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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
上弦の月
33/112

 次の日、いつ陰鬼が出現するか分からないからか、朝早くに起きた。

 ぼんやりとする頭を何とか覚醒させて、早い朝食をとる。

 

「おはよう、倫之助」

「おはようございます……」


 欠伸をかみ殺して食堂の椅子に座った。

 食事番の女性たちはてきぱきと食事を作っている。

 

「まだ出現しないと思うから、ちゃんと食っとけよ」

「……はい」


 造龍寺も頭はっきりとしていないのか、目がぼんやりとしている。

 それはそうだろう、いつもだとまだ眠っている時間帯だ。


「半蔵は? どうした」

「さあ……知りませんがまだ寝てるんじゃないですかね」

「そうか……。今回は半蔵と水雪と鵠、おまえと俺の5人で出撃する予定だったんだがな」

「ちょっと俺、起こしてきます」


 水雪と鵠は、食堂にいる。

 彼らはすでに食べ終わってしまいそうだというのに、半蔵は何をしているのだろうか。


 椅子から立ち上がり、廊下に出るとあわただしい足音が聞こえてきた。


「ぼ、坊ちゃん! 遅れました!」

「遅い。もう朝食食べ終わるぞ」

「はい。申し訳ありません」


 本当に申し訳なさそうに、頭をさげてくる。

 再び食堂に戻って、急いで食べ始める半蔵に呆れながらも、自分も残りを平らげた。


「ところで、倫之助。糸巻さんから何か聞いているか? 今日のことについて」

「え? いいえ。特に何も」

「そうか……。糸巻さんが見つからなくてな。部屋にもいないし、勝手に出撃していいものか」

「……いいんじゃないですか、別に。行かない方が問題でしょう」

「そりゃそうか」


 最近ういの様子がおかしい、と水雪も言っていた。

 部屋にもいないというのが気にかかる。

 関係ないといえば関係ないのだが。

 もし、本当に倫之助から血を抜いたのだとしたら、そこには何らかの理由がある筈だ。


「……まあ、何でもいいか……」

「ん? 何がだ」

「ああ、いえ。何でもないです」

「……半蔵、食ったか」


 造龍寺が半蔵を見ると、今ようやく食べ終えたのか必死に嚥下していた。


 お盆を食事番の女性に返し、エントランスに5分後に集合がかかった。

 時計を見ると、6時だ。

 もう空は明るいだろう。

 

 エントランスで待っていると、半蔵がすぐにやってきた。

 

「坊ちゃん。申し訳ありません。寝坊してしまいまして」

「いいよ別に。間に合ったんだから。……眠れなかったのか」

「ええ! 久しぶりにご褒美をいただきましたから!」


 それはいったいどういう意味で眠れなかったのだろうか。

 倫之助は考えるのを中断して、足音がする方向を見上げた。


「早いねー、二人とも」


 鵠と水雪が笑って、手を振っていた。

 そういえば、この二人はいつも一緒にいるような気がする。どのような間柄なのか気になったが、問うのも野暮だろう。


「どんな陰鬼か分からないから、気張ってかないと。私たち、天女の時早退しちゃったじゃない。今回は大活躍しちゃうからねー」

「水雪、いいのか? そんな大口叩いて」

「いいんだよ。だてに蝶班やってないからね。こうでも言わないと、また足元すくわれちゃうもん」

「おいお前ら、準備はできたのか?」


 軽口をたたいているときに、ちょうど造龍寺もエントランスにやってきた。

 やはり、ういはいない。


「じゃ、行くぞ。場所は紫剣総合学園前だ」

「了解」




 運搬班が運転するトラックに乗り込む。

 彼らも風彼此使いで、万が一、蝶班らが乗っているトラックが襲われたとき、臨機応変に対応できるのが運搬班という班らしい。

 なので、運搬班は最低でも2人は同じトラックの中にいる。

 バディと同じようなものだろう。


「懐かしいなあ紫剣総合学園」

「そういえば、水雪と会ったのも紫剣総合学園だったな」

「うん。そうそう。よく覚えてるよー。鵠のこと。自分の力のこと、鼻にかけてるヤなやつだった」

「おいやめろよ。俺の黒歴史なんだよそれは」


 がたん、とトラックがかすかに揺れる。


 倫之助は、鵠が自分の力を鼻にかける奴とは思えない。

 だがそれが真実であれば、紫剣総合学園を卒業して蝶班に入って、だいぶ変わったということになる。

 倫之助は今のところ「全く変わってない」と自負できた。

 変わる必要性があるのかどうかが問題だった。

 けれど、ヒトというものは変わる生き物なのだ。

 造龍寺も半蔵も鵠も水雪も、みんな変わるのだろう。これからも。


 (俺は?)


 暗闇の中でさまようような感覚が芽生えた。

 だが、そんなことを考えてセンチメンタルになるような神経ではない。 

 置いていかれるかもしれないが、半蔵だけは立ち止まってくれているのだ。

 半蔵は変わらない。

 変わらないまま、倫之助の傍にいてくれる。

 けれどいつかは変わるのだろう。

 服部の家も、後継ぎが必要なのだから。

 もっとも半蔵は次男だから、そんなに神経質になる程でもないのだろう。

 だが、服部半蔵正成の名を継ぐには子供が必要だ。

 だからいずれは、半蔵も倫之助の前から姿を消すのだろう。



「つきました。まだ、陰鬼は現れていないようですね」


 運搬班の男性が体をひねってこちらを見据えた。

 造龍寺は頷いてシートベルトを外し、外に出る。倫之助達もそれに従った。


 全員が降りたところでトラックは動き出し、規制を張るために警察へ行ったようだ。


「造龍寺さん」

「ん?」

「あれ、何ですかね」


 倫之助が指をさしたその場所――電信柱に、何かがぶら下がっていた。


 それ(・・)はどう見ても、人間だった――。

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