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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
十三夜の月
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 倫之助は峰次のいうとおり、次の日に何事もなかったかのように目覚めた。

 だが、まだ体がうまく動かないのか歩くのは辛そうだ。


「よう相棒。加減はどうだ?」

「まあまあです。体がまだこってる感じがありますけど」


 病室にやってきたのは、造龍寺だった。

 いつものよれよれのスーツにしわくちゃのシャツを着ている。


「そりゃそうだ。一か月も寝てたんだからな。五光班の班長――蘇芳さんって言ったか。その人の所まで歩けただけでも俺は驚きだが」

「俺もです」


 倫之助は肩を軽くすくめて、眼鏡をかけなおした。

 相変わらず、彼の赤い眼鏡は顔に浮いて見える。

 黒くうねる髪の毛は、一か月前とくらべてすこし伸びていた。

 当たり前だが、その事実がどこか神秘的に見える。

 それは馬鹿げた幻想だと信じながらも、造龍寺は倫之助から目が離せない。

 黄金色の目が、満月ととてもよく似ていたからだ。


 その視線にきづいた倫之助は、顔をあげて造龍寺を見上げた。


 造龍寺――造龍寺一彦(かずひこ)は、純粋な、芯から透き通った暗闇を見た気がした。

 今まで見てきた倫之助とちがう。

 薄ぼんやりとした存在ではない。

 純粋かつ、鮮明な色がそこにあった。

 完全完璧な――黄金色。

 まるで、黄水晶(シトリン)よりも濃く、シトリンよりも透明度が高い。


「なにか?」

「あ……いや。そういえば、俺の名前を言ってなかったな。鈴衛と混同しちまうだろ」

「そういえばお聞きしていなかったですね」

「一彦だ」

「そうですか。では、鈴衛さんと同じく名前で呼んだほうがいいですね」

「まあ、おまえに任せるさ。俺はどっちでもいい」


 造龍寺――一彦は笑い、ベッドの隣にあったパイプ椅子にすわった。

 なんとなく、胸ポケットをまさぐる。

 そこに煙草はあったが、ここが病室だと今更気づいて手をひっこめた。


「どうぞ。煙草吸いたいんでしょう。俺は構いませんが」

「そうもいかねぇよ。ここは一応病人の部屋だからな」


 ぼさぼさの髪の毛の一彦は、にっと笑った。

 その動きにあわせて、パイプ椅子がぎいと鳴る。


 鉄がこすれる音がしたあと、足音が聞こえてきた。

 靴音は、革靴のようだ。

 半蔵ではないことは確かだろう。


 一彦は目を細め、その靴音の音をたどる。


「あの靴音……おまえの親父さんでもない。蘇芳さんだ」

「靴音でわかるんですか?」

「ああ、そりゃな。俺の百花王の力の一つだ。出してなくてもそのくらいは分かる」

「それはまた……難儀というかなんというか」


 扉をノックする音が聞こえる。

 おそらく、五光班班長、蘇芳エーリクだろう。


「どうぞ」


 倫之助が答えると、扉は呆気なく開いた。

 そこには、グレーの三つ揃えのスーツを着た蘇芳エーリクがにこやかに立っていた。


「やあ、倫之助くん。気分はどうだい? それから造龍寺くん。ちょうどいいところに」

「俺はただの見舞客ですが。俺にもなにか?」

「そんなに卑下しないでくれ。きみの能力を僕は買っている」

「それはどうも」


 一彦は首の後ろを掻くように腕を上げた。

 その言葉をむやみに信じていない証だ。


「感知型の風彼此使いはとても貴重だからね。座っても?」

「どうぞ」


 倫之助が手をパイプ椅子へ向けると、エーリクはにこりと微笑んで椅子に座った。

 長い脚を組んでいるが、鼻にかける様子は全くなく、自然体だ。



「倫之助くん。きみと造龍寺くんが相棒(バディ)を組んでいることは知っている。だからこそ、僕はきみたちに話そうと思う」

「聞きたくないですけどね」

「まあ、そういわずに。造龍寺くん。やはりきみは”勘がいい”。とても貴重な存在だ」


 ということは、「聞きたくない話」あるいは「嫌な話」「面倒くさい話」なのだろう。

 エーリクはそれを華麗に受け流して、微笑みを絶やさずに――こう言った。


「調べてほしいものがある」


 と。


 倫之助は黄金色の目を伏せて、ちいさく息をついた。


「100年前の風彼此使いのことですか」

「そのとおりだ」

「……天女戦の……」


 一彦はぼそりと呟き、嫌なものを見たように眉をひそめた。

 時を止める、という、陰鬼でさえできない芸当をする倫之助の能力。

 時間の軸を歪めないということは、並大抵の風彼此使いでは命さえ危うい力だ。

 それでも倫之助はそれを使った。

 そして今も生きている。

 これはまぎれもない事実だ。

 100年前の風彼此使い――名前も史実には載っていない存在は、受け継がれてはいるものの、「本当かどうか」は分からない。

 ただの憧れとして、形作られているだけなのかもしれない。

 だが――存在したのだ、と戦慄する。


「時を止める、その能力は100年前の風彼此使いしか使えない。それは学校でも習ったはず。まあ、殆どの生徒は信じていないだろうけどね。でも、それ(・・)は存在する。僕はそれは知っている」

「なぜですか? ゆめまぼろしかもしれないのに」

「きみ自身が使っているじゃないか。それが現実だ」

「まあ、そうですけどね。でもあまり使いたくないんですよ。疲れるから」

「あれで疲れない風彼此使いはいないよ。そもそも、きみ以外時を止めるなんて芸当できはしない」

「なぜそう言い切れるんですか」

「……きみが一番よく分かっていると思っていたのだけど」

「俺が化物だからですか」


 黄金色の目がまたたく。

 満月のように。


「倫之助。おまえは自分を何だと思ってるんだ」

「……どうということはありませんよ。ただ――そうなんだ、と思っただけです」


 倫之助は化物だ――。

 恐ろしいことに、一彦もそう思ってしまっていた。

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