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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
三日月
26/112

11

 半蔵は当たり前のように助手席に乗り込み、「紫剣総合学園まで」と運転手に告げた。


「紫剣総合学園? あそこ、陰鬼が押し寄せてきて、かなり校舎が痛んでしまったようですね」


 不思議がる運転手は、それでも律儀にハンドルを切って学園へ向かう。

 タクシーの中は涼しかった。

 だが倫之助はエアコンというものが苦手で、いつも窓を開けてしのぐか、扇風機を回していた。

 その分虫に刺されることも多かったのだが。


「11時にくらいには着きますか」

「ええ、5分くらい前には着きますよ」


 半蔵が問うと、運転手は大きく頷く。

 もう既にビルは見えなくなり、街路樹が多い街中を走っていた。ぼんやりと窓の向こうの大型ショッピングセンターを見送る。

 ここは緑が少ないな、と思う。

 確かに街路樹は多いのだが、自然的な木々や草花が一切ない。

 まるで人工的に作り上げた木々のようだ。

 「彼ら」には、おそらく意味はないのだろう。

 ただただ、人間のために造られた存在。

 

 ふいに、赤い髪の女を思い出す。

 

 生きることに意味など必要ない、という言葉を。


 意味がなかったのなら――何のために、この世に生を受けたのか。

 何のためにここにいるのか。何のために――戦って死んでいくのか。


 倫之助は、そこに意味を見出さねばならなかった。

 それこそが彼の生きる意味だとでもいうように。


「お客さん。着きましたよ」

 

 いつの間にか見知った校門が目に留まった。

 しかし、その紫剣総合学園という仰々しく書かれている鉄には、ひっかき傷のようなものがあった。

 敷き詰められていたコンクリートも抉られ、どれだけ多くの陰鬼が押し寄せてきたか物語っている。


 タクシーから降りると、すでに馨が私服姿で立っていた。

 腕を組んで、鋭い目つきであちこちを眺めているうちに、倫之助と半蔵に気づいたのか「あっ」と声を荒げた。


「沢瀉くん! と、あなた、確か……」

「服部半蔵正成と申します」

「服部……って……。あの、風彼此使いを多く輩出しているという、大家?」

「大家かどうかわかりませんが」


 年頃の女子が見たら卒倒しそうな程の微笑みを浮かべて、半蔵は「そういうあなたは?」と尋ねた。


(よく言う……。)


 彼女の事は、半蔵は知っている筈だ。だが、まるで初対面だとでもいうかのように尋ねる意図が倫之助には分からなかった。

 どうやら馨は半蔵と意気投合したらしく、楽しそうに話し込んでいる。

 だが半蔵は笑ってはいるが、心の底では全く笑っていないことに気づいた。

 倫之助にとってどうでもいいことだが、不思議に思う。

 男性モデルも吃驚する程の整った顔立ちの男が、何故恋人の一人や二人作らないのだろう。

 倫之助に恋人ができたら半蔵も恋人を作る、という内容のやり取りを何回かしたことがあるのだが、それはどういう意味でそうなったのだろうか。

 

 まるで自分に何かを課しているようだ。



 そのうち、ざわざわとした聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 紫剣総合学園の2年A組の生徒たちだった。

 その中には松羽もいる。

 彼らが倫之助に気づいた後も、馨は半蔵を独り占めするように隣に並んでいた。


「よう、沢瀉。久しぶりだな!」

「ああ、うん」

「なんだよ、ちょっとは嬉しそうな顔をしろよな!」


 ばん、と強い力で背中を叩かれる。

 それは勿論コミュニケーションのひとつだと知っているけれど、半蔵が松羽をちらりと見る。すぐに馨の話し相手になったが。

 松羽と一緒に歩いてきた女子生徒も半蔵の顔を見るとすぐに馨と同じように、彼をぐるりと囲い込んだ。


「おーおー。女子って現金だよなぁ。まあ、俺から見てもあんな顔だちのいい男、初めて見たけどよ。何、知り合い?」

「まあ、そんなところかな……」

「へえ。ところで、蝶班ってどんな所なんだ?」

「どんな所……って言われても。陰鬼退治に駆り出されるだけで、他に特記するべき所はないと思うけど」

「ふうん。ま、どこでもそうなんだな。蝶班って偉ぶってて、俺らの事をただの駒としか見てない、とか聞いたことがあったけど」

「そんなわけないだろ……」


 だが、実際――すべて班長である糸巻ういの実験対象にしかなっていないのかもしれない。蝶班という班は。


「そうだよな。でもさ、良かったよ。おまえ、変わってなくて」

「そうかな」

「そうだよ。急に偉くなっちまって、雛田みたいになってたらどうしようって思ってた」

「人はそんな急には変われないよ」

「まぁ、人間なんてそんなもんだよな。急には変われないし、変わらない。変わろうとしたってできない人がいるくらいだから」


 松羽の青い目が細められる。

 彼は万人受けするような笑い方をすることを知っていた。

 それを疎ましいと思われる心配はないだろう。


 もともと、倫之助という存在は殆どほかの生徒からは何とも思われていなかった。

 目があえば「いたんだ」というくらいだ。

 それでも、松羽は最初から倫之助を認識していた。

 朝、松羽が登校して倫之助が席にいると必ず挨拶をしてくれた。それは1年の頃からだ。


 松羽以外の男子生徒は、遠巻きにこちらを窺っている。

 そんな事をしているくらいなら来なければいいのに、と思うのだが。


「おいお前ら、何やってんだよ。行くんだろ、カラオケ」

「あ、ああ……」


 ぱらぱらと声が返ってくる。恐る恐る、こちらに近づいてきた。カラオケ、というのは聞き捨てならない。


「カラオケって……」

「ああ、聞いてなかったのか? 暇だから、カラオケ行こうって話」

「聞いてない」


 ぼそりと呟く。

 だが松羽とその周りの男子生徒は乗り気のようだ。


「カラオケ、嫌いだったか?」

「嫌いとか、そういう事じゃないんだけどね……」


 はあ、とため息をついて、ぞろぞろと歩き出した集団にまぎれた。

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