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指南2 コンセプトの考え方

「よし、今日も私が小説の書き方を指南してやる!」



 僕の目の前でテーブルの上に乗ったロリがなにか言っている。

 彼女のニックネームは『指南先輩』だ。

 文芸部で、というか僕一人に非常に迷惑がられている上級生である。


 大食い勝負で相撲部に勝利するほど食べるのに、まったく成長しない女。

 高校の制服を教師にコスプレ扱いされた高校生。

 学校見学に来た中学生に『他の学校の子の妹かな?』と道案内されそうになった十七歳。


 数々の伝説を持った彼女だが、だいたいどれも不名誉なものばかりだ。

 指南先輩を目撃することは、その日一日の運勢が最悪であることを意味するとは、この高校でささやかれる七不思議の一つである。


 七不思議を一人で七つ兼任する彼女は、黒ニーソックスに包まれた足を惜しげもなく僕の目の前、体温を感じられるぐらいの距離においてふんぞり返っていた。

 僕は反射的に、いつもの言葉を述べる。



「ありがとうございます。お引き取りください」

「今日は『コンセプトの考え方』について教えるって言ったろ!?」



 そうだった。

 昨日、僕も小説を書くことになったので、彼女の指南は今や正当性のある行為なのだ。



「そうでしたね。では、先輩、どうぞ」

「おう! 『コンセプト』っていうのは、『話の主旨』のことだ!」



 ビシィ! と僕を指さす先輩。

 なにかいいことを言った風なのだが、僕は「はあ、そうですか」としか返せなかった。



「それ、『コンセプト』っていう単語を和訳しただけですよね?」

「和訳しちゃいけないのか!?」

「いや、いけないっていうか……まあ、はい。それで、コンセプトというのはどのように考えればいいんですか?」

「妄想を垂れ流せ! 以上!」

「……ええ……」

「ないのか妄想? 妄想ないと小説は書けないぞ?」

「いや、ないとは言いませんけど、話になるような妄想はないですよ」

「それは違うぞ後輩。世の中に『話になるような妄想』なんてものはそもそも存在しない。妄想を話にするのが小説を書くという行為なのだ!」

「おお……今のは少し、感銘を受けましたよ」

「そうだろうそうだろう! で、妄想は?」

「……いや、いきなり言われても」

「『女の子にモテたい』とか『世界最強になりたい』とか『暗黒の炎ファントムフランマを操りし災厄の王子プリンス・オブ・ディザスターになりたい』とか、そういうのはないのか?」

「うーん……意味のわからない最後のは置いておいて、別にないですね。僕は無欲なもので。あ、でも……言っていいのかな、これ」

「なんだ? 妄想を聞いてるんだ! 恥ずかしがらずにはき出してみろ! なにを言われたって引いたり言いふらしたりは絶対にしないぞ!」

「命懸けます?」

「ああ、懸けるとも!」

「じゃあ――先輩を飼いたい」

「えっ」

「先輩を飼いたい」

「……えっ?」

「先輩を――」

「ああ、うん。わかった。わかった。アレだな? 私が普段偉そうにしてるから、『このコンセプトでやってみせろ』っていう、反抗期的なヤツだな?」

「まあ、それでいいですよ」

「じゃあ『先輩を飼いたい』っていうのが、まずは『コンセプトの種』だな」

「コンセプトの種、とは?」

「『コンセプト』には三つの項目があったのを憶えてるか?」

「はい。コレですよね」



==========================================

★タイトル


★コンセプト

・メインコンセプト


・ストーリーコンセプト


・キャラコンセプト



★あらすじ

・自分用あらすじ



・掲載用あらすじ



★キャラクター

・主人公


・ヒロイン

==========================================



「これら三つのコンセプトを決める前に決めておく、妄想のとっかかりを、私は『コンセプトの種』って呼んでるぞ!」

「なるほど」

「で、『先輩を飼いたい』から、まずは『メインコンセプト』を考えていこう」

「考えると言われましても」

「今の妄想に肉付けをしていくんだ。ここからが楽しい時間だぞ」

「そうなんですか」

「そうだ。コンセプトにキャラクターが出てきたから……その『先輩』について掘り下げていくのがいいかな」

「なるほど」

「後輩の想定する『先輩』はどんなヤツだ?」

「そうですね……偉そうで、空気を読まなくて、傍若無人に見えるけれど、本当は気が小さくて、部活なんかでは部員とのかかわりかたに困っていて、それでつい偉そうにしちゃってるだけの、身長百四十二センチで、六月でも黒いニーソックスをはいているような人かな」

「や、やけに具体的だな……」

「モデルがいますから」

「そ、そうか……えっと、じゃあ、『先輩』のキャラはいいとして、『飼う』ってなんだ? みんなに飼ってるところを見せびらかすのか、それとも『飼い主と飼われた先輩』という関係性は人には秘密にしてるのか……あるいは先輩が動物になってしまった、なんていうのもアリかもな」

「うーん、そこまで細かいことは考えてないんですよねえ。ただ、人権を剥奪したいなっていう思いがあっただけで」

「…………後輩はサイコパスかなにか?」

「いや、あくまでも妄想ですよ。かわいい女の子を自分だけの自由にしたいっていうのは、高校生男子としては普通の妄想でしょう?」

「もっと深い闇を感じる……い、いやまあ、そうだな。うん。引かない約束したもんな。えっと、じゃあ、『なんか偉そうで不器用な先輩の人権を剥奪したい』っていうのがメインコンセプトになるかな……あの、もうちょっと過激じゃない表現にできないか?」

「だったら『なんか偉そうで不器用な先輩系女子と仲良くなりたい。ただしこっちが優位』ぐらいでどうでしょう?」

「おお、一気に通俗的な妄想になった! 闇が薄くなった気がする!」

「まあ客観的に見たらこれでもまだまだ闇が深い感じはしますが……世の男性向けラブコメってだいたいこういう感じですもんね」

「後輩のうがった見方は置いておいて、『メインコンセプト』は決定だな」

「はい。次は?」

「『メインコンセプト』を受けて、『ストーリーコンセプト』と『キャラコンセプト』を決めていく。今回の場合、『キャラコンセプト』方面から決めていこう。メインコンセプトにキャラクターがいるからな」

「なるほど。では、解説を」

「うん。『キャラコンセプト』っていうのは、『その話にどんなキャラを登場させるかの指針』だな! ざっくり言うと登場させるキャラ属性の設定になる」

「キャラ属性っていうと、ツンデレとか、そういうのですか?」

「うん。まあ、ちょっと違うが、だいたいそうだな!」

「でも、それって別にバラバラでもいいのでは? むしろバラバラにしてキャラに幅を出さないと読んでて飽きませんか?」

「まあとりあえず作ってみようか」

「はあ」

「まず、絶対に必要なキャラは『先輩』だな」

「そうですね」

「身長百四十五センチ弱の、不器用な先輩だな」

「いえ、百四十二センチの不器用で偉そうな先輩です」

「……まあ、うん。こだわりは大事だからな。で、この話は『そういう人と仲良くなっていく話』になるわけだろ?」

「そうですね」

「っていうことは、『最初は仲良くないけれど、「飼う」という行為によって仲良くなっていけるキャラクター』を作っていくわけだな? 『飼う』と表現されるなんらかの行動により、仲良くなかった、または自分を見下していた相手と対等以上の関係になっていくんだよな?」

「……ああ、なるほど。なんとなくわかってきましたよ」

「そうか? じゃあ、後輩は『キャラクターコンセプト』をどう考える?」

「そうですねえ……『本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子』ですか」

「うん。これなら『ストーリーコンセプト』も、ほとんどできてるな」

「ちなみに、解説をお願いしても?」

「『ストーリーコンセプト』とは、『その話で提供する気持ちよさ』だ!」

「今の流れですと、気持ちよさは女の子の人権剥奪……ではなくて、『こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる』ですかね?」

「そうだな! これで、コンセプトは決まりだ! 後輩、欄を埋めてみろ!」

「えっと……」



==========================================

★タイトル


★コンセプト

・先輩を飼いたい。


・メインコンセプト

 なんか偉そうで不器用な先輩系女子と仲良くなりたい。ただしこっちが優位。


・ストーリーコンセプト

 こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる。


・キャラコンセプト

 本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子。


★あらすじ

・自分用あらすじ



・掲載用あらすじ



★キャラクター

・主人公


・ヒロイン

==========================================



「……こう、ですか、先輩?」

「そうだな! どうだ、自分で決めたコンセプトを見てみて」

「そうですね……こんなコンセプトで話を書く人は、素直に気持ちが悪いと思います」

「お前だよ!?」

「そういう意味では、新しい自分を発見できました」

「うん、そうだな。まあ、気持ち悪いっていう評価も、いいんだ。コンセプトはどうせ人に見せないものなんだから、欲望とかコンプレックスを『これでもか!』ってぐらいに詰めこんだものにするべきだと、私は考えているぞ!」

「なるほど。じゃあ人権剥奪でもよかったのか」

「いや、さすがにごめん。私がきつい」

「まあ今回は共同作業みたいな面もありますからね。もっと先輩に寄せた意見を出すべきだったのかもしれませんが……」

「いや! これでいい! 『誰かの趣味に寄せて話を考える』なんていうのは超高等テクだ! これから初めての小説を書こうとしてる後輩が、そんなプロみたいなことしようとしたってどうせうまくいかない!」

「そんなものですか」

「そうだ! 技術とかは書いていくうちに身につく! だから、最初は妄想を垂れ流して、後輩だけの歪みをそのままかたちにすることに腐心するんだ! 『頭の中のものをそのまま文章にする』っていうだけでも、かなり難しい。でも、へこまずがんばれ!」

「はい。それで、コンセプトが決まったので、次は?」

「次は『自分用あらすじ』だな! 今日決めたコンセプトを叩き台にしてやっていくぞ!」

「叩き台?」

「基準とか、足場とか、そういう意味だな! つまり『動かさないもの』だ! これ以降、本文が完成するまではコンセプトを変えないから、そのつもりで!」

「なるほど。まあ、足場がゆらゆらしてたら先には進めませんものね」

「その通り! じゃあ、今日は解散だ! お疲れ様でした!」

「ああ、やっぱり続きは明日なんですね……お疲れ様でした」

「そうだな! あと、これはあくまでも私の意見だからな! 慣れないうちは真似してみてもいいが、話を書くことに慣れてきたら、自分なりのプロット作りを身につけてくれ! なお真似して被害が出ても私は一切の責任を負わないぞ!」

「免責事項、お疲れ様です」



 先輩はぴょん、と机から飛び降りる。

 僕はひるがえったプリーツスカートのひだを数えながら、自分で考えた話のコンセプトを見返した。


 ……なるほど。

 このコンセプトで書いた小説を掲載できるメンタルがあれば、もう怖い物はなさそうだ。

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