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プロローグ

 特に大した青春を送らず、特に仲の良い友人も作らずに大人になった。漫画やアニメの様な甘酸っぱい青春をもう少し頑張って送れば良かったかなぁと思うこともあるが目の前の現実、つまり仕事に追われる日々に忙殺されて何とか人並みと言える生活が出来ている。今は恋人もいないが趣味である鉱物集めに没頭できるし仕事も厳しいが何とかやれている。

 ――まぁ働かないと生きていけないわけだし。

 そんな日常を送っているとある日しっぺ返しのように困った状況に直面することになる。別に事故にあったとか仕事でミスをしたとかではない。俺に来たしっぺ返しは無味乾燥な青春を送った代償。

 ――その名も同窓会だ。

 実家から今住んでいるアパートに転送された高校の同窓会の招待状を見た時、もうすぐ自分が30歳になるという現実を思い出す。それと同時に出席するかどうか思い悩んだ。だって特に仲の良かった友人がいなかった俺にとっては出席して昔話に花を咲かせることも難しいだろう。

 正直、行って何するの俺? って感じだ。

 しかし、思い返してみると俺は20歳の時に行われた同窓会には出席した気がする。あの時も結局、会場で暇を持て余して途中で帰ったんじゃなかったっけ? 

 それがきっかけで堤防が決壊するように次々と昔の記憶を思い出していく。そうだ俺はあの時一応目的があって出席していたのだった。

 今思い返せば微笑ましいが俺は高校時代にずっと片思いだった女の子がいた。

 羽杵美香はきねみかさん

 大抵クラスに一人はいるだろうマドンナ的な可愛い女子。しかし、社会にでて思い知ったのだが羽杵さんはそんな存在の中でも【本物】だった。艶のある長い髪に周りの温度を2,3度下げてしまいそうな冷めた雰囲気を醸し出しながらもみんながその美しさに憧れを抱いていた。俺は同じクラスに居ながらも思いを伝えるどころか碌に会話さえせずに卒業してしまったが20歳の時の俺は一目大人になった羽杵さんを見てみたくて同窓会に参加したのだった。

 それを思い出したのなら俺の答えは決まったも同然だった。

――よし、行こう同窓会

 いくつになっても変わらないものがあるんだなとなんとなく思った。


**************************************


三河宗吾ミカワソウゴです」

「えーっと何組ですか?」

「2組です」

「2組……2組……あった! 三河さんですね。じゃあこのバッジを着けて会場に入って下さい」

 同窓会は値段的に利用することがないだろう高級ホテルのフロアで行われていた。会費を払いクラスと名前が書かれたバッジをつけて会場に入った。

 開始時間より大分早く来たはずだが、すでに会場ではいくつかのグループが出来上がり、思い出話で盛り上がっているようだった。見回しても見覚えのある顔が全く見当たらず、入口付近でキョロキョロしていると不意に声を掛けられた。

「あ! 2組の人? 2組はこっちでーす。ていうか三河君じゃん!! 私覚えてる? 坂上志保サカガミシホ、ほら! 一緒に委員会とかしたじゃん!」

「あ、ああ……久しぶり坂上さん」

 正直ほとんど覚えて無かった。坂上さんは今日の為だけか分からないが大分派手な見た目をしている。ハッキリ言うと少し化粧が濃い。

「今は結婚して清田志保だけどね。まぁ今日はわかりにくいから坂上って呼んで。おーい、みんな! 三河君が来たよー」

 坂上さんに連れられてグループの一つに合流する。バッジを見るとどうやらここは2組の人達で固まっていたようだ。それがわかって顔を見回すとなんとなく見たことがある人達……のような気がする。

「お! 宗吾じゃん! 久しぶり!」

「お、おう……久しぶり」

 親しげに話しかけられて生返事をする。いや……そんな下の名前で呼ばれるほど仲良く無かったじゃん俺ら。

 取り敢えず同窓会でボッチにならなくてすんでほっとした。みんなも同窓会でテンションが上がっていてかなり和気藹々と話している。俺は基本相槌を打ちながらずっと話をきく側に徹していた。話題が昔の思い出話から次第に今の近況報告になった。坂上さんはもう子供が2人いるらしい。話を聞いてわかったのだが俺以外のクラスの人間はどうもエリートばかりのようだ。議員の秘書をやっていて自分も次の衆議院選挙に立候補するつもりの者や大手のIT企業に勤めていて現在は独立して起業した者、大学病院で医者をやっている者、俺と同じように会社勤めの奴でも役職についている者ばかりだ。俺も話を振られしぶしぶ仕事についてを話したところ


「俺らまだ若いしこれからだよね!」と言われた。


イヤミか!! 貴様等!! どうせ俺は平社員だよ!!


 劣等感を感じながらも顔に出さずににこやかに談笑を続けた。大丈夫だ、営業の仕事で普段メンタルだけは鍛えられているんだ俺。

 それからも他愛のない思い出話をしていると突然会場が騒がしくなった。何かイベントでも始まるのかな? と思ってみんなの視線の集まるフロアの入口の方に顔を向けるとそこに一人の女性が佇んでいた。夏だというのに紅色のロングコートを身にまとい腰までありそうなボサボサの長い髪、そして特に目を見張ったのはその鬼気迫る表情だった。何事かと眺めているとツカツカと速足でこちらに向かって来る。

俺達のグループの所までたどり着くとその女性は一人の男に向かって叫んだ。

「やっと見つけた。元に戻して!! 早く元に戻してよ」

「何を言っているのかわからないな」

そこで坂上さんが気付いた。

「あれ……もしかして羽杵さんじゃない?」

――まじか、嘘だろ……

 近くで見ると白髪交じりの髪に殺気だった目、言われてみれば昔の面影が残っているが逆に言えば、指摘されなければ羽杵さんと絶対気が付かなかっただろう。

 羽杵さんと話しているのはさっきの話でもうすぐ出馬すると言っていた尾皆啓二オミナケイジという男だ。

「しらばっくれないで、周りに人が居るからって私には関係ないのよ?」

「……何言っているか分からないが、取り敢えず受付を済ませて来れば? ほら受付の人困ってるよ? 人の仕事の邪魔をしちゃあいけないよ?」

尾皆のその言葉を聞いて羽杵さんはより険しい表情になった。

「あなたって人は……もういいわ」

 そういうと羽杵さんは啓二に詰め寄り胸倉を掴んだ。

 俺を含めて近くにの男が思わず二人の間に入って羽杵さんを引き剥がそうとするが、女性とは思えないありえないくらいの力で掴んでおり引き剥がすことが出来ない。

「ここで終わりにする」

 羽杵さんが何かするつもりなのは明白だったが掴まれた張本人の尾皆は全く慌てず冷ややかな視線を羽杵さんを見下ろしていた。

「……全く周りが見えていないな。この男が誰か分かっていないのか?」

その言葉に羽杵さんは視線を泳がせると最終的に俺と目が合った。

「なんで……」

 その瞬間羽杵さんは先程とは打って変わって泣きそうな表情になり尾皆を掴んでいた手を緩めて引き剥がされた。

 直ぐにホテルのボーイらしき人達が数人やって来て羽杵さんを連れて行ってしまった。連れていかれる間際に羽杵さんは力なくうなだれて小さく呟いた。

「なんでここにいるのよ」

羽杵さんが連れていかれた後には騒がしくなった会場が残った。

みんな口々に尾皆を心配した。

「いやーびっくりしたなー啓二、お前なんかしたのか?痴情のもつれみたいにみえたぞ?」

「いや……さっぱり俺も分からないよ。羽杵さんとは卒業以来会ったこともないはずだけどね」

「尾皆が高校の時なんかしたんじゃねぇの?」

「えー? でも羽杵さんって昔も誰とも関わってなかったじゃない。美人だったけど友達もいなかったと思うし」

「俺地元で聞いたけど羽杵さんって独身だけど……働いてないんだって」

「は? ありえないだろそれ」

羽杵さんに対して様々な噂を口にするが俺にはほとんど耳に入ってこない。


あの羽杵さんが……


 昔憧れた姿とのあまりの変化にショックを受けていた。そして、何故か自然と体が動き出していた。

「ごめんちょっとトイレ」

 場を離れ会場のフロアから出る。近くにいたホテルの従業員にさっき連れていかれた羽杵さんの事を尋ねた。

「あ、知り合いの方ですか? 良かったら付き添って頂けますか? 今フロントでタクシーをお待ちなんですけど、ちょっと様子が普通じゃ無いようですので……」

 一階のフロントに向かうと端の方で茫然自失の様子で座っている羽杵さん。

ゆっくり近づき正面で立ち止まると声を掛けた

「……大丈夫? 羽杵さん。俺の事覚えてるかな? ほら三河宗吾」

視線を何処か宙を向いたままポツリと羽杵さんが言った。

「……覚えてるわ。三河君でしょ」

「様子がおかしかったから心配で見に来たんだ。ホテルの人も言ってたけど大丈夫……って羽杵さん?!」

 俺の言葉が言い終わらぬうちに羽杵さんは立ち上がってフラフラとホテルの入り口を出て歩いて行ってしまった。俺は心配になり後を追いかける。

「もうすぐタクシー来るらしいからさ、ちょっと……ねぇ!羽杵さん!!」

俺の言葉が聞こえていないのか羽杵さんは力ない足取りで歩き続ける。

「羽杵さん! タクシーいいの?! 歩いて帰るならホテルの人に伝えてこようか?」

 しかし、相変わらず羽杵さんから反応は帰って来ずそうこうしているうちにホテルのすぐの繁華街までやって来てしまった。

人ごみの中でも俺を無視して羽杵さんは当てもなく歩いているようだった。無視されるのは少し傷つくが、大丈夫だ俺はメンタルだけは人より強いのが自慢だ。

「ねぇ! 羽杵さん? ホントに大丈夫帰れる? 家近くなの?」

 しつこく話しかけながらついていくと羽杵さんが立ち止まって振り返り問い詰めるように言った。

「……何でついてくるの?」

「何て言うか……ほら!、今だから言えるけど俺高校の時、羽杵さんの事好きだったからさ。ちょっと話したいっていうか……」

俺の言葉を聞くと少しの間俺の顔を見つめた後、羽杵さんは突然静かに涙を流し始めた。

「ごめん!! 付き合おうとかそういうつもりじゃなくて、嫌な気持ちにさせてしまったならごめん。えーっと……」

「いいの、そういう訳じゃないの……そうだったの。そう……知らなかった……」

 周りの視線が痛いので路地裏に逃げ込んだ。羽杵さんが泣き止むのを俺は黙って見守ることしかできなかった。しばらくして羽杵さんが落ち着くとさっきとは打って変わって羽杵さんの方から話しかけてきた。

「三河君は高校時代楽しかった?」

「どうだろ? 特に思い出らしい思い出もないしもっとその時にしか出来ないことをしとけばよかったって今日思ったよ。なんか同じクラスでもみんなが送ってた学生生活と俺の学生生活ってなんか全く別の物みたいに感じたし」

「そう……」

何故か俺の言葉を聞いて羽杵さんはまた悲しい顔をした

「どうして三河君は同窓会に来たの? 私三河君は絶対来ないと思ってた。特に楽しい学生生活じゃなかったんでしょ?」

「正直言うと羽杵さんが来るかなーって思ってね。一目見るだけでもよかったんだけど」

 羽杵さんは顔を隠すように俺に背を向け理由を聞いてきた。

「なんで私の事好きだったの? 私と三河君ってほとんど喋ったことも無かったはずでしょ?」

「うーん……特に理由なんて無かったなぁ。子供の頃の好きになるってそういうもんじゃないかな?」

「じゃあなんとなくってわけね」

「ごめんもっとドラマチックな理由があれば良かったんだけど」

「いいと思う。ドラマチックなの私嫌いだし」

その後しばらく沈黙が続いた。羽杵さんは俺に背を向けたまま羽杵さんは考え込んでいるようだった。

「ねぇ三河君」

「何かな?」

 そこで羽杵さんは振り向いた。羽杵さんはまた泣いていて今にも崩れそうでまるで小さな子供が泣いているようだった。


「三河君お願い……助けて……」


 絞り出すようなその声に俺は戸惑い思わず羽杵さんを抱きしめようとした。しかし羽杵さんは突然歌うように何かを唱え始めた。


《壊れた無限の6時のお茶会、急げど進まず飲めど終わらず。時計は必要な時間を指し、愚者を連れて狂った流れを目指し永遠にウサギはただ行進を続ける》


何事かと驚いて様子を見ていると周囲が羽杵さんを中心に蒼く輝きはじめた。

その光は羽杵さんの言葉と共にどんどん輝きを増していく。


《時を埋めるのは答えのない問い、追う物落とせよ、時には笑えよ》

   

  《三月兎の狂時計(マーチ・マーチ)


目を開けられない程の強烈な光に包みこまれそこで俺は意識を失った。

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