嘘偽りではなく、本当に実在していた。


 しかし、それは既に過去にあった話と化していた。


 なんでも噂によれば、魔王は大分昔に俺ではない別の勇者に討伐されたらしく、混沌の闇とかいう厨二感丸出しのものに支配されかけていた世界は救われて、無事平穏な日々が訪れるようになったんだとか。


 でも完全に平和になったというわけではなく、ちらほらと各地で魔王直属の配下であった魔物達が活動している姿が目撃されているようなのだが、特に目立って悪さをしているというわけでもなく、中には人間達の日常に混じっている温厚な魔物もいるらしい。


 危険な魔物が蔓延っている場所もまだあるようなのだが、世界の危機と言うには大袈裟な表現であり、おまけに魔王を倒した勇者は現在進行形で危険な魔物退治の旅を続けているんだとか。


 それ故に、現在冒険者活動をしている人はかなり激減しているようで、その理由というのが「平和になったんだから命を賭けてまで金を稼ぐような仕事を無理にする必要はない」とのこと。ぐうの音も出ない正論である。


 つまりだ。世界を救ってもらうために召喚された俺という存在は、とんだ無駄足だったというわけだ。


 何せ、肝心の魔王はもう討伐されてしまっているのだから。


「……ハァ」


 冒険者登録が出来なかった俺は、ギルドの酒場の隅っこの席で、死んだ魚のように腐り果てていた。


 そりゃこうもなる。理不尽な理由で異界に来た意味は、最初から無かったのだから。


 おまけにステータスは何故か謎だらけだったし、魔法に関しては一つも適正無し。


 唯一望みの固有魔法は、誰でも扱えてもおかしくない地味なものばかり。


 こんな異界クオリティ、俺は断じて認めたくない。


「元気出してくださいビャクト様。ほら、美味しいですよこのお水」


 クソ女神がニコニコしながら無料提供の水を飲んでいる。


 そんな風に笑顔を向けられてしまうと、その花のような美しい笑顔に思わず鉄拳を叩き込んでしまいそうになる。


 ぶっちゃけたことを言ってしまうと、魔王が討伐されていたことに関しては実際のところどうでもいいのだ。


 今でも普通に危うい魔物は存在しているという話だったし、少数と言えども冒険者として飲み食いしている人達はゼロじゃないはず。


 でも、豊かなこの世界の中でもこの町は平和の象徴のような町のようで、冒険者の数は指で数えられる人数しかいないんだとか。


 それはつまり、俺のパーティーに入ってくれる心根深い人がいるという可能性が極めて低いということに他ならない。


 一応、リィアさん(受付役の人)には俺がパーティーメンバーを募集しているという用紙を作ってもらって、ギルドのなるべく目立つところに貼ってもらった。


 ただ、リィアさん曰く、募集に関してはほぼ無意味な行為だと思っていた方がいいとのこと。


 何もかもが絶望的な状況で、冒険者になるというモチベーションはだだ下がるばかり。ロクなことが無さすぎて涙が溢れてきそうになる。


「それで、これからどうすんだ俺達は」


「どうって、何がですか?」


「決まってんだろ。寝泊まりする家の件についてだ」


「あっ……そういえば忘れていました」


 そう、一番の問題はそこにある。


 冒険者登録ができなかったということは、冒険者特典である家賃無料の家で寝泊まりする計画は夢物語になってしまったわけだ。


 それが何を意味するのかは、馬鹿でも分かるだろう。


 今日中にパーティーメンバーを集めることは正直難しい話――否、不可能な話。


 つまり今日の俺達が寝泊まりする場所が無いというわけで、今夜どうすれば良いかは強制的にたった一つの選択肢に絞られてしまう。


 町の外での野宿。それしか寝て過ごす手段はない。


 何処の世界も現実ってとても残酷だ。日常生活における地盤を固める重要さが身に染みて分かる。


「知ってて敢えて聞くが、お前も俺と同じで一文無しなんだよな?」


「今までずっと現代の様子を覗いて時を過ごしていただけの私ですよ? この世界のお金なんて持ってるはずないじゃないですか」


「……つーかさ、密かに思ったことがあるんだけど、聞いてもいいか?」


「はい、なんでしょうか?」


「お前さ、いつまで俺に引っ付いて歩くつもりなんだ?」


「……え?」


 目を点にして首を傾げるミルク。


「え? じゃねーよ。無責任にも俺をこの世界に呼んだ時点で、お前の役目はもう済んでるはずだろ? だったら元のいた場所に帰れるはずだろ多分。女神なんだから天国がルーツなんだろどうせ?」


「そういえばそうですね。ならちょっと連絡取ってみますね」


「連絡って誰にだよ」


「それは勿論、神様にですよ」


 サラッとそう言うと、ミルクは袖の中に手を入れて携帯電話のような物を取り出し、番号を入力した後に耳に添えるように近付けた。


 俺も隣に座って耳を澄ます。何度かコールが鳴ったところで、電話に出る音が聞こえた。


「もしもし、神様ですか? 現女神のミルクです」


〈〈んぁ? あぁ~お前“カチカチッ”か。何? 何か用? 今“ピロリーン”立て込んでて忙“ドゴーンッ”だけど〉〉


 やけに気怠そうな声をしている神様。しかもこれ間違いなくゲームか何かの真っ最中だ。忙しいどころか暇を持て余しているじゃないか。


「実はようやく勇者様を無事抜粋できまして、異界に召喚したことを報告するために電話を掛けさせてもらったんですけど、役目を終えたのでそちらの方に帰させてもらえませんか?」


〈〈あぁ~、その件の話か。そういやお前さんに連絡して無かったっけ〉〉


「連絡ですか?」


〈〈あぁ。天国機関についてのことなんだが、あれもう無くなったから〉〉


「……え?」


 何の話か女神様は分からないご様子。


 逆に、部外者であるはずの俺は完全に察した。


〈〈お前さんも知ってるだろ? 魔王が勇者に討伐されて、異界は平和そのものになったって話。ならもう神様の存在とかもう必要ないじゃんって思ってな。だから天国機関無くしちゃった〉〉


「無くしちゃったって何ですか!? 子供できてデキ婚しちゃった的なノリで言われても困るんですけど! それってつまりどういうことですか!?」


〈〈つまり、お前さんはもう女神でもなんでもないわけだな。ただの無能な人間になっちゃったわけだ。しかもその若さで無職という、残念過ぎる人間だ。はははっ、これから大変だなお前さん。マジウケるんだけど〉〉


 何だこの調子こきまくってる神様。このクソ女神以上に癪に障るんですけど。神がつく奴にはロクな奴がいない。


「えっと……ということは、今後私はこの世界で生きなくちゃいけないってことですか?」


〈〈平たく言えばそういうこった。ま、今後は好きに生きてくれや。私はしばらく天国で引き籠もって、現代のゲームでもして過ごすわ〉〉


「ままま待ってください! ならせめて私を天国に戻してください! 家の方に色々と置いてあるものがありますし、暮らすならそっちで――」


〈〈面倒臭いからやだ。んじゃ、そういうことなんで〉〉


「えぇぇ!? いやいや面倒臭いってそれは――」


 プツンという音が聞こえ、一方的に電話を切られた。


 真っ暗になった携帯の液晶画面を見ながら固まる。その目は今の俺と同じく、生気が失われていた。


「……私も無職になっちゃいました」


「そうか、逞しく生きろよ。それじゃ達者でな」


「わぁぁ!? 待ってください待ってください! 私を見捨てようとしないでくださいビャクト様!」


 いつまでもここで腐っているわけにもいくまいと席を立ち、一旦ギルドを後にして出て行こうとしたところ、泣き付かれながら服の袖を引っ張られた。


「先に人を見捨てようとした奴に言われたかねぇよ。一人だけ天国に帰ろうとしやがって、お前がそういう女神様だったってことはよーく分かったわ」


「だ、だって! 役目を終えたんだから帰ればいいって言ったのはビャクト様じゃないですか! だから私は神様に連絡を取って――」


「帰れるんじゃねーのかって言っただけで、帰れと言った覚えはねぇ。女神という偽りの仮面を被った薄情者め。二度と俺の前にその(つら)を晒すでないわ」


 袖を引っ張って来る手を振り払い、今度こそギルドから出て行こうと元女神に背を向ける。


「待ってぇ! 見捨てないでぇ! お願いしますビャクト様ぁ!」


 しかし向こうも諦めが悪く、今度は俺の右足に縋り付いてきた。


 公然の場でこんな惨めな姿になりやがって、こいつには元女神としてのプライドは無いのか?


「えぇい鬱陶しい! 只でさえこっちは手詰まりの身だってのに、何の役にも立たない役立たずの面倒まで見る余裕は無いんだよ! 自分のことは自分の力でどうにかしろ!」


「それができないからこうしてビャクト様に頼み込んでいるんです! どうか役立たずの私に救いの手を差し伸べてください!」


「笑止! 人間誰もが前向きに助けてくれると思うなよ! この世はお前が思ってる以上に辛辣にできてんだ! お前のような奴を助ける奴なんて余程の物好きか、性欲に焦がれてる男くらいなもんだっつの!」


「だったらビャクト様も該当してるじゃないですか! 日夜欲求不満じゃないですか! 天国から貴方の生活を見てたから色々知ってるんですよ私! ビャクト様は未だに彼女がいたことのない童貞だって!」


「ほぅ、この俺に喧嘩を売るとはいい度胸してるな。命乞いするなら今だけだぞ?」


「命乞いなんてしません! 私はただ見捨てないで欲しいだけなんです!」


「くどいわ! 何度も言わせんな! お前の面倒を見るのは無理――」


 そこで俺はようやく気付いた。周りの連中から注目の的になっていたことを。


「おい、あの子見捨てないでとか言ってたぞ。まさか夫婦喧嘩か?」


「酷い男ねぇ。役立たずだから見捨てるだなんて……」


「きっとあの子、文句の一つも言わずにあの男に尽くしてたんだよ。それなのにあの態度とか、何様だよあいつ」


「す、素晴らしいです……。あの辛辣で容赦の無い態度……。あれは正しく私が求めていたもの!」


「最低ね。女に対して無責任な男とか、クズ以外の何者でもないわよ。マジ地獄に落ちればいいのに」


「ちょっと待って! 皆さんあらぬ誤解してますよ!?」


 俺の抗議は虚しく喧騒の中へと消え、誤解が誤解を生んで理不尽にも俺が悪役ポジションとして話に尾ひれが付いていく。


「違うんだって! むしろ俺が被害者なんだって! 勝手な理由でこいつに振り回されて困ってんのはこっち!」


「男なら責任取れー! ぐだぐだと言い訳をするなー!」


「一度決めた覚悟なんだろ!? だったら男らしく妻の一人くらい支えてみせろや!」


「負けないで貴女! 私達は全員貴女の味方よ!」


「皆さん……ありがとうございます!」


 何? 何なのこの空気? どうして俺が自分の女を捨てようとしてる駄目な夫みたいな扱いされてんの? そもそもこいつ妻じゃないし。完全に赤の他人だし。


 しかし周りの連中は俺の話を聞こうともせず、必死になりながら涙ぐんでいる元女神の肩を持つ。


 まさかこれが人を惹きつける魅力を持った、元女神の力だとでもいうのか?


 見るからにこちらが劣勢の多対一。俺は何一つ悪くなくて、むしろ一番酷い目に遭っている被害者なのに、誰一人として俺の味方をしてくれる者はいない。


 さっき自分で言っていた通り、やはり他人はどいつもこいつも薄情で辛辣だ。


 もう誰も信じない、信じられない! 人間なんて大嫌いだバーカ!


「観念してくださいビャクト様! 宿無しの一文無し同士、仲良く手を取り合って協力しましょうよ!」


 何が協力だ。一方的に俺の手を借りようとしてる奴が言えた台詞か。民衆を味方に加えたからって調子に乗りやがって。


「畜生め……」


 俺は潔く土下座をした。


 民衆を敵に回すほど、俺はその場の勢いで我を忘れて暴れるような馬鹿ではない。


 きっとここは苦渋を飲んで我慢するしかないのだ。


 どれだけ屈辱的であろうとも、時に人は理不尽な仕打ちに耐え忍んで本音を咬み殺す必要がある。今がまさにその時なんだろう。


「分かったよ、協力すりゃいいんだろ……」


「いや、あの、ビャクト様? 別に土下座をする必要までは――」


「いやぁ、良かったなぁ嬢ちゃん! こんなクソみたいな夫で苦労するだろうが、強く生きろよ!」


「大丈夫よお嬢ちゃん! 人間誰しも最後は幸せになれるものなの! 貴女の相手は不幸にもあんなクズだけど、そんなクズもいつかは改心してくれるはずよ!」


「前途多難だが頑張ることだな。だが、また何か問題が起きたら俺達に言え。そこの蒙昧(もうまい)なカス野郎に喝を入れてやろう」


「み、皆さん? ビャクト様はそこまで酷い人ではないんですが……」


 我慢、我慢だ俺。こいつらは全員いつか地獄に叩き落とすとして、その時が来るまで今はただ耐え忍ぶんだ。


 好き放題言いやがって、マジで覚えてろよモブ共が。


「あの、これは一体何の騒ぎですか?」


 口の端から血が滲み出るまで歯軋りしていると、受付窓口の方からリィアさんが顔を出して来た。制服のエプロンを外しているということは、多分休憩に入ったんだろう。


「ちょっと聞いてよリィアちゃん。あの男ったら、お金の問題が出て来たからって自分の女を捨てようとしてたのよ。これだから最近の若い男は嫌よねぇ」


「えぇ? そうなんですかビャクトさん?」


「……すいませんリィアさん、ちょっと俺の相談を聞いてもらえないでしょうか」


「それは構わないですが……なんで泣いてるんですか?」


「気にしないでください。ここじゃ目立つので、隅っこの席の方に移動しましょうか」


「は、はぁ、分かりました」


 人間不信になりそうな心の痛みに胸を押さえながら、二人と共にさっきまで座ってた席の方に戻って来る。


 今一度席に座り直したところで、今までの俺達の経路の説明を加えながら、悩み事を打ち明けた。


 俺が現代から来た転移者であることと、ミルクが元女神であることを上手く伏せて。どうせそっちは言っても信じて貰えないだろうし。


「なるほど、そういうことだったんですね。つまり要約すると、冒険者になることで提供される家で暮らそうと思っていたところ、四人パーティーでないと冒険者にはなれないことを知らなかった。それにお金が一切無いので宿に泊まることもできず、今夜以降も寝泊まりできる場所が無くて困っている……と」


「そういうことです。宿は最低野宿で我慢するとして、魔物を狩る以外にお金を稼ぐことができる手段については、何か思い当たることってないですか?」


「そうですね……。冒険者の報酬と比べると見劣りしてしまいますが、他にお金を稼ぐ手段なら一応ありますよ」


「ホントですか!?」


 流石はリィアさんだ。人様に迷惑しか掛けない何処ぞのクソ女神とは大違いだ。


「四人パーティーでなければ冒険者になれないのは事実なんですが、実はお一人でも冒険者になれないことはないんです。(仮)という形になってはしまうんですが、それでしたら冒険者登録をすることができます」


「えぇ?何でそれを先に言ってくれなかったんですか……」


「それに関してなんですが、まずはクエストの種類について説明させてください」


「付いて来てください」と言われてリィアさんが席を立つので、俺もミルクも黙って後に続いていく。


 クエスト用紙が盛り沢山に貼られている掲示板の前までやって来たところで、リィアさんは足を止めた。


「まず、クエストには二種類の部類があります。国からの依頼で外に出て魔物関連に携わる“外出クエスト”。そしてもう一つが、町に住む住民の方々が依頼人である町中限定の“町内クエスト”です」


「町中限定のクエストか。それって外出クエストとどんな違いが?」


「ビャクトさんが既にご存知の通り、外出クエストは基本的に魔物を討伐するクエストです。魔物を相手にするということで危険性があるので、このクエストは正式な冒険者でなければ受注することができません。ですが、町内クエストはその名の通り、町の中だけでの依頼なんです。つまり、魔物と関わることがない安全なクエストなので、(仮)の冒険者でも受注することができるんです」


 なるほど、今の俺達にとっては上手すぎる話だ。


 でもそんな都合が良いだけの話であるわけがない。それが異界クオリティなのだと、身を以って知っているからこその予感だ。


「ただ、町内クエストは先程私が言っていた通り、報酬が外出クエストと比べて極端に少ないんです。分かり易く説明しますと、一カ月休み無しで一日中町内クエストを受けて働き、それでやっと飲み食いして生きていけるという感じですね」


 ほら見ろ、やっぱ俺の思った通りだった。そんな都合が良い話があるわけなかったんだ。


「それに(仮)の冒険者の方には貸家の提供はされません。ですから(仮)の冒険者として生活している人はごく少数なんですよ」


 そりゃそうだ。そんな安い給料で働くんだったら、冒険者ではない別の道を選んで働く方が効率的だ。


「だからと言って他の職について働くと言っても、冒険者以外の職については十分に人手が足りている場所ばかりです。ですからもしビャクトさんが働くとしたら、最初は町内クエストをひたすら受け続けることを推進致しますよ。給料は少ないですが、無一文でいるよりは大分マシかと思います」


「やっぱそうなっちゃいますよね……」


 安い給料の場所でしか働けない上に、休み無しで働く以外に今は道が無いと。日本社会よりも大分ブラックなんですけどこの世界。


 でも働き先の人手が足りてるってことは、何処もかしこも収入が安定してるってことか。ただ、今後の若者の就活が絶望的であることは否めないな。


「どうしますビャクト様? と言っても、残されている選択肢は限られているんですけど」


「んなこと分かってるよ。どうもこうも、それで働いて金を稼ぐしかないだろ。人数が集まらない限り、正式な冒険者にはなれないんだからよ」


「でも募集してるとはいえ、集まる可能性はほぼ無いんですよね? だったらもう冒険者の道は諦めた方が宜しいのでは?」


「ふざけんな。乗り掛かった舟に乗った以上は、本来の目的を変えるつもりはねぇ。それに他の職場は全部埋まってるって話なんだから、俺にはもう冒険者になる選択肢しか残されてないんだよ」


「そう……ですね。まさかこんな過酷な運命に立ち向かわなければいけないだなんて、人生は常に何が起こるか分かったものじゃありませんね」


「その過酷な運命に俺を巻き込んだのはお前だけどな」


「うぐっ……す、すいません」


 そもそもだ。冒険者の制度に関して、一つ疑問に思うところがある。それもリィアさんに聞いてみよう。


「なぁリィアさん。なんで冒険者は四人パーティーじゃないと認められなくなったんですか? 制度が変わったってことは、元々は一人でも冒険者になれてたってことですよね?」


「そういえばそうですよね。それは私も気になります」


「その件ですか。勿論、制度が変わることになったキッカケはありました」


 やっぱりか。じゃなきゃそう簡単に制度が変わるわけもない。


 そしてリィアさんは、制度が変わることになった驚くべき――いや、馬鹿げたキッカケを話し出した。


「まだ魔王が健在だった頃の話です。とある町で、魔王を倒すために冒険者になった方がいました。その方は自分の腕前に絶対的な自信を持っていたそうで、冒険者に成り立てであるにも関わらず、単独で一目散に魔王が住む根城へと足を運んだんです」


「それはまた突発的な方ですね。それで、その方は結局どうなったんですか?」


「お二人も大体想像がついていると思いますが、満身創痍になって町の方に戻って来たそうです」


 それでも生還はできたんだ。それだけでも奇跡だ。腕前はクソだけど、幸運には恵まれていたんだろう。


「躍起になったその方は、怪我が完治してから町の近くにいた魔物を狩るようになりました。ですがその魔物にすら敵うことはなく、最終的にその方は魔物に返り討ちに遭い過ぎた影響で過労が積み重なり、お亡くなりになりました」


 嫌な死因だ。犬死にするのと何も変わらないじゃないか。どうしてそこまで自分の腕前を過信していたんだか。


 やられたことで意地にでもなっていたのだろうか。惨めなことこの上ない。


「そういうことが過去にありまして、腕前に乏しい方を冒険者にさせないようにするため、四人パーティーが必須条件という制度が出来上がったわけなんです」


「なんていうか、間抜けな話ですね。命を無駄にするだなんて言語道断です。ビャクト様はそういう方になってはいけませんよ。人は生きてこそ価値があるんですから」


「んなことお前に言われんでも分かってらい」


 でも危険な魔物がどれだけ凶暴で屈強なのか知らないし、危険性を確かめるためにも一度は魔物と相対してみたいところだ。


 くそっ、現状がもどかしくて仕方無い。世知辛い世の中が憎くて仕方ない。


「でも四人パーティーが必須になったところで、そういう馬鹿が烏合の衆になって冒険者登録しに来たらどうするんですか? それだと制度の意味が無いと思うんですけど」


「そうですね。ですからその防止のために、冒険者登録をする前にステータスのチェックを予めするようになっているんです」


 なるほど、先にそっちのチェックをしてたのはそういう意味があったわけだ。


 冒険者になるにはステータスのノルマみたいなものがあって、それを越している数値じゃなかったら冒険者にはなれない、と。よく考えられてるシステムだ。


 でも……待てよ? 俺ってステータスが知能以外全部“?”だったわけだし、その場合ってどういう区別をされるのだろうか。


 身体能力に関しては周りに引けを取らない自信はあるけど、数値として結果を出してもらえない以上は許可が降りなかったりするのだろうか。


 仮にもしそうだったら、人数集めようが詰みなんですけど。


「な、なぁリィアさん。俺みたいな場合ってどう判断されるんですか? 全部数値化されなかったわけですけど……」


「そう、それなんですよビャクトさん。実は私はまだここで働き始めてそんなに長くないので、さっきそのことを先輩に話してみたんです。そしたら案の定、ビャクトさんのような例は過去に一度もなかったようなんです」


 やだ、何それ怖い。まるで俺だけこの世界に否定されてる存在みたいじゃないか。俺だって立派な人間の一人なのに。


「大丈夫なんですかね? ステータスが謎である以上は冒険者として認められない、みたいな面倒なことにはならないですよね?」


「うーん、今はまだ何とも言えませんね。一応ビャクトさんのことはギルドの総本部の方に連絡を入れてあるので、審議の結果はいずれそちらの方から通達されると思います」


 ということは、今はまだ保留扱いってわけか。なんでこうも俺にとって都合の悪いことばっかなんだこの世界は。もっと寛容であってくれよ。


「とにかく仕事の方は最低どうにかなるとして、問題は寝泊まりする場所ですね。このままだと本当に野宿することになりますよ」


「本当も何も、野宿の運命は避けられないだろ。布団や毛布を買う金すら無いし、しばらくはホームレス生活だろうな」


「そ、そんなぁ。せめてシャワーを浴びる機会くらい欲しいです」


「贅沢言ってんじゃねぇ、俺だって気持ちは同じなんだ。でも金が無い以上は何もできん。潔く諦めることだな」


 まさかこの歳でホームレス生活することになるとは思わなかった。当たり前のように住んでいたあの実家が恋しい。


「えっと……お二人は寝泊まりできる家がなくて困ってるんですよね?」


 貧困から逃れられない運命にため息を吐いていると、リィアさんが意味深な質問をしてきた。


「そうなんですよ! そんなわけでさっきから差し出がましく質問ばかりして申し訳ありませんが、家に関しても思い当たる話って何かありませんでしょうかリィアさん!?」


 ミルクが恥も外聞も捨てて、媚びるように頭を下げる。


 これが絶望的状況に陥った者の末路か。


 もうこいつに元女神としての威厳はない。元々威厳なんて無かったんだろうけど。


「そのことに関してなんですが、もしお二人が宜しければ、私が住んでいる家に来ませんか? 大したおもてなしはできませんけど、丁度空いている部屋が――」


「待ったリィアさん、それ以上はいけない」


 とんでも発言をし掛けた寸前のところで、受付少女の口に手を当てた。


 危うい、危ういぞこの純粋乙女さん。警戒心を何処に捨ててきてしまったんだ?


「リィアさん、その気持ちはとても嬉しい。俺達にとって願ってもない話だし、正直甘えたいところもある。でもその提案に乗るわけにはいかないんだ」


「な、なんでですかビャクト様! 一体何の意地を張っているんですか!? 今は自分のプライドを優先する状況じゃないことくらい分かっていますよね!?」


「プライドとかそういう問題じゃねーよ! あのな、俺達とリィアさんが出会ったのはついさっきなんだぞ? まだお互いのことをよく分かっていない関係だし、そんな素性も知れない怪しい奴らを自分の家に住まわせようとするだなんて、一時的な期間とはいえ危機感が無いにも程がある」


「うぐっ……た、確かにそうですけど」


「それに見たところ、リィアさんは俺と大して歳が変わらないうら若き乙女だ。そんな年頃の娘の家に厄介になるなんて、世間的にアウトだろ。ちなみにリィアさんって何人で暮らしてるんですか?」


「今は一人暮らしをしていますが……」


「ほら見ろ、一人暮らしだぞ? 尚更アウトコースまっしぐらだろうが。これで俺達が何か問題でも起こしてみろ。男の俺一人だけ問い詰められて、最悪首が飛ぶぞことになるぞ」


「でもビャクト様は犯罪に手を染める予定なんてありませんよね?」


「当たり前だろ、馬鹿かお前は。恩を仇で返すとか人として終わってんだろ」


「なら何も問題は無いのでは? そうですよねリィアさん?」


「そうですよビャクトさん。お二人が悪い人じゃないってことは分かりますし、別に遠慮なさらなくても――」


「だからそういう問題じゃないんですよリィアさん! それと堕天女神は黙ってろ!」


 いかん、いかんぞこの人。お二人が悪い人じゃないなんて、何の確証もないのに何故信じられる?


 否、この人は単純に疑うということを知らないだけだ。


 こんなんじゃこの人はいつか悪い大人に騙されてしまう。ここはこの俺がビシッと言って学ばせてやらないと。


「あのねリィアさん。貴女のその優しさはとても素晴らしいものだと思うけど、世の中にはそんな優しさに付け込もうとするクソみたいな連中がいるんですよ。貴女の純粋な部分を汚すような発言に胸が痛むところですけど、貴女は少し人間のそういう部分を学んでおいた方が宜しいかと」


「ん~、確かにそうかもしれませんね。でも私は人を疑って騙されるよりも、人を信じて騙される方がマシだと思います。ビャクトさんはそう思いませんか?」


「それはまぁ……そうですけど」


「それに、困ってる時は助け合うのが人間じゃないですか。大丈夫ですよ、私こう見えても人を見る目があるんです。ビャクトさん達が悪人じゃないってことくらい、言われなくても分かりますよ」


 善人の鏡のようなお方の笑顔が眩く発光し、思わず目が眩んで直視できなくなってしまう。


 俺と同じ人間のはずなのに、この人が本物の女神に見えてきた。今時こんな聖女のような人がいただなんて、にわかには信じ難いがこの人は紛れもなく本物だ。


「素晴らしい理念ですリィアさん! 私感動してしまいました! ねぇビャクトさん?」


「この人が女神だったら今頃俺は……ぐすっ……」


「どういう意味ですかその発言!?」


 なんでこんな役立たずが本物の女神で、受付役としてひっそり働いてるこの人が一般人なのか。


 やっぱりおかしいぞ異界クオリティ。センスが有る無しの話じゃない。


「私を心配して気遣ってくれていたんですよね? ビャクトさんはお優しい人なんですね」


「あの、ちょっともうそこら辺で勘弁してください。本気で泣きそうになる……」


「意外と涙脆いんですねビャクト様。情が深いことは良いことです、うんうん」


「喧しいわクソ女神が!」


 偶然か必然か、俺達は良人の鏡ような人と巡り合えたことにより、リィアさんの家で厄介になることとなった。


 今も昔も逞しい女性には頭が上がらないものだ。

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