第二話
なんだこれ? 悪戯?
けたたましく鳴り響く不快な笑い袋のような笑い声。こんな大きな音が校舎中に響き渡っていることに驚いていると、突然、照明が一段階落ちるように周囲が少し暗くなった。
《《場面が切り替わった》》
直感的にそう思った。ここは《《俺がさっきまでいた場所とは違う》》。慌てて周りを見渡すと、さっきまで鉄普通の鉄筋コンクリートだった校舎がいつの間にか古びた木造の校舎に変貌していた。窓の外を見てもさっきまであった夕陽はいつの間にか消え失せていて空が血のような紅色に染まっている。
「取り敢えずこっちに来て」
いきなり羽杵さんに腕を掴まれて引っ張られる。
「羽杵さん?」
引き摺られるように羽杵さんに連れられ近くの教室の一つに入り、掃除用具入れのロッカーに無理やり押し込まれた。
「終わるまでここに隠れてて。絶対出てきたら駄目! いいわね!」
有無を言わさずロッカーを閉められた。
……えっと何これ?
羽杵さんを探していたと思ったら変な笑い声が鳴って、学校とか空とか変になって……
同窓会の時から常識では考えられないおかしな事ばかりが俺の身に起こっている。
取り敢えずこのままロッカーに入っていればいいのか? 羽杵さんは終わるまで隠れててと言っていた。一体何が終わるまでで、何から隠れるんだ?
羽杵さんはどうも高校生の時から人に説明もないに事態に放り込む性質のようだ。
……まぁいい何かが終わるまで羽杵さんの言う通り大人しく隠れていよう。今の学校が何だか尋常じゃない状態なのは何となくわかる。危ない場所に来て、かつ警告と助言があるならそれに従うべきだ。今までの人生で大丈夫だろうと思って何度痛い目にあったことか……。
羽杵さんも終わったら迎えに来てくれるだろう。来るよな? このまま放置ってパターンは勘弁してもらいたいが……
暇なので携帯を確認したがいつの間にか電源が切れていた。
電池切れか? 早いな……
俺は仕方なくロッカーの中で目を瞑り大人しく羽杵さんを待つことにした。
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遅い……
ロッカーに入ってから多分1時間以上経っている。外の様子は分からないがもう日が暮れて夜になっているだろう。そして、思い出したのだが高校生の俺には帰るのが遅いと心配する親がいるのだ。今となっては親に出来るだけ心配をかけたくない。ただでさえこれから大学受験や就職、結婚はいつするのか等、沢山心配をかけてしまうのだ。
そんなことを考えていると教室のドアが開かれる音が聞こえた。
羽杵さんかな? 遅いよー
「この教室に何かあるのかなー?」
しかし、聞こえてきた声は羽杵さんの声ではない誰か男子の声だった。
「なんでここに来るの!」
「わざわざ追いかけてくれるなんて珍しい。いつもと逆だ」
「……なんでもないでしょ」
羽杵さんの声も聞こえた。どうやら入って来た誰かを追って来たようだ。取り敢えず大人しくロッカーの中に隠れたまま聞き耳をたてて様子を伺うことにした。
「そう? 大体予想着くけどね。【放課後】に隠すものなんて人間くらいしかない。例えば……そのロッカーに誰か入っているんじゃない? もしかして新しい【主人公】とか? だったらうれしいなぁ。ポイントが美味いからさぁー」
「残念だったわね。この中に入ってるのは【脇役】よ。手を出したらペナルティよ?」
「ふーん? 因みに誰? 女子?」
「男子よ……誰かは関係ないでしょ。放課後が終わったら忘れるんだから」
「まぁそうだね。僕が用あるのは羽杵さんだけだよ。ほんと困るよねずっと逃げるんだから……」
「……」
「ん? もういつもみたいに逃げないの?」
「……」
「ああ、そのロッカーに入ってる【脇役】が心配なんだ? 放っとけばいいのに。なんでそんな庇うの? 男子だっけ? もしかして好きな男子だった?」
「関係ないでしょそんなの」
「分かりやす過ぎでしょ? 現実だったらポイント貰えてたかもね。そんなちゃんと青春しちゃって……俺とは大違いだ」
「……」
「俺も現実世界で青春出来たらこんなことしなくて済むんだけどなー」
「ふざけないで……」
「まぁ今日はもう追いかけないよ。 俺もペナルティがどんなものか気になるし。俺の予想ではポイントが減点されるとかだと思うけどねぇ、気にならない?」
「これ以上誰かを殺したら許さないから!!!」
「おー怖いね。いつも逃げる時みたいに笑っててよ。結構楽しみだったんだよ?普段見れない羽杵さんの笑顔見るの、
――まぁそれも残念ながら今日までだけど……ね!!!」
とんでもない破裂音が外から聞こえた。
おいおいおい何これ!! さっきから一体何が始まったんだ? 今何が起こっているんだ?
ロッカーの扉を開けようと中から押したが何かが引っかかったように開かない。ロッカー自体壊すのを覚悟で中から思いっきり蹴り上げた。
「どうしたの羽杵さん? 羽杵さん!!」
ロッカーの扉を変形するくらい勢いよく蹴破り外に出ると、さっきまで綺麗に整列していた机と椅子が何かに吹き飛ばされたように教室の端に積み重なっていた。
そして、何もなくなった教室の中心に居たのは3メートルはある頭に2本の角を生やした【鬼】の姿だった。【鬼】は羽杵さんの首を掴んで持ち上げており、羽杵さんはもがき苦しんでいる。
「ん……誰? ああ三河君か今日何か羽杵さんに告白しようとしてたよね。フラれたと思ってたけど……付き合ってるの?」
「に、逃げて……」
「多分何もわかってないと思うけど、取り敢えずどっか行けば? 僕ちょっと羽杵さんと《《遊ぶからさ》》。まだ時間に余裕あるし」
余りの状況に一瞬思考を放棄しそうになるがなんとか踏みとどまる。
大丈夫だ俺はメンタルが強い男。そして、今は見た目は高校生中身はもうすぐ三十路のおっさんだ。こんなの……あれに比べれば大した状況じゃない。こんなの……あれだあれ。あれの方が……
こんな状況、何歳だろうがパニクるに決まってんだろうがボケが!!!
俺はやけくそ気味になりながら足元に散らばった箒の一つを拾い上げた。T字になっていて柄の部分が一番長いあれだ。
羽杵さんは逃げてと言ったが俺には逃げるという選択肢は無い。何故ならどこのどいつか知らないが目の前の鬼は下卑た口調で言ったのだ。「羽杵さんと遊ぶと」まさか平和に二人でババ抜きをするという意味ではないだろう。そんなの断じて俺が許さん。教室中の机や椅子を一瞬でぐちゃぐちゃにするパワーを持っていようが関係ない。
逃げるわけにはいかない。今の状況の鍵は間違いなく羽杵さんだ。聞きたいことは山ほどある。そして何より俺は大人の羽杵さんに言われたのだ「助けて」と。
「うおぉぉぉぉぉぉーー!!!!!」
俺は自らを鼓舞するように雄たけびをあげながら鬼に箒で殴りかかった。
鬼が空いている方の手を俺に伸ばしてきた。俺はその手に向かって全力で箒を叩き付けた。
次の瞬間、耳を劈くような悲鳴が教室に響き渡った。
え?
俺の最初の目論見では鬼に箒を掴ませて手を塞ぎ、社会人になってからの癖で胸ポケットに入れていたシャーペンを突き刺して隙を作り羽杵さんを助けるつもりだった。
だが振り下ろした箒はそのまま振り切れ、そして鬼は叫び声をあげた。
「くそが!! 嵌めやがったな!! 新しい【主人公】か!!」
目の前の鬼は血を流し傷を手で抑えながら床をのたうち回っている。
何が起きたんだ?
思いがけない事態に一瞬茫然としていると、手元で何か光っているのに気付いた。何かと思い見下ろすと俺の手には先ほどまで握っていた箒の姿はなく、かわりに金色に光り輝く剣が握られていた。
そして――
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真っ暗な空間の中で男の機械音声のような声が頭に直接響いた。
《ようこそ、新たな【主人公】よ。今君は新たな青春の一ページを歩み始めた。今からこの【放課後】のルールを説明するぞ。因みにこの場所では私の説明を聞く以外の権利は一切ない》
《まず君には素晴らしい【物語】が宿った。それによって物理法則に縛られない素晴らしい力を使えるぞ。【物語】は御伽噺を基にした超能力のようなものと思ってくれ。そして使い方を説明するために君の【物語】の【ガイド】を紹介しよう》
「……」
《……どうやらへそを曲げて出て来てくれないようだ。【ガイド】は君の精神の中にいつも存在しているので【物語】の使い方もそのうち教えてくれるだろう》
《【放課後】は基本的に6時に鳴る【チャイム】と同時に開始するぞ【放課後】中に起こったことは現実世界に全く影響を及ぼさない》
《君たちの目的は大きく二つ》
《【物語】を強くすること》
《【卒業】すること》
《これから君たちの現実世界の青春の送り方で僕たちが独断と偏見と悪意でポイントを付与していくぞ。そのポイントを使って【物語】の能力を強化したり増やしたりすることが出来る。頑張って素晴らしい青春を送って【物語】の能力を強くしよう。能力については【ガイド】が詳しく教えてくれるぞ。
そして、ポイントは【放課後】中に他の【主人公】を殺すことでも獲得できる。頑張って沢山殺そう》
《大丈夫だ。【放課後】に死んだ人間は存在自体が抹消される。安心して殺そう》
《ただし、時々チャイムが鳴った時に校舎内に居た能力を持たない普通の生徒、【脇役】が巻き込まれることがある。彼らを殺すとペナルティがあるから注意しよう。ただし【脇役】は【放課後】終了時に【放課後】中の記憶も消えるから他には何をしようと自由だぞ》
《そして無事に生き残り【卒業】することが出来ると現実の世界でも【物語】の能力を使うことが出来る。人知を超越した力を持って社会に羽ばたこう》
《説明は以上だ。これ以降も質問やクレームは一切受け付けない。さぁ頑張って青春を過ごして【卒業】まで生き残ろう》