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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
十三夜の月
58/112

13

 むき出しの、今まで見たことのない倫之助の心が見えた気がした。

 弱音、という名の。


「……それでいい」


 スーツが濡れて、重たくなる。

 爪先から、雨の粒が落ちた。


「行くぞ。風邪ひく」

「………」


 幼い子供のように、倫之助は頷いた。

 

 黄金色の目が、くすぶっていた。




 ビルに戻ると、倫之助はすぐに自室に戻った。

 倫之助の様子がおかしいのは、すぐに見て取れる。

 自分の存在する意味。

 それをもしかすると、知ったのかもしれない。

 

 だが、それは決していいことではなかったのだろう。

 雨の音がかすかに聞こえる。

 ここは地下のために、窓がない。だが、ほんのわずかでも聞こえるということは、だいぶ強い雨なのだろう。


「……一服してくるか」


 自室から出て、外に出ようと階段をのぼる。


「造龍寺」


 ふいに聞こえたのは、半蔵の声だった。

 はりつめた、声。


「どうした?」

「坊ちゃんの様子がおかしい。おまえ、何か知ってるな?」

「ああ……。悪いと思ってるよ」

「そう言うことを聞いているんじゃない。何をした、と聞いている」

「後悔することは呪いだと言っていた。すこし、話をしたんだ。おまえがしなかった話をな」

「……そうか。坊ちゃんは……なにかを知ったのかもしれないな……」


 半蔵はどこか寂しそうに笑っていた。

 この男ができなかった、しなかった話。

 あえて、だろう。

 半蔵は、倫之助の部下などではない。ただ、「主従」という関係だ。

 倫之助は半蔵の全てであって、そしてただ――付き従うだけだ。

 

「おまえのような存在が、坊ちゃんには必要なのかもしれない」

「なんだよ、寂しそうだな?」

「……俺にはできなかったことを、おまえは坊ちゃんにしてやれる。それはおそらく、必要なことだ。そうでなければ……坊ちゃんは――人間を滅ぼすことにためらいをなくしてしまう」

「おまえは、倫之助がヒトを滅ぼすことに是というのなら、それに従うのか」

「俺はあくまで、坊ちゃんを肯定するための存在。否定など、するものか」


 半蔵は、やはり笑っていた。

 なにかを隠しながらも。


「そこにおまえの意思はないのか?」

「俺の意思など……坊ちゃんには関係ないが、ただ、あるとすればあの人の役に立ちたい。それだけだ」

「不器用だな。おまえも、倫之助も」


 雨は強く、激しくなってきている。

 これだと、外に出た瞬間ずぶぬれだ。煙草をすうのはやめておこう。


「それにしても、あの花乃って女は、何なんだ? 口伝でしか伝えないということは、どうせやましいことでもあるんだろ?」

「タクシーのなかで説明したとおりだ。大守家は古い家で、昔から政府と絡んでいた。人工的に風彼此使いを生み出すという事も、本気で考えているんだろう。そしておそらく、それはもう進んでいる。兄とあの女の子供が、実験体になっているという事も本当のことだろう。第一段階はもうじき突破するだろうな。あの女の機嫌がよかったのはそのせいだ」

「あれで機嫌がよかったのか?」

「機嫌が悪い時には俺たちになど話はしないさ」


 こつ、とふいに足音が聞こえる。

 階段を、品のいいブーツで踏む音。


「面白い話をしているね」


 蘇芳エーリクだった。

 にこやかな表情だが、どこか気味が悪い。


「知っていた話では?」

「ああ、確かに知っているよ。服部半蔵保永くんのお子が実験体になっていることはね。許されないことだ」


 びりりと空気が震える。

 許されない。

 その言葉だけで、背筋に冷や汗をかく。


「非人道的すぎる。花乃という女のことは知っている。あの女の遺伝子は濃い(・・)。遺伝子情報を人工的に構築し、再現したものをまだ1歳にも満たない子にすこしずつ、流入している。一気に注入してしまえばその子の遺伝子が書き換えられて、あの女と同じ人間が出来上がってしまうかもしれないからね。それは危ぶまれることだ」

「蘇芳家と大守家はどういう関係なんですか?」

「造龍寺くん。きみの思っている通りだよ。大守家はヒトが戦わなくていい、陰鬼と対峙しなくてもいい世界を望んでいる。それは、政府も同じだ。すでに、諦めている(・・・・・)。人類が生存し続け、陰鬼を全滅させることを。だが、僕たち蘇芳の一族は違う。決して諦めない。陰鬼をすべてこの世から排除することを」


 そのために、倫之助が必要というわけか――。

 一彦は、心中でそっとため息をついた。

 どちらも、どこかいびつで、おかしい。

 大を助け、小を見捨てる。

 ふたつの家も同じなのかもしれない。

 蘇芳エーリクも、その代償に沢瀉倫之助を生け贄に差しだそうとしているのだから。


 だが、この世はきれいごとだけで回らない。

 回ることなど、できないのだ。

 誰が決めたのだろう。

 誰が、そんな残酷なことを決めたのだろうか。

 それが神と呼ばれる存在であったなら、誰もがそれを恨むだろう。憎むだろう。


「では、僕はこれで失礼するよ」


 蘇芳エーリクはそれだけ言うと、背を向けて階段を昇って行った。

 彼の力というものは、このビル全体に及んでいるということは、本当のことだったのだろう。

 筒抜け、ということだ。

 それで本当に、よく気が狂わないと感心する。


「ああ、半蔵。明日、陰鬼が出るようだから、さっさと寝た方がいいぜ」

「……そうか」


 半蔵は素直にうなずき、自室へと戻って行った。

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