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責任とは何か

 城の大食堂では、ジョーカーとロザリンドを歓迎する晩餐会が行われていた。出席しているのは、ロザリンドとジョーカー。

 そしてアロイスとマリアンヌ、ヘレンとルシアンも出席していた。


「美しいドレスですわ、妃殿下」


 ヘレンはワイングラスを傾けながら、ロザリンドを褒める。晩餐会のために、ロザリンドは着飾っていた。首と耳にはダイヤが輝き、イブニングドレスのため胸元が強調されている。

 ロザリンドは痩せているから、あまりイブニングドレスは好きじゃないのだが。


「マリアンヌ、貴女もそう思うでしょう?」


「……そうね」


 マリアンヌは母に言われ、ロザリンドを見る。

 ロザリンドの空色のドレスは、最高級品だ。刺繍も、名うての職人が一年かけて作り上げた。

 このドレスは、ジョーカーがロザリンドのために作らせたのだ。


「王妃様も、お美しいですわ」


「……ありがとうございます」


 ロザリンドは褒めるが、マリアンヌは嬉しそうじゃない。

 マリアンヌのドレスは、品のある桜色。ふんわりとしたデザインで、全体的に少女っぽい。王妃が着るには、少しばかり幼いように思う。


「お口に合いますか? 我が国の料理は」


 アロイスが、黙って食事を続けていたジョーカーに話しかける。


「えぇ、美味しいですよ。エヴィエニスの料理は、大陸のものとは少し違いますね」


「そう、ですか?」


「歴史を鑑みれば、当然ですね。エヴィエニスの祖先は、外から来たわけですし」


 ジョーカーはそう言って、ステーキを口に運ぶ。

 エヴィエニスが建国されて500年が経ち、この国も大陸の文化を取り込み、うまく調和させてきた。残すものは残し、良いものは吸収する。目の前の料理達が、分かりやすい例と言える。


「このワインは、エヴィエニスの名産ですよね?」


「えぇ、そうです」


「とてもフルーティーで、いい特産品だと思います。輸出はされてますか?」


「えっと……していなかったと、思います」


「何故ですか? このワインなら、安定した収入を得られますよ。ブランド価値を上げて、王侯貴族に売り込んでみては?」


 ジョーカーは生まれた時から、最高のものを与えられてきた。服も、教育も、自分を世話する使用人でさえも、名家の者達だ。

 その中には当然、食事も含まれる。

 そんな自分が、このワインは良品だと認めた。


「この国には、良いものがたくさんありますよ。土壌も豊かで、水も綺麗だし、海もある」


「ありがとうございます……」


「だからこそ、勿体無いと思うんですよ」


 ジョーカーは、ゆっくりとワインを飲み干す。

 エヴィエニスは小国だ。戦争を仕掛ければ、ヴァールハイトが勝つだろう。エヴィエニスは弱い。

 だがそれは、エヴィエニスが悪い国だと思っているわけではない。

 どんな国にも、良い部分はある。エヴィエニスはまだ、死んでいないのだ。


「明日の議会で、詳しい話を」


「そうですね……」


 アロイスは愛想笑いを浮かべると、水を流し込む。


「ワインはお嫌いですか?」


「え……」


 ジョーカーは気づいていた。

 アロイスのグラスにだけ、ワインが注がれていない。


「嫌なことを、思い出してしまうので……」


「そうですか」


 ジョーカーはそれ以上、追求しなかった。

 アロイスの雰囲気は、とても弱々しい。認めたくはないが、ロザリンドに似ている。出会った当初の、ロザリンドに。

 認めたくはないが。


「……大丈夫か?」


 ジョーカーは視線を、隣に座るロザリンドへ移す。予想していたが、ステーキはほとんど減っていない。


「……平気よ」


 ロザリンドは微笑む。晩餐会の前に、アシュレイ達が作ってくれたコンソメスープを飲んだ。サラダも食べたし、焼きたてのパンも。胃にはちゃんと、食べ物が入っている状態だ。目の前のステーキを完食できなかったとしても、大丈夫。


「おふたりは、仲がよろしいんですのね。子どもは……いらっしゃいますの?」


 ヘレンは興味津々といった様子で、聞いてきた。マリアンヌも興味があるらしい。ナイフとフォークを置き、グラスの水で喉を潤している。


「子どもはいません。妻は体が弱いので」


「そうですか。娘も体が弱いんです」


 ジョーカーはチラッと、マリアンヌを見る。

 何故だろうか。マリアンヌは、あまり病弱そうには見えない。

 ロザリンドと比べると、尚更そう思う。


「では、うちの軍医に診てもらっては? いい腕をしているんです。私達夫妻の、主治医でもある」


「いえ、それは――」


「お願いしたらどうだ?」


 断ろうとしたマリアンヌの言葉を、アロイスが遮った。

 アロイスはずっと、マリアンヌとの子どもを切望している。多くの医者を呼んで、マリアンヌを診察させたが、結果はいつも同じ。示し合わせたかのような答えに、うんざりしていた。

 だから、外部の意見を聞いてみるのもいい。


「殿下。お願いしても?」


「構いませんよ」


 ジョーカーはにこやかに微笑む。

 その顔を、マリアンヌが恨めしげな目で見ていた。







「冗談じゃないわ!」


 寝室に戻るなり、マリアンヌは怒声を口にする。王妃にあるまじき言葉だが、寝室には母親しかないから問題ないだろう。


「マリアンヌ、落ち着きなさい」


「落ち着いてなんかいられないわ。私はどこも悪くないのよ。診察されたら、それが分かってしまうじゃない」


 すべては演技だ。病弱であるため、多くの医者を買収してきた。自分を診てきた名医は、皆口を揃えて言う。王妃様はお体が弱い、と。

 だが、他国の医者に診られればすぐに分かる。王子が召し抱えている医者なのだ。優秀でないはずがない。


「いい機会ではない? 貴女もそろそろ、子どもを――」


「嫌よ。この国の王妃になったのは、贅沢ができると思ったから。美しくいられると思ったから。でも、今のエヴィエニスは私を満足させてはくれない。そんな国で、子どもを産むつもりなんてないわ」


「マリアンヌ、貴女……」


「子どもを――王子を産めば、地位は盤石。でも、衰えていく国に身を捧げるつもりなんてないわ」


 ヘレンは少しだけ、驚いていた。自分の娘は、子どもでさえも自分が上り詰める道具にしようとしているのだ。

 まるで、自分自身を見ているようだ。公爵夫人になるために、ヘレンはアルバート・ミルフォードと関係を持った。身籠れば、責任を取るしかない。地位ある者は、責任の重さを十分に理解しているから。

 そして、計画は完璧。ヘレンは見事、公爵夫人となった。


「いっそ、あの王子の子でも良いわ。ヴァールハイトは、絶対に滅びないもの」


「……それは、無理よ」


 ヘレンは、ため息まじりにつぶやく。

 ヘレンは昔から、人の顔色を伺って生きてきた。相手が自分に求めるもの、嫌だと思うものを見極め、望む通りに演じる。自分は、向いていたのだ。自分ではない誰かを演じることが。

 だから、よく分かる。ジョーカーは、マリアンヌを愛さない。晩餐会の席で、ジョーカーはロザリンド以外の人間を、冷たい目で見ていた。表面上は友好的に接していたが、内面は違う。


「やっぱりママも、お姉様の方が綺麗だと思ってるの?」


「美しさの問題ではないわ。北の氷姫だって、あの王子の心を射止めることはできない」


 ヘレンは、娘に思い出してほしい。自分が今いる場所が、どれほどの犠牲を払って手に入れたのかを。

 そんな簡単に、手放せるものじゃない。

 マリアンヌは我儘で、傲慢だ。ヘレンも、そしてアルバートも溺愛しすぎたのかもしれない。すべての責任は、母親である自分にある。

 だから、何があってもヘレンはマリアンヌを見捨てない。改めてもらいたい部分は多々あるし、常に味方でいられるかどうかも分からない。

 けれど、見捨てはしない。

 この世でただ一人の、娘なのだから。




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