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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
十三夜の月
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「そういえば倫之助。タクシー呼んじまったがよかったのか?」

「ああ、そういえばご当主、夕食をご馳走してくれると仰っていましたね。まあ、いいんじゃないですか。電話でもしておけば許してくれるでしょう」

「そんなもんか」


 一彦が内心安堵していたことは間違いない。

 花乃という女がいる屋敷に、もういたくはなかった、と言うべきか。


「半蔵」

「はい。坊ちゃん」


 タクシーの助手席に乗っていた半蔵を倫之助が呼ぶと、すぐに笑顔でこちらを向いた。

 先刻の、花乃と話していた時の面影はどこにもない。


「花乃さんのことなんだけど。あの人、まだ何か隠していることがあるみたいだな」

「ああ……。そうでしょうね。大守家は口伝でしか伝えない家系ですから、やましい事があるのでしょう。まあ、あいつはそんなこと、どうでもよさそうですが」

「……半蔵。花乃って女が自分の子供を実験体にしてるって本当か?」


 一彦が問うと、半蔵はわずかに口を閉ざし、やがて肯定した。


「そう聞いている。風彼此使いを人工的に造りだす、と」

「そんな事が可能なのか?」

「さあ。興味ないからな。だが、人道から外れていることは確かだ。おそらくだが、あの子はそうそう長生きできないだろうな」

「……止めることは……」

「できないでしょうね。大守家は政府とつながっています。政府は今の風彼此使いの減少に危機感を覚えている。人工的に風彼此使いが作れるのなら、それは喜んで協力しているでしょうね」


 風彼此使いの減少。

 それは、政府が危機感を覚えるのにも分かる。

 陰鬼は風彼此使いにしか倒せないということは、日本国民全員が知っている事実だ。

 だからと言って、人工的に風彼此使いを造りだす、ということは人道から外れる。

 それは倫之助にも理解できるし、同意できるが、それを止めるすべを知らない。


「蘇芳さんも知っていることです。俺から見て、あの人はまともな人ではないですが、真っ当な人です。俺にはどうすることもできませんが、蘇芳さんがその事実を完全に掴めば……あるいは」

「……そうか。まあ、俺らは陰鬼を殺し尽くせ、っていう命令しか下ってねぇからな。とはいえ、そのまんまってのも面白くねぇ」


 わずかにイラついている様子を見せる一彦は、ビルの駐車場に停まったタクシーから出た。

 タクシーの運転手には、今の事を口外しないようにと半蔵が念を押していたが、服部家の人間のいうことだ、絶対に口外しないと運転手は硬い表情で頷いていた。

 おそらくだが、この運転手は服部の家を何回も往復していて、政府の人間も乗せたことがあるのだろう。


「さて、暗くなってきたし蘇芳さんに報告するか。つっても俺はあの女からの情報は知らねぇからな。倫之助。おまえが報告してくれよ」

「分かりました」

「では、俺はここで。坊ちゃん。十分にお気をつけて」


 大げさだな、と倫之助は肩をすくめ、蘇芳エーリクがいる部屋へ向かった。

 足の裏が沈むような絨毯を進み、木でできた豪奢な扉をノックする。

 すぐに返事が返ってきたが、一彦の表情がかすかに曇った。


「……何か嫌な予感がする」

「あなたが言うのなら、嫌なことが起こるのでしょう」


 倫之助は面倒くさそうに目を細めた。

 おそらく、また「おつかい」のようなことをさせられるのかもしれないし、陰鬼の討伐に駆り出されるのかもしれない。


「失礼します」


 ドアを開けると、椅子に座った蘇芳エーリクがにこやかに二人を出迎えた。

 手を机の上で組み、赤い瞳を細めている。


「その表情を見ると、どうやらつかんだようだね? 大守家のひみつを」

「やはり知っていたんですね。大守花乃のことを」

「僕は大守家と何かとあってね。倫之助くんたちは知っていると思うけど。さあ、ソファに座って。きみたちが掴んだ事実を教えてほしい」


 二人はエーリクがソファに座ってから、倣って座る。

 革張りのソファは、やはり固く感じた。


「まず、結果は成功です。100年前の風彼此使いの名前、性別、能力。それらを確認することができました」


 一彦は、それが「いやなこと」だと直感した。

 彼自身ではなく、倫之助自身が、だが。


「名は鬼灯(カガチ)。性別は女性。風彼此の力は――時間の軸を歪めない力」

「そうか。さすがだね、倫之助くん。しかし、性別は予想外だったかな」


 エーリクは足を組んで、どこか物憂げに口に指をあてた。

 だが、目を伏せた彼はすぐに何かを決意したように、顔をあげた。


「きみは、その女性のことを知っているかい?」


 その言葉に、倫之助の表情がわずかに曇った。

 いや――曇った、というよりも何かを思い出すように目を伏せた、というべきだろうか。


「そうですね。知っている、といえば知っているかもしれません」

「そうか。きみのなかの欠けた人格が、その人なのかもしれない。まあ、真実かどうかは分からないけど。でも、その人は倫之助くん。きみなのだろうね。僕はそう確信している」

「蘇芳さん。それは一体どういう……」


 この部屋にきて初めて、一彦が口をひらいた。


「100年前の風彼此使いは倫之助くんだと確信している、ということだよ」

「まるでおとぎ話のようですね」

「普通はそうだね」


 一彦の言葉に苛立ちもせず、エーリクは微笑んだ。

 

「他の人はそう言うだろう。それが普通だ」

「蘇芳さんにはそれが事実であるという確証があるんですね」

「そうだね。時間を歪める力と、鬼灯という名……。それだけで確証になるけれど、それだけではない、ということだけ言っておこうか」



 蘇芳エーリクはそれ以上、口に出すことはなかった。

 おそらく、これで話は終わり、ということなのだろう。


「ではこれで。そういえば……一彦さんが嫌な予感がする、と言っていました」

「そうか。さすがだね、造龍寺くん。おそらくだが、明日か明後日、陰鬼の出現率が高まっている」

「……失礼します」


 一彦は憮然として、ソファから立ち上がり一礼し、そのまま部屋を出てしまった。


「すこし嫌われてしまったみたいだね」


 エーリクは苦笑いをして、倫之助を見送った。

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