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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
小望月
73/112

13

 警報が鳴っている。

 頭痛をもよおすような、鋭い音。


『警報。警報。ビル内に多数の陰鬼が出現。すべての風彼此使いは出撃せよ。繰り返す――』


 その警報で目が覚めた。

 ゆっくりと、倫之助は体をおこす。

 頭に手をあてて、頭を軽く振った。


「……警報?」

「倫之助!」


 ノックもしないで飛び込んできたのは、一彦だった。

 すこし、顔が青ざめている。


「よかった、無事か……」

「この警報は一体?」


 かなりの距離を走ってきたのか、膝に手をあてて、肩で呼吸をしている。

 僅かに、倫之助の目が見開かれる。

 一彦の後ろに、小型だが陰鬼が出現したからだ。


 動けない右腕をそのままに、彼は虚空(アカシャ)を一振り、その陰鬼を貫かせた。

 ぎっ、という、奇妙な声を発したまま、陰鬼は動かなくなった。


「そういうことですか……。学校と同じような事になったんですね」

「まあ、そういうことだ。それより逃げろ。おまえは戦えないだろ」

「いえ、戦います。右手が使えなくても左手がありますし。それに、すこし疲れますが虚空もある」

「まったく、とんだ強がりだな。いいから行くぞ」


 苦笑いする一彦が、手を差し伸べる。

 それをとってもいいのか分からなかったが、ここは従ったほうがいいだろう。その手を左手で握った。


「行くって、どこに行くんですか」

「そりゃビル内が攻撃されてるんだから、ビルの外に逃げるに決まってるだろ。おまえを連れ出したら、招集かかってるから俺は戻るけどな」


 小走りでビルの中を進む。

 風彼此使いはかなりの人数を見かけたが、陰鬼の死体はあまり見当たらなかった。

 小型だけならいいが、大型の陰鬼が出現してしまったら、こんなものでは済まないだろう。


「……やっぱり、俺も戦います」

「何言ってんだ。おまえ、その腕じゃ」

「大丈夫です。左腕がありますから」

「そんな器用なこと……」

「できます。まあ、少しはぎこちなるかもしれませんが」


 こういう時の倫之助は、何を言ってもきかなくなるだろう。

 ビルの外に出しても、すぐに戻ってきてしまうことは見て明らかだ。


「分かったよ。けど、無理するんじゃねぇぞ」

「分かってます」


 諦めて、足を止める。

 三角巾はそのままに、左手で楊貴妃を取る。


 直後、上から突き上げられるような振動を感じた。


「!?」


 ずしん、と足元を揺らされる感覚。

 これが何なのか、問うことはなかった。

 なぜか――目の前に陰鬼が出現したからだ。


 型はヒト型。紫剣総合学園の演習の時と同じ、絡新婦と似ている。

 目はぎらぎらと黄色に膿んで、殺気に満ちていた。


「数は4体ってとこか……」

「……懐かしい顔ぶれだな」

「おい、倫之助。早まるなよ」

「今の俺の状態は俺が一番分かってます」

 

 剣の刃のようになっている絡新婦の足が、狙ったように倫之助の真上に振りかざされる。

 それは試験の時よりも、はるかに速い。


 鉄と鉄がこすれあうような音。

 火花さえ散っている、一彦と絡新婦の交戦。

 しかも、倫之助を庇っていることは目に見えている。

 陰鬼もそれを理解しているのか、もう一本の足を倫之助へと振り上げた。


「倫之助!」

「………」


 倫之助はそれをぼんやりと見上げて、くちびるを開いた。虚空(アカシャ)、と呟く。

 

 右腕が使えないならば、左腕を使えばいい。

 それはそうだが、可能かと言われれば不可能だろう。倫之助は元から右利きなのだから。

 だから、できることと言えば虚空を出すことだけだ。

 それも最小火力にしなければ、この狭い廊下のなか、誤って一彦をも傷つけかねない。


 だが――虚空は出現しなかった。


 倫之助の目が見開かれる。

 だが、その「理由」はすぐに分かった。

 心の揺らぎだ(・・・・・・)


 未成年の風彼此使いは、心の揺らぎが多く、風彼此を出現させることができなくなる場合がある。

 倫之助は、それを恐れていた。

 だが、恐れていたのはごくごく最近だ。

 

 もしかすると、と思っていた。

 確かに、楊貴妃は出現させることができた。

 けれど、能力が使えないとなると、楊貴妃とてただの棒切れにしかならないだろう。


 倫之助の身体が突き飛ばされ、壁に背をしたたかに打つが、痛みはあまりなかった。


「一彦さん」


 ぼんやりと一彦が戦っている様子を見上げる。

 その騒ぎを聞きつけたのか、ほかの風彼此使いたちが集まってきた。

 

 絡新婦の甲高い悲鳴が聞こえる。

 

 心の揺らぎ。

 それは、特に珍しいことではない。

 高校生の年齢で現場に出ること自体ないからか、問題視されていなかったのだが。

 どく、と心臓の鼓動が妙に強く打つ。

 緊張しているのだと知る。


 座りこんだまま、倫之助は戦っている風彼此使いたちを見上げている。


 手に汗がにじむ。


 陰鬼がそこにいるのに戦えない。

 それがこんなにも不安になるとは思いもしなかった。

 いや、違う――。

 そうではない。

 彼が、一彦が戦っているのに自分が戦えない。

 そのことが不安なのだ。


「倫之助、大丈夫か」

「あ……はい」


 手を差し出される。その手をとっていいのだろうか、とふいに思った。

 絡新婦はもう、すべて倒されていたようだ。

 だが、まだ周りはざわついている。

 どうしてこのビル内に陰鬼が出現したのか、分かっていないのだろう。

 無論、倫之助にも分からないが、陰鬼が自らの天敵を殺そうとするのは当たり前だろう。

 だが、ここは蘇芳エーリクの力が及んでいる場所でもある。

 そして、陰鬼の出現を予知できる風彼此使いもいるだろう。

 事前に知らされていないということは、これは予知できなかった事象だ。


 一彦の手をとって、ゆっくりと立ち上がる。


「怪我は?」

「ありません。あなたが戦っていたんですから」

「まあな」


 彼は、倫之助のことを責めなかった。

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