表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
二日月
15/112

 糸巻ういは、眠っている倫之助を見下ろした。

 青白い顔だが、疲労のせいだろう。血圧も正常値に戻りつつある。


「そうだったの」

「まあ、大蛇退治は成功ですよ。一応ね」

「何よ。歯切れが悪いわね」


 部屋の扉のあたりに立っていた造龍寺は、曖昧に笑って見せた。

 半蔵はここにはいない。

 すこし調べたいことがあるらしく、図書室へ向かってしまった。

 珍しいこともあるものだと思う。

 てっきり倫之助の傍について離れないと思っていたのだが。


「とどめを刺したのは俺ですが、そのきっかけを作ったのは彼です。いや、倫之助

がいなければ俺は死んでいたかもしれない」

「あら。ずいぶん謙遜するのね。蝶班に入ったとはいえ、まだこの子は新参者よ?」

「だから、半蔵が調べているんですよ。倫之助には何かがある。まあ、彼にも分かっていないようですが」


 半蔵から聞いた話だ。

 倫之助は、沢瀉の家の人間ではないという事を。

 どこから来たのかも、名前さえも分からなかったという事を。

 沢瀉倫之助という名前は後付されたものだと知った。


「危険視しますか?倫之助を」


 ういに問うと、彼女は「どうでしょうね」と笑う。

 実際、度が過ぎる薬は毒になる。力がありすぎるものは危険だ。

 しかし、現実は風彼此使いが足りないのも事実で、これほどの力を持つ倫之助を手放すことはできないのだろう。それから彼女はかぶりを振った。


「倫之助くんはまだまだこれから伸びるわ。伸びようとする芽をわざわざ摘んでしまう事もないでしょう」


 窓から入ってくる風が腰までの長い髪をなびかせ、彼女は病室から出て行く。

 ――これからまだ伸びる。

 ういの言葉に苦笑いをし、もうじき目覚めるであろう倫之助の顔を見下ろした。





 ――ずっと、ここにいたいと思わない?


 赤い髪の女が云った。


 長い髪の毛は腰まであり、その炎のような赤に負けない程濃い緋色の振袖を着て、優雅に座っていた。

 そこは人間が住む場所ではない――あえて言うなら、洞窟のような場所だった。

 ぼこぼことした岩がむき出しになっている。

 だがその奥には小さな赤い鳥居があり、その前に彼女は座っていた。


 ここは心が落ち着く場所だ。

 何故か、そう思う。

 まるで最初からここにいたかのように。


 否――自分が本当はどこの生まれなのかも、何という名前だったのかも分からないのに、そう思うのはおかしい。

 見知らぬ場所に安堵感を覚えることも。

 なぜなら、覚えていないからだ。

 憶えていないことに安堵感を覚えるのは間違っている。



「キミは必ず、ここにやってくる」



 ぞっとする言葉を吐き出して名も知らぬ彼女は嗤った。





 はっと目を開くと、見知らぬ白い天井が見えた。

 重たい体を無理やり起こして、あたりを見渡すが誰もいない。

 窓の外はすでに暗く、月明かりだけが白いシーツを照らしていた。


 ――今は何時だろうか。

 ぼんやりと考えると、ぐうと腹の虫が鳴った。


「うーん……」


 大きくベッドの上で伸びをすると、床に置いてあったスリッパを履いて、のろのろと起き上る。

 とにかく腹が減った。風彼此を使った後は腹が減るのは生理現象なのだから仕方がない。

 ドアを引いて、廊下に出ると、その明るさに思わず目を細める。


「……眼鏡」


 どうも視界がぼんやりとしていると思ったら、眼鏡がなかった。

 寝ぼけていたのだろうと思い、病室に戻っても赤い縁の眼鏡はなかった。

 おろおろと周りを探しても、チェストにもどこにもない。


 倫之助の目は悪い。

 眼鏡がなくては何も見えないのだから、眼鏡は必需品になっているが――なくては本当に困る。

 見えなくてはどうしようもない。

 もしかしてあの時、壊れてしまったのだろうか。そうだとしたら、半蔵か誰かについてきてもらって、買いに行かなくてはならない。

 見えない目で一人街に出るなんて、恐ろしくてできやしない。


 仕方がないから、ベッドの上でじっとしていることにする。


「……」


 それにしてもいつも夢に出てくる女は誰なのだろうか。

 自分とおなじ顔をして、すこしだけ自分より高い声をしている女は。

 決して、倫之助と関係のない女ではないだろう。

 分からないからこそ心地が悪い。

 ベッドの上でぼんやりとしていると、足音が聞こえてきた。

 草履の音だ。たぶん、半蔵だろう。


 とんとんと音がする。

 倫之助が返事をしたあと、半蔵が顔を出した。

 ひどく安堵した表情でせっかくの男前が台無しに崩れている。


「よかった、坊ちゃん。目を覚まされて」

「ああ、うん。それより、眼鏡をしらないかな。どこにもなくて」

「眼鏡ならここだよ」


 開いていたドアから入ってきたのは、ぼんやりとした影だった。

 ここからでは女か男か分からないし、声も中性的でどちらか分からない。

 その影はまっすぐにこちらへ向かってきて、倫之助の目の前にずいっと眼鏡を突きつけた。


「あ、眼鏡……。ありがとうございます」


 なぜその人が持っているのか分からずに、それを苦労して受け取ると、ようやく視界が開ける。


「きみが沢瀉倫之助?」


 最初男かと思ったが、よく見るとショートカットの女だった。

 ひどくサバサバとしている声だ。半蔵を見ると、すこしだけ苦々しい顔をしている。


「私は造龍寺。造龍寺(ゾウリュウジ)鈴衛(スズエ)。兄が世話になっているようで」

「造龍寺さんの、妹さん?」

「そう。まぎらわしいから、鈴衛でいいよ。兄の車の中にあったよ、その眼鏡」

「それはどうも……」


 ぺこりと頭を軽く下げると、鈴衛は、にやっと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ