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未だ我が身は、過去の中

 クラーク・プレスコットの書斎で、一家は作戦会議を開いていた。


「分かっているな、メーガン」


「……お父様、ですけど……」


 クラークは、自身の娘を厳しい目で睨む。社交界デビューは済ませたが、婚約者は決まっていない。

 プレスコット家には、まだ12歳だが跡取りもいる。男性の結婚年齢は遅くても構わないが、淑女レディは違う。

 なるべく早く、良い家に嫁がせたい。


「ヴァールハイト王国だ。大陸でもっとも強大な国。そんな国の王子の側妃になれれば……お前にとっても良い未来が待っている」


「お父様の言う通りよ、メーガン。何も、ヴァールハイトの王妃になれと言っているわけではないの。第3王子の気を引き、関係を持つだけで良いわ」


 実の娘に、一夜だけの関係ワンナイトラブをすすめるとは……。

 だがこれも、娘の将来を思う親心なのだ。


「彼は王子だもの。清い体を傷つけたと知れば、責任を取るわ」


「お母様……それよりも、気にならない?」


 両親の話を遮り、メーガンは思い切って言ってみることにした。


「あのロザリンドって人、似てると思わない?」


「似てる?」


 両親揃って、首を傾げる。

 どうやら、気になっているのはメーガンだけらしい。


「似てるの! ううん、そっくり。エリザベス・ミルフォードに」


「……公爵令嬢に?」


 クラークとアデリンは、顔を見合わせる。名を聞いただけで、すぐに顔が浮かぶ。今は亡き、ミルフォード公爵令嬢の葬儀に、プレスコット家も出席した。誰も泣いては――いや、妹は泣いていたな。

 元婚約者も出席していた――今は国王様だが。


「確かに……似ているかもしれないが」


「他人の空似よ、メーガン。貴女も知っているでしょう? 彼女は死んだの」


 夫婦は揃って、娘の考えを否定した。彼らの頭の中にあるのは、似ている似ていないではなく、娘をどうやってヴァールハイトの王子と関係を持たせるか、だ。


「でも、死体は見つかってないし……」


「メーガン。そんなことはどうでもいい。……しかし、寝室を別にすべきだったな」


 メーガンの話を強引に終わらせ、クラークは考え込む。

 エヴィエニス王国との同盟を結ぶため、ヴァールハイト王国の第3王子が国内を視察する。問題が無ければ、そのまま同盟は結ばれることになっている。

 この視察の際、ヴァールハイト王国からはただひとつ、ありのままを見せろ、という旨しか告げられていない。

 つまりは、隠すな、偽るな、取り繕うな、と言う意味だ。

 そして、視察官であるオスカー・J・ドラクロワからはふたつ。ひとつは、盛大な出迎えもいらないし、無理して豪華な部屋も食事もいらない。

 あともうひとつが、妻を同行させる――ただ、それだけ。


「第3王子はまだ20歳くらいなのに、もう結婚してるなんて……よほど、良い家柄のお嬢さんなのね」


「だろうな。公爵家か、あるいは資産家か……」


 どっちにしろ、伯爵家では太刀打ちできないだろう。正妃になることは、最初から諦めているが。


「どうにかして、ふたりきりにならないとだわ」


「……そう急いでは、怪しまれる。明日、殿下に領地をご案内しよう。メーガン、お前はその間、妃殿下と親しくなりなさい」


「どうして?」


 父親の提案が理解できなくて、メーガンは訝しむような視線を向ける。


「側妃になった後、正妃と仲違いはしたくないでしょう? 仲良くしていれば、殿下からの印象も良くなる」


「……でも、妃殿下とふたりで会うのは、ちょっと……お母様も一緒に来てくれる?」


 娘の気弱な姿に、クラークは苦い顔をする。メーガンはいつも、誰かの影に隠れようとばかりする子だ。社交界でも前へ出ようとせず、良い家柄の青年は他の令嬢に取られてしまった。

 だから両親は、必死なのだ。

 例え側妃であったとしても、子を産めば良い。ヴァールハイト王国の側妃ならば、公爵夫人よりも、もしかしたらエヴィエニス王妃よりも贅沢できるかもしれない。


「まずはお茶会へ誘いましょう。それから刺繍会に……」


 アデリンは気弱な娘に代わり、計画を立て始める。両親はその気だが、メーガンは乗り気ではない。


「別人? でも、あまりにも……」


 エリザベス・ミルフォードと言う女性を、メーガンは忘れられない。彼女は社交界の華だった。美しく、優しく、優雅で気品のある完璧な女性。給仕係がドレスに飲み物をこぼしても、怒った顔ひとつ見せない女性ひと

 メーガン・プレスコットは、些細な悪戯を彼女にし続けた。命令されてはいたけれど、罪悪感はある。

 だから、彼女の顛末を知った後、複雑な感情に何度も囚われた。紅茶に大量の塩を入れたとか、彼女の刺繍を切り刻んだとか言う事実が、エリザベス・ミルフォードの死と共に葬られたと言う安堵感。

 そして、いつまでも謝罪を口にすることのできない罪悪感と、永遠に許されない苦しみを味わうのだ。


「………………」


 17年しか生きていないのに、後悔ばかりしてる。


 こんな人生は嫌!

 

 ならば、選ぶべき道はひとつ。誰にも命令されない地位に、自ら上がるしかないのだ。

 メーガンは目を伏せ、覚悟を決める。


「彼女は死んだのよ……そう、死んだの」


 この世に、エリザベス・ミルフォードはいない。全ては地中に埋められ、過去を掘り起こす者はない。過去の全てを語る物好きなど、いるはずがないのだから。



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