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15

 車のなか。

 倫之助も一彦も、言葉を発することはない。

 ただ睨むように一彦は道を見ているし、倫之助はただぼんやりと流れてゆく景色を見つめていた。


 喪失感、といったほうがいいだろうか。

 今まで忌々しかっただけの背中の痣が――カガチが、ないことが。

 けれどいやな喪失感ではない。

 これで――。

 ひとりの、化物とはいえひとつの命になれた。

 カガチがいたころはひとつの身体にふたつの命がいた、気がしたからだ。


 それは、ひとつの命がうしなわれたため。

 半蔵の命を以って。



「倫之助」

「はい」

「……悔しいが、おまえがいないと、あれは倒せない。俺は――俺たち人間は、おまえに強いてばかりいるな」

「俺は、そんなこと思ったことはありませんが……俺も、あなたがいなければきっと、折れていました」


 ちら、と。

 一彦が倫之助を見る。

 運転をしているから、ほんのわずかな瞬間だったが。


「俺はだれかに支えられて生きてきたんですね。半蔵であったり、あなたであったりした」

「そうだな。忘れるな。倫之助」


 じき、海が見える。

 そうしたら――もう、本当に後戻りできない。

 明日がくるか、こないか。それは倫之助と一彦にかかっている。

 蘇芳エーリクも、服部花乃も、雛田馨も、誰も手を貸さない。

 おそらく誰にも知られない戦いになるだろう。

 あの存在に負けても勝っても。

 ただ負けたら、明日がこない。

 それだけだ。


 だが倫之助は知られなくとも、今のこの国を守りたいと思う。

 誰かのため、などとそういったものではない。

 自分のために。

 自分の、生きたい、という心に正直になろうと思った。

 そのためにこの国を守るのだ、と。

 そう言ったなら、半蔵はどう思うだろう。

 きっと嬉しそうな顔で、「はい、坊ちゃん」というのだろう。


「……? 一彦さん」

「どうした」


 後ろから、大型二輪が先ほどからずっとついてきている。

 フルフェイスのヘルメットをかぶっているため、誰か分からない。


「誰かが、ついてきているようですが」

「……あいつ……」


 ミラーをちらりと見た一彦は、くちびるをゆがませた。

 いやなものを見た、といったことではない、それ。


「だれですか?」

「鈴衛だ」

「鈴衛さん? まさか……」

「さすが俺の妹だな」


 一彦はハンドルを強く握りしめ、アクセルを踏みこんだ。

 タイヤとアスファルトがこすれる音をたててスピードをあげるが、鈴衛もそれと同じくバイクを走らせる。

 

「いいんですか? 巻き込んで」

「あいつは生まれついての強運の持ち主でな。それにあいつの風彼此もそれなりに役に立つ」

「鈴衛さんの風彼此、ですか」


 彼女の風彼此の能力は聞いたことがない。


「鈴衛の風彼此は特殊なんだ。攻撃特化じゃあない。風彼此使いの身体能力を底上げする」

「……それは珍しい、ですね」

「だろ。だから、って言っていいのか分らんが、鈴衛は強運なんだよ」


 なるほど、とつぶやく。

 風彼此に関しては、依然として分かっていない部分も多い。

 陰鬼に対して使えるものは使う、ということだろう。


 

 ぎしり、と、一彦が握るハンドルが音をたてる。


「そろそろだ」

「……分かりました」


 一彦は睨みつけるように前を見ていた。

 海が見える。

 あの時と同じ、海が。



 それから十分ほど、たっただろうか。

 以前と同じ場所に車をとめる。

 それと同時に、鈴衛の乗るバイクも止まった。

 フルフェイスのヘルメットを取った鈴衛は、わずかに怒っているようだった。


「ちょっと、ふたりとも。ひどいじゃん」

「いや……鈴衛、これはな」

「私だって風彼此使いだよ。それに、この空気。機関の中にいても分かるほどだし。大丈夫。自分の身は自分で守るし、きっと役に立つよ」

「……一彦さん。鈴衛さんの力も、相当なものだと思います」


 彼女の力が、戦力の底上げになるのと残滓に気づかれる前に決着をつけるのが一番いいと思う、が。

 そうもいかないだろう。

 そこまであれも馬鹿ではない。


「鈴衛さん。……もし、よければ……力を貸してください」

「もちろんだよ。倫之助くん。すっごいヤな感じだし、きっと私も役に立つよ」

「ありがとうございます」

 

 倫之助がかるく頭をさげる。


 崖に入ると、途端にいやな風が吹いてきた。

 どこから、何かがじっと見つめているような。

 

「倫之助」

「?」

「本当に、斬れるんだな? あいつを」


 半蔵を。


「……半蔵は、もう、いませんから……」


 鈴衛に聞こえないほどの、小声で。

 半蔵を斬れるか、と問われれば、斬ることなどできない。

 当たり前だ。

 あれほどまでに倫之助を敬愛していた半蔵を。

 誰が殺せるというのだろう。

 けれど。

 あれ(・・)はもう、半蔵ではない。

 ただ、世界を破壊尽くす、人類の敵だ。

 姿を似せた、ただの敵だ。


「――分かった」


 一彦が重たく、うなずく。

 彼の手にはすでに、百花王が握られていた。

 それが、一彦の覚悟がうかがわれる。

 倫之助も、自身の楊貴妃を手にした。

 

 ふいに、足が止まる。

 崖に、ひとり。

 男が立っていた。


 服部半蔵正成。


 その人が、立っている。


「……来たか。逃げることはないと、思っていた」

「半蔵……くん、の姿だけど……お前が」

 

 半蔵の顔で、笑う。

 笑うな、と言いたかった。

 その顔で。

 笑うな。

 ぎしり、と、倫之助の歯がきしむ。


「私は、ヒトを殲滅するためにここにいる。お前たちはそれを止めに来た。ひどく単純だろう」

「……そうだね。お前の、言うとおりだ」


 楊貴妃をするりと抜き、半蔵の姿をした残滓に向けた。


「だからこそ俺はお前を、斬る」

 

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