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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
二日月
14/112


 まるで品定めをしているような大蛇の目は、まっすぐに倫之助を見下ろしている。

 倫之助の黄金色の目よりも若干鈍い、黄色の目。

 楊貴妃を携え、倫之助もまっすぐ大蛇を睨み上げた。


 大蛇の体は、半蔵と造龍寺を遮るように横たわっている。

 これでは動けない。


 それでも、倫之助の目は薄い水面のように静かだった。


「……」


 燃えるような赤い髪の女。

 あれは――。


 考える暇さえ与えず、大蛇は牙をむき出しにして襲い掛かってくる。

 柄を強く握りしめ、牙を真っ向から受け止めた。

 びりびりと腕が痺れるも、今は構ってはいられない。しかし、このままでもらちが明かないだろう。

 半蔵と造龍寺は蛇の尾で精一杯らしい。

 硬い甲羅のような鱗で叩きつけられてしまえば、いくら風彼此があるとはいえ、運が悪ければ死ぬ。


「……楊貴妃」


 手のなかでぎちぎちと軋んでいる楊貴妃は、どこかもう限界だと叫んでいるようにも見えた。


「まいったな……」


 ぼそりと呟くと、大蛇が笑ったような気がする。ようやく餌にありつけると言った笑みかもしれない。しかし、まだ死なないし、死ねない。


虚空(アカシャ)


 倫之助が呟くと背後に白い炎が三つ、躍り出た。ゆらゆらと揺れるそれは、徐々に真っ白な刀に変化してゆく。

 もうすこし早く変化でいないものかと思うも、それは自分の鍛錬不足だ。仕方がない。

 その間も小競り合いは止まない。

 大蛇は一向に喰えない事に苛立っているのか、ガラガラと喉を鳴らせている。


「……」


 倫之助の目にうっすらと疲労の色が滲んでいることに、半蔵は気づく。

 今は楊貴妃と虚空を両方ともに使っている(・・・・・)

 風彼此使いは、基本的に一つの風彼此しか使えないのだが、たまに、ごくごくまれに複数の風彼此を使えるものが現れることがある。

 しかし複数を持てる風彼此使いは、両方を同時に使う事は難しい。

 使えたとしても、ひどく疲労する。

 今のままでは危ない。

 疲労が蓄積されればされるほど、風彼此も危うくなる。

 最悪――折れる(・・・)こともあるのだ。

 風彼此が折れるということは、心にひどい損傷ができるという事で、そのまま死ぬまで廃人同様になってしまう場合もある。


「坊ちゃん! 複数は危険です!」


 分かっている。分かっているが、どうしようもない。

 頭の中がぐらぐらとする。地面が揺れているような気もしてきた。


 風が頬を切る。

 虚空が大蛇へと襲い掛かった。だがそれも、頑丈な鱗にはじかれてしまう。

 がっ、という、鈍い音がしてから、虚空が倫之助の足元に突き刺さる。


「おい、半蔵。一人で引き受けられるか?」


 倫之助の様子がおかしい。

 ただの疲労というわけでもないように見える。

 がくがくと足が震え、楊貴妃を握りしめる腕さえも見てわかるほどに震えている。


「俺が行く。坊ちゃんは俺が助ける」

「お、おい半蔵!」


 襲い掛かる尾を六連星ではじき返しながら、半蔵が地を蹴った。

 横たわる高さ一メートル程の体を軽く飛び越えて、倫之助へと向かってゆく。


「坊ちゃん!」

「……」


 周りを囲うように三つの虚空が突き刺さる間をすり抜け、倫之助の名を呼ぶ。

 しかし彼は、ぼんやりとした黄金色の目を半蔵に一瞥しただけで、何も言わなかった。

 その瞬間も大蛇は首をもたげて襲ってくる。


「……!!」


 半蔵が息を飲んだのは、その直後の事だった。

 白花色の炎が目を焼く。

 コンクリートに突き刺さった虚空が燃え上がった。一瞬にして燃え盛ったその三振りの虚空は、じりじりと音をたてながら消えてゆく。

 消えた後は白い炎だけが残り、それがぱっと散って、五つに分かれた。


「!」


 それは瞬時にして五つの太刀になり――どっと大蛇に流れるように襲う。

 滝のように落下した太刀は、大蛇の頭を明確に狙っていた。


「弾かれる!」


 半蔵が叫ぶが――それはなかった。

 大蛇の頭を集中的に太刀が突き刺さり、――虫ピンのように押された頭以外の体が暴れまわる。


「!」


 造龍寺が思わず呻くも、流石蝶班の人間というべきか、浮き上がった上側の鱗を狙わず、下腹を百花王で斬り伏せる。

 どっと血があふれ出し、造龍寺は血まみれになるも、未だ暴れている胴を躊躇わず斬ると、胴体が徐々に凍り付いていった。

 ぴきぴきと音を立てながら、尋常ではないスピードで凍り付いてゆく。

 やがて頭部まで氷で覆われると、やっと大蛇は動かなくなった。


「っとに、マジ、蛇並みの生命力だな……」


 造龍寺が呟くと同時に、倫之助の体が地面に沈み込む。


「坊ちゃん!」


 半蔵がその体を支えるも、かなり疲労しているようで、呼吸がわずかに荒い。

 今は黄金色の目は閉じられているが、意識はあるのだろう。かすかに呻いていた。


「車を持ってくる。すこし待ってろ」


 造龍寺が携帯で処理班に連絡をしながら走り去ると、蒸し暑い空気の中に、一向に溶けない凍り付いた大蛇が横たわっているおかげで、わずかに涼しい風を運んでくる。


 半蔵は、支えた倫之助の顔を見下ろし、そっと目を伏せた。



 朝の、あの蛇のような目を思い出す。

 あれは、()だったのだろうか。

 あれは絶対に、倫之助ではなかった。倫之助に似た、誰かだったのだ。

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