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俺の枷共(パーティー)は煩わしい  作者: 湯気狐
一章 〜ポンコツ女神と変態怪盗〜
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こんな異界クオリティは嫌だ

 遠くに見える町に向かって歩く最中で、自称女神にこの世界の様々な常識を洗いざらい吐かせ、大体のシステムとやらを理解することができた。


 まず、異界の定番ネタとして、この世界には魔力――即ち魔法が存在する。


 町や村に必ず一つはあるギルドとやらに行けば、冒険者となる者のステータスを調べることができるらしく、俺もそこに行けば色々と身体能力が数値化されて分かるんだとか。


 そこでその人に合った魔法も分かるようで、更には固有魔法というオリジナルの魔法を使える体質であることも調べられるらしい。


 狂信者ことミルク曰く、召喚魔法によって現代から召喚された人物は、ほぼ間違いなく固有魔法が一つ備わっているとのこと。それがどんな魔法かはまだ分からないが、強力なものであることをせめて願っておこう。


 世界に蔓延る魔物に関しては、基本的にギルドにてクエスト内容が書かれた依頼書を受諾してもらうことで、狩りに行くことができる。


 依頼書抜きで魔物を狩りに行くのも勿論良いらしいのだが、それはスキルポイントを獲得したいと思う人に限るらしい。


 スキルポイントとは、魔法を覚える際に使用する条件ポイントのこと。


 例えば、魔物を一体狩ることで三ポイント得ることができると仮定して、とある魔法を覚えるには十五ポイントが必要となる。


 つまり、その魔物を五体狩れば、ギルドにある施設にて魔法を習得できるわけだ。小学生にも分かる理論である。


 要は、この世界は現代でいうゲームのRPG世界が、そのまま現実となった世界ってわけだ。


 何もかもが非現実的な話ではあるけれど、そこら中に魔物がいる時点で、全部本当のことなんだろう。


 だったら、戸惑わずに受け入れるしかない。こういう時こそ人間は潔くあるべきなのだ。


 ともかく、まず現時点においての第一目標は、魔物を狩るライセンスを取得すること。


 それ即ち、ギルドへ赴いて冒険者になることだ。


「着きましたね。ここがビャクト様にとっての始まりの町、ウンターガングです」


「珍しい名前の町だな。なんか由来とかあんのか?」


「えっと……ビャクト様がいた現代の外来語で、“滅び”という意味ですね」


「……初っ端から引き返したくなってきたんですけど」


 町全体を覆う立派な城壁。遠目からも見える(そび)え立った建造物の数々。まだ町に入っていないにも関わらず、住民達の和気藹々(わきあいあい)とした混声が聞こえてくる。


 世界が魔物の手に落ちそうっていう状況なはずなのに、なんだこの日夜お祭り騒ぎしてますよ的な町は?「世界は至って平和ですよ」と訴え掛けて来ているかのようだ。


「なぁ、世界って本当に破滅の危機に陥ってんのか? やっぱり嘘ついてるだろお前」


「そんなことはないですよ! ここは奇跡的に平和というだけであって、本来は何処もかしこも人々の悲痛の叫びが飛び交っているんです! ここもこうして平和でいられるのも時間の問題ですよ!」


「……さてはお前、魔王軍の患者だったり?」


「人を疑い過ぎですよビャクト様は!私の場合は人じゃなくて女神ですけれども!」


 この世界に疑心暗鬼になりながらも、不吉の象徴みたいな町の中へと入って行く。


 誰も彼もが異世界系のコスプレの格好をしたような人ばかりで、本当にここは現代ではないんだと改めて思い知らされた。


「そういやさ。冒険者になるのは良いにしても、今後俺は何処で寝泊まりすればいいんだ? 荷物なんて着替えくらいしか持ってないぞ俺」


「むしろなんで着替えは持ってるんですか? パチンコ店でパチンコしていたんですよね?」


「いついかなる時に備えて、着替えだけは常に持ち歩くようにしてたんだよ。ほら、結構入ってるんだぞこれ」


 背中に背負っていたリュックを下ろして、中を開けて何着かの着替えを広げて見せ付ける。


「パーカーとシャカパンばかりですね。洒落っ気が無いというか……」


「お洒落に関心無かったからな。個人的にこれが一番しっくりきて動き易いんだよ」


「だったらジャージの方が良かったのではありませんか?」


「あぁ、ジャージは全部家着専用にしてたわ。どっかの誰かのお蔭様で、今後はこれしか着れない羽目になったがな」


 ミルクはピーヒョロピーとわざとらしく口笛を吹く。こいつはいずれ魔物の餌として利用することにしよう。


「で、俺の質問に対する答えは? まさか野宿しろだなんて言い出さないよな?」


「いえ、それは安心してください。冒険者になった方には、必ず宿の一室が提供されるようになっているんです。決して豪勢とは言えない場所ですが、最低限の生活はできるはずですよ。家賃も払う必要がありませんし、むしろお得なことしかないです」


「なるほど、冒険者には優しい世界ってわけだ。でもそれって冒険者にとってメリットがあり過ぎないか?」


 例えば、宿無しの一般人が一人いたとして、宿を得るためにその一般人が冒険者になるとする。


 でもその一般人には冒険者の才能がないため、一切クエストを受理せずにずっと宿に入り浸る可能性が出てくる。


 そうなってしまうと、ギルドの予算に負担しか掛からなくなってしまうことになる。


「確かにそれだけだとメリットしか無いように聞こえますが、冒険者になった方は最低限守らなくてはならない義務があるんです。それを守れなかった場合、冒険者の権限はギルドによって剥奪はくだつされるようになっているんですよ」


「そういうことか。して、その義務というのは?」


「一週間に一度はクエストを受け、依頼を成功させること。それが冒険者たる鉄則です」


 なんだ、そんな簡単なことか。だったら心配要素は皆無だ。


 異界で暮らすことになる以上は、魔物を狩って生活しなくちゃいけないんだ。嫌でも鉄則は守ることになるだろう。


「問題無いな。寝られる家と最低限の金に、冒険者の権利を貰えりゃそれで良い」


「なんだか逞しくなってきましたねビャクト様。流石はこれから勇者になろうとしているお方です!」


「……勇者ねぇ」


 今後は異界で生きることを宣言したが、勇者になってやると言った覚えはない。そもそも魔王なんて本当にいるのかすら怪しいし。


 既に魔王は現在進行形の勇者の手によって討伐済みとか、そういうご都合展開なオチだったら楽なのだが。


「あっ、見えて来ましたね。あそこがギルドです」


 物思いに耽りながらのんびり歩いていると、真正面のところにやけに派手な装飾の建物が見えて来た。


 馬鹿でかい入口があり、その上のところに『Welcome to jaws of death』と書かれた看板が見える。


 要約すると――“ようこそ死地へ”。


「なぁ、本当にあそこが冒険者ギルドなのか? 俺には死者を誘う地獄の門にしか見えないんだが」


「そんな物騒な場所じゃありませんよ。間違いなくあそこはギルドですから」


「だったらあの看板の文字はなんだ。冒険者を死地に送る気満々だろうが。悪意を包み隠す気が無さ過ぎて、逆に清々しく思えてきたわ」


「そんなこと言われましても困りますよ。実際、冒険者が死地へ赴くのは事実ですし、魔物との戦いは常に命懸けなんです。現に冒険者になって死んでいった者の数は数え切れませんよ」


「よくそんな世界に罪悪感も感じず俺を召喚したな? この借りは絶対返すから覚えとけよ。何が何でも地獄に叩き落としてやっからなお前」


「か、勘弁してください。私にはビャクト様のような凄い力が無いんです。それに女の子に対して地獄に叩き落としてやるだなんて、物騒なことを言うものではありませんよ? 常に隣人を愛せるようになりましょう。それが魅力的な人間に近付くための第一歩となるのです」


「黙れ狂信者。気が狂ってるお前に魅力的とか言われても何も嬉しくねぇよ」


 というかこいつは、いつまで俺に引っ付いてくるつもりなのか。


 今はまだ解説役として多少役に立ってはいるけれど、いずれは必要性が感じられない存在になり得ることは明白だ。何としてでもこの関係を早々に断ち切らねば。


 不信感たっぷりの門を潜り抜けて、ギルドの中へと入る。


 ギルド内は大勢の人が酒の席で賑わっていて、昼間であるにも関わらず酔い潰れている人が見える。


 武具を装備している辺り全員冒険者のようだけれど、誰一人としてクエストを受けに来たような人が見当たらない。


 世界の危機という疑惑は増して行くばかり。確証はまだ得られていないけど、オチが読めて来たような気がしてきた。


「にしても広いな。受付って何処だ?」


「えっと……あっ、あそこですね」


 奥へと進んで行くと、カウンター越しに受付をしている女性達が見えた。


 依頼書らしきクエスト用紙が散りばめられるように貼られてある大きなボードも近くにあり、その枚数はとてもじゃないが数え切れない。


 丁度一人分の受付の場が空いていたようで、先取りされないように小走りで一番端っこの受付の方に移動した。


「こんにちは。本日はどのようなご用件で参られたのか、伺っても宜しいでしょうか?」


 仕事人として好印象な笑顔を浮かべる受付役。ふわっとした白いエプロンが印象的な、可愛らしい制服デザインだ。


 それに、これまたテンプレ仕様が掛かっている綺麗な女性だ。艶やかな黒のロングヘアーを腰の辺りで一つに束ね、人懐っこそうなパッチリとした目。まるで絵に描いたような異界人らしき人だ。


「あの……? 私の顔に何かついているでしょうか?」


「あぁいや、すいませんまじまじと見ちゃって。実は冒険者になりたくて来たんですけど」


「冒険者登録したい方でしたか。それではまず、貴方のステータスを数値化するために、この水晶に触れてもらえるでしょうか?」


 一瞬下に屈むと、小さな布の上に置かれた水晶玉を取り出した。


 一見ただの綺麗なガラス玉にしか見えないが、恐らく立派な魔道具の一つなんだろう。


「ミルク、お前先にやってみろよ」


「え? 私ですか? でも私は冒険者になるつもりなんてないですけど……」


「まぁ見るだけなら良いだろ。それに、これでお前に特別尖った才能があったとしたら、お前が本当に女神だってことを信じてやってもいいぞ?」


「いつまで疑ってるんですか!もう、分かりましたよ。それで信じてくれると言うのであればやりますよ」


 渋々と両手で水晶玉に触れるミルク。


 すると、水晶玉が青白く光り輝き出し、大きな液晶画面のようなものが浮かび上がった。


「こ、これは!?」


 数値化が完了したところで、ミルクのステータスを見た受付役が口に手を当てて、驚愕の反応を見せる。


「なんだなんだ?まさか本当にこいつが女神だというチート級のステータスだったり?」


 目を凝らして液晶画面に載っている数値を見てみると、筋力や知力といった基本的なパラメーターが満遍なく表示されていた。


「……マイナス?」


 三桁という中々高い数値に関心しかけたところ、数値全てに『ー』の記号が付いていた。


 それが一体何を表しているのか、即座に理解できた。


「凄いですね、こんなステータスを見たのは初めてです。体力や魔力はスライムレベル以下。攻撃、防御、素早さ、幸運、その何もかもがスライムレベル以下。とにかく全てがスライム以下のド底辺な数値です。はっきり言ってしまうと、冒険者になるのは間違いなく不可能ですね」


 冒険者になる=自ら命を投げ捨てる結果となるご覧の有様であった。


 雑魚と名乗ることすら烏滸がましいと言える現実を目の当たりにしたミルクの目は既に光を失っており、闇落ちした堕天使のように真っ暗になっていた。


「ちなみに、こいつに合う魔法っていうのは何かあるんですかね?」


「いえ、そもそも知力と魔力がマイナスな時点で、魔法を扱うことができないんですよ。何と言ってもマイナスですから」


「なるほど、何と言ってもマイナスですもんね。そりゃ相性が合うどころの話じゃないですよね。だってマイナスですもの」


「マイナスマイナスしつこいですよ! いいんですよ私は! 冒険者になるつもりはないって言ったでしょう!?」


「そうだな。いやぁ、悪かったなミルク。何だか可哀想だし、お前が女神だってことは認めておいてやるよ」


「なんですかその同情からくる優しさは!? そんな信じられ方されても嫌ですよ!」


「大丈夫、分かってるって。きっとお前は無能極まりない自分に苛立ってるんだろ? でも大丈夫だ、クソ雑魚で役立たずのお前にも何かしら秀でた才能があるだろうからな。それが何なのかは微塵も興味無いし、確証も無いけどな」


「フォローしてるように見せ掛けて罵ってますよねそれ?」


 取り敢えず、ステータスがどんな感じに表示されるかは分かった。


 どれ、俺も試してみるとしよう。


 ミルクに続いて両手で水晶玉に触れてみる。


 同じ仕様で水晶玉が光り輝くと、今度は俺のステータスが液晶画面となって表示された。


「こ、これは!?」


 受付役がこれまた同じ反応を見せた。


「……なんだこれ」


 ステータス診断の結果、俺のパラメータは全てが謎に包まれていた。


 というのも、本来数値化されるはずの数値のところに数字が書いておらず、殆どが『?』で埋まっていた。


 これが何を意味するのか、即座に理解――できるわけない。


「どういうことですかこれ? ある意味こいつよりもタチ悪い結果なんですけど……」


「おかしいですね……。それに知力のところには見たことがない文字が書かれてありますし、何と読むのか私には分かり兼ねます」


 確かに、知力だけはクエスチョンマークではなく、現代の漢字が表示されていた。


『馬鹿』と書いてある辺り、完全に喧嘩を売りにきてる。ぶっ壊してやろうかこの水晶。これでも学力良い方なんだぞ。


「まぁいいや。そういえば、人によって固有魔法が使えるって話を聞いてるんですけど、そっちも調べてもらえませんかね? ついでに適正魔法も知りたいです」


「分かりました。それでは、次はこちらの水晶に同じ要領で触れて頂けますでしょうか?」


 別の水晶玉を取り出して置いてくれると、今度はそっちの水晶玉に両手で触れた。


 ステータスの数値化と同じく、今度は紫色の液晶画面が表示される。


 そしてついに、俺の勇者的な力が判明される時がきた。


「どうですかね? まず先に魔法適正から教えて欲しいんですけど」


「えっと……それなんですが……」


 苦笑いする受付少女。嫌な予感しかしないんですけど。


「申し訳ありません。魔法適正なんですが、どうやら貴方に適正する魔法はないという結果が出ていまして……」


 密かに楽しみにしていた気持ちが一気に冷めていく。


 爆裂魔法とか氷結魔法とか一度は使ってみたかったのに、そもそも魔法が使えない体質ときた。異界生活の出鼻を(くじ)かれた気分だ。


「ドンマイですよビャクト様! 私なんて魔法を扱う以前の問題なんですから!」


「喧しいわ! お前に慰められると余計に惨めになるわ!」


 これから勇者(仮)の身になろうとしてるってのに、大丈夫なのか俺? 魔法無しでやっていけるのか?


 物理的な実力行使のみで魔物狩りとか疲れるだけだし、だからこそ魔法に頼って多少の戦闘を楽する計画だったというのに、その全てがパーになってしまった。


「お、落ち着いてください。基本的な魔法が扱えないにしても、どうやら貴方には二つの固有魔法が備わっているみたいなんです」


 そうだ、今はまだ落ち込む時じゃない。


 何と言っても、俺には固有魔法という希望の象徴があるのだ。


 しかも二つもあるみたいだし、これは期待出来そうだ。


「凄いですねビャクト様! まさか二つも固有魔法が扱えるだなんて! それで、その固有魔法はどういったものなんでしょうか?」


「少々お待ち下さいね。えっとですね……」


 全てを焦土と化す煉獄魔法? それとも魔力そのものを断ち切る斬撃魔法? はたまた空間を意のままに操る次元魔法? 考えれば考えるほど強力な魔法の想像が膨らんで――


「“アナライズ”と“メタルハンズ”の二つですね」


 分かってた、分かってましたよ。もう名前からして事細かな詳細を聞かなくても分かってしまうよ。俺が考えていたようなチート級の魔法では決してないことくらい。むしろ地味中の地味な魔法だってことくらい。


「それはどういった魔法なんでしょうか?」


「まずアナライズは、言い換えると言語認識魔法ですね。たとえ自分が知らない言語を見て聞いても、その内容を理解できるという便利な魔法です」


 そういえば、この人の言葉だったり、遠目で見たクエスト用紙だったりと、この世界の言語であるはずのものがどうして理解できているのか疑問に思っていたけど、その正体は固有魔法による補正が掛かっていたわけだ。


 助かるっちゃ助かる固有魔法ではあるけれど、やっぱり効果が地味過ぎる。解析能力より大火力を恵んでくれ。


「メタルハンズはその名の通り、手を鋼鉄に変化させる魔法ですね。どんな魔法を受けようとも砕けることも溶けることもなく、まさに絶対防御と言っても過言ではない強力な魔法です」


「でもそれってあくまで手だけなんですよね? 手首から上の部分限定なんですよね?」


「そうですね。強力であるが故に、鋼鉄化の範囲が狭まった補正が掛けられているんだと思います。どんな魔法にもメリットとデメリットがあり、それはたとえ強力な固有魔法であっても同じことですから」


 どうした異界システムよ。何故こうも過酷な現実を俺に突き付ける? いいんだよ難しいことしなくても。ご都合展開だけあればそれで結構なんだよ。


 魔法のデメリット? いらんよそんな設定。異界なんだから俺にとってのメリットだけくれればいいんだよ。空気読めよ異界クオリティ。


「えっと……よ、良かったですねビャクト様。メタルハンズですよ? 絶対防御ですよ? 強そうだなぁ〜、羨ましいなぁ〜、憧れちゃうなぁ〜」


「…………」


 右手に意識を集中し、鋼鉄になるイメージを頭の中で想像する。


 すると、右手に妙な違和感を覚えると同時に、一瞬だけ鼠色のオーラのようなものが纏われるのが見えた。


 左手の甲で右手の甲をとんとんと叩いてみる。


 確かに右手は鋼鉄化していて、凍り付いたようにカッチカチになっていた。


 なるほど、これが俺の固有魔法か。


 手をただ硬くするだけという、地味中の地味な魔法。


 これほどまでに虚無感を覚えたのはいつ以来だろうか?


「よし、歯ぁ食い縛れ狂信者。早速有効活用してやっからよ」


「ままま待って下さい! なんで怒りの矛先が私に向けられているんですか!? これについては私は何も悪くないですよ! 固有魔法はあくまで体質によって決定されるものなんですから!」


「あれだけ固有魔法のことを持ち上げていたくせに、結局はこのザマなんだぞ? 俺のことを乗せるだけ乗せておいて、最後にゃ期待を裏切る結果に陥れやがって。いい加減張り倒すぞ情弱女神」


「張り倒すどころか殺しに掛かって来そうな雰囲気なんですが!? 悲しみしか生み出さない暴力なんて止めましょうよ! そう、今のビャクト様に必要なのは純愛という名の優しさです!」


「結果的にお前の掌の上で黙って転がされてやってんのに、これで優しくないってか!? むしろ仏レベルの懐の広さだろうが!」


「いだだだっ!? すみませんすみません! 決して故意ではなかったんです! ビャクト様のことだからきっと凄い固有魔法なんだろうなぁって思ってて、それで私も期待してしまっていたんですぅ!」


 メタルハンズ式アイアンクローで頭蓋骨を軋ませる。


 使用感からして、筋力も大分上がっている感覚がする。これにはそういう補正も掛かっているらしい。


「あ、あの〜……? それ以上やったら本当に死んでしまいそうですよその方?」


「あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。実はこいつ、死んでもすぐに生き返ることができる固有魔法を持っているんで」


「そんなチート級な魔法が使えたらこんなに苦労はしてな……ぁぁぁ……」


 流石にこれ以上は洒落にならないので、手の魔力を解いて頭を解放してやった。


 地味な魔法であることに変わりはないが、皮肉なことにもこの魔法は、俺にとって最も適した魔法であることに違いはない。


 ……人前で使うことはないんだろうが。


「ったく、幸先が思いやられるわ。こんなんで本当に魔物なんて狩れるんだか」


「大丈夫ですよ。何と言ってもビャクト様は天性の――」


 刹那、ミルクの口に手を当てて壁際まで追いやり、殺す気満々の目でギロリと睨み付けた。


「いいか? 無知で愚図のお前に一つ教えておいてやる。俺は現代で暮らしていた頃、自分が天性の殺し屋であることをずっと周りにひた隠しにしていたんだ。あいつはヤバい奴だって、周りからそういう目で見られたくなかったからな。つまり俺が何を言いたいのか……分かるな?」


「っ〜〜〜!!」


 女神は涙目になりながら何度も首を縦に振る。分かってくれたようで何よりだ。


 そう、俺はこの十八年間人生を送って来ている中で、自分が殺し屋であることをずっと周りに隠して生きて来た。


 でもそれは当然のこと。カタギの一般人からしたら、殺し屋なんて非現実的な存在だ。


 そんなヤバい人が近くにいるだなんて知れたら、務所のブタ箱に突っ込まれることになるのは明白。


 しかも一度も人なんて殺したことないのに、無実の罪を着せられて投獄させられるなんて真っ平御免被る。


 殺し屋というしがらみに捉われることなく、やりたいことをして自由に生きるのが俺の信条であり、希望であり、夢である。


 だから俺は、この異界においても自分が殺し屋であることを隠すつもりだ。


 人殺しなんてしなくてもいい、平和で優しさに溢れた日常を送るために。


 だがもしこいつのように、俺の正体が周りに露見するような事態になりかけたその時は、どんな手段を用いてでもその火種を抹消する所存だ。


 無論、それで相手を殺すことになったとしても、秘密を守るためなら容赦はしない……と思う。


 殺し屋は非情なのだ。殺し屋であることを否定している俺には皮肉な話だが。


 さて、チュートリアルはここら辺でもういいだろう。後は、冒険者になるためのライセンス登録をして終了だ。


「さてと、それじゃ最後に冒険者登録させてください」


「分かりました。それでは、この登録用紙とペンをお渡し致しますので記入をお願い致します」


 小さな紙とペンを受け取り、用紙の内容に目を通す。


「……んん?」


 肝心の名前を書く欄のところを見て、思わず首を傾げた。


 記入必須と上の方に書かれているのは当然なんだが、どういう訳か名前を書く欄は一つではなく、四つ分になっていた。


「あの、すいません。これって俺の名前だけ書けば良いんですよね?」


 一応真意を確かめるために聞いてみる。


 だが、その回答は俺にとって驚くべきものであり、同時に絶望の淵に陥れられるものだった。


「いえ、それには必ず冒険者登録する“四名”のお名前を記入してください」


「……えっと」


 四名って、どういうことだ? 何故俺以外に三人も名前が必要なんだ?


「あの……他のお仲間様方はトイレにでも行っているのかと思っていたのですが、もしかしてそういうわけではなかったんですか?」


「は、はい。冒険者になるのは俺一人のつもりでしたけど……」


「ということは、冒険者になるための制度のことはご存知無かったということでしょうか?」


 無言で頷く俺。


 嘘だろ? まさかこんな――いやいや落ち着け俺、まだ決まったわけじゃない。


 まさか冒険者になるには四人パーティーが必須だなんて、そんな面倒な異界システムなわけないじゃないか。この不安は杞憂だ杞憂。


「実は結構最近のことなんですが、冒険者の制度について色々改変された点があるんです。例えばこの登録用紙の通りなんですが、冒険者になるには四人パーティーでなければいけないという決まりが受理されたんです。つまり大変申し上げ難いんですが、貴方一人だけでは冒険者登録はできないということになりますね」


「あらぁ、そうなんですか〜。はっはっはっ」


 こっそり逃げようとしていたミルクの後ろ首を取っ捕まえ、腕を回して逃げられないよう拘束した。


「どういうことですかねミルクさん? 俺だけじゃ冒険者登録できないって言われてしまいましてよ?」


「お、おかしいですねぇ〜?わ、私の知識だとそんな制度は今までなかったはずなんですよぉ〜?」


「でもこの受付役のお方がそう言っておられるんですよ。どういうことでしょうか女神様? はよ言わんとマジでこの首へし折るぞ」


「ひぃぃ!? すみませんすみません! 実は私、今までずっと現代で勇者様候補探しに没頭していたので、最近の異界の世情のことは全く知らなかったんです!」


「なるほどそういうことか。なら仕方無いな」


「あぐぅ!? だ、だったら何故今私は首を絞められてぇ……」


 かくんと首が垂れて、女神は口から泡を吐き出しながら気を失った。


 最悪だ。冒険者登録に関しては滞りなく済む予定だったはずなのに、まさかの制度によって出鼻を挫かれる羽目になるだなんて。


 異界生活一日目。勇者(仮)こと野幌白兎、早速詰んでしまいました。

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