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 半蔵の葬儀は、雨の日に行われた。

 寒い日だった。

 

 倫之助と一彦は、傘を持って服部の家へ向かった。

 みな、表情は暗い。

 葬儀だから当たり前なのだろうが、人の多さに驚く。

 見たこともない人間が大勢いた。

 もっとも、服部家の人間が死んだとなれば、政府の人間も来るのも当たり前だろう。


 その中でも、目立ったのは倫之助だった。


 半蔵の主がどのような人間か、ちらちらと気まずそうに見ている。


「……倫之助」

「こうなることは分かっていましたけど、あまりいい気分じゃありませんね」

「――あら」


 この場においては、明らかに楽しそうにしている声が聞こえる。

 花乃だ。

 彼女は喪服を着て、黒い髪の毛をきつく結っていた。


「きていたのね、お二人とも」

「行くぞ、倫之助」


 黒いスーツを着た倫之助の腕を引いて、焼香におとずれた人間の塊の、反対側へ向かった。

 雨が降り続いているなか、裏庭には誰もいなかった。


 倫之助は、裏庭に溜まっているちいさな池の淵に立っていた。

 何も言わない。

 一彦も、倫之助も。

 ただ、池を見下ろしているだけだ。


 花乃から逃げるように裏庭に来たのだが、人の声がすぐ近くから聞こえてくる。



「何も、逃げなくてもいいんじゃないかしら」

「……別に、追うことはないだろ」

「もう、私たちの間にはなんの関係もないじゃありませんか」

「だから――」

「正成さんが亡くなって、相当ショックを受けているようですね。倫之助さん」


 彼女はどこか楽しげに、倫之助をまるで(なぶ)るように囁いた。


「あなたには関係ない」

「関係なんてあってたまるものですか。私はただ、悲しんでいるあなたを見たいだけ」

「……あまりいい趣味じゃありませんね」

「どうとでも。もともと、私はいい趣味してませんから」


 彼女はゆがんだ笑みを張り付けた顔で、倫之助をじっと見つめた。


「あなただって、似たようなものではありません? 私の――大守家の口伝を無理やり奪うなんて、いい趣味と言えます?」

「――お前、いい加減にしろよ。今はどうだっていいんだよ。今日は半蔵を弔う日なんじゃねぇのか」


 うつむく倫之助の前に立った一彦の表情も、暗い。

 ただ、花乃はその名の通り、雨水にぬれた花のように凛と立っている。

 それが今はひどくちぐはぐで、葬式の場にはとてもではないが、溶け込んでいない。


「生きていればいい、と」


 花乃がいることを忘れたかのように、倫之助がなにかを呟く。


「そう思わなかった罰だ……」

「――倫之助」

「生きているのが、傍にいるのが当たり前だと思った、罰だ……」

「倫之助、それはちがう。あいつは、おまえに罰を遺して逝かない。あいつがおまえに残したのは、願いだ。生きて、幸せになってほしい、と。ただそれだけだ。おまえを苦しめるために死んだんじゃない」


 黄金色の目は、いつもと同じだ。

 普段どおり、あまり何にも興味を示さない色をしている。ただ、ひとつ違うのは、そこに意思があるということだろうか。


「それはどうかしらね。死人に口なし。倫之助さん、あなたを恨んでいるかもしれませんよ」

「てめぇ……」

「だったらいい。半蔵が俺を恨んで、憎んだら楽だ。でも、半蔵はそんなことを思わない。それだけは、分かる。だから、半蔵は馬鹿だけど、愚かじゃない」


 それだけ、きっぱりと言い放つ。

 花乃は、顔を歪めて――「やっぱりあなたは気持ち悪いわ」と吐き捨てた。

 濡れた髪の毛をそのままに、彼女は二人のことを見もせずに裏庭から出ていく。


「一彦さん」

「……ん?」

「もう、大丈夫です。俺は半蔵の死を受け入れているし、もう揺さぶりをかけられても動揺しない。弱さを見せない」

「倫之助。おまえはまだ――」

「いいえ。まだ(・・)終わっていません。何もかも。カガチが遺した呪いも怒りも、まだ何も」


 蘇芳エーリクは姿を消したという。

 御堂は――今、病院に入院している。時折目を覚ましたかと思えば、すぐに眠ってしまう。その繰り返しだ。

 おそらく、蘇芳エーリクとカガチの力を瞬間的でも受けてしまったせいだろう。

 これからどうなるのか、誰にも分からない。


「俺は、それを殺さなければなりません。それからです。半蔵が遺してくれた、生をまっとうするのは」

「……戦うつもりか」

「はい」


 倫之助は頷き、裏庭に背を向ける。

 戦わなければならない。

 決して全人類のためではない。

 今を生きている、すべての人のためではない。

 それは結果論にしかすぎない。

 半蔵が人間で、一彦が人間で――。ただ、それだけだ。

 人間を根絶やしにするカガチの怨念は、決して弱くはないだろう。

 だからこそ、倫之助が戦わなければならないのだ。

 ヒトではない、倫之助が。

 それが、倫之助の「運命」で、「目的」で、「意味」で――「義務」だ。


「おまえ一人で抱え込むな」


 一彦の、雨のような不安定な声が聞こえてくる。

 揺らぎ。

 たとえるならば、そのようなもの。


「……もし」


 その声は、倫之助だった。一彦のことばに応えるように、呟く。彼の顔を、見ないまま。


「もし、あなたが俺と戦ってくれるのだとしたら――」


 倫之助の横顔だけが見える。眼鏡の奥の目は見えない。

 うねっている前髪が邪魔をして、見えないのだ。


「ヒトという枠を、俺はまだ外れずにいられるかもしれない。たとえ、最初からヒトではなくても、本当の心ない化物へ堕ちなくてもいいかもしれない……」

「何を、今更言っている。倫之助。俺は、おまえの相棒だぞ」

「死ぬかもしれない」

「それは俺が弱かった結果だ」

「助けられないかもしれない。あなたたち、人間を」

「おまえだけが悪いわけじゃない」

「……それなら……」

「俺も、戦うよ。幸い、蘇芳エーリクは姿を消している。なにも縛るものはない」


 倫之助は顔を上げて、黄金色の目を一彦へ向けた。


「それなら、俺も、あなたも――後悔しないかもしれないですね」



 雨は、もうほとんど降ってはいなかった。

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