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次の日、いつ陰鬼が出現するか分からないからか、朝早くに起きた。
ぼんやりとする頭を何とか覚醒させて、早い朝食をとる。
「おはよう、倫之助」
「おはようございます……」
欠伸をかみ殺して食堂の椅子に座った。
食事番の女性たちはてきぱきと食事を作っている。
「まだ出現しないと思うから、ちゃんと食っとけよ」
「……はい」
造龍寺も頭はっきりとしていないのか、目がぼんやりとしている。
それはそうだろう、いつもだとまだ眠っている時間帯だ。
「半蔵は? どうした」
「さあ……知りませんがまだ寝てるんじゃないですかね」
「そうか……。今回は半蔵と水雪と鵠、おまえと俺の5人で出撃する予定だったんだがな」
「ちょっと俺、起こしてきます」
水雪と鵠は、食堂にいる。
彼らはすでに食べ終わってしまいそうだというのに、半蔵は何をしているのだろうか。
椅子から立ち上がり、廊下に出るとあわただしい足音が聞こえてきた。
「ぼ、坊ちゃん! 遅れました!」
「遅い。もう朝食食べ終わるぞ」
「はい。申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうに、頭をさげてくる。
再び食堂に戻って、急いで食べ始める半蔵に呆れながらも、自分も残りを平らげた。
「ところで、倫之助。糸巻さんから何か聞いているか? 今日のことについて」
「え? いいえ。特に何も」
「そうか……。糸巻さんが見つからなくてな。部屋にもいないし、勝手に出撃していいものか」
「……いいんじゃないですか、別に。行かない方が問題でしょう」
「そりゃそうか」
最近ういの様子がおかしい、と水雪も言っていた。
部屋にもいないというのが気にかかる。
関係ないといえば関係ないのだが。
もし、本当に倫之助から血を抜いたのだとしたら、そこには何らかの理由がある筈だ。
「……まあ、何でもいいか……」
「ん? 何がだ」
「ああ、いえ。何でもないです」
「……半蔵、食ったか」
造龍寺が半蔵を見ると、今ようやく食べ終えたのか必死に嚥下していた。
お盆を食事番の女性に返し、エントランスに5分後に集合がかかった。
時計を見ると、6時だ。
もう空は明るいだろう。
エントランスで待っていると、半蔵がすぐにやってきた。
「坊ちゃん。申し訳ありません。寝坊してしまいまして」
「いいよ別に。間に合ったんだから。……眠れなかったのか」
「ええ! 久しぶりにご褒美をいただきましたから!」
それはいったいどういう意味で眠れなかったのだろうか。
倫之助は考えるのを中断して、足音がする方向を見上げた。
「早いねー、二人とも」
鵠と水雪が笑って、手を振っていた。
そういえば、この二人はいつも一緒にいるような気がする。どのような間柄なのか気になったが、問うのも野暮だろう。
「どんな陰鬼か分からないから、気張ってかないと。私たち、天女の時早退しちゃったじゃない。今回は大活躍しちゃうからねー」
「水雪、いいのか? そんな大口叩いて」
「いいんだよ。だてに蝶班やってないからね。こうでも言わないと、また足元すくわれちゃうもん」
「おいお前ら、準備はできたのか?」
軽口をたたいているときに、ちょうど造龍寺もエントランスにやってきた。
やはり、ういはいない。
「じゃ、行くぞ。場所は紫剣総合学園前だ」
「了解」
運搬班が運転するトラックに乗り込む。
彼らも風彼此使いで、万が一、蝶班らが乗っているトラックが襲われたとき、臨機応変に対応できるのが運搬班という班らしい。
なので、運搬班は最低でも2人は同じトラックの中にいる。
バディと同じようなものだろう。
「懐かしいなあ紫剣総合学園」
「そういえば、水雪と会ったのも紫剣総合学園だったな」
「うん。そうそう。よく覚えてるよー。鵠のこと。自分の力のこと、鼻にかけてるヤなやつだった」
「おいやめろよ。俺の黒歴史なんだよそれは」
がたん、とトラックがかすかに揺れる。
倫之助は、鵠が自分の力を鼻にかける奴とは思えない。
だがそれが真実であれば、紫剣総合学園を卒業して蝶班に入って、だいぶ変わったということになる。
倫之助は今のところ「全く変わってない」と自負できた。
変わる必要性があるのかどうかが問題だった。
けれど、ヒトというものは変わる生き物なのだ。
造龍寺も半蔵も鵠も水雪も、みんな変わるのだろう。これからも。
(俺は?)
暗闇の中でさまようような感覚が芽生えた。
だが、そんなことを考えてセンチメンタルになるような神経ではない。
置いていかれるかもしれないが、半蔵だけは立ち止まってくれているのだ。
半蔵は変わらない。
変わらないまま、倫之助の傍にいてくれる。
けれどいつかは変わるのだろう。
服部の家も、後継ぎが必要なのだから。
もっとも半蔵は次男だから、そんなに神経質になる程でもないのだろう。
だが、服部半蔵正成の名を継ぐには子供が必要だ。
だからいずれは、半蔵も倫之助の前から姿を消すのだろう。
「つきました。まだ、陰鬼は現れていないようですね」
運搬班の男性が体をひねってこちらを見据えた。
造龍寺は頷いてシートベルトを外し、外に出る。倫之助達もそれに従った。
全員が降りたところでトラックは動き出し、規制を張るために警察へ行ったようだ。
「造龍寺さん」
「ん?」
「あれ、何ですかね」
倫之助が指をさしたその場所――電信柱に、何かがぶら下がっていた。
それはどう見ても、人間だった――。




