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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
十日夜の月
39/112

 ごうごうと煙が空を汚している。

 倫之助はただ、それを見上げた。

 消防士たちは、みな、懸命に火を消そうとしている。


「倫之助!」


 造龍寺の声に、はっと煙から視線を逸らせた。

 息をきらせて走ってきた彼は、煤でほおが汚れている。


「どうしたんですか、これは」

「糸巻さんだ」

「班長が、これを?」

「ああ。間違いはない。俺の目の前で火をつけたんだ」

「他の班の人たちはどうしたんですか」

「……今現在確認中だが、少なくとも3人死んだ。重症が10人だ」

「造龍寺の妹さん……鈴衛さんは」

「あいつなら、今ビルの中にはいない。幸運なことにな」


 水雪と鵠はどうなっているのだろうか。

 ひどい音をたててガラスが割れる音が響き続ける中、砂利を踏みしめる音が聞こえた。


「鵠、水雪! 無事だったか」

「ええ、何とか。にしてもなんで班長が……」


 鵠に肩を借りている水雪のほおにも、煤がついていた。

 それをぐいっと腕でぬぐい、呆然とした表情でビルを見上げる。





「狂った風彼此使いの末路が、これか」


 重い、低い声。

 聞き覚えのありすぎる声だった。


 沢瀉峰次。倫之助の父親の声。

 久しぶりに見るその姿は、威圧的だった。

 スーツを着込み、手には刀を模した金獅子(きんじし)という名の風彼此を握っていた。


「お久しぶりです。父さん」

「ああ」


 峰次はこちらをちら、と見て相槌を打っただけで、燃え盛るビルの入り口に歩いていく。


「沢瀉次長! こちらは危険です!」

「知っている」


 煙がかかるかかからないかの距離で、細く鋭い、鷹のような目でビルを見上げた。

 倫之助の背筋が凍るような、熱気。

 

「糸巻うい。これが(・・・)ヒトを裏返した末路だ。倫之助」

「裏返した……」

「欲にまみれ、ヒトの道を外れた風彼此使いは、敵となる。よく覚えておけ。糸巻ういが身を挺して証明した事実を」


 それは暗に陰鬼とはヒトから生まれるのだ、と言っているようだった。


「陰鬼は、ヒトから生まれる、と?」

「そうだ。昔から、鬼や妖といったものは、目には見えぬ畏怖や恐怖から生まれたものだ。何も、突発的に出現したわけではない。人間の醜い欲求や感情がなくならない限り、陰鬼は死なぬ。それを清らかな刃で絶つのが、風彼此使いだ」


 黒い煤が舞う。

 だが、それは煤ではなかった。

 よく見るとそれは、羽だった。ふわっとそれは舞って、倫之助の手の甲に触れた直後、それはかすかな痛みとなった。

 反射的に手の甲を見ると、やけどのような跡ができていた。


「狂った風彼此使いは、今までにいくつか例がある。秘密裏にされていたことだがな。それが――完全ヒト型の陰鬼だ」

「……!!」


 半蔵が言っていた、赤いプールのような場所に閉じ込められていたヒト型の陰鬼。

 あれは、本当にもとは人間だったのだ。


「狂った原因は……倫之助。お前にあるようだな。だが、いい。陰鬼の”出所”が判明したのだから」

「消火にはまだ時間がかかるようです。次長」


 強張った顔をした見知らぬ女性が、峰次に問いかけるように伝えた。


「そうか。いたし方あるまい。このまま、戦うしかなさそうだ。倫之助。お前も参戦しろ。造龍寺」

「はい」


 かすれた声で造龍寺が返事をすると、峰次が顎を外側へむけた。


「お前は怪我人の運搬を手伝え。ここは五光班と、倫之助が引き受ける」

「承知しました。水雪、動けるか」

「勿論です」

「分かった。鵠、怪我人の援護を優先しろ。いいな」

「はい」


 五光班は峰次を合わせて3人。倫之助を加えてでも4人だ。

 それだけで敵うのかさえ分からない。

 相手はもともと蝶班の班長の「糸巻うい」だ。彼女のもとからあった力も分からない。


「……父さん。ヒト型の陰鬼の力は、4人で太刀打ちできるんですか」

「さあな。4人全員でかかれば敵うかもしれないし、全員殺されるかもしれない」

「そうですか。まあ、いいです。やってみないと分からないですから」


 自身の風彼此、楊貴妃を手に取った直後、それ(・・)は舞い降りた。

 糸巻うい「だったもの」。

 彼女は白い肢体をさらけ出し、その手には死神の鎌のようなものが握られていた。

 はだしの「それ」は、茶色のゆるやかなカーヴを描く髪の毛を払って、微笑んだ。


 ぞっとするような、ヒトにはできないほどの、美しい笑みだった。


 金獅子を構えた峰次を皮切りに、他の2人もそれぞれ日本刀を携えた。


「来ます!」


 パンツスーツを着込んだ女性が叫ぶ。

 

 その直後、空気を切る音が聞こえた。ひゅっ、と音がして倫之助はとっさに地に膝をついて伏せる。

 それは的確に、倫之助を狙っていた。


「やはり、陰鬼になってからもお前に執着するのだな」


 峰次は感心したように頷いてみせた。


「彼女はなぜ俺に執着するんです」

「それはお前が一番分かっている筈だが」


 無駄口は叩くな、とでもいうかのように峰次は吐き捨てた。


 彼女は鎌を軽々と片手で持ち上げ、ひょい(・・・)と軽く振った。

 それに呼応するかのように大きな破裂音が聞こえた。

 一階のエントランスの扉が弾け飛び、ガラスがこちらに飛んできたのだ。

 その破片は細かで多く、倫之助たちはよけきれずに頬や腕を切った。


「どんな能力なのか、分からないな……」


 ぼそりと呟いた倫之助に応えるように、彼女は笑った。

 そして風のようなスピードで倫之助の目の前に優雅に降り立った。

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