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 次に目が覚めた時、すべてが終わっていればいい。

 そんな甘い夢を見ていた。


 だが現実は倫之助の身体を絡めとり、すべてが終わるまで苦しみ続けろという。

 生まれたことが罪ならば、生きることは罰なのだ、という。

 世界が言う。

 人間が言う。


 人類を惨殺するものが正義であってはならない。 

 おまえは観測者という名の殺戮者だ。


 誰もおまえを愛さない。誰もおまえを信じない。


(違う。)


 意識が朦朧とするなか、倫之助はわずかにその声に反抗した。

 

 それはちがう。


 たった一人の、友人がいた。

 倫之助を想ってくれるひとがいた。

 

 その人たちを、ないがしろにすることはできない。

 なかったことにできるわけがない――。


 ならば、抗い続けろ。

 世界の意思に、人々の恐怖に、抗い続けてみせろ。

 それが化物のおまえにできる唯一の(あがな)いだ。


 目を開ける。

 大きく呼吸をする。

 全身水浸しで、体が重く感じる。


「……生きている……」


 眼鏡はどこかに流されてしまったようだ。

 手探りで暗い岩肌をふれる。


 体のあちこちが痛む。

 崖から落ちたのだ、無傷ではすむまい。

 むしろ、生きていることに驚くくらいだ。


 海から這い出て、ごつごつとした岩の上に体をなげうつ。


「……月が」


 月が出ていた。


 一片の欠けもない、満月が。

 銀色の輝き。

 倫之助の目には、ひどくまぶしく映る。


 重たい手をその月へかざす。

 うすぼんやりとした、手の影。


 倫之助の目が悪いのは、ずっと昔からだ。

 とはいっても、いつからかは分からない。

 気づいたら眼鏡をかけていた。

 その視力の悪さを嘆いたことも、あまりない。

 眼鏡があれば見えるからだ。だが、反対に眼鏡がなければほとんどなにも見えない。


 ああ、そうか、と思う。

 ずっと前の観測者から受け継いだのだ、と理解する。

 観測者である自分を憂えて、世界を見えないようにしたのだ、と。


 倫之助はまだ十数年しか生きていない。

 100年前のあの風彼此使いは、倫之助ではない。

 あれは、前の代の観測者だ。

 観測者は、不死だが不老ではない。

 時間の軸を歪めない(・・・・)力を持ったとしても、ふつうの風彼此使いよりも強大な力を持っていたとしても、不死身ではないのだ。


「誰だ!?」


 はっきりとした声。

 懐中電灯を向けられて、おもわず目をつむる。


「子ども……? きみ、なにをしているんだ?」


 訝しそうにこちらに近づいてくるのは、近隣の住人だろう。


「……海に落ちてしまって」


 いまだ茫漠とした意識のなかでは、上手な嘘がつけなかった。

 顔の見えない男性は驚いたように声をあげて、急いでこちらに向かってきた。


「だ、大丈夫か!? 病院に連れて行ってやるからな、すこし待ってろ」

「いえ、大丈夫です。どこも怪我をしていませんから」

「しかし……」


 倫之助は体を起こし、ふう、と息をついた。

 ぼんやりだが男性の輪郭が見える。

 声からすると、それほど若くはない。老人というよりもまだ若い。


「それより、人とはぐれてしまって。この辺りに誰かいませんでしたか?」

「え? ああ、いや。そういう話は聞いていないな……」

「そうですか。だいぶ、離れてしまったみたいですね……。ちなみにここはどこですか?」

「Y町だが……」


 その町の名前は聞いたことがない。

 だいぶ流されてしまったようだ。

 倫之助は軽いため息をついて海水がしたたる髪の毛に触れた。

 ぐっしょりと濡れていて、頭も重い。


「東京まではどうやって行けばいいでしょうか」

「東京? 100キロ以上あるぞ。きみ、東京からきたのか?」

「ええ、まあ。そんなところです」

「事情があるんだな。まあいい。車に乗れ。とりあえず、その水びたしの身体をどうにかしなけりゃな」

「ありがとうございます」


 実際、風が強く、冷え始めた体には辛かった。

 ワゴン車に乗ると、男性はエアコンを入れてくれた。

 そしてラジオから21時をしらせる声が聞こえてくる。


「………」


 あれからもう、半日以上もたっていたのか。

 だが、そうだ。月が出ていたのだから。

 倫之助は、そっと喉に手をあてて、呼吸をした。


 一彦、半蔵は無事だろうか。

 そして、御堂も――。


 それから、10分ほどたっただろうか。

 古い民家にたどり着いた。

 一彦が見たという、何本もの骨があったという家に似ている。


「今日は泊まっていくといい。嫁に、夜食を作ってもらうから、その間に風呂であたたまっていればいいだろう」

「……ありがとうございます。助かります」


 ここの夫婦は、子どもがなかった。

 いや、いるが、すでに都会の方で仕事を見つけ、ここを出ていったという。


 湯船につかる。指の間から、湯がすべりおちた。

 【私たちのような存在は、消えてしかるべき。】

 おそらく、あのことばは前の観測者の言葉なのだろう。

 悔いていた。

 恐れていた。

 そして、彼女、あるいは彼らは絶望していた。

 観測者に生まれたことに。

 人類を破滅へ向かわせてしまうかもしれないことに。

 彼女たち、あるいは彼らはヒトが好きだったのだ。

 だから、あれほどまでに自らの生を憎んだ。絶望するほどに。


 だが――倫之助は幸運だったのかもしれない。

 その生を、認めてくれた人間がいたのだから。

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