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 沢瀉(オモダカ)の家は広い。

 古い日本家屋で、周りをぐるりと石垣で囲んでいる。


 倫之助が学園から帰ってくると、竹ぼうきで落ちた葉を履いている男がいた。

 いつも同じ時刻、同じ場所を履いている。

 その男は沢瀉の家の住み込みの手伝い人で、名を半蔵と言う。

 半蔵も風彼此使いで、服部半蔵正成の名を継いでいるらしいが、なぜほかの家の手伝いなどしているのかは倫之助も分からない。


「お帰りなさい。坊ちゃん」

「ああ――うん。ただいま」


 半蔵は一目見るとモデルも吃驚するほど、端正な顔立ちをしている。

 黒い髪の毛はさらさらとしていて、倫之助の少しだけうねった髪とは程遠い。


「それより、坊ちゃんって言うのやめてくれないかな……」

「何を言うんです。旦那様の坊ちゃんなんですから、坊ちゃんじゃないですか」


 そのよくわからない理屈は、すでに何十回もやりとりされている。

 半蔵はにこにこと微笑んだまま、竹ぼうきをつかみなおした。

 藍色の作務衣を着ている半蔵は、はたからみればどこかの職人のようだが、まあ、似たようなものか。


「それより、決まったよ」

「何がです?」


 倫之助は肩掛けのバッグを担ぎなおして、「陰鬼退治」とつぶやいた。


「へえ! それはそれは……。ようやく、ですか」

「うん、まぁ、それはね。実践授業とは言え、本物だからね。クラスの生徒もみんな気を張ってる」

「そりゃまあ、そうでしょうね。あの子らにとっては(・・・・)初めてですからねぇ」


 顎を撫でながら、半蔵はにやにやと口許をゆるめている。


 そのとき、ふいに松の木が風でしなり、ざわざわと鳴いた。


「……いやな風ですね。悪鬼羅刹を運び込んできそうだ」

「……」


 生ぬるい風。

 倫之助は黄金色の目を細め、風の方角を見据えた。

 ゆるいくせのある髪の毛がさらされ、ばたばたと耳元で音がする。


「……さ、坊ちゃん。なにか起こる前に部屋へ」

「もう遅い」


 ぼそりと誰に言うということもなく呟く。

 そのつぶやきを置き去りにして、その場から駆け出した。


「ちょ、坊ちゃん! あーあ……もう。まいったな……」


 ぼりぼりとつややかな髪の毛を掻いてから、半蔵はその場から消えた。





 ――はっ、はっ、


 どうして。

 どうして、どうして、どうして。

 なんで。

 なんで、こんなところに?


 雛田馨はひどく混乱していた。

 震える足は無様で、感じたことのない感情が胸のなかでどうしようもなく渦巻いている。


 目の前には、ひどく肥大化した大百足が涎を垂らしていた。

 大百足は黒ずんでいて、何人か食ったのか巨大な二メートルほどもある口からは、ひどい死臭がしている。

 馨は思わず口を手で覆い、嘔吐した。


「う……っ」


 みじめだ。

 このまま、死ぬのか?

 なんで。

 選ばれた私が?

 どうして。

 授業もすべてAランクの私が?

 どうして、風彼此を出せないの?


 馨はその場に崩れ落ち、がたがたと震える体をどうすることもできずにただ呆然としていた。

 のろのろと足を動かす百足は、ゆっくりと、それでも馨を飲み込もうと蠢いている。


 あと、一メートル。

 これは、引き金だ。


「ぃや……」


 あと三十センチ。



 ――風が吹く。


 馨の長い髪の毛がゆらりと揺れる。


 ――赤い閃光が馨の目を焼いた。



 そこにいたのは、普段クラスでも目立たなくて、成績もぱっとしないクラスメイト。


「お、沢瀉、くん?」


 学ランの裾が風でばたばたと舞い、右手には風彼此――真っ赤な刀身の軍刀を握っていた。

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