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 半蔵が死んだあとも、陰鬼は当たり前のように出現し続けている。


 まるで(エーリク)が死んだように落ち着かなかったビルも、今は落ち着きを取り戻してきている。

 その間も、エーリクは姿を現さなかった。

 本当に、死んだのではないかというほどに。


「半蔵は、何故あの洞窟を知ったんでしょうか……」

「そりゃ、エーリクがいる場所を探ったんだろう。エーリクがなぜ、あの洞窟を知ったのか分からねぇがな。それこそ、本人に聞かなけりゃ」


 倫之助は口をつぐんで、天井を見上げた。そこに、なにかがあるかのように。

 無論、それは一彦の想像でしかないのだが、倫之助にしか見えないなにかがそこに存在しているようだった。


「倫之助?」

「いえ。すこし、考えごとを」


 わずかな間、倫之助は口を閉じていた。


「まあ、考えたって蘇芳はもういない。どこかでくたばっているのかどうかも分からねぇが、カガチがいなくなったんだ。もどうにもならんだろ」

「そう、ですね」


 ただ、カガチから生まれたあの怨嗟。

 あれがいるかぎり、どこにも安全な地などない。


「――あんまり、気負いすぎるなよ。倫之助。おまえには相棒がいるんだからな」


 頭に手をのせられる。

 子どもではないのだし、それで喜ぶことはないが、どこか安堵するのは何故だろうか。


「……!?」


 ふいに、一彦が顔をあげる。わずかな違和感を感じ、風彼此を手にする。それは、反射的だった。


「一彦さん」


 倫之助が一彦を制す。


 ほんのわずかな殺意。

 それは紛れもない、あの「残滓」だった。

 

「私は人類を掃討する存在である」


 ぞっとするほど、重たい声。

 人間ではないと確信できるほどの。


「お前が……カガチの残滓とやらか」

「私は全ての人類を怨み、憎み、殺意を感じている。人類の歴史に終止符をうつのは、私であろう」

「お呼びじゃねぇ、と言いたいが、そうもいかないみたいだな」

「一彦さん。この存在に何をいっても無駄です。この声はただのカガチの残滓なんですから」


 男の声は、どこか面白がるように含み笑いをした。


「そのとおり。私はただ、ヒトを殺すためだけの存在。そこにいる、もう何の価値もないひと握りの男と似たようなものだ」

「……俺の価値は、俺が決めることだ。なぜ、お前は話しかけている? 余裕を見せるためじゃない。決定的に人類を掃討するために、することができたんだろう?」

「お前を殺さねば、人類は掃討できぬ。なぜなら、おまえはカガチと繋がっていた存在。私と似たようなものは、ひとつで十分であるからだ」

「理由としては不十分だが、お前が敵だということは分かっている。それだけ分かれば答えはシンプルだ。殺すか、殺されるか。そのどちらかだ」


 一彦はあまり驚いてはいないようだった。

 そういったものに慣れているのだろう。


「そうだ。ヒトにしては中々話が早い。では――7日後、あの洞窟のある崖。私を止めたいのならば、あの場所に来るといい。そこで相まみえよう」


 男の声は遠ざかり、やがてわずかな殺意も消え去った。

 そして一彦はあの男の声のことを言おうか、言うまいか考えていた。


「あの男の声は、半蔵です。あなたも、感じていたでしょう。その違和感を」

「……倫之助」

「俺はもう大丈夫です。半蔵は死んだ。生き返るはずもない。あの声は、半蔵がカガチを殺したときに取り込まれた、ただの残りかすなんですから」

「半蔵の姿かもしれない。あのカガチの残滓は」

「おそらくそうでしょう」

「それでもおまえは、殺せるのか? 半蔵を」

「……何が言いたいんですか」


 こころをじくじくと突き刺すことば。

 倫之助の声は、わずかにふるえていた。


 あれは半蔵ではない。

 そんなことは百も承知だ。

 けれど――同じ声。おなじ、姿。

 それを、殺せるのか。

 

 ああ、人とは何て弱いのだろう。

 

「無理をするな」

「無理なんてしていません」


 ひとは簡単に嘘をつく。それは、倫之助もおなじだ。

 

 一彦の手が、倫之助の腕をつかむ。その手の力は強く、あたたかかった。


「おまえは弱い。まだ」


 だから、泣いていい。


 腕をひかれ、抱きしめられる。

 ただ、あたたかかった。

 泣いても、だれも笑わない。誰もからかわない。

 それを知っている。

 けれど、そういうことではなかった。

 悲しかったら、泣いてもいい。

 理屈としては分かってはいた。

 実際、倫之助もそれで泣いたこともある。

 それでも、今はそういったものではなかった。

 

 近しい人を亡くす痛み。


 確かに今、感じたことのない、抉られるような痛みを感じている。

 それは悪いことではないという。

 悼むことは、大事なことだという。


「少しだけでも、おまえの支えになれたらいい」


 一彦の肩に、額をあてる。

 喉が熱かった。

 目の奥も。


「……半蔵を亡くしたくはなかった……」

「ああ」


 それが本当のこころなのだろう。

 自覚をする。

 これは、後悔というものだ。


「俺は……本当に半蔵の姿をした存在を、殺せるのかさえ、今は分かりません」

「俺が代わりになる」

「半蔵は、俺が化物になったら殺してくれる、と言っていた。なら、化物になった半蔵を殺すのは、俺の役目です」

 

 半蔵は、どんな思いだったのだろうか。

 自分を殺すと約束をしたとき。

 辛かったのだろうか。苦しかったのだろうか。

 それももう、分からない。

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