指南1 プロットの書き方(導入回)
「よし、今日も私が小説の書き方を指南してやる!」
僕の目の前でテーブルの上に乗ったロリがなにか言っている。
彼女のニックネームは『指南先輩』だ。
文芸部で非常に迷惑がられている上級生である。
彼女は文芸部員を見ると嬉々とした表情でテーブルに乗り、『指南してやる!』と指導めいたことをする。
部活動が義務化した高校で『じゃあ活動実体のない文芸部に入ろう』と思ってここに来た僕にとって、迷惑千万な存在だった。
身長百四十センチ台の実害。
胸は小さいのに態度は大きい。
からまわる情熱の律動。
趣味は人を捕まえての一人相撲。
彼女を表すのに色々な形容詞が存在するけれど、だいたいどれも褒めてない。
指南先輩と目が合うことは、災害の一種だと僕はあきらめていた。
「ありがとうございます。お引き取りください」
「今日は『プロットの書き方』について教えてやるぞ!」
一応抵抗を試みたが、無駄だった。
鼓膜を部位破壊済み。
都合のいい発言以外は脳が処理しない。
音波攻撃無効化能力者。
数限りない先輩の(僕がつけた)形容詞の通りだった。
「でも、先輩の指導はわかりにくいんですよね。僕が文芸部に入ってから六月現在までご指導賜りましたけど、いちいち話題が散漫というか……」
「うむ。そういう批評ももっともだ。だから今回から、きちんと論旨を整理して指南することにしたんだ」
「いや、最初からそうしろよ」
「というわけで今回は『プロットの書き方』だ! 後輩、『プロット』ってなんだ?」
「わかりません」
ひょっとしたら小説を書き慣れている人にとっては、質問されるのも失礼なぐらい当たり前の言葉なのかもしれない。
しかし『最低一つの部活動に入らなければならないから活動実体のない文芸部に所属した』にすぎない僕は、小説を書いたことも、書こうとしたこともなかった。
当然、そんな専門用語みたいなのを言われたところで、わからない。
すると、指南先輩は満足そうな顔で胸を反らした。
僕の目の前で机に乗った彼女が胸を反らすと、自然とスカートの中身が見えそうだ。
「『プロット』とは『話の設計図』だ! これがないと、どんな話を書いたらいいかわからないヤツもいるんだぞ!」
ビシィ! とこちらを指さす指南先輩だった。
なにかいいことを言った雰囲気だが、僕は「はあ、そうですか」としか言えなかった。
「じゃあ後輩、プロットに必要な要素を言ってみろ!」
「知らないって言ってるでしょうが」
「カンでいいよ。プロットは話の設計図だ。小説読んだことぐらいはあるだろ?」
「まあ。授業でも明治の文豪の作品などは取り扱われますからね」
「小説に必要不可欠な要素を挙げてみるだけでいいんだよ。とりあえずカンで」
「必要不可欠な要素、ねえ」
文字、とか答えたらさすがに怒られるだろうか。
いやなんか、逆に喜ばれそうな気もするな……
そもそもどういうジャンルの回答がいいのやら。『友情』『努力』『勝利』みたいな?
「答えは『コンセプト』『タイトル』『あらすじ』『キャラクター』だ!」
「人に質問したんだから答えを待てよ」
「『コンセプト』は『なにをやりたいか』だな。『タイトル』『あらすじ』『キャラクター』はだいたいそのまんまだ」
「……はあ。そうですか」
「後輩にはこれから、この形式に従ってプロットを作ってもらうぞ!」
「なぜ」
「文芸部だろ!? 文化祭に活動してないと廃部になっちゃうだろ!? 書こうよ小説を!」
正論を言われてしまった。
まあ、たしかに、部活動に入った以上は、潰れられると困る。
活動実績がない部活をいつまでも存続させておくほど、学校だって甘くはないだろう。
僕はため息をついた。
それから、指南先輩のふとももあたりを見上げる。
「わかりました。たしかに僕も、この部を存続させたい想いはあります」
「そうだろう! だって名前だけ登録して真面目に参加しないヤツばっかりの中で、後輩だけだもんな、毎日顔を出すの!」
そうなのだった。
まあ、友達がいないとか、指南先輩に会いたいとか、彼女のふくらはぎを一日に一回は目の前にしないとその日が終わった気がしないとか、このかわいい生き物が一生懸命偉いふりして人に指導する様子を愛でたいとか、純粋とは言えない理由があってのことだけれど――
参加していることは、事実だ。
ならばある程度の活動はせねばなるまい。
「でも、先輩、いきなり小説を書いて、顔を知っている連中も見に来るであろう文化祭で発表するっていうのは、かなり度胸というか覚悟が必要なんですけど……」
「こんなこともあろうかと、後輩にはまず『小説家になる夫』っていうサイトに投稿してもらおうと思ってる」
「『小説家になる夫』? なんですかその、なんとも口にして言いにくいサイト名は」
「そこはペンネームで小説を投稿できるサイトだ! 後輩にはまず妄想垂れ流しの作品をペンネームで書いてもらって、それで羞恥心をなくしていってもらえればいいと思っている!」
「なるほど。たしかに匿名で書いていけば、だんだん慣れそうではありますね」
「だろう! そういうわけで、明日からプロットの作り方を教えていくからな!」
「明日から?」
「今回は導入回なんだ。実作業は次回以降だな!」
「ちょっと意味が……」
「ああ、そうそう。私が普段使ってるプロットのテンプレートを渡しておく」
指南先輩は、そう言うとスカートのポケットから折りたたまれたA4用紙を出した。
『データでくれ』と思いながら、僕はその紙をあらためる。
==========================================
★タイトル
・
★コンセプト
・
・メインコンセプト
・ストーリーコンセプト
・キャラコンセプト
★あらすじ
・自分用あらすじ
・掲載用あらすじ
★キャラクター
・主人公
・ヒロイン
==========================================
なるほど。
ただちょっと疑問がある。
「あの、先輩、コンセプトの欄に三つも項目があるんですけど。それと、あらすじに『自分用』と『掲載用』がありますけど、これは?」
「次回」
「えっ」
「次回だ」
「いや、この程度の質問答えてくれても」
「それやると五千字こえるから」
「だから意味がわかりません」
「とにかく、今日は解散するぞ! 明日からようやく文芸部らしい活動ができる!」
「いや、今日からでもいいんですけど」
「嬉しいなあ! 後輩もそう思うだろ!?」
「…………はあ、まあ、そうですね」
「じゃあ解散! お疲れ様でした!」
「……お疲れ様でした」
かくして本日は解散となった。
明日からいよいよ実質的な活動が始まる。
果たして僕は本当に小説を書けるのだろうか?
すべては、指南先輩の指導にかかっているのだった。
「……無理そうな気がする」
前途は多難だと言えた。