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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
三日月
19/112

 その2日後蝶班班長である糸巻ういに、彼女の部屋に招集された。

 招集されたのは造龍寺に半蔵、倫之助の他に女性が二人、男性が二人。

 おそらく倫之助達の他にバディ2組ということだろう。


「よく集まってくれたわね。今回集まってもらったのは――巨大な陰鬼が出現したからよ」

「巨大な……?」


 つぶやいたのは、倫之助も名も知らない女性だった。髪の毛はポニーテイルに縛られて、活発そうな顔をしている。

 年は20代前半くらいだろう。


「陰鬼はレストラン街に出現。今は本部で抑えているけれど、手が足りない為にこちらでも応戦することになったの。そのため、すぐにでも出撃してちょうだい。トラックはもう手配してあるわ」

「了解」

「了解」

「あ、造龍寺くん。ここは禁煙だって何回言ったらわかるの、もう」

「はいはい、了解了解」


 面倒くさそうに煙草を携帯灰皿に押しつぶした。

 まったくもう、という声が聞こえたが彼は無視するように、よれよれのスーツの襟を申し訳程度に正す。

 彼に続くのは、倫之助だけだ。

 半蔵はういに残れと言われたため、残っている。

 しかし、倫之助のことを心配していることは、ういも分かっていた。


「そんなに心配かしら。倫之助くんのこと」

「それはもう。あの方はご自分のことを分かってらっしゃらないのですから。昔から無茶ばかりして……」

「そう。なら、私と一緒に来てちょうだい。あなたに見せたいものがあるの」

「え? 出撃しないんですか?」

「あなたがいなくとも、おそらく大丈夫でしょう」


 ういは、くるりと半蔵に背を向けると無機質な部屋を出た。半蔵もあわててその後を追う。

 エスカレーターで一階まで降り、更に地下へ降りる階段があることに、今更気づいた。


「地下?」

「そう。ここに、あなたに見せたいものがある」


 薄暗い階段を少しずつ、下っていく。

 半蔵の胸中に、どこか不安という闇が巣食っていくような気がしてならない。


「ここよ」


 何段、階段を下っただろうか。いつの間にか目の前に扉があった。

 指紋照合、網膜照合をしなければ中に入ることはできないようだ。ういは指を照合機に押し付け、そして目をカメラに向けた。

 すると、重たげな音をたてて扉が開く。


「どうぞ。半蔵くん」

「……はい」


 本当は入りたくなかったが、ういの視線に耐えかねて、ゆっくりと足を踏み入れた。

 暗かったが彼女がすぐに電気をつけると、そこは――。


「……!!」


 息をのむ。

 巨大な水槽が目の前に、まるでこの部屋の主のように――立ちはだかっていた。

 しかもその水槽の中は真っ赤で、血のようで吐き気がする。


「こ、これは……」

「これは、陰鬼よ」

「陰鬼……!?」

「そう。とてつもない力を持つ、陰鬼。おそらく、猪鹿蝶の班総動員しても勝てるかどうか分からない代物」


 半蔵がその水槽から目を逸らそうとしたとき、ごん、と部屋が揺れる程の振動が響く。

 思わず視線を戻し、水槽に張り付いた「それ」に息をのんだ。


「な……っ、か、顔!?」


 白い、能面のような顔。それが真っ赤な液の中に浮かんでいる。

 きりきりと心臓を縛り上げられるような恐怖心が半蔵を苦しめた。


「そう。これは未だかつて発見されていない筈の――完全ヒト型の陰鬼」


 陰鬼は現時点で完全なヒトの形を持ったものはいない。普通のヒト型――倫之助の学校で放たれた絡新婦など、動物や昆虫と混ざり合った所謂「まざりもの」が本来あるべき陰鬼だ。


「なぜ、こんな場所に……」

「実験体。これを何故ここに引きずり込めたのか、蝶班班長の私でも分からない」

「実験体? なんのために」

「陰鬼は徐々に増え始めている。その理由を私たちは研究しているのよ。この陰鬼は、陰鬼の中でも特に強力な力を持っている。短絡的だろうけれど、この陰鬼を調べ上げれば何かがわかる――。そんな気がするの」

「なぜこれを、俺に」


 半蔵はどこか苛々とした感覚を覚えた。

 彼女は何かを隠している。そんな気がしてならないのだ。


「あなたに協力してほしいのよ。あなたは、強い。あなたが思っている以上に。倫之助くんには及ばないかもしれないけれど、ね」

「それは……脅迫か?」


 いつの間にか、半蔵は敬語をわすれていた。

 だが、それでもいいと彼は自覚している。


「俺が協力しなければ、坊ちゃんに協力を仰ぐ。そういうことだろ」

「話が早いわ」


 にこりと笑ったが、ういの表情はどこか固かった。

 彼女もこの場所にいるのが辛いのだろう。この陰鬼の力なのかまるで空気を侵すように、ねちっこい空気が迫ってくる。

 おそらく、常人ならば気を失っているだろう。悪ければ精神にも異常をきたしてしまっていたかもしれない。


「出ましょう。ここにあまりいるべきではなかったわ」


 彼女は先にこの部屋から出て、扉を閉めた。オートロック式なのか、鍵が閉まる音が耳に重たく響く。

 どっと疲れがでた。

 階段を上るのもおっくうだ。


 再び彼女の研究室に戻ったときには、息がすこしだけ上がっていた。

 細い呼吸音が二人分聞こえる。


「まず、してもらいたいことがあるの」

「なんだ」

「サンプルがほしい」

「サンプル? なんのサンプルだ」

「彼の――倫之助くんの血よ」

「坊ちゃんに血を流せというのか! それに、坊ちゃんの血を何に……」


 激高する半蔵を、ういは手のひらで制す。

 ふわりと髪の毛がゆれて、白いほおは少し青ざめているようにも見えた。

 先ほどの完全人型の陰鬼の気に中てられたのだろうか。


「彼は特別。ほかの風彼此使いと、一線を画している。それをあなたも知っているはず。特別だから、服部半蔵正成の名を受け継ぐあなたが頭を垂れるのも当たり前ね」

「そんな気持ちだけで俺はあの方に仕えているんじゃない!」

「知ってるわ。あなたを見ればね」


 薄い目の色が半蔵を見つめる。

 その目が心を覗き見ているようで、彼は眉間にしわを寄せた。


「あなたは知らないかもしれないけれど、あの陰鬼と彼――倫之助くんには、似たところがある。波動、といえばいいかしらね」

「波動……?」

「詳しくは分からない。でも、彼の身体検査をした時、確かにあの陰鬼と同じところがあった。例えば脈拍、とかね。そして何よりおかしかったのは――」


 彼女がくちびるを開けようとしたとき、風を切る音が聞こえた。

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