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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
小望月
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14

 対陰鬼総合機関のこのビル内に陰鬼が侵入したことは情報規制され、公にはならなかった。

 陰鬼を対処する総合機関が襲われたと知れば、一般人に不信感を抱かせてしまうからだ。


 倫之助はひとり、自室で手に楊貴妃を握っていた。

 出せる、ということに安堵したかったのが要因だった。

 そっとため息をつく。


 半蔵から連絡があったのは、それから三日後のことだった。

 倫之助の身を案じる文章が連なっていたが、彼が目をとめたのは蘇芳エーリクに関する文章だった。


 内容は、蘇芳エーリクが政府と絡みついているせいか、倫之助の「本性」をリークしたのがエーリクだということは確実だということ、そして「実験」はこれからは政府と表向いて協力し、進めていくということが書かれていた。


 倫之助とすれば、なんとなく分かっていたことだが、半蔵から直接のメールを見ると現実感がより増す。


「倫之助」


 ドアを叩く音が聞こえる。

 椅子から立ち上がって、ドアノブを引く。


 一彦が立っていた。

 髪の毛がすこし濡れている。


「どうしたんですか」

「テレビ、見たか」

「いえ」

「見てみろ。大変な騒ぎになってるぞ」


 リモコンのボタンを押すと、神妙な表情をしたニュースキャスターが、読み上げていた言葉に、倫之助の眉が寄った。


「風彼此使いを人工的に造ることができる、薬を開発――大守家?」

「ああ。副作用については何も語られていないが、副作用が全くないわけではないだろうな」

「でしょうね。無理やり体をいじるようなものですから」

 

 一彦は腕を組んで、呆れたようなため息を吐き出した。

 おそらく、どうなるか理解してしまったのだろう。


「まあ、蘇芳は面白くないだろうな。蘇芳の家と大守の家の衝突も目に見えているし、政府のお偉いさん同士のいざこざもあるだろう」

「人間同士で争って、何が楽しいんでしょうね」

「血を流さない分、マシだと思うんだがな」

「そういうものですか」


 倫之助はテレビから目を逸らすと、興味を失ったかのように椅子に座った。

 床に一彦の髪の毛から滑り落ちた水滴が落ちる。


「外に行かれていたんですか」

「ああ、煙草買いにな。雨、降ってんだよ」

「そうですか……」

「なにかあったか?」


 いえ、とかぶりを振り、手に楊貴妃を持つ。


「どうしてあの時……心に揺らぎができたんだろう、と思って」

「ああ、あの時か。別に、難しく考えなくていいんじゃねぇか。そういうもんだって割り切った方がいいぜ。そういうのは」

「――そうですね。そういうことにしておきます」


 楊貴妃を手放すと、倫之助は疲れたかのように息をついた。

 いまも、すこし揺らいでいる気がする。

 だからだろうか、不安を感じるのは。


「戦えないことがあんなにも不安だったなんて、思いませんでした」

「……ずっと、戦っていたのか」

「まあ。父が戦えるなら戦え、という人だったので」

「そうか……」

「そういえば半蔵からメールがきましたよ。蘇芳さんの実験は、政府と協力して続けていく、とのことでした」

「――なんだと?」


 一彦の声色が一気に低くなる。

 きつく倫之助をにらみ、ぐっと歯をかみしめた。


「まさか、好きにさせるなんて思っていないだろうな」

「……俺自身はどうでもいいんですが……。もうこういうのは勘弁してほしいですね」


 そう言い、倫之助は包帯で巻かれている右手を眺めた。

 傷口はもう閉じてはいるが、痛みはすこし、ある。

 けれど、もう楊貴妃を握れるほどまでに快復していた。


「蘇芳には俺が言っておいた。だが、無駄だったな」

「……?」

「いや、なんでもねぇ。とにかく、もう実験はさせない。おまえも早まった真似はするなよ。分かったな」

「はい」

「よし」


 にっと一彦は笑い、倫之助の頭をほんの少し乱暴に撫でた。

 前のめりになった倫之助は、ぼんやりとした、かたちの見えないぬくもりを感じていた。


「政府に背くことになるかもしれませんが」

「あいにく、長いものには巻かれない質だからな」

「結構、堅実だと思っていましたが」

「そうでもないんだがな」


 とはいってもギャンブルのような、勝ちも負けも分からないことはしない。

 だが、向こうはこの国を動かしている政府だ。

 政府の命令に背くことは、この国で孤立するということだ。

 今時、政府の命令に背いただけでこの国から切り捨てられることなどしないと思うが。


(だが、分からないな。)


 もしも人工的に風彼此使いにさせる薬を正式に政府が承認したのなら、風彼此使い不足は解消できる。

 なら、倫之助も「いらないもの」として弾圧させられるかもしれない。

 人類の脅威として。


「どっちに転がっても、あまりよくない傾向だ」

「何のことですか?」

「いや……政府が蘇芳側に転がっても、大守側に転がっても、って話だ」

「ああ、そういうことですか。まあ、そうでしょうね」


 一彦は腕を組み、ふう、と息をついた。

 そして何かを考えるそぶりをし、テレビを再び見つめた。


「さすがに、おまえの存在を政府がマスコミに公表することはしないだろうが……。まったく、動きづらくなったな」


 ふいに倫之助の視線を感じ、目を合わせる。


「まるで自分のことのように言うんですね」

「そりゃ、おまえが心配だからな」

「……そう、ですか」


 そっとうつむく倫之助を、一彦は目を細めて見下ろしていた。

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