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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
十三夜の月
59/112

14

 次の日も、雨が降っていた。

 

「揃ったか」


 今回指揮を執るのは、倫之助の父である沢瀉峰次であり、その下に倫之助、一彦、半蔵がそろっている。

 険しい表情で立っている峰次は、重々しく口を開いた。


「先遣隊からの連絡が途絶えた。これはかなりの大型の陰鬼だと思われる」

「……途絶えた……」

「そうだ。造龍寺。今、なにか”感じる”ところはあるか?」


 一彦は目を伏せ、わずかに考えるしぐさをした。

 だが――不気味なほどに、何も感じない。

 これがどういう意味なのか、分からないわけではない。


「――何も感じませんね。ただ、これは陰鬼がいない、という事ではありません。まるで、ジャミングされているような。何も感じないという事を感じる、ということがわかる分、いいと思いますが」

「そうか。先遣隊のことも気になる。早々に出立するが、いいな。運搬班もすでに待機している」


 頷かないものはいなかった。

 

 階段を降り、運搬班が運転するトラックに乗り込むまで、だれも口を開かなかった。

 先遣隊の連絡が途絶えた、ということは一彦が言った、ジャミングのせいでそもそも連絡が取れないのか、全滅したのかのどちらかだろう。

 だが、峰次自身は後者だろうと確実に感じていた。

 

「ジャミングされていようがいまいが、今回の陰鬼は相当な知性を持っていると思われる。人間と近い……同等の」

「――人間を越える知性を持つ陰鬼かと」


 ぼそり、と呟いたのは倫之助だった。

 

「どういうことだ」

「憶測にしかすぎません。そもそも陰鬼は、人間の負の感情が収束し具現化したものです。負の感情というものは、とても強い。強く、そして硬化的です。簡単には折れない。つまり、陰鬼はヒトという存在を――いつでも殺せるということです。それを理解している分、悪質的かもしれませんけど」

「……ヒトを舐めているということか。面白くねぇな」


 一彦は隣に座る倫之助を盗み見た。

 それはいつもの倫之助で、昨日のような不安定さは見られない。


「面白くないのも分かりますが、今回の陰鬼は今までの陰鬼とどこか違う気がしますね」

「こっちが舐めてれば痛い目を見るってか」

「そういうことかと」


 がたん、とトラックが揺れる。

 地面が抉られているのだ。

 周辺の住民はすべて避難所に避難しており、ヒトのいる気配はない。

 そう、――もう誰も(・・)いないのだ。


 血のにおいがする。

 一彦はかすかに眩暈を感じた。


 四肢は飛び散り、無残な姿をしていた。

 すでに何人の先遣隊がいたのかさえ、分からない。


「陰鬼は……」


 半蔵の言葉どおり、陰鬼の姿はなかった。

 ただ、血なまぐささのある空間が広がっているだけだ。


「一彦さん、分かりますか」

「ああ。陰鬼は、確かにここにいる。それは間違いないな」


 強烈な殺意。

 それを感じるのは、一彦だけかもしれない。

 だが、姿が見えない。

 厄介な陰鬼だ――。

 それだけは言える。

 姿が見えなくては、こちらは圧倒的に不利だ。


「姿が見えないか……。確かに先遣隊がやられるわけだ」


 峰次は呟き、おのれの風彼此――金獅子を抜き取った。

 黄金に輝くそれは、強敵だと知ったのか、武者震いするように、透明な音をたてている。


「沢瀉次長。こちらの殺意が陰鬼に伝われば、確実に次長へ攻撃を仕掛けますよ。ここは俺が前線に出るのが得策かと」

「……造龍寺。先遣隊を選出したのは私だ。この責任は私にある」

「予測不可能の事態でした」


 倫之助がつぶやくと、楊貴妃を鞘から抜きさった。

 赤い刀身が、くもった合間から見える太陽に反射する。


「幸い、陰鬼は血にまみれている筈。それを見つければ、何とかなるでしょう」


 彼は、電線をじっと見上げ、きしむのを見た(・・)

 ――来る。


 血がぱたぱたと地面に落ちてきた。

 だが、倫之助はその音など耳に入っていないように、柄を握りしめる。


(なぜ、陰鬼を殺すのか。)


 ふっと、誰かの声が聞こえてきた。

 倫之助はかすかに目を見開いたが、緊張の糸を解くことはなかった。

 血のあと。

 それが、唯一の陰鬼の姿だ。


 血の残骸の軌道。それを見つけた。

 久しぶりの陰鬼に歓喜に震える楊貴妃は、その血さえすすろうと、打ち震える。


(なぜ、陰鬼を殺すのか。)


 二度目の単語。ことば。

 もう、倫之助は動揺などしなかった。

 そんなもの、決まっているからだ。


 楊貴妃の赤い残光。

 陰鬼の肉体には届かなかった。

 ただ、かすっただけだ。


「そんなもの、決まっているだろう。敵だからだ。敵の言葉に心がうつろうほど、俺はできた存在じゃない」

「坊ちゃん、何を……」

「陰鬼がうるさいんだよ。なぜ、陰鬼を殺すのか、って」


 半蔵はかすかに息をのんだ。

 やはり、この陰鬼は「知性が高い」。知っているのだ。倫之助のことを。


「沢瀉次長。下がっていてください。俺が何とかしてみます。半蔵、一彦さん。援護を頼みます」

「……倫之助」


 ここでは、親子ではない。

 沢瀉峰次は上司であり、倫之助は部下である。


「……おう。任せとけ、倫之助」


 一彦の口もとが歪む。

 相棒と呼ぶにはまだ遠い。

 だが、すこしでも――、ほんのわずかでも信頼してくれているのだろう。


(なぜ、殺す。我らが同志よ。)


「言っただろ。俺はおまえたちの同志じゃない。敵だ。化物同士だとしても、俺はまだ選び取ってはいない」

「半蔵! 左だ!」


 一彦の声で半蔵は瞬時に体を動かした。

 動かさなければ――体ははじけ飛び、肉片としていただろう。


「分かってきた。この陰鬼の、音が」


 一彦が口の中でつぶやく。

 見えはしない。だが、聞こえる。空気の振動の音が。

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