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エリザベス・ミルフォード

 今でもよく、思い出す。

 エリザベス・ミルフォードと言う女性について。彼女はエヴィエニス王国の公爵家に生まれた、白金プラチナブロンドの髪に、蒼玉の瞳を持つ美しい公爵令嬢。厳しいながらも娘には甘い父親と、優しくティーパーティーが好きな母親。

 それから、少し気弱だけれど妹思いの兄、愛らしい病弱な妹がいる。婚約者は未来の国王様。何もかもが完璧だった。


 それなのにどうして、彼女は死んでしまったのだろう? 誰もが言っていたじゃないか。エリザベス・ミルフォードは素晴らしい女性ひと、王妃に相応しい女性ひとだと。


 それなのにどうして、誰も彼女を助けてくれなかったのだろう? 辺境の地で幽閉された彼女に、家族は手紙さえも寄越さない。婚約者だった王子は、乗り換えるように妹と婚約した。


 彼女は冷たく、凍えるような幽閉先の屋敷で数えていた。自分が失ったものを。


 家族――いや違う。彼らは家族では無かった。公爵夫人……実母が亡くなった時から、エリザベス・ミルフォードは独りになってしまった。


 婚約者――いや違う。彼は愛していなかった。エリザベス・ミルフォードと言う、美しい伴侶をそばに置くことを自分のステータスにしたかっただけだ。良き王妃がいれば、王も良く見えるもの。


 では何を失った?

 そんなもの、決まっている。失ったのはふたつだけ。自身の誇りと、唯一愛した母。

 でも、エリザベス・ミルフォードは気づいていた。何もかもが遅かったのだ。殺された母は戻らない。地に落ち、汚れてしまった誇りは自分を支えてはくれない。待っている未来は、あまりにも暗く、底の見えない闇。

 やがて彼女は、自身の死期を悟る。誰が命じたのかは分からない。問題ではないからだ。誰が命じ、誰が望んでいるかなんて。

 少しずつ少しずつ、この体は弱っていく。母と同じように。

 あぁ、私は母と同じように毒によって死ぬのだ。

 こんな寂しい牢獄で。

 たったひとり。そばにいてくれる人もいない。誰も自分を――エリザベス・ミルフォードの存在を肯定しくれる人がいない。

 世界は彼女を、捨てたのだ。


――そんなのは嫌! 私は罪なんて犯していない。愛する母を殺すはずがない。婚約者を、王子を傀儡の王にするつもりなんてない。

 すべて嘘よ! 嘘なの!!


 エリザベス・ミルフォードはその冬、死んだ。幽閉先の屋敷から抜け出し、吹雪吹き荒れる雪山の中で死んだ。死体は見つからないまま、けれども捜索は早々と打ち切られた。埋められた棺は、空っぽ。何も入っていない。

 すべてを失った、彼女のようだ。


 エリザベス・ミルフォードは、16歳で死んだ。美しい公爵令嬢を、一体どれだけの人間が覚えていることだろう。家族は? 婚約者は? 友人は?

 いいや、覚えているはずなどない。彼女は死んだのだ。命の火は消え、人々の記憶からも消えていく。


 エリザベス・ミルフォードが死んだのは、今から2年も前のことなのだから。




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