第六話
「気をつけて三河君」
羽杵さんが俺に警告する。尾皆啓二、こいつは前の俺の高校時代にも存在していた。そして、今【放課後】中にもかかわらず落ち着きはらっている。
やはりこいつも【卒業】する【主人公】……
しかも、同窓会のあの時羽杵さんは明らかに尾皆を目当てにやって来ていた。俺を羽杵さんがタイムスリップさせた理由の鍵はこいつにある。
「うちのクラスは最初42人って話したわよね? 昨日までに消えた2人のうち一人は黒木君が、そして、もう一人を消したのが……目の前の尾皆君よ」
「ああ、そんな警戒しないで下さい。別に襲いに来たわけじゃありませんので」
「何しに来たの? 今までずっと隠れていたのに……」
「それについては謝罪します。僕も黒木君の能力には対抗手段が無かった。例え同じくらいポイントを獲得していたとはいえね。羽杵さんばかり執拗に追いかけているのを心を痛めて見ていました」
高校時代に戻って来て初めて尾皆と話したがそう言えばこいつこう言う奴だったな。同窓会の時は普通にフランクな良い奴になっていたが、高校生のこいつはちょっと距離を置くような敬語で話していた。他の奴らはそれも尾皆の優秀さとカリスマの要因の一つと思っていたようだが、俺はこいつの心の奥まで見透かされそうな肌寒さを感じさせる視線と共にそれを苦手に思っていた。
「それに僕が木村君を殺したのは事故のようなもの。物語は本人の人格にも影響を及ぼすみたいですね。それによって能力を暴走させることがあるようです。僕も一人だったら何も出来ず消えていたでしょう」
「一人だったら?」
「尾皆君はいつも清田君と徳永さんと三人で行動しているの。だから黒木君も警戒して狙わなかった」
「そうです。そしてそれが今日僕があなた達に会いに来た理由でもあります。この【放課後】に行われる殺し合いは確かに他の【主人公】を殺すことが一番ポイントが高く設定されているようです。しかし、ポイントは別にそれ以外でも溜まります。友達と喧嘩したり恋愛したり……。しかし、そもそもの目標は結局【卒業】することです。それは今となっては難易度の高いことではない。【主人公】同士で結束すればね……」
「何が言いたいの?」
「同盟みたいなもんか……」
「そうです。クラス全体で協力するのが一番ですが、実際考えが違う者同士いくつかグループが出来るのは必然。そこでせめてお互い手出しをしないよう約束しておけば危険度はぐっと下がる。同盟というより不可侵協定のようなものを結べればと思い、今日はこうして会いにやって来ました」
「わかった。でも現実的な話、信用できない」
そこで誰かが階段を慌ただしく登ってくる足音が聞こえたかと思うと声が聞こえた。
「あ! 居た! おい啓二、見つけたなら教えろよ! 徳永さんとめっちゃ探し回ってたんだぞ?」
そう言って更に二人の男女が階段を登って来た。あの二人がさっき言っていた尾皆と一緒に行動している清田君と徳永さんだろう。清田君は正直パッと見、柄の悪い人間だ。髪を逆立て制服を着崩している。対象に清田君の後ろをちょこちょことついてきた徳永さんは身長が兎に角小さく、小動物系の大人しい印象を受ける女の子だった。
「悪いことしましたね。でもいきなり3人で来ると羽杵さんが警戒して逃げてしまう可能性もあったので……」
「お前ひとりだと逆にお前が危ないだろうが!! こいつら黒木殺してポイント貰ってるんだぞ!」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、実際こうして無事なんですから。でも丁度よかった今羽杵さんたちと不可侵協定を結ぼうと相談していたところです」
「それで? うまくいったのか?」
「信用できないらしいですね」
「は! 当たり前だそりゃ。いつ突然襲い掛かってもおかしくないからな、お互い」
「ふむ、それではこうしましょう」
そこで再び尾皆は俺達の正面に向き直り仰々しく一度お辞儀をした。
「僕の物語は【裸の王様】、能力を教えましょう」
そこで尾皆の体が陽炎の様に揺らいだかと思うと黒木の姿に変わった。
「【愚者視の新衣装】相手に自分の見せたい自分の姿を見せる。精度の高い変装のようなものと思って頂ければ結構です」
精度の高い変装って……声までちゃんと変わっているじゃないか。集団戦でこれほど厄介な能力中々無いぞ。
「それと僕のガイドを紹介しましょう。王様、貴方の威光を見せてあげて下さい」
尾皆がそう言うと黒木の姿をした尾皆の後ろに筋骨隆々のボディービルダーのような男が現れた。上半身裸で口ひげを蓄え頭には王冠が輝いている。
俺の知っている裸の王様と大分違うな……
「朕が【裸の王様】の王である。賢者はこの煌びやかな服を、愚者は朕の金剛石のようなこの肉体を崇めよ!!」
そう言って王様はポージングを繰り返しているしている。あれ? 俺の知っている王様ってもっとお腹が出てて中年のおっさんだったけどな? 少なくともこんなゴリマッチョではなかった。でもまぁ確かにこれが王様だといわれれば納得してしまう。
「流石王様、相変わらず良い体です」
尾皆が王様を褒めた。なんなんだこいつら……
「まぁこれが僕達の見せる最大の誠意と思って下さい。それに……いくら口約束だからといっても協定を結ばないという事は……【放課後】に積極的に参加すると見なしていいということですかね? なら僕たちも自分の身を守らざるおえないんですが……」
場に緊張が走る。いきなり高圧的になったな……こいつは今こう言っているのだ、《《もし協定を結ばないなら今すぐにでも戦う》》と。羽杵さんは先程新しく能力を増やしたと言っていたがそれがどんな能力かまだ教えてもらっていない。俺はガイドが出て来なくて昨日の剣さえ出し方が分からない。そして、尾皆の後ろに居る二人、清田君と徳永さん。この二人の能力も分かっていないし十中八九尾皆もさっきの能力の他に能力を持っているだろう。情報の不足、数の不利もあり今戦えば絶対勝つことは出来ないだろう
結ばざる負えない。
こいつは誠意と言ったが実際自分の能力を見せつけて自分たちに手を出すなと言って来ているようなものだ。ヤクザかこいつ。
「三河君、私は別にいいと思う。私にとっては今までと変わらないし……三河君も積極的に【放課後】に参加したい訳じゃないでしょ?」
羽杵さんはそんなに悪くないと思っているようだ。う~ん、未来で尾皆に突っかかったのを知っているとはいえ、今の羽杵さんは尾皆にそこまで忌避感を抱いていないようだ。羽杵さんがそう言うなら俺も断る理由はない。ガイドのいない今の俺は羽杵さんの能力に頼りっきりになってしまうのだから。
「じゃあ、取り敢えずお互い干渉しないということなら……」
「ありがとうございます。取り決めは二つ。お互いのグループで敵対しないこと。もう一つは強制ではなく状況によりけりですが、今後【放課後】に積極的で危険なクラスメイトが現れた場合、お互い協力する。というのはどうでしょうか?」
「私はそれでいいわ」
「俺もそれでいいよ」
「わかってくれて嬉しいですよ」
そう言って尾皆は俺に親しげに手を差し伸べ握手を求めてきた。俺は一瞬警戒する。握手して発動する能力もあるかもしれないからだ。そんな俺の様子をを尾皆は別な受け取り方をしたようだ。
「おっと失礼」
そう言って黒木君の姿から元の尾皆の姿に戻った。そして再び手を差し伸べて握手を求めて来る。仕方なく俺はその手を握り握手する。
「意外としっかりした手ですね」
その時の尾皆の目を見て俺は思わず鳥肌が立った。まるで獲物を狙う獣のような目。こいつ協定守る気あんのか?
「僕たちは主に生徒会室で【放課後】を迎えるようにしています。もし何か相談があれば来て下さい」
行きましょう。と尾皆は他の二人に声を掛け、階段を降りて行った。残された俺と羽杵さんは二人、緊張から解き放たれ息を吐いた。そこで未だに聞きなれないあの【チャイム】が校舎に響き渡った。