指南11 本文の書き方 演出編
「『演出』とは『文章で感情を表現する方法』だ!」
先輩が
机の上に
乗っていた
後輩、心の川柳
「ありがとう……先輩、ありがとう……」
「お、おお? 今日の後輩は感情表現がオーバーだな?」
僕は先輩のふくらはぎに対し、両手の平を合わせて目を閉じ、そして深く一礼した。
ちょうど、人が神前で行なう行為と同じである。
おかしなことではない。人の数だけ信仰があり、人の数だけ神がいる。僕が信仰を捧げるご神体が黒ニーソックスに包まれた先輩のふくらはぎであり、僕の崇めるべき神こそ、あと一年で十八歳になり、合法ロリ化待ったなしの先輩という存在なのであった。
「えっと後輩、それで昨日書いた文章を見せてくれるか?」
「わかりました、我が神よ」
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寒い夜だった。
狭い裏路地にいる。人通りはない。俺は安心した。
見える範囲には家の壁が見えた。地面は土。特に感じることもない。
聞こえるのは虫の声と遠くの喧噪ぐらいで、静かだなと思った。
今までやっていたのは奴隷の買い付けだ。おかしなことじゃない。あくまで俺は仕事をしただけだ。
目の前に女の子が落ちてきた。しかも、その音に釣られて衛兵があらわれた。いったいなにが起こっているのかまったくわからない。
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「神ってなんだ……まあ後輩のことだし置いておいて、この文章、先週『なんか足りない』って言ってたのは憶えてるよな?」
「そうですね。薄味というか、『いったいなにが起こっているのかまったくわからない』と言いつつ、まったく混乱している様子が見られなくて」
「そうだな。じゃあ、おどろいている感じに表現してみようか」
「簡単そうに言いますけど、いったいどうすればいいのやら……」
「うん、まずは簡単なやり方だけど、『左右に空行を作る』だな」
「……え、なんかズルくないですか?」
「でもさ――」
「はい」
「――左右に空行を作る」
「……」
「こうすると、なんか特別なこと言ってるように見えないか?」
「たしかに見えますね。会話しているという建前の僕らが、どのような音声的表現で『左右に空行』を表現したのかが地味に疑問ですが……」
「あと、地味にやったけど、『――』なんかも有効だな。でも、どの技法にも言えるけど、あんまり濫用すると効果が薄まるぞ」
「――なるほど」
「ようするにさ――」
「――はい」
「――効果的な表現は大事なところまでとっておけ」
「――」
「――ってことだな」
「たしかにそうだなって感じですね。今はまだ大丈夫ですけど、これ繰り返されたらちょっと胸焼けしそうです」
「あとは『!』だな。おどろく! 嘆く! なんでも『!』をつければ! 叫んでる感じになるだろ!?」
「たしかに!」
「じゃあ! 今言った三つの技法を使って! 主人公の混乱を表現してみよう!」
「わかりました!」
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寒い夜だった。
狭い裏路地にいる。人通りはない。俺は安心した。
見える範囲には家の壁が見えた。地面は土。特に感じることもない。
聞こえるのは虫の声と遠くの喧噪ぐらいで、静かだなと思った。
今までやっていたのは奴隷の買い付けだ。おかしなことじゃない。あくまで俺は仕事をしただけだ。
――目の前に女の子が落ちてきた!?
しかも、その音に釣られて衛兵があらわれた!?
いったいなにが起こっているのかまったくわからない!!
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「うん、だいぶいい感じになったろ?」
「まあそうなんですけど……」
「どうした? これでおどろいてる感じは出てると思うけど」
「なんか安っぽくないですか?」
「言っちゃえば『空行作るだけ』『ダーシ使うだけ』『!を使うだけ』でできる演出だからなあ。簡単なぶん、安っぽいのはしょうがない。けどな、『安っぽい』は『悪い』じゃないぞ? わかりやすいってことでもあるんだから。『!』ついてたら誰だって『力入ってる』って思うだろ?」
「たしかにそうですけど」
「そうだなあ。『演出』はそれこそ無限に方法があるから、自分で試したり、人の書いたものを見たりして開発吸収をしていってほしいんだが……」
「もっと、初心者の僕でもできて、安っぽくなくて、効果的なのありません?」
「わがままだなあ……」
「ここまで付き合ってくれている読者がいるかわかりませんけど、そういう読者のみなさんのためにも是非、目から鱗が落ちるような新技術を……」
「いやいや、私をなんだと思ってるんだ。『儲かる方法』とか『簡単にできる効果的な技法』とか『ギャンブルで勝つ方法』とかはわかったら自分ですでにやってるんだよ。そんなのできたら、こんなノウハウ整理のための茶番マシマシストーリーを書く必要なんてないんだよ」
「そうですよね……普通に考えてそうですもんね」
「でもまあ、そうだな。――ない、とは言ってない」
「なんですって!? 初心者でも簡単にできて、安っぽくなくて、効果的な演出方法があるっていうんですか!?」
「ああ、実は、ある」
「そ、それは……?」
「――『前フリ』という技法だ!!」
「『前フリ』!? それはいったい……?」
「まあ、今やってたヤツだな」
「そうですね」
「『できるわけないよー。できないよー絶対できないってー』からの『まあ、本当はできるけど』みたいな感じだな。これは非常に応用が利いておすすめだ。欠点もあるけど」
「そうですか? 聞いた限りだと欠点はないような」
「文字数がかさむ」
「……小説は文字数多い方がいいような」
「そんなわけないだろ。『小説家になる夫』で物語開いてみた時に、画面が文字でビッシリとか、一瞬で読む気なくすぞ」
「なるほど。この物語みたいな感じですね」
「でも上手になればなるほど安っぽさが消えるし、『おどろかせたい事項』の『否定』を述べるだけだから、わりと簡単だ。ただし応用しないと使えないケースもかなりある」
「今回はどうしたらいいでしょうか?」
「そうだなあ。今回は『主人公が混乱している感じを出したい』ってことだから、主人公の冷静さを『前フリ』で出しておいて、『俺は絶対におどろかない。そう、空から女の子でも降ってこない限りな!』『降ってきた!』みたいにしてみる方法もあるが……」
「主人公が『心に深い闇を抱えたサディスト』からずいぶん愉快なヤツになりますね……」
「これも『前フリ』の欠点だな。一人称でやるとどうしても性格が軽くなる。上手にやればいいんだけど、そうなるともう『初心者でも簡単な技法』じゃなくなるな」
「だったら僕はどうしたらいいんですか」
「最終的には『自分で考える』ことになる。なにせ、後輩の書く物語だからな」
「なるほど」
「今までの説明でわかってもらえたかと思うけど、『演出』の引き出しは多ければ多い方がいい。でも、そんなに多くの『演出技法』を憶えるのは難しいから、二、三パターンをちょっとずつ変えて使い回すのをおすすめするぞ!」
「でも先輩みたいな上級者様は、数多くの技法を使いこなしているんでしょう? うらやましいなあ。憧れちゃうなあ」
「なんで唐突に煽られたのかわからないが……まあ、上級者の方々がどんな感じに演出してるかを知りたければ、その人たちの書いたものを読むのが一番手っ取り早いぞ。憧れる人がいたらその人の文章を読むのが、その人に近付く一番の近道だと思う。個人の意見です」
「唐突な免責事項」
「それじゃあ、今日はここまでだな!」
「前フリを使ったバージョンはやらないんですか?」
「うーん、この話のこの箇所には向かないと思う」
「ええ……まあ、言っていることはわかりますけど。でもなんていうか、この文章が抱える違和感みたいなものを、前フリが解決してくれる可能性に賭けたい気持ちもあるんですが」
「違和感か。『お姫様が降ってくるの唐突すぎ問題』かな?」
「はい。気になっていたんですけど……でも、主人公の視点だと唐突に降ってきたわけですから、ある意味で視点人物の認識に忠実とも言えるし、どうしようかなって」
「その違和感を解決するための指南を、明日はやるぞ!」
「おっ、ちなみに次回のタイトルは?」
「『指南12 本文の書き方 時系列編』だ!」
「時系列? それでなにができるんですか?」
「それは次回だな」
「まあそうですよね。では本日は解散ということで。お疲れ様でした」
「お疲れ様!」
ぴょん、と先輩が机から飛び降りる。
僕は『先輩』という質量が移動したことにより生み出される風を全身で感じながら、深呼吸をした。
気付けばもう七月だ。
この物語は、いちおう学生の部活動という建前で進んでいる。
なので夏休みまでにこの物語が終わらないと、現実とのあいだにひどい齟齬が出そうだなと、僕は密かに懸念した。




