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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
上弦の月
36/112

 半蔵は出血量が多く、一時危険な状態だったが、今は持ち直している。

 四人部屋の、ごくごく普通の病室に移動になったのは、一日後だった。

 半蔵はまだ目を覚まさないが、いつ目を覚ましてもおかしくはない、と医者から伝えられた。

 安いパイプ椅子に座り、ぼんやりと半蔵の端正な顔を見下ろす。


 手を振り払われたことがショックだったのか、と言えばそうかもしれない。

 けれど、今となってはすぎたことだ。

 「どうでもいいこと」になってきている――。


 外はすでに暗く、カーテンが引かれていた。

 後ろを何気なく見ると、自分の顔が映っていた。

 黄金色の目が、どこか鈍く光っているように見える。


 足を組んで、無意味に天井を見上げた。

 もう、とっくに病室のけが人は寝静まっている。

 誰かのいびきが聞こえてくるが、倫之助は気にしていない。

 ただ、腹の中が重たかった。

 それはどこからくるのかさえ、分からない。

 言うなれば、気分が悪い、と言えばいいのだろうか。

 

「……う……っ」


 わずかなうめき声に、倫之助は視線をゆっくりと半蔵に向けた。

 肩が痛むのか、顔をしかめている。


「半蔵」


 倫之助の声に、はっと目を開いた半蔵はまるで叱られそうになっている子供のように、情けない表情をした。


「申し訳ありません……。俺としたことが、陰鬼の幻覚に引っかかるなんて……」

「なんだ。すっかり覚えていないと思ってた」

「覚えていない……って」


 起き上がりそうになる半蔵を手で制して、はあ、とわざとらしくため息をつく。

 そのため息に、半蔵はやはり情けない顔をして、「申し訳ありません」と呟いた。


「別に、責めてるわけじゃない。幻覚に引っかかるのはしょうがないし。どうでもいいことだよそれは」

「どうでもって。坊ちゃん、あなたは――」

「どうでもいいさ。始末はつけたから。まあ、自分の頭を自分で刎ねるなんて、そうそうできない経験だったけど」

「……刎ねた……んですか」


 青ざめた顔をしている。

 申し訳ない顔をしたり、青ざめた顔をしたり、忙しい男だ。


「そうでもしないと死ななそうだったから。……半蔵。おまえ、全治2週間だそうだ」

「そ……そうですか」

「看病してやろうか」


 組んだ足をぶらぶらと揺らしながら眼鏡のヘッドを押し上げた。

 「えっ」と半蔵はなぜか嬉しそうな顔をする。


「何を考えているんだ、おまえは」

「え、いえいえ、なにも、別に」

「顔がだらしない。看病してやろうかと思ったけど、思いなおそうかな」

「えっ! そ、そんなぁ!」


 腹の中がまだ、重い。

 おそらく、まだ拒絶されたことに気分が沈んでいるのだろう。


 「不安。」それが一番しっくりくる単語かもしれない。

 どうでもいい、と言ったくせに。

 自嘲する。

 パイプ椅子から立ち上がると、ぎしり、と音がした。

 四人部屋だが、ここにいるのは半蔵をいれて3人だ。

 

 半蔵がゆっくりと、痛みを耐えるように起き上がる。


 倫之助は促されるがまま、ベッドの上に馬乗りするように乗り込んだ。

 そっと、顔を近づける。


「馬鹿な半蔵」


 耳元でささやく。ぴく、と肩が揺れるのを、視界の先で見た。


「どんな幻覚を見た?」

「そ……それは」

「言えないくらいのことか」

「……ん……っ」


 半蔵の耳朶を舌で(ねぶ)る。彼の喉が鳴る音が聞こえて、どこか優越感を覚えた。

 

 この行為は、きっと何の意味もない。

 好きだとか、嫌いだとか。

 そういったものは、どこにもないはずだ。

 けれど、半蔵はどうなのだろうか。

 嫌いな人間にこういう行為をすることはないだろう。

 だったら、好きなのだろうか?

 分からない。

 好きとは何だろう。

 何なのだろう。

 どういう思いが、好きだということなのだろうか。


「ん……ん」


 鼻にかかる声。

 それを必死に抑える。この病室にはほかに2人、いるのだから。


 半蔵の強い力が、倫之助の腰を掴んで離さない。

 何度も、キスをした。

 息が上がるまで。


「は」


 何故だろう。

 何故、半蔵は倫之助にキスをするのだろうか。

 分からない。

 

「坊ちゃん……」

「……当たってる」

「す、すみません……。でも仕方ないじゃないですか……」


 半蔵の下半身が倫之助の下半身に当たっている。

 申し訳なさそうにしているが、半分は開き直っているようだ。


「ここは病院だ。これ以上はしないぞ」

「わ、分かってますよ。俺だって、常識くらい持ってますから」

「そうか。なら残念だな」

「えっ」


 どこかで期待をしていたのだろう。

 驚いた表情でこちらを見つめるが、向こうが「わかっている」と言ったのだ。だから、しない。

 

「じゃあな。また明日、来る」

「来てくださるんですか」

「造龍寺さんにおまえのお守を頼まれたからな」


 静かにドアを引く。

 何回目かのため息を吐き出した。

 壁に背中を預けて、くちびるに残っている半蔵の唾液をぬぐう。


 馬鹿な男だ。

 

 自分も、半蔵も。

 好きなのかさえ、伝えない。

 言うなれば、ただの性欲処理の道具なのかもしれない。

 どちらも。

 別に、それでもよかった。

 構わない。

 それでも。

 これからも、ずっと。

 変わらないのだから。

 自分たちは。

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