第五話
次の日、学校に登校し教室に入った俺は直ぐに教卓の上にある座席表を確認した。
やっぱり減ってるな……
座席の数が減っており左後ろの席が一つ減っている。黒木の席がまるで最初からなかったかのように消えて詰められていた。出席番号も黒木が消えた分俺の番号が一つ減っていた。
分かってはいるが確認せずにはいられない。俺は荷物を置いて興梠に話しかけた。
「なぁ興梠? 黒木って男子知ってる?」
「どうした? 宗吾いきなり……その黒木って人がどうかしたの?」
「いや……知らないならいい……」
「何それ? すげー気になるじゃん! 誰? 黒木って? この学校の人?」
やっぱり興梠は黒木の事を忘れてしまっていた。いや正確には知らないんだ。黒木の存在はこの世界から消えてしまった。これはやっぱり……
同窓会の時から今までの様々なことが起こった中でこれで一つ分かったことがある。
《《俺の前の青春はこれの繰り返しだったんだ。》》
何もなかった青春。本来とは半分の人数しか写っていない卒業アルバム。特に仲のいい友達もいなかった?
違う。みんな【放課後】に巻き込まれて消えてしまっていただけだったんだ……
これからさらにこのクラスの人間は消えてしまうということだ。俺が知っている半分程に……
よく俺は何も知らずに卒業できたもんだ。卒業した人達は俺以外みんな【主人公】だったのか? 羽杵さん以外に【卒業】できた者はいたのだろうか?
いた……のだろう。同窓会で羽杵さんは尾皆を追って来たような口ぶりだった。『ここで終わらせる』とも言っていた。尾皆も【主人公】だったのか? 尾皆は高校の時から人当たりが良くカリスマと呼んでいいものを持っていた。尾皆が残りのクラス半分を殺したのか?
まだ未確定な情報が多すぎる。【放課後】のこと羽杵さんのこと。尾皆の事。
そこまで考えてようやく羽杵さんが教室に入って来た。俺はたまらず羽杵さんの元へ速足で向かい声を掛けた。
「おはよう羽杵さん」
まじか! という声が教室のどこからか聞こえた。昨日の昼休み、俺が羽杵さんに話しかけるなと言われたのを聞いていた誰かだろう。一瞬教室が静まり返った。みんなが羽杵さんの言葉を待っている。勿論俺が一番待っているのだが。
「――おはよう。三河君……でも学校が終わったらね」
席に戻ると勢いよく興梠が話しかけてきた。
「え? 宗吾って羽杵さんに思いっきり嫌われてたよね? 何? なにがあったの? 後でって何?」
興梠が興奮して問い詰めて来る。もうすぐHRが始まるから席に戻れよ。
「あーまぁ色々あって……」
「あ!! わかった! さっき言ってた黒木とか言う奴が関係してる?」
やけに勘が良いなこいつ……でも興梠は巻き込みたくない。俺の知っている青春ではこいつはいなかった。それは……こいつがいつか【放課後】中に殺されてしまうことを意味している。
「うーん関係しているような……関係無いような」
俺は曖昧な返事をして誤魔化した。
興梠はまだ色々聞きたそうだったが先生が教室に入ってきたためしぶしぶ自分の席に戻って行った。
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「ついてきて」
帰りのHRが終わると羽杵さんの方から近づいてきて声を掛けてきた。
「あ、うん」
俺は急いで荷物を持って羽杵さんを追いかけようとした。
「じゃあな宗吾頑張れよ!」
興梠がニヤニヤしたしたり顔で別れの挨拶をしてきた。全くどういう想像をしているんだか……
羽杵さんの後ろをついて校舎の中を歩いていく。まだ校舎内はHRが終わっていないクラスが多く出歩く人間がほとんどいない。あと2,3分もしたら下校する生徒や部活に向かう生徒で混むのだろうが。
羽杵さんと俺が向かったのは実習等の2階の端っこだ。羽杵さんは当たり前のように外にある非常階段にでて上に昇って行った。
上? 実習等って屋上に上がれるようになっていたっけ?
しかし階段を登るとそこは屋上につながっておらず踊り場のような行き止まりの小さいスペースがあるだけだった。
「座って」
羽杵さんに促され座る。なるほど座るとここは周りからは全く見えないデットスペースになるわけか。昨日も羽杵さんはここに隠れていたのかもしれない。
「ここは【放課後】が始まるまでの隠れ場所でよく来るの【放課後】中は見つかったら逃げられないから場所を移動するんだけどね」
「黒木君は居なくなった。あの後私黒木君が本当に死んだのか確認するために学校に残ったの」
しばらく沈黙が続いた。罪悪感もあるが仕方がないお互いがお互いを責めるわけにはいかない俺達は共犯者になったのだ。
「取り敢えず三河君もあの声に説明受けたわよね? 機械音声みたいな奴」
「ああ、なんか訳わかんなかったけど……」
「じゃあ【放課後】について何から聞きたい?」
「ねぇ……羽杵さん。今の羽杵さんって何歳?」
「え? 16だけど……」
「違う……そういうことじゃなくて……実は……」
それから俺は自分に起こったことを説明した。自分が30歳まで普通に生きていた事前の高校時代ではクラスは20人程だったこと。同窓会で羽杵さんに出会い精神だけが高校時代にタイムスリップしたこと。そしてその直前羽杵さんに『助けて』と言われたこと。羽杵さんは真剣に最後まで聞いてくれた。
「そんなことが可能なの? そうか卒業したら結末も変わるから能力も……」
羽杵さんはしばらく考え込んでから答えた。
「残念ながらその未来の話は私にはさっぱりわからない……ねぇ三河君? 三河君の知っている不思議の国のアリスってどんな話?」
「え? なんで?」
「それで三河君が本当に未来から来たのかわかるからよ」
「えっと……アリスが兎を追いかけて不思議の国に行ってチェシャ猫とかマッドハッターとか変な動物と出会って、最後は赤の女王倒して不思議の国をずっと平和に治めましたって話だろ?」
「そう……やっぱりね」
「何か関係あるの?」
「三河君は【ガイド】と話したことないから知らなことだけどね。ガイドは持っている【物語】のキャラクターの誰かなの。そして【ガイド】は無条件で放課後の戦いに協力してくれる訳じゃない。【卒業】した者の【ガイド】はその物語の結末を変更できるらしいの」
「私の知っている不思議の国のアリスは最後にトランプの兵に襲われて夢から目覚めるっていう夢オチの話よ……丁度時間が来たわね。ここからは本人から説明させるわ」
そこで昨日と同じように不快な笑い声が校舎に響き渡った。瞬きをする間に校舎は古びた物になり空は赤く染まっている。
「これが私のガイド不思議の国のアリスの主人公アリスよ」
気が付くと目の前にはドレスを着た人形のように小さく美しい女の子が立っていた。
「よろしく、へんてこなお兄さん」
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物珍しさで顔を近づけまじまじと見てしまう。アリスは蒼いドレスを着ている15㎝程の小さい姿でキャップをつばを逆にして被っており長い金髪を後ろに縊っている。よく見ると小さいから分かりにくいが年は俺らと同じくらいの様だ。主に胸部の発達でそれがよく分かった。そのアリスが俺に話しかけて来る。
「ねぇお兄さんが知ってる私の物語をもっと詳しく教えて」
「あ、ああ」
俺は覚えている限り知っている不思議の国のアリスの事を話した。まぁ一度小説版を読んだだけだし。話も日本語だったらただの支離滅裂だし、かなり大雑把な説明になってしまった。
しかし俺の話を聞き終わるとアリスは目を輝かせて言った。
「素敵! それこそ私の思い描く不思議の国のアリスだわ!!
「夢オチじゃ、嫌だったんだ……」
「そりゃそうよ。最初はみんなヘンテコだし、イジワルだし夢でよかったと思っていたわ。でも……大きくなって分かったの。現実の世界の方がみんなヘンテコだし意地悪な人ばっかりだわ。私、不思議の国から出るべきじゃなかったのよ……」
まるで本物の人間のような話でこっちの頭がへんてこになりそうだが本人とっては真面目な話なんだろう。まぁでもこのアリスが俺の知っているアリスより大人っぽい理由はわかった。成長して現実の世界に絶望して不思議の国を出たのを後悔したアリスが目の前のアリスなのだろう。
「少なくとも僕が未来から来たってことは信じてくれたの?」
羽杵さんに言ったつもりだったが代わりにアリスが答えた。
「ええ! 私が女王になればみんなの時計の針なんて自由自在よ! お兄さんを過去に飛ばすことも出来るわ! でも美香本人は無理ね。だって過去に戻ったら私まで戻って来て女王じゃ無くなってしまうもの。飛ばせるのは他の人ひとりが限度だったんだと思うわ」
「だそうよ」
まぁ理屈はよく分からないがガイド本人が言うならそうなのだろう。本当ガイドって便利だな。羽杵さんには【放課後】の事とかちゃんと説明してるっぽいし。
そこで俺は自分のガイドについて質問してみた。
「俺のガイドがなんでへそ曲げているか知っているかい?」
「あなたってお魚は食べる?」
「ああ食べるよ?」
「私もお魚は好きよ。でも食べないの。骨が喉に刺さっちゃうかもしれないもの。私ね痛いのは何より一番嫌いなの。お魚は好きだけど。痛いのは嫌。だから食べない」
「どういう事? 俺がガイドに嫌われたってこと?」
「ガイドはその人とフィーリングが合う人を選んで来る。嫌われるってことは何か理由があるんだと思うわ」
「美香は逃げるのが得意だから選んだの!! 私は追いかけるのが得意だったから、バランスをとろうと思って!! 正解だったわ! だってあなたの未来じゃ無事に【卒業】できたみたいだし!!」
「考えられるのは……あなたの記憶ね。ガイドは主人公を決めて取り憑くとその人の記憶を読むの。『人生という物語を【物語】と同化させる為』みたいにアリスは言ってたけど……未来の記憶がガイドの癪に障ったのかしら?」
「まぁ考えればわかると思うわ。へんてこなお兄さん。お兄さんの頭の中にはプティングが詰まっている訳じゃないでしょ? 入ってたら素敵だけどね。私プティング大好き! 紅茶と一緒に食べると最高だもの!」
自分で考えろってことか……
「三河君ならどの物語かもう検討着いているんじゃない? 昨日もすぐに黒木の物語当てて見せたし」
「まぁあれ偶々だよ」
今思い返すと偶々ではないのかもしれない。俺が大工と鬼六の話を知ったのは高校生の時だ。クラスで何故かまんが日本むかしばなしを観るのが流行ったのだ。今思うとあれ、みんな物語の能力を研究する為に観ていたんだな……普通に楽しみながら観てたわ、俺。
「これからどうする? 出来ればこれ以上誰も死なないようにしたいんだけど……」
「何で? 他の人なんか放っておけばいいじゃない。これからも昨日みたいに逃げるのよ? 大丈夫。私昨日ポイント増えて能力増やしたんだから! 今なら三河君と逃げることも簡単よ?」
確かに羽杵さんの言うことも最もだ。特に羽杵さんはこのまま最善を尽くせば【卒業】できるとわかったのだから。しかし、昨日から思っていたことだが何故羽杵さんは俺を庇ってくれたんだ? 昨日は俺なんか放っておけばあのまま黒木と俺が遭遇して、ペナルティの内容を気になっていた黒木に殺されていた可能性は確かにあるがこの場合黒木はペナルティを受けて羽杵さんとって都合が良かったはずだ。この【放課後】は【脇役】を守っても何のメリットもない。
というか今もガイドが現れず能力もまともに使えない俺と一緒にいてもそれは同じはずだ。
「羽杵さん、何で俺をそんな守ってくれるの?」
羽杵さんは言い淀んでいる。羽杵さんがどんな打算的な考えで俺と一緒に居るかは分からない。何にしろ俺は羽杵さんには感謝しているし好きなのは変わらない。俺は玉砕するなら全部もろともと思い、ついでにずっと言い出せなかったことを切り出した。
「あと大事なこと聞いてないんだけど……昨日の返事も聞いていいかな?」
そうだあの時の告白の返事を貰っていない。
「えーっと……」
羽杵さんは明らかに言葉を彷徨わせている。あ、これ駄目っぽい……何で? さっきまで良い感じだったじゃん!!
俺が返事を待っていると最悪のタイミングで思いがけない奴がやって来た。
「お、ここに居たんですね! 探しましたよ!」
声が聞こえ急いで振り向くとそこには階段を登ってにこやかに笑いかけてくる尾皆の姿があった。