指南3 自分用あらすじの書き方
「よし、今日も私が小説の書き方を指南してやる!」
僕の目の前でテーブルの上に乗ったロリがなにか言っている。
彼女のニックネームは『指南先輩』だ。
文芸部で、というか僕一人に非常に迷惑がられている上級生である。
身長測定の時に背伸びをする身長百四十二センチ。
上履きの底を厚くしたら転んで捻挫した身長百四十二センチ。
背が低いとからかわれると無言でローキックをしてくる身長百四十二センチ。
先輩にまつわる噂は数あれど、どれもだいたい大人げない。
指南先輩の身長に触れることはこの高校におけるタブーとなっており、特に身体測定を行なう時期などは『百四十……』という数字を口にするだけでにらまれる始末だ。
数学教師にさえ試験問題の答えから『百四十二』をなくさせるという謎の力を持っている彼女は、今日も柔軟剤のいい香りがする黒いニーソックを僕の目の前で見せつけながら、ふんぞり返っていた。
僕は『ふくらはぎをつかんでもいいですか?』という質問をグッとこらえるかわりに、いつもの言葉を述べる。
「ありがとうございます。お引き取りください」
「今日は『自分用あらすじの書き方』を教えるんだってば!」
そんなことはわかっている。
しかし僕が『指南先輩は厄介者だ』というスタンスを崩すと、ただただ指導してくれるありがたい先輩と、その指導を盲信する後輩という図式になってしまう。
僕の存在は『ここで語られる小説の書き方は必ずしも正しくない』という警句のようなものなので、おいそれとスタンスを崩すわけにもいかないのだ。
プロットに動かされるキャラクターのつらさ、というものだった。
「さて、いつものやりとりをしたところで、先輩、説明をどうぞ」
「うん。『自分用あらすじ』とは『話を書き出せるぐらいにまとめられたコンセプト』だ!」
先輩が、地球平面説は彼女の胸を見て発想されたのではないかと思えるほど平たい胸を反らしながら言った。
僕は、先輩のスカート透けないかなあ、とか考えながら目を細め、たずねる。
「ところで『自分用あらすじ』と『掲載用あらすじ』は具体的にどう違うので?」
「『自分用あらすじ』は演出を入れない。『掲載用あらすじ』は演出を入れる!」
「……演出、ですか」
「うん。演出についてはのちにやる『本文の書き方』で教えるつもりだぞ」
「意外と先まで考えてるんですね」
「いいや。この話、最初は四話ぐらいで終わる予定だったからな。この時点で作者はなにも考えてない」
「今回はいつにもましてメタいですね……お互いに」
「ところで後輩、昨日書き終わったコンセプトは憶えているか?」
「スマホにメモしてありますよ。いただいたテンプレートごとね。これです」
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★タイトル
・
★コンセプト
・先輩を飼いたい。
・メインコンセプト
なんか偉そうで不器用な先輩系女子と仲良くなりたい。ただしこっちが優位。
・ストーリーコンセプト
こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる。
・キャラコンセプト
本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子。
★あらすじ
・自分用あらすじ
・掲載用あらすじ
★キャラクター
・主人公
・ヒロイン
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「……改めて見ると『うわっ』ってなるな」
「妄想垂れ流しですからね……日をまたぐと冷静になります」
「でも、それがいいんだ。小説っていうのは、だいたい、一日じゃ完成しない。日をまたいだら昨日の勢いは失われる場合が多い。それでもなにをするか忘れないためにもプロットは大事なんだぞ!」
「なるほど」
「じゃあ、『自分用あらすじ』の作り方だけど」
「はい」
「コンセプトを一文にまとめる。以上」
「……またえらく投げやりな」
「とりあえず、文章になってるかは置いておいて、コンセプトを全部足してみるんだ!」
「ええっと……『先輩を飼いたい。なんか偉そうで不器用な先輩系女子と仲良くなりたい。ただしこっちが優位。こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる。本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子』――ってなりましたけど」
「どう思う?」
「犯行予告にしか見えませんね」
「そんな誰でも思うことじゃなくて。このあらすじは、自分で読んでて、わかりやすいか?」
「いえ、まったく。なんか『カリカリモフモフ』とかいうコピペを思い出します。怖気がするほどの熱意は感じるけれど意味はわからないというか……」
「そうだな。これを『まとめる』のが、今日やる『あらすじ作り』だ!」
「なるほど」
「というわけで、この文章の5W1Hをわかりやすく整理してみよう」
「ええっと……『Who』『When』『Where』『What』『Why』『How』ですよね」
「そうだな。まずは『誰が』だけど……」
「『僕が』ですか?」
「おっ、高等テクだな!」
「……どういうことで?」
「『僕』という言葉には、この話が一人称で綴られることと、男性が主人公であることの二つの要素が見てとれるだろ?」
「なるほど」
「まあ、いきなり何人称で書くかを決めてしまってもいいんだが、まだ人称について説明していないし、ここは『男性が』にしておこうか」
「わかりました。では、次は『いつ』ですか?」
「うん。時代背景だな。現代か、未来か、過去か。戦争中の話だったり、特殊設定によって恋愛が禁止されている時代だったりとかそういうことだな」
「うーん……難しいですね」
「あらすじの5W1Hは他の部分を決めると詳しく決まっていくものだから、全体が決まるまではとりあえず暫定的に大ざっぱなものを決めるだけでいいぞ」
「はあ……よくわかりませんけど……とりあえず『現代』にしておきますか」
「よし。じゃあ、『どこで』だけど……物語の舞台だな。異世界とか、学園とか」
「うーん……女の子を飼うっていう話ですよね? ってことは、現実的な舞台だとやりにくそうに感じます」
「そうだな。やりやすい舞台を設定してもいいし、あえてやりにくい舞台を設定してもいい。今の段階で大事なのは、どうしたら書くときに自分の心が燃えるかだ」
「わかるようなわからないような……まあ、僕は初心者ですから、『異世界』とかにしておきましょうか。現代世界で女の子を飼うとかちょっと状況が想像できないですし……」
「いっぱいあると思うけどなあ。ま、とりあえず『どこ』も終わりだな。次は『なにを』だ」
「……『なにを』?」
「ここは『なにを』っていうか『なにをどうする』って思った方がいいもな。つまり――」
「『女の子を飼う』?」
「そういうことだ。で、『なぜ』に行く。『Who』は『なぜ』『Whatをする』のか?」
「『男性』は『なぜ』『女の子を飼う』のか、ですか。……『女の子を見下したいから』ですね」
「そうなるな」
「いやあ……女の子を見下したいっていう理由で女の子を飼うとか、この『男性』はとんだ異常者じゃないですか」
「いや、女の子を飼うとかその時点でかなり異常者だぞ。あと、そういう歪みとかが、キャラ性になっていくんだ。『コイツおかしい』と思ってもあとでやりようがあるし、妄想垂れ流しなんだから主人公が異常者なのはある程度当たり前だ。だから恐れず進もう」
「そういうものなんですか? まあ、じゃあ、次は『How』ですね。……ここでなにを決めるんですか?」
「『どのように』つまり、『Who』が『What』をする手段、だな。まずはふんわりでいいぞ」
「女の子を飼う、ですよね。ええと………………『魔法によって』とか?」
「うん。それでいい」
「いいんですか? えらくざっくりしてますけど……」
「次の項目が書ける程度にはまとまったからな。じゃあ、今決めた5W1Hを言ってみよう」
「はい。……『男性が』『現代』『異世界で』『女の子を飼う』『女の子を見下したいから』『魔法で』」
「それを、わかりやすく並べ替えるんだ」
「…………ちょっと時間をください」
「うん。初心者のうちは時間かかるよな。慣れると一瞬でできるようになるぞ」
「…………『男性が現代異世界で、女の子を見下したいという理由から、魔法という手段で女の子を飼う』」
「お、できたじゃないか!」
「でもまだ意味不明な点がありますよ。なんですか『現代異世界』って。あとやっぱり異常性が隠しきれてません」
「そこで、今考えた文章にそれっぽい肉付けと修正をしていくんだ。まず『現代異世界』についてどうしようか? 『現代風だけれど、現代ではない世界』なのか、『異世界にとっての現代』なのか」
「……うーん……魔法を出しちゃってますし、異世界の現代にしましょうか」
「別に現代っぽい異世界に魔法があってもいいけどな。まあ、真っ先に思いついたものが、一番自分らしいものだ。じゃあ、その異世界の現代はどんな時代か考えないとな」
「ええと……剣と魔法のファンタジー世界でいいんじゃないですかね? RPG的な……」
「なるほど。モンスターが出たり?」
「そうですね」
「そういった世界で、『男性』は『魔法という手段で』『女の子を飼う』わけだな」
「……奴隷かな? 魔法で契約を結んで、みたいな?」
「うん。じゃあそうしよう。つまり男性は、『奴隷にする魔法』を使用できるんだな」
「なるほど。確かにそうですね。……でも、簡単に使える魔法だと、世の中大変なことになりそうです。制限があったり、使える人が限られてたりしないと」
「なるほど。じゃあ、さしあたって仕事で必要な特殊技能とかはどうだ? こうすると、異常者ってわけでもなくなるだろう?」
「そうですか?」
「仕事で女の子を飼ってるし、世間的にそういう仕事があるんだから、その異世界では異常行動じゃない。仕事なんだから職業倫理もあり、大変なことにはならない――みたいに説明できないか?」
「ああ、たしかに。世界が変われば価値観も変わりますものね」
「ここまで決めると、『キャラクターコンセプト』が若干浮いてくるのがわかるか?」
「……なるほど。仕事でやってるなら『本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子』だけを奴隷にする理由がなくなりますね」
「まあ、そういう奴隷を専門に扱うっていう設定にしてもいいけど……うーん、まあここからは『キャラクターの作り方』にも入っていくし、とりあえず主人公は『仕事で女の子を奴隷にする人』っていうことで考えていくか」
「ああ、『キャラクターの作り方』はやっぱり明日なんですね……」
「もう文字数だいぶヤバイからな」
「じゃあ、今整理した通りにあらすじをまとめますか」
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★タイトル
・
★コンセプト
・先輩を飼いたい。
・メインコンセプト
なんか偉そうで不器用な先輩系女子と仲良くなりたい。ただしこっちが優位。
・ストーリーコンセプト
こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる。
・キャラコンセプト
本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子。
★あらすじ
・自分用あらすじ
奴隷という文化がある、剣と魔法とモンスターが存在する異世界で、女の子を奴隷にするのが仕事の男性は、女の子を見下したいので、『奴隷にする魔法』を用いて女の子を飼う。
・掲載用あらすじ
★キャラクター
・主人公
・ヒロイン
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「……先輩、こんな感じでいいですか? まだちょっと足りないというか、整理しきれていない感じもありますけど」
「そうだな。でも、次に進めるだけは書けてる。あとはキャラクター設定が終わったあととか適宜整理していくだけでいいだろう」
「適宜整理する? あらすじは『叩き台』にしないんですか?」
「まだしない。でも、基本的にはこのままだ。今書いたものをメインにして、整理、修正、肉付けを行なって、本文にとりかかるまでには『叩き台』として完成させるんだ」
「なるほど」
「キャラクターを決めていけば、自然とあらすじも定まってくると思う。プロット作りはあらゆる項目が連動してるんだ。項目が埋まるごとに別ファイルを作って管理すると、直前に書いたものを忘れずにすむからおすすめだぞ」
「先輩ってパソコン使えたんですね……」
「……私のことをおばあちゃんかなにかだと思ってるのか?」
「いえ、子供だと思ってます」
「私、先輩!」
「先輩、茶番をやってると文字数が」
「納得いかない……でも、今日は解散だ! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
先輩はぴょんと机の上から飛び降りる。
僕はふわりと舞う先輩の黒髪をながめながら、本日まとまった『自分用あらすじ』を見る。
やはりキャラクターコンセプトが浮いているのは気になるところだ。
早いところ、あらすじを『叩き台』として完成させて、不自然でなく先輩を飼いたい。