12
半蔵が死んだあとも、陰鬼は当たり前のように出現し続けている。
まるで主が死んだように落ち着かなかったビルも、今は落ち着きを取り戻してきている。
その間も、エーリクは姿を現さなかった。
本当に、死んだのではないかというほどに。
「半蔵は、何故あの洞窟を知ったんでしょうか……」
「そりゃ、エーリクがいる場所を探ったんだろう。エーリクがなぜ、あの洞窟を知ったのか分からねぇがな。それこそ、本人に聞かなけりゃ」
倫之助は口をつぐんで、天井を見上げた。そこに、なにかがあるかのように。
無論、それは一彦の想像でしかないのだが、倫之助にしか見えないなにかがそこに存在しているようだった。
「倫之助?」
「いえ。すこし、考えごとを」
わずかな間、倫之助は口を閉じていた。
「まあ、考えたって蘇芳はもういない。どこかでくたばっているのかどうかも分からねぇが、カガチがいなくなったんだ。もどうにもならんだろ」
「そう、ですね」
ただ、カガチから生まれたあの怨嗟。
あれがいるかぎり、どこにも安全な地などない。
「――あんまり、気負いすぎるなよ。倫之助。おまえには相棒がいるんだからな」
頭に手をのせられる。
子どもではないのだし、それで喜ぶことはないが、どこか安堵するのは何故だろうか。
「……!?」
ふいに、一彦が顔をあげる。わずかな違和感を感じ、風彼此を手にする。それは、反射的だった。
「一彦さん」
倫之助が一彦を制す。
ほんのわずかな殺意。
それは紛れもない、あの「残滓」だった。
「私は人類を掃討する存在である」
ぞっとするほど、重たい声。
人間ではないと確信できるほどの。
「お前が……カガチの残滓とやらか」
「私は全ての人類を怨み、憎み、殺意を感じている。人類の歴史に終止符をうつのは、私であろう」
「お呼びじゃねぇ、と言いたいが、そうもいかないみたいだな」
「一彦さん。この存在に何をいっても無駄です。この声はただのカガチの残滓なんですから」
男の声は、どこか面白がるように含み笑いをした。
「そのとおり。私はただ、ヒトを殺すためだけの存在。そこにいる、もう何の価値もないひと握りの男と似たようなものだ」
「……俺の価値は、俺が決めることだ。なぜ、お前は話しかけている? 余裕を見せるためじゃない。決定的に人類を掃討するために、することができたんだろう?」
「お前を殺さねば、人類は掃討できぬ。なぜなら、おまえはカガチと繋がっていた存在。私と似たようなものは、ひとつで十分であるからだ」
「理由としては不十分だが、お前が敵だということは分かっている。それだけ分かれば答えはシンプルだ。殺すか、殺されるか。そのどちらかだ」
一彦はあまり驚いてはいないようだった。
そういったものに慣れているのだろう。
「そうだ。ヒトにしては中々話が早い。では――7日後、あの洞窟のある崖。私を止めたいのならば、あの場所に来るといい。そこで相まみえよう」
男の声は遠ざかり、やがてわずかな殺意も消え去った。
そして一彦はあの男の声のことを言おうか、言うまいか考えていた。
「あの男の声は、半蔵です。あなたも、感じていたでしょう。その違和感を」
「……倫之助」
「俺はもう大丈夫です。半蔵は死んだ。生き返るはずもない。あの声は、半蔵がカガチを殺したときに取り込まれた、ただの残りかすなんですから」
「半蔵の姿かもしれない。あのカガチの残滓は」
「おそらくそうでしょう」
「それでもおまえは、殺せるのか? 半蔵を」
「……何が言いたいんですか」
こころをじくじくと突き刺すことば。
倫之助の声は、わずかにふるえていた。
あれは半蔵ではない。
そんなことは百も承知だ。
けれど――同じ声。おなじ、姿。
それを、殺せるのか。
ああ、人とは何て弱いのだろう。
「無理をするな」
「無理なんてしていません」
ひとは簡単に嘘をつく。それは、倫之助もおなじだ。
一彦の手が、倫之助の腕をつかむ。その手の力は強く、あたたかかった。
「おまえは弱い。まだ」
だから、泣いていい。
腕をひかれ、抱きしめられる。
ただ、あたたかかった。
泣いても、だれも笑わない。誰もからかわない。
それを知っている。
けれど、そういうことではなかった。
悲しかったら、泣いてもいい。
理屈としては分かってはいた。
実際、倫之助もそれで泣いたこともある。
それでも、今はそういったものではなかった。
近しい人を亡くす痛み。
確かに今、感じたことのない、抉られるような痛みを感じている。
それは悪いことではないという。
悼むことは、大事なことだという。
「少しだけでも、おまえの支えになれたらいい」
一彦の肩に、額をあてる。
喉が熱かった。
目の奥も。
「……半蔵を亡くしたくはなかった……」
「ああ」
それが本当のこころなのだろう。
自覚をする。
これは、後悔というものだ。
「俺は……本当に半蔵の姿をした存在を、殺せるのかさえ、今は分かりません」
「俺が代わりになる」
「半蔵は、俺が化物になったら殺してくれる、と言っていた。なら、化物になった半蔵を殺すのは、俺の役目です」
半蔵は、どんな思いだったのだろうか。
自分を殺すと約束をしたとき。
辛かったのだろうか。苦しかったのだろうか。
それももう、分からない。




