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 青い目。黒い髪。

 間違いない。御堂松羽だ。


「――御堂」

「………」


 彼は何も言わない。

 ただ影のようにそこにたたずんでいる。


「御堂に何をしたんですか。――蘇芳さん」

「すこし協力をしてもらっているんだ。ほんのすこし、心をいじってしまったけれど」

「てめぇ……それが人間のすることか!」


 一彦の声が遠い。

 倫之助はただ呆然としていた。

 茫漠とした痛みを感じるほどに、ただここに存在しているだけのものになっていた。


 怒り、戸惑い。

 そういったものが身体を、心を蝕んでゆく。


「松羽くん。殺してくれるかな。造龍寺くんを」

「!!」


 松羽の手には風彼此が握られていた。

 黄金色に輝く、レイピア。

 松羽はレイピアを握ったまま、迷いなく一彦へ刃をむけた。


「くそ……っ」

「呪いはとけないよ。彼が死ぬまでね」


 蘇芳はまるでその言葉こそが呪いのように、微笑んだ。

 それが真実なのか、それとも笑えない冗談なのかは分からない。

 だが、殺させようとしていることは確かだ。

 しかもそれは松羽の意思に関係などない。

 ここに松羽の意思はないのだ。

 意思はなく、ただ殺し合いをさせている。


 そんなこと、あってはならないことだ。


「嘘だ」


 百花王と松羽の風彼此の軋む音が聞こえる。


「そんなことできる筈がない。蘇芳さん、あなたにはそんな力はない」


 ぼそぼそと独り言のように呟いている倫之助に、蘇芳は不審そうに、ん、と眉をひそめた。

 その時、だった。

 岩肌を濡れた何かが這う音が聞こえたのは。


「そう。オマエには、何の力もない……」

「きみはカガチだね? 僕はきみの力を欲している」

「何の力もないオマエに、私が授けるとでも思う? 私が授けるのは、観測者――今の時代で言う、倫之助という存在だけ――だった」

「ならば、僕が観測者になる。……今こそ、人類に鉄槌を与えるべきだ。不条理なこの世にある、すべての人類に」


 うたうように囁く蘇芳のことばを聞く人間は、どこにもいない。

 真正面に受け止める人間など、どこにもいないのだ。

 それなのに蘇芳はカガチを崇拝するような目で見つめている。


「オマエは、観測者にふさわしくない。そして、倫之助――この男もふさわしくない」

「造龍寺……!」


 半蔵が叫んだ先――一彦は、明らかに押されていた。

 剣先の細いレイピアに、太刀が負けている。


「……ちっ」

「………」


 一彦は迷っていた。

 このまま続けていれば、力負けしてしまう。

 だからといって百花王の力を発してしまえば、百パーセント、この少年は死ぬ。

 なぜならまだ彼の風彼此の力は未熟だからだ。そう「見えた」。

 ただ、力が強い。それだけだ。


「そこの男……。造龍寺一彦と言ったか? 見ただろう? オマエは。あの家で。幾重にも重なる、遺骨を」


 ちら、と倫之助――カガチの視線が一彦を見た途端、松羽の身体が、びく、と震えレイピアを落とした。

 すぐに一彦は動けなかった。

 そう、蛇に睨まれた蛙のように。まさにそのとおりだった。


「造龍寺! 何をしている、離れろ!」


 半蔵の叱咤でわれに返り、松羽との距離をとる。


「……さすが、カガチだね。ひと睨みで僕の風彼此を無力化するとは」

「私に風彼此は効かない。何故なら私は陰鬼ではないし、人類を滅ぼす存在だから」

「カガチ。一つ、聞きたいことがあるのだけれど」

「聞いてやってもいい」

「きみが寄生しているその男、僕は陰鬼の巣だと思っている。彼がいる限り、陰鬼は存在し続ける……」


 カガチはほんのすこしだけ、感心したようにうなずいてみせた。

 そして倫之助が絶対にしないような凶悪な笑みで蘇芳を見つめる。


そうだ(・・・)。オマエの言う通り、倫之助は陰鬼の巣。倫之助に引き寄せられて陰鬼は生まれる。人間の感情と共鳴して」

「……なんだと……」


 呆然とする。

 蘇芳の、ただ単なる戯言なのだと信じていた。

 だがカガチが言うのならば、それは「真実」として受け入れなければいけない。


「この男がいる限り、陰鬼は存在し続ける……。何故なら、倫之助は観測者。人間と陰鬼のバランスをとらねば、無意味だろ?」

「誰が……倫之助を観測者にした。なぜ、倫之助じゃなくてはいけなかった!」


 感情的になったほうが負けだ。

 分かっている。

 倫之助だから、ではない。最初から選ばれていたのだと。

 そして、そのために輪廻の輪のなかにいるのだと。観測者というためだけに生まれてきたのだ、と。


 ――それではあまりにも、哀しいではないか。

 倫之助に心が芽生えた。

 泣くことも、笑うこともできる。


「これは決まっていたこと。生きては死に、そしてよみがえってきた。観測者の役目からは逃れられない。死んでも」


 カガチはまるで憐れむようなものを見る目で、一彦を見つめた。

 彼女も、もしかするとその輪にとらわれているのかもしれない。だからといって哀れだとは思えないが。

 カガチを背負って、幾度も苦しんできただろう倫之助を思えば。


「死んだら終わりではない。私たちは。たとえ半蔵。キミが化物となった倫之助を殺しても、次の観測者が生まれる。殺しても意味のないことだ」

「……俺は観測者の坊ちゃんに仕えていたわけじゃない」

「そうだろうね。――っ!?」


 カガチの身体が急に強張る。まるで、ビデオを一時停止したかのように。


「ぅ……っあ、ぐ」


 頭を抱え、足をよろめかせながら呻く。

 カガチの思いもよらない変化に、一彦は立ち尽くすしかなかった。


「やめろ!!」


 血を吐くように叫んだのはカガチではなく――倫之助だった。

 その直後、電磁波にあてられた機械のように崩れ落ちたのは御堂と蘇芳だが、御堂の方は倒れたまま、ぴくりとも動かない。


「ぐ……っ、これ、は……」


 蘇芳は岩場に崩れ落ちたまま、倫之助を見上げた。


「……殺したく、ない……。人間を、殺したくは……」

「は……はは……っ、無様だね、倫之助くん。まだ、コントロールできていないのか。カガチを」

「お、お、お、俺、俺は……」

「坊ちゃん! 大丈夫ですか!?」


 駆け寄ろうとした半蔵をとめたのは倫之助自身だった。


「来るな!」


 ゆっくりと顔を上げる。

 すべてを察したような、そして絶望したような表情がそこにはあった。

 ざり、と靴が岩場を滑る。その先は岩場が終わり、崖がある。


「倫之助! それ以上……」


(嘘だ。)


【殺したくないなんて。】

【絶望ほど、甘い蜜はないだろう?】


(死んでも、逃れられないなどと。)

(どうすれば。)


【おまえは殺すために生まれてきた。】

【生きても死んでも、陰鬼は生まれる。】



「ああ――そうか……」



 誰かが叫ぶ声が聞こえた。

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