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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
小望月
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 朝食をとったあと、蘇芳エーリクから呼び出しがかかった。

 スニーカーが、赤いカーペットに沈む。

 飴色のドアをノックすると、すぐに返事が返ってきた。


 ドアノブを引く。

 蘇芳エーリクが立って出迎えていた。

 その表情は、今まで通り読めない。ただ、微笑みを浮かべている。


「やあ。いきなり呼び立ててすまないね」

「いえ」

「どうぞ。かけて」


 エーリクは革張りのソファにかけるよう、促した。そのまま言われる通り、ソファに座る。


「きみに頼みたいことがあってね」

「……はあ」

「実験に付き合ってほしいんだ」

「実験?」

「医療班から聞いたんだ。きみの傷が一瞬で治ったということ。そして、やはりその身にカガチを宿しているということを」


 暗に、実験体になれ、と言っているようだ。

 大守花乃とおなじ思考の持ち主なのだろうか。いや、違う。エーリクは、倫之助を人間として見ていない。

 だから間違っていない。

 そう思っているのだろう。

 エーリクの赤い目は、強要をしている。そう感じた。


「分かりました。具体的に何をすれば?」

「呑み込みが早くて助かるよ。とりあえず、地下5階に来てくれるかな。医療班と解析班が待っている」


 何をすればいいのか、は答えてはくれなかった。言いづらい事なのだろう。それか断られたら困る、のどちらかだ。


 地上10階にある五光班班長室からエレベーターに乗りこむ。エーリクも、無論ついてきていた。


「倫之助くん」

「はい」

「きみは、誰かに恋をしているかい?」

「恋……? いえ、別に」

「そうか。なら、いいんだけど」


 エーリクは、知っていたのだろう。昨日の夜のことを。

 だが、かすかに胸が痛んだことは知らないはずだ。心は、誰にも見えないはずだから。



 エレベーターから降りると、眼鏡をかけた白衣の男性や、黒い髪の毛を後ろで縛った女性がエーリクと倫之助を待っていた。


「ご協力、感謝します」

「……こちらへ」


 無口そうな男性に促される。その眼は、倫之助をうさんくさいものでも見るような目をしていた。

 

 連れて行かれたのは、白い、大きな部屋。そして、鋼鉄の檻。その中から、ぎいぎいという聞きなれた声が聞こえる。

 ――陰鬼だ。

 ごくごく小型の。


「これから陰鬼を放す」

「……」

「きみの血で、陰鬼は本当に死ぬのか実験したいんだ。すこし痛むだろうけど、風彼此は使わないようにね。きみの力だと、一瞬で切り殺されてしまうだろうから」


 ああ、そうか。

 やはり蘇芳エーリクも、同じなのだ。

 嘘つきな大人。

 人間ではないことを確信したから、人体実験ではないのだと、そう考えているのだろう。

 それでも、倫之助は断らなかった。

 別に、誰のためでもない。

 心も痛まない。

 泣くこともない。


「じゃあ、頼んだよ」


 エーリクと解析班、医療班の人間は別の、防弾ガラス級の強靭さがあるであろう、ガラスの向こう側に移動した。

 エーリクがリモコンのボタンを押すと、檻が開かれた。

 人間の膝ほどの小型の陰鬼とはいえ、何もしなければヒトは死ぬ。

 陰鬼の身体はまさに「鬼」の形をしていた。額から角が突き出て、黒い体をしている。餓鬼のような姿だ。


 それはすぐに獲物を見つけた。


 ぼんやりと立ちすくんでいる格好の獲物に、餓鬼は喜んで駆け寄ってくる。

 鋭い爪を眼鏡のレンズごしに見た。


 右腕に鋭い痛みが走る。爪で裂かれたのだ。血がほとばしる。陰鬼はそれをまともに受け、悲鳴をあげた。

 人間の声が聞こえる。

 隣の部屋からだ。

 茫漠とした痛み。右腕を見る。かなり深く裂かれたようで、肉が見えていた。

 血を受けた陰鬼は、もう死んでいた。泡を吹いて。


 医療班の人間がパンチのようなもので素早く傷口を縫い、布を巻く。

 けれど、彼らの顔はどこか不思議そうだった。

 なぜかは分からないが、血がみるみる布を汚していく。

 処理班の人間が、陰鬼の身体を処理していた。


「痛み止めを打ちますか。結構縫いましたが」

「……結構です。それほど痛みませんので」


 エーリクと解析班は、熱心に録画していたであろう映像を見ている。倫之助に見向きもしない。

 別に構わないのだが。


「実験はこれで終わりです。お疲れ様でした。抜糸は2週間後です。また、ご連絡します」


 医療班の女性が、特に感情をこめずに頭をさげてくる。

 心は痛まなかった。

 ただ、腕だけが鈍い痛みを感じている。

 

 エレベーターのボタンを押す。流石に階段を上ることはできなかった。

 風彼此使いたちの居住区の廊下を歩く。すこし、視界がぼんやりとする。

 血が流れすぎたのかもしれない。

 

 黒い服を着た誰かが駆け寄ってくるのを見た。




「愚かとしか言いようがない」


 目を開けると、あの岩窟の中だった。

 緋色の振袖を着たカガチは、どこかイラついたように腕を組んでいた。


「何故、断らなかった」

「別に、いいだろ。命に係わるものでもないし」

「確かにそう。お前、痛いのがいいの?」

「痛いのは好きじゃないな」


 黒々とした髪の毛は素のつややかさがある。灯篭の灯りに反射して、きらりと光った。


「あの男……蘇芳エーリクといったか。あの男の前では、私は出てこれない。押さえつける力があるようだ」

「押さえつける? カガチを?」

「そう。言えば、ヒトの潜在意識を見ることができて、その力で抑えることもできる。まあ、簡単に言えば人形師ってところだ」

「ヒトを操ることができるということか」

「そんなところだな。だが、あの時……。実験をもちかけたときは、あの男は力を使っていなかった。まあ、あの男のことだ。人道に反する(・・・・・・)とでもいうのだろう」


 カガチは腕をほどき、岩に手を触れた。

 奥には小さな祠がある。周りに幣がかけられていた。


「まあ、注意することだ。それと……キミのプライベートに口を出すことは野暮だと思うが、あまりこの世に執着しないことだね」

「……そうだな」


 ふっと体が軽くなる。

 誰かが呼んでいるのだ、と自覚した。


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