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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
十三夜の月
55/112

10

 一彦はひとり、たばこを吸うために外に出ていた。

 ビル内でも喫煙室はあるのだが、ビルの中にいたくはなかった。

 

 昔から、一彦は気味悪がれていた。

 自分の――「気が付く」力が疎ましかった。

 だが、唯一造龍寺の家で理解してくれたのは鈴衛だったのだ。

 便利な力じゃない、と笑い飛ばしてくれたのは、彼女だけだった。


 今では便利なものだとは思うが、ヒトは知らぬ方がいいことというものもある。

 それは、感知型の風彼此使いにしか分からぬ苦痛だろう。


「一彦さん」

「あ? ああ、おまえか」


 灰皿に煙草を押しつぶして、くるとは思わなかった来客を見て、苦笑した。


「大人げなかったな」

「いえ、それは別にいいんですけど。すこしだけ、お聞きしたいことが」

「なんだ?」


 赤い縁の眼鏡を押し上げて、少しだけ言いづらそうに口を開いた。


「蘇芳さんには言わなかった――いえ、わざと、かもしれません。ただの異種返しで。鬼灯(カガチ)。あれは、間違いなく俺です。100年前から生きてきた、時間の軸を操れる化物――それが俺の正体です」

「……そうか。まあ、あの五光班班長がくだらねぇ嘘をつくとは思わないし、おまえもそんな馬鹿らしい嘘をつくとは思わん」

「信じるんですか」


 倫之助はかすかに驚いたそぶりを見せる。

 煙草を一本取り出し、ライターで火をつけた。

 ゆっくりと吸って紫煙をくゆらせ、一時、口をとざす。


「まあな。だが、それがおまえだってんなら、俺はどうともしねぇさ。100年前から生きていようがいまいが、おまえは沢瀉倫之助だ。鬼灯なんて名前じゃねぇし、女でもない」

「……まさか、そんなこと言われるとは思いませんでした」

「俺は結構、単純なんでね」

「沢瀉倫之助という名前は、祖母がつけたものです。ですが、あなたにとってはどうでもいいことなんですね」

「まあなあ。俺は倫之助っていう男しか知らねぇからな」

「そうですか。なら俺も、気にしないことにします」

「すこしは気にしろよ」


 一彦は苦笑いをして、煙草の灰を灰皿に落とした。

 倫之助の目は、空を見上げている。涼しい風が吹く。

 どこか、空が近く感じた。もうじき、本格的な秋がくる。


「そういや半蔵は?」

「さあ。いつも一緒ってわけじゃありませんから。まあ、半蔵は俺がいる場所くらいは把握していると思いますが」

「そりゃある意味怖いな」

「GPSでもつけさせてるんじゃないんですか?」

「その方が怖ぇよ。……倫之助」

「はい」

「ありがとな」


 一彦は灰皿に煙草を押しつぶして、感謝の言葉をこぼした。

 それが何故か分からず、倫之助が首をかたむける。


「じき、夕飯だ。俺が奢ってやるよ。なに食いたい?」

「え? いや、そういうわけには」

「俺はいま、気分がいいんだ。いいから奢られとけ」

「はあ。それじゃあ、お言葉にあまえて……」

「よし、じゃその辺の居酒屋に行こうぜ。久しぶりに日本酒でもかっくらいたい」


 酒をかっ食らうとはどういうことなのか分からなかったが、倫之助は準備をしてくると言ってビル内に入って行った一彦を見送った。


 その直後、背中にかすかな痛みが走った。

 歯をかみしめて、何とか声を出さないことに成功する。

 こめかみから嫌な汗がにじんだが、それはすぐに去った。


 おそらく警告のつもりだろう。

 あの岩窟の(カガチ)の。


 だが、一彦が言った言葉は深く倫之助のこころに刺さった。

 自分は自分だと、過去などどうでもいいのだ、と。

 それを信じるも信じないも、自分の「意思」次第だ。



 自分は、――沢瀉倫之助は、ヒトを見定める存在。

 観測者であること――。

 それは変わらないだろう。

 これこそが、化物として生まれ落とされた存在の意義だ。


 だが、やさしい人がいた。

 受け入れてくれた人がいた。


「俺は……」


 途方もなく、広い世界。それを観測することは、おそらく――つらいことだ。

 だが。

 そうしなければならない。

 意味。

 意義。

 自分がそれに焦がれていたのは、それがなかったからだ。

 そんな当たり前なことを、一彦に教えてもらった。

 

 くちびるが歪む。

 笑った、のかもしれなかった。



「おう、じゃあ行くか」

「……はい」


 思考に沈んでいた意識を浮上させたのは、やはり一彦だった。

 あたりは電灯がつきはじめたせいで、まだ明るい。

 腕時計を見ると、6時を過ぎていた。



「どこに行くんですか?」

「一番近くの居酒屋だ。時々行くんだが、酒の種類が多くてな。って、おまえ、まだ未成年だったな」

「はあ、一応……」

「そりゃ残念だ。まあジュースや茶も種類あるから、許してくれ」

「ええ、まあ、もちろん」


 会社帰りの疲れた顔をしたOLや、これから営業に行くであろう、急ぎ足の男性がおおい。

 そのような存在から、陰鬼はうまれる。

 ヒトは負の感情があるからこそ、生きていける。いや、バランスがとれるという事だろう。

 あの蘇芳エーリクが言うように。



 きらびやかな看板。

 ライトで照らされた看板には、この辺りではメジャーな居酒屋のチェーン店の名前があった。

 引き戸を引くと、威勢のいい声が聞こえてくる。


 いつの間にか個室を予約していたらしい。

 店員が案内したあと、ちいさな襖をしめた。


「ここなら、いろんな話できるだろ」

「聞かれてはまずい話ですか」

「まあ……仕事の話じゃないが。じゃ、まず飲み物選んどけ」


 メニューを渡されたが、見ずにとりあえずウーロン茶を頼んだ。

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