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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
三日月
25/112

10

「坊ちゃん、大丈夫ですか」

「まるで私が敵みたいな言い方するのね、半蔵くん」

「血を差し出せなんて言う方が悪い」


 ういは、面白そうに肩を震わせて笑った。

 まるで微笑ましいものを見るように。


「まあ、今日はいいわ。それに、今日は自由時間でしょ? 街にでも出たらどう?」


 こちらに背を向けた彼女は、それ以上何も言うことはなった。

 造龍寺は二人に目配せし、一礼して部屋から立ち去った。


「あの人は……おまえの血なんか何に使うんだ?」

「さあ……。研究って言ってたから、研究に使うんでしょうね」

「研究ね……そういえば、陰鬼がどこからきて……とかって言ってたな」

「まあ、そういう事は糸巻さんに任せておけばいいんじゃないですか。俺たちは陰鬼を倒す。それだけです」


 一足先に、倫之助はエスカレーターに乗り込んだ。

 続こうとする半蔵を止めたのは造龍寺だった。


「何か知ってるんじゃないのか。おまえ」

「知らない。何も」


 どこか様子のおかしかった半蔵は、こちらに再び背を向けて倫之助を追いかけていく。

 最近のういはどこかおかしい。


 ――そう、倫之助がここに来てから。






「坊ちゃん、街に出るんですか? でしたら俺もお供します!」

「いいよ、別についてこないでも」

「いいえ。何があるかわかったものじゃありませんからね。最近、陰鬼が活発になってるって聞きましたし」

「……どうせ、何を言ってもついてくるんだろ」


 はい、と嬉しそうに頷く半蔵がいそいそと準備をしてくると自室に戻った。


 一人残った倫之助の携帯がふいに鳴り始める。

 画面を見ると、見知らぬ番号だった。ということは、出なくても別に構わない――と思い、こちらから切ったのだが、数秒して再びおなじ番号からの電話がかかってくる。

 仕方がないので、画面をスライドして耳に当てた。


「……もしもし」

「沢瀉くん。なんで出ないわけ?」


 その声は、どこかで聞いたことがある。たぶん、だが。


「ええと……誰だっけ……」

「……っ! 雛田(カオル)

「ああ。雛田さんか。何か用?」

「――テレビ見なかったの?」

「テレビ?」


 テレビは確かにこの部屋にもあるが、もとからあまりテレビは見ない倫之助にとって、その意図が全く分からなかった。

 それを読み取ったのか、ため息をついた馨は、仰々しくこう言った。


「紫剣総合学園、陰鬼に強襲される」

「……へえ」

「へえって、あなた、自分の母校なのよ? それが襲われたっていうのに、随分な余裕ね?」

「別に、そういうわけじゃないけど。自分の敵にあたる存在を襲うのは、最初から分かってことだろう? 知性のある陰鬼が襲った。それは大いにあり得ることだ。きみの口ぶりから言うと、被害者は出なかったようだけど」

「……そうよ。あなたの言うとおりよ。被害者は出てない。でも、校舎はボロボロになってしまって……。今は休校中」


 だから何だというのだろう。

 沈黙が続くと、苛立ったような声色で馨がつぶやく。


「だから、あなたに会いたいって言う生徒がいるのよ。あなたが仲良くしてた、御堂松羽くん。彼もそうだし……。待ち合わせは学園の前。時間は11時。じゃあね」


 ぶつ、と遠慮なく切られ、倫之助はしばらくの間、終話音を聞いていた。

 顔をあげて時計を見上げる。10時20分。車で行かなければ間に合わない。

 今日の今日、しかもあと40分で来いというのは向こうの一方的な言い分だ。


「別に、付き合う義理はないんだけどね……」

「坊ちゃん、お待たせいたしました」

「ああ……半蔵。おまえ、車運転できたっけ」

「できませんけど。どうされました?」

「……だよな。まあ、しょうがないか。遅れても」


 ひとりごちる倫之助を見て不思議そうに首を傾ける。


「今、学園の生徒から電話があって、11時に集合だってさ」

「11時ですか……。タクシー呼べば何とか間に合うんじゃないですか?」

「ああ、タクシーっていう手もあったな。悪いけど半蔵、呼んでくれないか」

「かしこまりました」


 半蔵は嬉しそうにタクシー会社に電話をし始めた。

 命令されるのがそんなにうれしいのだろうか。倫之助にしてみれば彼の思考回路は全く分からない。


「丁度今、この近くをタクシーが通っているみたいで、あと5分ほどでつくそうです。エントランスに向かいましょう」

「ああ、うん」


 財布と携帯だけを詰め込んだボディバッグを背負って、エントランスに向かう。

 だが、半蔵も当たり前のように倫之助の後ろに控えていた。


「……もしかして、おまえも来るのか?」

「ええ、もちろん」

「あのな……。生徒っていっても、おまえ、知らない人ばっかりだろ?」

「坊ちゃんがいます!」

「……まあ、いいか……」


 ここで突っぱねても、絶対についてくる。

 もしかすると、だけれど、生徒――主に女子――が、半蔵の顔につられて倫之助に見向きしなくなるかもしれない。

 それならいいと思う。

 蝶班に引き抜かれてちやほやされるとは思わないが、もしあるのだとしたらそういうのはできるだけ避けたい。

 おそらく、そういう連中は倫之助に取り付けば蝶班に入れるとでも思っているのだろう。


(面倒くさい……。)



 エントランスに入ると、タクシーはすでに来ていた。

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